艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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今日も少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。




 彼方達は演習の翌朝、宿舎の一室に集まり祝勝会を開いていた。

「ーー皆、本当にありがとう。皆のお陰で、僕は大切な約束の一つを果たすことが出来そうだよ」

 心からの感謝を込めて、彼方は全員に頭を下げた。

 本当に、皆のお陰だ。彼方の約束は、彼方だけでは果たすことが出来ないものばかりなのだ。

 これからも多くの人の力を借りて、大きな事を成すために彼方は努力を続けていかなくてはならない。

 そして、力を貸してくれた者達から受けた恩を返すためにも、更に努力を続けていかなくてはならないのだ。

 彼方にはまだまだ立ち止まることは許されない。

 

 

 

「彼方、そんな堅いことは言いっこなしだよ。僕は彼方を提督にするって決めたんだ。そのために全力を尽くしたに過ぎないよ」

 時雨が微笑みを浮かべて彼方の前に進み出る。

「それに、ほら……その言葉はとても嬉しいんだけどーー僕はもっと目に見える形でご褒美が欲しいなって、思うんだ……どうかな?」

 僕、結構がんばったでしょ?と、上目遣いで小首を傾げる時雨が彼方の頬に手を伸ばそうとした瞬間ーー

 

 

 

「ーーち、ちょっと待って下さい!」

「う、潮!?どうしたのよ急に大声なんか出して……」

 急に椅子から立ち上がって声を上げる潮に、隣に座っていた曙が驚きの余り椅子から転げ落ちそうになる。

 しかし、潮はそんな曙など全く気にすることなく彼方だけを見つめている。

「……潮だって、彼方さんに潮の提督になってもらおうって……必死に、頑張ったんです。……潮にも、ご褒美……欲しいです」

「わ、私だって!まだまだ弱くて皆に迷惑かけちゃったけど……精一杯戦ったんだよ?彼方君と、ずっと一緒にいたくて……それだけで、私はーー」

 潮に続き吹雪まで立ち上がり彼方へと詰め寄る。

 

 

 

「なぁ……叢雲さんよ。ご褒美欲しい?」

「……はぁ?気持ち悪いから二度と言わないで、不快よ」

「あれー?彼方がおかしいのか?辛辣過ぎない?」

 何やら漫才を始める太一と叢雲を余所に、彼方は予想を遥かに超える事態に困惑するより他になかった。

 

 

 

 あの吹雪を膝の上に乗せることを受け入れた日から、彼女達の彼方に向ける目が少しずつ変わってきていたのだ。

 それは、今回の演習で決定的になってしまった。

 もはや彼女達の目には、彼方しか映っていない。

 確かな信頼は得られたようだが、それ以上の想いまで彼方は得てしまったようだった。

「あ、いやっ……ご褒美っていうか。僕に出来ることだったら、お礼はさせてもらいたいところだけど……」

 三人の圧力に気圧されて彼方は半歩後退る。

 対する三人は彼方からの言質を得て満足気に頷いた。

 

 

 

「彼方からのお礼かぁ……何がいいかな。やっぱり夜の海辺でーー」

「彼方さん……潮、楽しみにしてますね?」

「んー、やっぱり一日中抱っことかが……」

 三者三様、それぞれが彼方からのお礼の気持ちをどのような形で受け取るか、想いを馳せる。

 その様は、さながらーー

 

 

 

「お、おい……あれってハーレムって奴だろ……初めて見るぜ……」

「そうかしら。私には羊に狼が群がってるように見えるけど」

 太一の愕然とした声に叢雲の冷めた感想が返される。

 提督と艦娘の関係の形は様々だ。

 彼方のように、多くの艦娘達から想いを寄せられる提督もいればーー太一のように、友人関係のように対等な立場で信頼関係を築き上げる提督もいる。

 そして、自身の持つ絶対的な力で信頼を勝ち取り、艦娘を従える提督も存在した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祝勝会を行っていた部屋のドアが叩き壊されるのかという程の勢いで開かれる。

「おう、邪魔するぜ。ーー朝霧彼方ってのは、お前だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然やって来た男ーー後ろには球磨、北上、大井と昨日の演習相手を連れている。

 見たところ年齢は二十代半ば程度、高身長に白い軍服の上からでもわかる鍛え抜かれた体つき。

 視線は鋭く、只者ではないと一目で理解できる程の威圧感を放っている。

 この男がーー

「ーー草薙 颯人(くさなぎ はやと)!?」

 太一が驚きに思わず立ち上がる。

 同時にこの場にいた男の後ろに立つ艦娘以外の、全ての艦娘が身構えた。

「ーー何よ、こいつ……」

 叢雲の額を汗が伝う。

 艦娘達には、この男の異常性が目に見えて感じられる。

 見るものを無理矢理捩じ伏せ、屈服させる程のカリスマ性。

 今この場で、この男から目を離すことが出来る艦娘は一隻たりとも存在しなかった。

 

 

 

