艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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総力戦 ー後編ー

 ーー時雨は訓練校の艦娘の中でも非常に優秀な艦娘だ。

 その評価の理由は、夜戦の圧倒的な強さによる。

 闇に紛れて敵艦に近づき、一撃のもとに相手を沈める。

 こと夜戦に関して、訓練校で時雨に勝てる艦娘は一隻たりとも存在しない。

 先の演習で叢雲が真っ先に時雨を狙ったのも、彼方の艦隊の中で最も危険度が高いのが時雨だったからだ。

 夜になった時点で負けが確定する。

 時雨とは、そういう艦娘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大井っちがやられたぁ!?」

 巨大な爆発と共に、仲間の艦娘が大破したという報せが入る。

 にわかには信じ難い事態だ。

 つい先程大井が敵艦一隻を沈めたという報せが入ったばかり。

 大井がたかが敵艦一隻を倒したことで油断していたとも思えない。

 一体何がーー

「余所見なんてしてんじゃないわよ!」

「おぉっとぉ!?」

 意識を逸らした瞬間を狙い曙の砲撃が放たれるが、北上は反射的に身体を捻って砲弾を紙一重でかわす。

 危ういところだったがどうにか回避できた。

(中々この子らも腕が立つ。あたしも油断はできないねぇ)

 改めて相手をしている駆逐艦達の練渡の高さに驚かされる。

 自分達がいた頃は、ここまで今の自分と戦える駆逐艦などいなかったように思う。

 そこにこの駆逐艦達と提督候補生との間の信頼の厚さが伺えて、北上は少し嬉しくなる。

「さぁて、反撃といくよ!」

 北上は牽制の砲撃と共に魚雷を放とうと身構える。

「ーーっ!させません!」

 即座に潮の魚雷を狙った砲撃が飛んでくる。

「っあぁ!もう、ウザイ!」

 魚雷に砲弾が直撃すればこちらが危うい。

 北上は攻撃を取り止めて距離を取るしかなかった。

 先程からこれだ。こちらの攻撃は初動で潰され、有効打を放てない。

 相手の二隻は完璧な連携を構築しつつあった。

 

 

 

(とんでもない目をしてるねぇ。これじゃ魚雷を投棄した方がまだマシに思えるよ~)

 北上はうんざりしつつも、仕切り直して再度連携を崩す手を考えて動き出す。

「ま、どうせ棄てるなら派手にいこうか!」

 北上の答えは残る魚雷の全弾発射。

 潮への牽制のために放った単装砲からの砲弾が、潮の目の前で着弾し大きな水飛沫を上げ視界を奪う。

 その一瞬の隙をついて40門の魚雷全てが曙と潮に放たれた。

(まさかこれで終わりはしないよねぇ?)

 北上は期待を込めて相手がどう凌ぐかに意識を集中する。

 

 

 

「曙ちゃん、潮の後ろに!」

「……盾になろうだなんて考えんじゃないわよ!?全弾撃ち落としてやんなさい!」

 二人の叫び声と共に一気にいくつもの水柱が上がっていく。

 上手く誘爆を利用して魚雷を捌いているのだ。

 はっきりいって異常な程の技術。戦い始めた時より明らかに強くなっている。

 しかし、水柱が上がれば上がるほど視界はどんどん悪くなる。

 とうとう潮の目をもってしても魚雷が捉えられなくなった。

「曙ちゃん、潮から離れて……!」

 もはや潮は前方に自分の魚雷を盾として放つ以外に助かる術はないと考えた。

 曙を突き飛ばした潮は、前方に魚雷を全弾発射。

 直後に爆発と巨大な水柱が上がる。

 

 

 

「潮!?」

 水飛沫が消えた後、曙が潮の様子を確かめると、潮は魚雷の直撃を受け、ボロボロになって倒れていた。

 

 

 

「ーーまさか、あの場でこっちに魚雷撃ってくるかねぇ……」

 つくづく予想外のことをしてくる艦娘だ。

(これでこっちも満身創痍かぁ)

