艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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いつも読みに来ていただきまして、ありがとうございます!

今回は相当難産でした。

今日も少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


霞の我が儘

 訓練が終了した夕方の屋外訓練場を、彼方はただがむしゃらに走り続ける。

 もはや腕も脚もろくに上がらないというのに、構うことなく無様に走り回る。

 こんなことをしても何の意味もない。

 ただ疲れるだけの自己満足だ。

 しかし、それがわかっていても彼方は自分の足を止めることが出来なかった。

 

 

 

 ーー演習終了後、彼方はより一層必死に訓練に臨むようになっていた。

 何かから逃れるように訓練に没頭する彼方の頭の中には、常に草薙の言葉がぐるぐると回っている。

 

 

 

 ーー草薙の言葉は確かに正しいと思う。

 艦娘は初めから兵器という側面を持って生まれてくる。

 その側面から目を背けながら、艦娘を戦場に送り出すことなど矛盾している。

 彼方は、それを理解していても……どうしても彼女達を兵器として見ることが出来ない。

 それは、彼方が元艦娘の子供だというのもあるし、幼少期よりずっと霞と姉弟のように過ごしてきたからでもあるだろう。

 特殊な環境で育ってきた彼方には、普通の提督に出来る当たり前の事が、当たり前にできなかったのだった。

 

 

 

 彼方は、もし自分のせいで吹雪達が死んでしまったらと思うと、恐ろしくて仕方がない。

 草薙の指す後悔とはきっとそのことだ。

 草薙に出会ってから、ずっとその恐怖から逃れる術を考えているが、どれだけ考えても答えは出ない。

 

 

 

 今はとにかく自分を鍛え続ける以外に、彼方に出来ることは思いつかなかった。

 心配する吹雪達の言うことも聞かず、彼方は自分を苛め続ける。

 自分を鍛えたところで解決する問題ではないことは彼方も良く分かってはいたが、他にどうすることも出来なかった。

 

 

 

 しかしそんなことを続けていては、いずれ限界が来て倒れるのも無理からぬことだった。

 

 

 

 

 

 ーー彼方は目を開けた。

 馬鹿みたいに屋外訓練場を走り回っていたのは覚えているが、部屋の中で寝た覚えはない。

(ーー倒れたのか、僕は)

 誰かが医務室まで運んでくれたのだろうか。

 心から彼方を心配してくれていた吹雪達を無下にした挙げ句、人様に迷惑をかけるとはーー自分の馬鹿さ加減に泣きたくなってくる。

 

 

 

 

 

「彼方、目が覚めた?」

 不意に耳元で聞こえた声に視線を移すと、椅子に腰かけている霞と目が合った。

 霞は、心配や安堵やほんの少しの怒りがない交ぜになったような顔で彼方を見ている。

 

 

 

 一番心配をかけたくないと思っていた人にまで心配をかけてしまった。

 

 

 

 彼方は激しい後悔に襲われる。

 霞にだけは心配をかけまいとしていたのに……。

 霞の提督になることが決まった今、もう今までのように霞に守ってもらってばかりはいられない。

 霞の隣に立つために、彼方はもっと強くなくてはならないのだ。

 そうでなくては、霞の隣に立つ資格がない。

 彼方は霞の足を引っ張るために提督になるのではないのだから。

 

 

 

「……彼方。吹雪達からアイツの話は聞いたわ」

 静かに、優しい声音で霞が彼方に語りかける。

「ーーっ」

 彼方はびくりと肩を震わせた。アイツとはーー間違いなく草薙颯人のことだろう。

 霞は最近の彼方の鬼気迫る様子を心配し、吹雪達からその原因を聞き出していたのだ。

 

 

 

 霞が彼方の手を優しく握る。

「ーーあのね、彼方。私、我が儘なのよ」

 突然霞が言い出したことに、彼方はその真意が理解できない。

「私が鹿島と同じ鎮守府にいたことがあるのは知ってるでしょ?」

 問いかける霞に、彼方は首肯する。

 鹿島がいた鎮守府というのは、艦娘を兵器として断じ、その存在を消耗品として使い潰すという唾棄すべき行いをしていた鎮守府だ。

 草薙も艦娘を兵器として見ろと言っていたが、彼は大井の夢を叶えてくれた礼を言いに来たと言った。

 同じではない。彼は艦娘の兵器としての側面から目を背けるな、と彼方に暗に教えてくれていたのだと思っている。

 

 

 

 頷いた彼方に、霞は話を続けた。

「私はね、その時……艦娘をただの兵器としか見てくれない人間達に失望し、憎んでもいたのよ」

 霞は自嘲気味に笑いながら、当時のことを振り返る。

「人間が艦娘を守らないなら、私が守らなくちゃってーー命令違反して何度か沈みそうな艦娘達を助けたわ」

 その結果ーー救った数以上の艦娘に霞は影響を与え、間接的に沈めた。

 鹿島が歪んでしまった原因を作ってしまった。

 霞も鹿島から聞いたその事実に、随分と心を痛めていたようだがーー今はそんなことはおくびにも出さない。

 

 

 

「結局その命令違反のせいで鎮守府を追い出されて、ここの鎮守府にやって来てもーー私が人間を憎んでいた事は変わらなかったわ。彼方に出逢う日までは、ね」

 彼方に出逢う日まではーーと霞は言った。

 それでは、霞は彼方に出逢った瞬間は未だ人間を憎んでいたことになる。

「ーー待って、霞姉さん。だったら、どうしてあの時僕を助けてくれたの?」

 その時点ではーー霞は人間に失望し、憎んでもいたはずだ。

 それは、命懸けで彼方を助けてくれた霞の行動と矛盾している。

「わからないわ。だって体が勝手に動いちゃったんだもの」

 霞は彼方の疑問に事も無げに答えた。

 彼方は開いた口が塞がらないがーーどこかで納得も出来ていた。

 恐らく、自分も同じ状況になれば考える前にまず子供を助けようとするだろう。

 それはーー

「咄嗟の行動って奴よね。人間が憎いなんて考えてる余裕もなかったわ。でもーー」

 

