艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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いつも読みに来ていただきまして、ありがとうございます!

とうとう20話となります。
この妄想がいつまで続くかわかりませんが、これからもお付き合いいただけましたら本当に嬉しいです!

それでは、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


姉妹の想い

 翌朝、入渠を終えた大井はぼんやりと一人海を眺めていた。

「……負けちゃったわね」

 ぽつりと呟く。

 そうーー『最強』の提督の艦娘である大井達は、たかが提督候補生の率いる艦娘に敗北した。

 それは、彼方にとっては自分の約束を果たすために絶対にクリアが必要な条件であったが、大井にとってもまた、一つの重要な転換期となった。

 大井は今回の演習の結果如何で、ある取り決めがかわされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私を……ここの教艦に!?」

 

 

 

 ーー演習の数日前、例年よりかなり早い時期の楓からの呼び出しに応じて訓練校へやって来た大井達は、到着後すぐに向かった校長室で驚きの提案を聞かされていた。

「えぇ、そうなの。貴女達がもし彼に敗れた場合、この訓練校は貴重な教艦を二隻も失うことになる。そこで、かねてより出されていた貴女の希望を受けることにしたのよ」

 大井の希望ーーそれは……前線を退き、後進の艦娘や提督候補生を育てる教艦となることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前、まだ北上と大井が建造されたてだった頃ーー北上と大井は建造された鎮守府から離れ、樫木提督が設立したこの訓練校で臨時教艦を勤めていた時期があった。

 北上はまとわりついてくる駆逐艦達に嫌気が差し、あまり気の進まない仕事だったようだが、大井はその仕事が好きだった。

 自分の指導によって若者達が立派に成長して巣だって行く姿を見たとき、大井は複雑な気持ちになりながらも涙してしまった。

 ーー頼りない男だった提督候補生達が、艦娘達から信頼される立派な提督に成長した。

 ーーまともに艦隊行動もとれない艦娘達が、立派に艦隊戦をこなすようになった。

 自分がその手伝いをできたということが、大井にとっては深海棲艦を倒すことよりもよっぽど嬉しかったのだ。

 一年という短い期間ではあったが、その教艦として過ごした想い出は、大井の中でいつも強く光輝いていた。

 

 

 

 しかしーー大井は強かった。強すぎた。

 他の艦娘を圧倒する火力を持つ重雷装巡洋艦は、戦地で強力な深海棲艦と戦う使命から逃れることができなかった。

 北上と共に戦地を駆けずり回る間も、大井は教艦として過ごした想い出を糧に、生徒に恥じぬ戦果を挙げるために必死に戦い続けた。

 そして、英雄と呼ばれるようになって初めて、大井は自分の我が儘を口にした。

 

 

 

「ーーで、大井。話ってのはなんだ?」

 執務室に入室早々の提督からの問いかけに、大井は深呼吸してから答える。

「私、楓のところで教艦になりたいんです」

 大井は真っ直ぐに正直な気持ちを提督にぶつけた。

「……そうか。わかった、話は聞いた。他に用がなければ退室していいぞ」

 提督は暫しの間目を瞑り考えた後、大井に退室するよう促す。

 大井は二の句も継げず、黙って退室するより他になかった。

(……やっぱり聞き届けてなんてもらえないわよね)

 全く意に介さない様子だった提督に、大井は嘆息する。

 わかっていたことだ。自分は戦力的に必要だろう。

 しかし、いくらかの落胆は避けられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー聞き届けてくれていたのか、提督は。

 楓から聞けば、大井が我が儘を言ったすぐ後に提督は楓に連絡をしてきたそうだった。

 しかし当時は教艦が足りていたため、その話は受け入れることができなかった。

 その事実を楓から聞かされた大井は愕然とした。

 あの粗野な男は、大井の我が儘を真っ先に叶えようとしてくれていたのだ。

 上手くいかなかったから、大井を落胆させたくなくて黙っていたのだろう。

 よくよく考えてみれば、あの男はそういう男だった。

 

 

 

 大井は悩んだ。

 いざ教艦という夢が目の前にぶら下がると、本当に食いついていいのか不安だった。

 北上を戦地に一人残して自分は安全な場所で夢を叶える……本当にそれでいいのだろうか。

「あ、その話喜んで受けさせてもらうよ~」

 悩む大井の隣で、北上が即答していた。

「ちょっ!き、北上さん!?」

 大井は悩んでいたことも忘れてあまりの驚きに飛び上がった。

「ーーだって、大井っちは教艦やりたいんでしょ?大井っちは優しいから、あたしもそっちの方が向いてると思うなー」

 何でもないことのように、北上は大井を遠ざける選択をした。

 ーーいや、何でもないはずなんてない。ずっと北上の背中を守ってきた大井だ。北上が何を考えているかなど手に取るようにわかる。

 北上は、大井のことを一番に考えてくれているのだ。

 自分の背中を守らせることより、大切な姉妹の夢を後押しすることを選択した。

 