 潮の放った魚雷のうちの一本が北上に大きなダメージを与えていたのだ。

 こちらが魚雷を撃ち尽くしてなかったら、今ので沈んでいたのは北上も同じだった。

「ま、後はボロボロ同士だし……なんとかなるかな~」

 気楽に言うと、単装砲を構える。

「何よ!あたしはまだまだやれるわ!」

 対峙する曙もまた満身創痍ながら、戦意は失っていない。

 いや、それどころか潮が倒れたことでさらに燃え上がっているように見えた。

 元気なものだ。これだから駆逐艦はウザイ。

「でも残念。射程はこっちのが長いんだよねぇ」

 北上が放った魚雷の対応のために距離が離れている今、中破状態の曙にそれを縮める術はない。

 北上は勝ちを確信したーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二隻目」

 呟くような声と共に衝撃。

 思いもよらぬ方向からの激しい衝撃に北上は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何がーーげっ……あんた」

 茫然と呟いた曙が、事態を引き起こした艦娘に気がつき心底嫌そうに呻く。

 そこに立っていたのは、今は味方である時雨だ。

 空の魚雷発射管から察するに、北上を吹き飛ばしたのは時雨の魚雷なのだろう。完璧な不意打ちだった。

「ーー無事かい、曙。僕は最後の一隻と戦ってる吹雪達のところへ行くよ」

 敵艦を沈めたというのに、何でもないことのように時雨は次の獲物を求めて動き出した。

 夜の時雨はさながら血に飢えた獣だ。

 敵とみれば容赦なく食らい尽くすような異様な雰囲気を、今の時雨は纏っていた。

「今はあいつが味方で本当に良かったわ……」

 時雨が去ってしばらくして、無意識に忘れていた呼吸を思いだし、曙は溜め息を吐く。

 曙は正直あの時の時雨には近づきたくない。

 しかしーー

「ーーそういうわけにもいかないわよねぇ……。まだ叢雲も戦ってるし」

 今の自分では大した力にはなれないだろうが、潮が守ってくれたのだ。その分の働きはしなくてはならない。

「待ってなさい、潮。あたしが潮を勝たせてあげるわ」

 倒れている潮の頭を優しく撫でて、曙も残る最後の敵艦に向かって動き出した。

 

 

 

 ーー大破、行動不能。『綾波型十番艦 駆逐艦 潮』

 ーー大破、行動不能。『球磨型三番艦 重雷装巡洋艦 北上』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほら、どうしたクマ!お前達の力はそんなものかクマー!?」

 軽やかに吹雪達の砲撃をかわしながら、的確に反撃を行ってくる球磨に、吹雪達は攻めあぐねていた。

「どうしよう、叢雲ちゃん。攻撃が全然当たらないよ……」

「……こちらも損害が増えてきたわ。このままじゃじり貧ね」

 後一手、球磨の体勢を崩せる何かがなければ攻撃は当たらない。

(せめて槍があれば……)

 超近距離戦で挑むことができれば、勝機はある。

 問題の槍は、遠くに浮かんでいるのが見えている。

 先程から拾おうと近づこうにも、球磨に邪魔されて近寄ることができないのだ。

 そこまで辿り着くには、援護が要る。

 

 

 

「ーーその隙は、僕が稼ごう」

 闇から浮かぶように時雨が現れた。

「「時雨(ちゃん)!?」」

 全く気配を感じさせない登場に吹雪と叢雲が驚愕する。

 当の本人はそれを全く意に介さず、淡々と球磨に事実を突きつける。

「雷巡の二隻は倒した。後は貴女だけだよ」

「北上と大井をやったのはお前かクマー!?」

 球磨は現れた時雨に警戒心を露にして対峙する。

 先程まで戦っていた吹雪や叢雲とは明らかに異質な存在。

 この艦娘は一騎打ちだったとしても容易に勝てる相手だとは思えなかった。

「不意打ちして漸く、だけどね」

 事も無げに時雨は答える。しかし、時雨が行った不意打ちというのは、夜戦においては極意だ。

 その時雨が敢えて表に出てくることの理由の方が、球磨には気がかりだった。

「……お前、何のつもりだクマ?」

 時雨の真意を図りかね、球磨が訪ねる。

「ーー鋭いね。実はもう不意打ちしようにもする武器がなくてね。今の僕には時間稼ぎしかできない」

 そういう時雨の脚には、確かに空の魚雷発射管が着いているだけだ。取り回しに難のある、背中の主砲だけが時雨に残された武装だった。

 大井のときは魚雷を誘爆させることで倒すことができたが、球磨は魚雷をどこに身に付けているのかわからないためそれができない。

 現状、球磨を倒せる可能性があるのは叢雲の槍だけだった。

「吹雪。一緒に時間稼ぎしてもらえるかな?」

「うん、わかったよ!時雨ちゃん。叢雲ちゃんは槍をお願い」

 叢雲の前に吹雪と時雨が立つ。

「……わかったわ。槍を取ったらすぐに戻るから」

 言うが早いか、叢雲は槍の下へと走り出す。

 

