艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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第一話を読んでくださった皆様、ありがとうございました!
お気に入りに入れて下さった方もいらっしゃって、とても嬉しいです。
見限られないよう頑張ります。

序章は恐らくあと二話程で終了する予定になります。

それでは、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。


霞の休日ー2ー

「大丈夫、怪我してないわよね!?」

 霞は腕の中の少年に声をかけた。

 

 砲撃の寸前に少年の下に辿り着いた霞は、少年に抱きつくようにしながら全力で跳んでいた。

 直後に轟音と着弾の衝撃が後方から二人を襲う。

 衝撃が通りすぎても身体に特に痛むところはない。どうやら何とか敵の砲撃をかわすことに成功したらしかった。

 

「……ぉ、お姉ちゃん、誰?」

 安否を問いかけた霞に返ってきたのは、か細い、気の抜けたような声だった。

 誰だっていい、少なくとも砂浜を全力疾走していた馬鹿は艦娘だ等とは冗談でも言えないだろう。

 怪我がなさそうなことに安堵する霞は、自分の判断の稚拙さを呪いながら、提督と連絡を取るために通信機を取り出そうとした。

 

「ーー嘘、でしょ」

 先程の爆風のせいか、通信機は完全に破壊されてしまっていた。

 これでは深海棲艦と戦うことなど不可能だ。絶望が霞の脳裏に過る。

 しかし、絶望している余裕など深海棲艦が与えてくれるはずもなく、再び駆逐イ級が砲撃しようと動き出す。

(ここは、何とかして逃げるしかないわね……。通信機が破壊されたなら、鎮守府も異変に気づいて動き出すはず。それまで逃げ切れば……)

 逃げることを選択した霞は少年を抱えたまま駆け出した。

 

 

 少年を抱えて走る霞は、自分の現状に疑問を持った。

(……通信機が壊されてしばらく経つのに、身体能力が低下してない?)

 

 

 

 少年を抱えたまま今度は余裕をもって駆逐イ級の砲撃をかわした霞は、違和感に首を傾げ、一つの可能性に辿り着いた。

(この子……もしかして『提督』の素質があるの?)

 『提督』とは艦娘に力を与える存在だ。それは『提督』個人個人によって様々な形で艦娘に恩恵を与えるが、どんな『提督』でも共通して所持している能力がある。

 艦娘の名前を呼ぶことによって、その戦闘能力を呼び覚ますことができる能力。本来、工廠の妖精達が作成した特殊な通信機を通して呼び掛ける必要があるのだが、稀に存在する特定の艦娘と高い親和性を示す『提督』は、通信機を通すことなくその力を引き出すことができるのだという。

 この少年は霞と極めて高い親和性を持っていることが推測できた。言葉を交わすことなく、触れ合っているだけで艦娘の力を引き出すなど、並みの『提督』に出来ることではない。

 

「霞よ!」

 唐突に霞は名乗った。

「え、何?」

 当然抱き抱えられたままの少年に通じるはずもない。

「私の名前!早く呼んでったら!」

 今となっては駆逐イ級の砲撃をかわすことなど訳もないが、これ以上長引けば街へ被害が出かねない。

 この少年ならば必ず自分の力を引き出すことができる。

 霞はそう確信していた。

「か……『霞』お姉ちゃん?」

 

 

 

「ひぅっ……」

 

 

 

 年端のいかぬ少女から、出てはいけない艶っぽい吐息と声が漏れる。これでは子供に名前を呼ばれて悦ぶ頭の可笑しな女だ。しかし、今の霞にはそんなことを恥じる余裕もなくなっていた。

 力が溢れてくるのだ、今まで感じたことのない、暖かく圧倒的な充実感が霞を充たす。

 艤装が展開できるだけでも上々だ等と考えていた自分が馬鹿らしくなる。

 彼は霞から限界以上の力を引き出していた。ここまでしてもらって駆逐イ級に負けるなどあり得ようはずもない。

「耳を塞いでなさい!」

 気を取り直した霞は少年に指示をしながら右腕に12.7cm連装砲を展開すると、性懲りもなく砲撃を行おうとしていた駆逐イ級の口内に砲弾を叩き込んだ。

 初めて反撃を受けた駆逐イ級は衝撃に体勢を大きく崩す。

 

 霞は少年を岩場の陰に下ろした。

「いい?あなたはここに隠れてなさい」

「霞お姉ちゃんは?」

 少年は不安に揺れる瞳で霞を見つめ、問いかける。

「私は悪い怪獣を退治してくるのよ」

 少年を安心させるように笑いかけた霞は、駆逐イ級の方へと向き直り意識を戦闘へと集中させる。

 

 

 

「朝潮型10番艦、霞!抜錨するわ!」

 

 

 

 助走をつけ、海へと飛び込むように大きく跳躍しながら、名乗りをあげる。海面へと到達したときには、既に艤装により全身を武装した艦娘となっていた。

 海面を滑るようにしながら、駆逐イ級が陸を背に向けるように移動する。

 