 

 

 ーー結局、大井はその提案を受け入れることとなった。

 その直後、訓練校で顔を合わせた自分の未来を握る青年を前にして、大井は複雑な想いを上手く形にすることが出来ず、逃げるようにその場を去った。

 自分はどうするべきなのかーーその迷いは、演習が始まっても答えが出ることはなかった。

 その迷いのせいで、大井はあそこまで無様に不意打ちされて吹き飛ばされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっこ悪かったわね、私……」

 ぼんやりと海を眺めながら、演習のことを思い出す。

 今思えば、昼間に時雨の狙撃をしくじった時から、もう既に答えは出ていたのだ。

 

 

 

 ーー大井はこの演習に、『負けたかった』。

 必死に戦ってくれていた球磨や北上には本当に申し訳ないことをしてしまった。

 

 

 

「あ、いたいた。探したよ、大井っち~」

 気の抜ける声で最愛の姉が大井の傍にやって来た。

「北上さん……昨日は、ごめんなさい」

 大井は、昨日の不甲斐ない自分の働きを謝罪する。

 北上は大井のために、一生懸命に戦ってくれていた。

 ーー勝てば大井と一緒にまた戦場で戦える。

 ーー負ければ大井の夢を叶えてあげられる。

 二つの想いを抱えながら、それでも北上は迷うことなく全力で戦っていた。

 北上は提督候補生とその艦娘という関係が、大井が生涯を懸けるに足る存在かどうか、確かめたかったのだ。

 

 

 

「強かったよねぇ、あの子らみんなさ~」

 笑顔で、安堵すら見せながら北上は笑う。

「……はい」

 大井は、抱えた膝に伏せた顔を上げることができない。

 くぐもった声で聞こえてきた返事に、北上は微笑を浮かべながら続けた。

「大井っちがやりたい仕事ってのはさ。強い深海棲艦を自分で倒すことよりもよっぽど価値があることだって、思ったよ」

 まだ実戦も経験していないようなひよっ子に、百戦錬磨の自分達が敗れた。

 自分達の力なんて、所詮はこの程度だ。

 英雄だなんだと持て囃されたからといって、出来ることなんてたかが知れている。

 そんなことよりも、自分達に負けないような新たな力を数多く育てることの方が余程価値がある。

 昨日の演習で彼らはそう証明してみせてくれた。

 

 

 

 ーー自分はいつか戦地で沈むだろう。

 しかし、大井が教艦として生き残ってくれていれば……その時も安心して沈むことが出来る。

 北上はそう思っていた。

「大井っち、立派な教艦になってよ。あたし応援してるからさ」

 膝を抱えて丸くなる大井の背中を優しく撫でながら、北上は優しく微笑んでいた。

「……はい」

 大井もまた膝を涙で濡らしながらも、北上の優しさに微笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、ハイパーズ。お迎えにきてやったぞ」

「「提督!?」」

 振り向くと、大井達の提督が立っていた。

「何だ、結局あたし達が心配でここまで来ちゃったの~?」

 すぐに北上がいつもの調子に戻って提督をからかう。

「っせーな!当たり前だろ、俺の大井を奪おうとされてるのに机に座ってなんかいられるかよ!?」

「なっーー!」

 照れ隠しなのかなんなのか、顔を赤くして声を荒げる提督にーー誰があんたなんかの、といういつもの憎まれ口ももう叩くことができなくなるということに思い至った大井は、ついつい口をつぐんでしまった。

「あはは、まぁそうだよねぇ。来るんじゃないかとは、思ってたよ。ーーでもそれなら、あたし達を指揮してくれたら良かったのに」

 すっかりいつもの調子で提督と話し出す北上。

 大井はまだ暫くはいつもの調子に戻ることは出来なさそうだった。

 

 

 

「バカ言え。負けたいのに何で俺が指揮しなきゃいけねぇんだ。俺が指揮したら負けたくても負けられねぇだろうが」

 この言葉は照れ隠しでも何でもない。ただの真実だ。

 それは、能力的な意味でもあるし、立場的な意味でもある。

 大井の提督は『最強』だ。

『最強』に負けは許されない。

 提督は二人を交互に眺め、にやりと口を歪めた。

 

 

 

「ーーで、俺のハイパーズを泣かしたひよっ子提督は、どこのどいつだ?」




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!

今回はハイパーズ回でした。
ちょっと書くつもりが丸々1話……。

でも大井さん大好きなんです。
実はこの小説を考え始めたとき、最初はメインヒロインは大井さん、というくらいでした。

それでは、また次回も読みに来ていただけましたら嬉しいです!

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