 

 

 ーー時雨が背中から降ろした主砲を手に球磨に肉薄する。

「甘いクマ!」

 近距離戦を得意とする球磨は、時雨の突撃を勢いを殺さぬまま体術のみで回避し、勝負を決めにかかる。

「お前達の狙いはわかっているクマ!」

 球磨が取り出したのは魚雷だ。

 狙いは叢雲。叢雲を倒せばこの演習は球磨達の勝利になるだろうことは球磨も理解していた。

「ーーっ」

 突撃を回避された時雨が、勢いをそのままに前転の要領で空中で身を翻す。

 そのまま砲撃。

 球磨は背後から至近距離で放たれる時雨の砲撃に対処できない。

「クマー!?」

 強い衝撃に球磨が魚雷を取り落とす。

 しかし、まだ球磨を倒すには至らない。不安定な体勢から放たれる砲撃では威力が足りなかった。

「まだ!私だって!」

 気合いと共に吹雪から球磨へ目掛け魚雷が放たれる。

 

 

 

「ま、まだまだクマー!」

 吠えるように球磨が叫び、魚雷の射線上から横っ飛びに回避しつつ、球磨も再度魚雷を取り出し吹雪に発射する。

 これには吹雪も堪らず追撃を諦め魚雷から逃げ出そうとするが、爆発の余波に吹き飛ばされた。

 そこをカバーするように再度時雨の砲撃が放たれる。

 

 

 

 牽制に見せかけた時雨の砲撃は避けるまでもなく球磨の背後に着弾した。

 上がる水飛沫と轟音。

 球磨は即座に相手の狙いに気がついた。

「ーー後ろクマ!」

「なっーー!?」

 球磨は突撃してくる叢雲を姿勢を極限まで下げすり抜けてかわし、そのまま叢雲を空中に蹴り上げる。

「これでお仕舞いクマ!」

 空中で身動きが取れない叢雲に強烈な砲撃が放たれた。

 凄まじい衝撃に叢雲の身体が木の葉のように吹き飛ばされる。

 吹雪と時雨は予想外の事態に動きを止めてしまった。

「もう一つクマ!」

 時雨に向かって球磨の魚雷が発射された。

 度重なる無理な体勢での射撃に、時雨は魚雷の回避に行動を移すことができない。

「ーー叢雲ちゃん、時雨ちゃん!?」

 爆発と轟音。巨大な水柱をあげて叢と時雨の行動不能となった報せが入る。

 

 

 

「ーーさぁ、後はお前で終わりだクマ!」

 球磨は全身ボロボロになりながらも立っていた。

(か、勝てない……私一人じゃ……)

 吹雪は、明らかに自分より強い仲間達を失って、戦意を喪失しつつあった。

 何か手はないのかーー自分でも球磨に一撃を入れられる策はーー

(そうだ、煙幕ーー!)

 思いついたのは彼方にもらった新たな力。

 それにすがるように即座に吹雪は煙幕を展開。球磨を中心に円を描くように煙幕と機雷をばら撒いていく。

 ただでさえ視界の悪い夜の海に更に煙が加わって、辺りはもう何も見えない。

(でも……もうこれに掛けるしかない!)

 一撃だけでいい。一撃さえ入れればきっと相手は倒れてくれる。

 吹雪は懸命に球磨を攪乱し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ーー正直最後の相手としてはあまり面白くはないクマ。だけど、諦めないその姿勢は評価してやるクマ)

 今でも懸命に勝とうともがいている吹雪には素直に好感が持てる。それだけに憐れでもあったが。

 

 

 

 ーー吹雪は自分が中破していることに気づいていない。

 艤装から火花を散らしながら煙を噴き出し走り回る駆逐艦を眺める。

「これも仕方のないことクマ」

 相手が自分達よりも弱かったということだ。

 

 

 

 球磨は主砲を構え、未だ健気に走り回っている吹雪へと照準を定めた。

「悪く思わないでほしいクマ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この夜何度目かという轟音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーだから、嘗めないでって言ってるでしょ」

 球磨を狙撃した曙から、溜め息と共にいつもの憎まれ口が吐き出されたのだった。




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!

戦闘難しすぎる……。
でもこれで暫くは戦闘なしの日常が続きます。

それでは、また読みに来ていただけたら嬉しいです!

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