 

 

「ーー人ってそういうものじゃない?」

 人。人間。艦娘である霞はそう言った。

 

 

 

「私はあの時、艤装を展開することも忘れて……ただ彼方を助けるためだけに走った。兵器としてはあるまじき行為よね」

 苦笑しながら話す霞からは、その言葉とは裏腹に後悔は感じられない。

 

 

 

 霞は彼方の手を優しく抱き締める。

「ーーだけど、そのお陰で私は貴方を助けることが出来た。結果論ではあるけどね。彼方が提督の資質を持っていなければ二人とも死んじゃってたし。……でも、最初に深海棲艦を倒すことを優先していれば、間違いなく彼方を助けることは出来なかった」

 

 

 

「私は彼方を助けることが出来た時、彼方にありがとうって言ってもらえた時、初めて艦娘として生まれてきて良かったって思った」

 霞の言葉は、心からの感謝の気持ちだ。

 そして、彼方の目指すべき提督への道標でもあった。

 

 

 

「彼方……私の我が儘に気づいたみたいね?」

 霞が不安に揺れる彼方の瞳を覗き込む。

「……僕に、逃げるなって言いたいんだよね」

 彼方は霞の望む答えを返す。

 霞は自分の意図が正しく伝わったことに満足気に頷いた。

「そう、その通りよ」

 

 

 

 ーー艦娘を兵器として見る。

 深海棲艦と戦う艦娘は、確かにいつ死に直面するかわからない。

 しかし、その時艦娘を兵器として見ていれば……仕方のないことだと、艦娘の死を受け入れることが出来るようになる。という意味だと彼方は考えていた。

 

 

 

 だから彼方はその言葉を受け入れることが出来ず、もがき苦しんだ。

 そんな事は不可能だ。

 彼方には彼女達を失うことを割りきることなんて出来はしない。

 必要な犠牲だと、切って棄てることなど出来る筈がない。

 ーーそれは、彼女達の彼方に寄せてくれている想いを踏みにじる行為だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はね、今の貴方のまま提督になってほしいのよ」

「……でも、それじゃあ」

 彼方は霞の言葉をそう簡単には受け入れられない。

 それは、草薙颯人の言葉を受け入れるより、よっぽど辛い選択となる。

「彼方には、私達を兵器ではなく人としてーー戦場に送り出してほしい」

 

 

 

(無理だ、そんなのーー)

 彼方は霞が本当は深海棲艦が怖いのを知っている。

 戦いたくないことを知っている。

 そんな彼女を平気な顔で送り出せる筈がない。

 何も知らなかった彼方は、霞に勇気を与えると約束した。

 鹿島に笑顔を取り戻させると約束した。

 そんなことが、今の彼方に出来るのかーー

 

 

 

「そして……私達が出撃している間は、目一杯心配してほしいし……不安に思っていてほしい」

 霞の言葉は彼方の心に重くのし掛かり、彼方は顔を上げることが出来ない。

 

 

 

「ーー無事に帰って来れたときは、心配したり不安だった分以上に目一杯喜んで欲しいし、褒めてほしい」

 それを霞は許さない。

 彼方に顔を無理矢理上げさせて、しっかりと彼方の顔を見つめてくる。

 

 

 

「もし私達の誰かが沈んでしまったらー一晩中泣いて悲しんでほしい。でも、涙が枯れたらまた皆のために立ち上がってほしい」

 真剣な顔で霞は彼方へと語りかける。

 想像したくもない話だ、聞くだけで恐ろしくて堪らない。

 

 

 

「強くなくたって構わない。鋼の心なんて持っている必要はないのよ。彼方はそうして私達の側にいてくれたらいい。それだけで私達に勇気をくれてる。どんなことがあっても絶対に帰ってきてみせるって思えるの」

 彼方がそれだけ悲しむと思えば、霞達は沈んでなどいられない。

 例え四肢をもがれたって、必ず彼方の下へ帰ってみせるという気概が生まれるのだ。

 

 

 

「ーー霞姉さんは、ほんと厳しいよね」

 霞は彼方に共に戦えと言っているのだ。

 寄せられる想い全てに応えてみせろと言っている。

 彼女達の想い全てを飲み込んで、傷だらけになりながら提督として生きろ、と。

 

 

 

 確かに、それができなければ霞の隣に立つ資格はないのかもしれない。

「当たり前でしょ?私は鬼教艦よ!」

 自慢気に控えめな胸をはる霞に、久しぶりに笑いが込み上げた。

 

 

 

「ーーありがとう、霞姉さん。霞姉さんの我が儘に潰されそうだけど目は覚めたよ」

「いいのよ、草薙の言っていたことも間違いではないしね。悩むのも仕方ないわ」

 彼方の軽口には一切反応することなく、涼しげな対応で返される。

(また霞姉さんに守られちゃったな……)

 苦笑する彼方の頭を、霞は愛しげに撫で続けた。

 

 

 

 草薙の言葉は今も彼方の心に残っている。

 しかし、もし提督になって後悔したとしてもーーそれすらも彼方は乗り越えていかねばならない。

 彼方のなるべき提督は、『最強』ではない。

 

 

 

『最優』の提督だ。




ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました!

一先ずこれで第一章のお話は一段落となりました。
後は細々とした話をいくつか書いて、とうとう正式に提督になる予定です。

それではまた読みに来ていただけましたら嬉しいです!

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