「あー……そんな身構えんなよ。今日は昨日の礼を言いに来ただけだ」

 頭をがしがしと掻きむしり、草薙は溜め息を吐く。

 そして、自分の艦娘を庇うように立っている彼方の前に堂々と進み出た。

「……昨日は、こいつらを負かしてくれてありがとな。お陰で大井が夢を叶えられる」

 礼を言うことに慣れていないのか、頬を若干赤くして目を逸らしながら言う男は、放ち続けられている異様な威圧感にしては随分と間が抜けている。

「大井さんの……夢、ですか?」

 彼方は全く身に覚えのない話に困惑して聞き返す。

 草薙は彼方が事情を知らずに戦っていたことに気づいて、

 大きく頷いた。

「あー……知らされてねぇのか。まぁ考えてみりゃ樫木ならそうだろうな」

 一人で納得されても、彼方には何のことだかわからない。

「お前が卒業後連れていく教艦二人ーーいなくなったら訓練校が困るだろ?その代わりがこの大井って訳だ。お前らがこいつらに勝つことを条件に、大井は夢だった教艦になれるって取り決めを樫木と交わしてたんだよ」

 

 

 

 そこまで言われて漸く合点がいった。

 確かに彼方は霞、鹿島と交わした約束を守るため今回の演習に勝利し、二人を卒業後鎮守府へ連れていけることになった。

 しかし、それは訓練校側からすれば優秀な教艦を二人も失うということだ。

 楓から正式に許可がでるということで、訓練校の方に問題は発生しないのだろうと楽観的考えていたが、こういうことだったらしい。

 

 

 

 ーー教艦を勤めることが出来る艦娘はそう多くはない。

 霞や鹿島程の働きが出来る者など早々いないだろう。

 その穴を埋めるために選ばれたのがーー豊富な実戦経験を持ち、軍艦時代練習艦として過ごした記憶もある、大井だったというわけだ。

 楓は敢えてその事を伝えず、彼方に発破をかけるだけに留めた。彼方に余計な気遣いをさせないよう、楓なりの配慮であった。

 

 

 

「ーーだから俺は大井の夢を叶えてくれたお前に、礼を言いに来た。球磨と北上にもいい経験になったしな。だがーー」

 そこまで言って、草薙は彼方の瞳を覗き込むようにじっと見つめる。

 その眼差しに、心の奥を見透かされているような気がして、彼方は居心地悪く視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いが、お前ーー絶望的な程、『提督』に向いてないな」

 そう、草薙は呻くように告げた。

 

 

 

「ーーっ」

 最強の提督である草薙からの宣告に、彼方は反論しようとするがーー何故か言葉が出てこない。

 心配そうに吹雪が彼方の手を握るが、彼方は動揺の余りその手を握り返すことも振りほどくことも出来なかった。

 

 

 

「ーー薄々わかってんだろ?お前は艦娘を兵器として見ることが出来ねぇ」

 

 

 

 彼方の心に草薙の言葉が突き刺さっていく。

 

 

 

「その甘さで、お前は実戦にこいつらを投げ込めるのか?」

 

 

 

 草薙の言葉に、彼方は初めての演習の時のことを思い出す。

 演習ですら、彼方は彼女達が傷つく可能性を怖れた。

 あの時、吹雪達を信頼することに決めた。

 無事に帰ってくると信じることにした。

 しかし、それは吹雪達を兵器として見ることと同義ではない。

 

 

 

「実戦じゃそいつらは死ぬかもしれねぇ。お前はそれが理解できていて、兵器でもないただの女としか見れない奴等を死地に送り込めるのか?」

「そんなの、彼方が指揮してくれれば僕らは沈んだりなんてーー」

 堪らず代わりに時雨が反論する。

 しかしーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーだったらお前……こいつの命が危ない時ーー自分を棄てて逃げろって言われたら、こいつを見捨てて逃げられるか?」

 彼方はうつむき動けない彼方を顎で指して時雨に問う。

「そ、れは……」

「出来ねぇよな。お前らはこいつを守るためなら簡単に命を棄てられる。そして、そういう状況は起こり得るんだよ。俺達は戦争してるんだからな」

 言い淀む時雨に草薙は更に言葉を繋げた。

 時雨は反論できない。

 草薙の言う通り、彼方の命を守るためならば例え彼方の命令に背いたとしても、自分は彼方の命を取るであろう事を時雨は分かっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝霧彼方ーーお前は甘過ぎる。このままじゃ必ず提督になったことを後悔するぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後にそれだけ言い残すと、草薙は部屋を出ていった。

 

 

 

「彼方……」

「彼方さん……」

「彼方君……」

 心配そうに呼び掛けてくる彼方の艦娘達に、彼方は反応を返せない。

 

 

 

(僕は、自分のせいで彼女達を失ったときーー正気でいられるだろうか……)

 わからない。わからないが……自信はない。

 しかし、出撃の度に彼方が艦娘の無事を祈るのと、死地に送り出しているのが自分自身だと言う矛盾に苦しむだろう事は、容易に想像できた。

 こればかりは……どんなに努力をしたとしても、どんなに艦娘を信じていたとしても、それとこれとは別問題だ。

 不足の事態は常に起こり得る。不安に思わない筈がない。

(約束を果たすために、僕は彼女達を犠牲にするのか……?)

 

 

 

 この日、初めて出会った最強の提督である草薙の言葉は、彼方の心の奥深くに突き刺さり、抜くことのできない楔となったのだった。




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!

草薙さんは純粋に彼方を心配しています。
天龍さんと気が合いそうなイメージの人です。

それでは、また読み来ていただけましたら嬉しいです!

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