「グォオオオオオ!!」

 霞が艦娘であると認識した途端、駆逐イ級が咆哮をあげた。

 先程のまでの緩慢な動きが嘘のように、霞へ向かって猛然と突進してくる。

 深海棲艦は艦娘を憎んでいるらしい。今まで戦ってきた深海棲艦は全て、恐ろしい程の怨嗟を叩きつけ、艦娘に殺意を向けてきた。この駆逐イ級も例外ではないらしい。

 自分の囮としての有用性を確認した霞は、砂浜から遠ざけるように移動をしながら、駆逐イ級の攻撃をいなす。

 

 突進しながら霞を噛み砕こうとする大顎をかわし、すれ違い様に背後から砲撃を浴びせる。体勢を崩したところをもう一撃。反撃する暇も与えず、霞は敵を翻弄し続ける。

 数度目の砲撃が駆逐イ級の外殻に直撃し、とうとうその一部が剥がれ落ちた。

 

「ガァアアァッ!!」

 駆逐イ級は生じる痛みに大きな呻き声をあげ、身をよじる。

 目に見えて動きが鈍った瞬間であった。

「沈みなさい!」

 その隙を見逃すはずもなく、霞は魚雷を発射する。

 駆逐艦の艦娘達が持つ装備の中で、最高の威力を誇る攻撃である。

 海面に白い軌跡を残しながら、放たれた魚雷が駆逐イ級へと肉薄する。もはや駆逐イ級に逃げ場はなかった。

 直後ーー凄まじい轟音と共に数本の水柱が立ち上る。

 着弾の衝撃が通り過ぎ、波が収まった頃には、海は深海棲艦等最初からいなかったのように数分前の落ち着きを取り戻していた。

 

 

 

「敵深海棲艦の撃沈を確認。周囲に艦影もないわね」

 戦闘が終了したことを確認した霞は、少年の下へと戻ることにした。

「大丈夫だった?どこも怪我していないわよね?」

 近づきながら、霞は改めて少年の安否を確認する。

 少年は小学校の中学年くらいに見えた。茶色がかったさらさらの髪と少し垂れ目がちの目が可愛らしい、どちらかと言えば少女のような中性的な少年だ。最初の砲撃の時に出来たと思われる、小さな擦り傷があるだけで、怪我という怪我はなさそうだった。

「………………」

 しかし、問いかける霞に少年からの答えはない。

 少年は呆けたように霞を見つめ続けていた。

 その様子を見た霞は、昼間に出会った街の人間達を思い出す。

「ーーっ。ご、ごめんなさい……気味が悪かったわよね」

 少年にも同じような瞳で見つめられている気がして、慌てて距離を離す。

「怪我もないようだし、私はもう行くわ」

 震える唇を噛みしめ、それだけ告げると霞は踵を返し歩きだした。

 これ以上少年の近くにいて、もし彼の口から自分を否定するような言葉を聞いてしまえば、今度こそ霞は立ち直れないだろう。

 それほどに少年の声は霞の艦娘としての魂の奥深くに爪痕を残してしまった。

 彼に名前を呼ばれた瞬間、霞は今まで感じたことのない幸福感と充実感に満たされた。それこそ彼に身も心も全て捧げてしまってもいいとさえ思えそうな程に。

 今はもうその危うい高揚感もなりを潜めているが、あの甘美な感覚は忘れようがない楔として霞の心に残っている。

 そんな感覚を与えてくれた相手に否定されてしまうかも知れないという恐怖は、霞本人が感じている以上に霞の中で大きくなっていた。

 

「ぁっーーま、待って!霞お姉ちゃん!」

 背後から霞を呼び止める声がした。

 びくりと肩を震わせ、恐る恐る振り返るとーー走って追いかけてきたのか、すぐ後ろに少年が立っていた。その顔は頬を紅潮させ、瞳は輝いているように見える。

「お姉ちゃんってすっごく強いんだね!かっこよかった!」

 発せられた言葉は、純粋な称賛。そこには、恐怖といった感情は微塵も見受けられなかった。

 

「……あなた、私が怖くないの……?」

 先程はその答えを聞くのが怖くて逃げ出してしまったというのに、少年の様子を見てつい思わずそう問いかけてしまった。

 しかし、問いかけてしまった以上は答えを聞かなくてはならないだろう。霞は覚悟を決めた。

(大丈夫よ!この子は私のことかっこいいって言ってくれたわ!)

 不安に飲み込まれそうになる心を叱咤しながら、霞は固唾を飲んで少年の答えを待つ。

(お願い、私のことを怖がらないで……!)

 祈るような気持ちで少年を見ると、彼は心底不思議そうにこちらを見ていた。

「?何で?お姉ちゃんは怖くなんかないよ?優しいもん!」

(よかった……!)

 心に立ち込めた霧が晴れ渡るように、霞の暗澹とした気持ちが歓喜に彩られていく。

 不安に跳ね回っていた心臓が、今度は喜びに跳ね回る。

 そんな様子を知ってか知らずか、少年は更に言葉を繋げた。

 

 

 

「霞お姉ちゃん、助けてくれてありがとう!」

 

 

 

 それは、霞がこの世界に生まれてから初めて贈られた、心よりの感謝の気持ちであった。




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

第3話も、よろしければお付き合い下さい。

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