艦隊これくしょん ー夕霞たなびく水平線ー   作:柊ゆう

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こんばんは!
いつも読みに来ていただきまして、ありがとうございます!
今回は吹雪回になります。

それでは、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


吹雪の勇気

 吹雪は時雨達との訓練の後、何故かどうしても彼方の顔が見たくなってしまった。

 特に話さなくてはならない事があったわけでもなかったが、訓練の汗をシャワーで流した後、いつもより少し念入りに身支度を整えた吹雪は彼方のいる教室へと向かったのだった。

 

 

 

 北上達と出会ってから今日一日、吹雪には漠然とした不安や焦燥感が常について回るようになってしまっていた。

 訓練にも身が入らず、二人に迷惑もかけた。

 

 

 

 もやもやとした気持ちを抱えながら、教室へと足を踏み入れる。

 

 

 

 彼方は、机に向かって一生懸命何かやっているようだった。

「朝霧君。ちょっとーーお話しない?」

 そう声をかけると、彼方は真剣に机に向けていた視線を上げた。

「ーー吹雪。訓練お疲れ様。話くらい、構わないよ。ここ、座る?」

 彼方は自分の前に吹雪の席を用意してくれた。

 

 

 

 彼方と吹雪は、一つの机に向かい合って座っていた。

 二人の視線が向いているのは、机上の彼方が先程まで作戦を練っていた資料だ。

 そこには、前回の演習で気づいた様々なこともびっしりと書いてあるようだった。

 吹雪達の動きの特徴や戦術の得手不得手。

 相手に即時対応できる陣形の構築と陣形変更のタイミング。

 予想外の事態に対処するための行動指針。

 大規模演習が行われる海域の詳細データ。

 そして、今度対戦する相手の戦術予測とその対処法。

 

 

 

(朝霧君、一生懸命勝つために考えてくれてるんだ……。私達と一緒にいるために……霞教艦や鹿島教艦と一緒にいるために……)

 嬉しい気持ちもあったが、それ以上に吹雪は気持ちが沈んでいくのを感じていた。

「……吹雪?」

 心配そうな目で見る彼方に我に返る。

 

 

 

「ーーねぇ……朝霧君。私、本当に朝霧君と一緒にいて……いいのかな?」

 それは、演習に負けてしまったときからずっと抱えていた想い。

 吹雪は叢雲が飛び出してきた時、完全に油断していた。

 彼方の声で普段以上の力が出せて、気が大きくなっていたのだ。

 彼方の力があれば、自分達は負けない、負けるはずがないと思ってしまった。

 その結果があれだ。

 時雨が倒されるという予想外の事態に混乱し、その隙を突かれ響に撃たれた。

 吹雪は彼方に頼りきっていたのだ。

 

 

 

「ーー吹雪。どうしてそんなことを?」

 彼方が悲しそうな顔をしてこちらを見ている。

「私が!ーー私が……悪いの……。私が、弱いから……」

 最後には消え入りそうな声となり、視線を下に落とす。

 昼間の大井の視線が思い出される。

 吹雪はあの時、完全に萎縮してしまっていた。

 戦う前から勝てないと思わされてしまった。

 そう思っているのを大井に見抜かれた。

 あの時は皆がいる手前、旗艦としての矜持もあって直ぐに立ち直ったように見せられたが、実際は自分の必要性に疑問を持ってしまうほど、吹雪は追い詰められていたのだった。

「だ、だって……私、得意なことなんて何もないの!射撃は時雨ちゃんみたいに上手じゃないし、雷撃だって潮ちゃんのほうが上手い!苦手なことばっかりだよ……」

 次々と弱音が溢れてくる。

 今までは全て自分一人の責任で、自分一人が頑張れば結果はどうあれ自分を納得させることは出来た。

 しかし、今は違う。

 今の吹雪は艦隊の旗艦だ。背負う責任は三倍に増えた。そしてその艦隊の旗艦が引き寄せる結果は勝利でなくてはならない。

 責任が重い。でも、彼方はきっとこれの何倍も責任を抱えているはずだ。

 その上に今は自分がのし掛かろうとしている。

「私、きっと朝霧君の重荷になっちゃう……。私なんて、いないほうがーー」

 

 

 

「吹雪。君は、どうしたいの?」

 深く沈みこもうとする吹雪を彼方の声が掬い上げる。

(迷惑をかけたくないなら、本当は私はこのチームから抜けるべき……だよね……)

 弱い自分が、彼方に対して出来る唯一のこと。

 それが、彼方の前からいなくなる事だというのなら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのね!」

 吹雪は、自分が何故彼方に会いに来たのか、漸く気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝霧君に抱っこして欲しい!」

 

 

 

 ーー吹雪は今彼方の膝の上に座っていた。

「お、重いよね!?ごめんね!」

 顔を真っ赤にして、それでも彼方から降りようとはしていない。

 そうーー吹雪は彼方に甘えに来たのだった。

 今更彼方から離れるなど、本当は吹雪には考えられるはずもなかった。

 愚痴を言ったり、彼方を困らせたりしている内に吹雪は理解した。

 自分は彼方に構って欲しかったのだ。

「重くなんてないよ。吹雪こそ、どうしたの?」

 彼方は予想していなかった吹雪のお願いにかなり戸惑ったようだったが、結局は黙って吹雪を受け入れてくれていた。

「うーん、その……さっきまで言ってたのは、本当にそう思ってることなの。でも、だからって朝霧君達からはもう離れたくない。……だから、勇気が欲しくって」

「勇気?」

 聞き返してくる彼方に頷く。

「うん、そう……勇気。朝霧君に抱っこしてもらったら、勇気がもらえるかなぁって……ごめんね、嫌じゃない?」

 彼方の反応が気になって、おずおずと顔をあげ、彼方を見つめる吹雪。

「い、いや……嫌なんかじゃないよ」

 彼方の顔が間近に見えて、吹雪は惚けたように彼方の顔を見つめ続ける。

 彼方は落ち着きなくそわそわと視線をさ迷わせてはいるものの、吹雪の腰を支える左手は放そうとはしていなかった。

 

 

 

 吹雪は彼方の重荷になりたくないなら、彼方から離れるべきなのではないかと一度は考えた。

 しかし彼方は、吹雪がそうしたからといって、喜んで吹雪を放り出したりはしないだろう。

 むしろ、去っていった吹雪のことまで背負いこんで自分への重りにしてしまうだろうと思ったのだ。

 それでは誰も救われない。だから、吹雪は試しに思い切って全力で彼方に寄りかかってみることにした。

 思いの外というか、やっぱりというか……恥ずかしいけれど、彼方の腕に抱かれるこの感覚は悪くない。いや、とても心地よいと言えた。

 不思議と今まで抱えていた不安が大したことではないように思えてくる。

 吹雪は彼方に甘えることによって、十分に勇気をもらっていたのだった。

 

 

 

「……ねぇ、朝霧君。あの……彼方君って呼んでもいいかな?」

 甘えるついでに、お願いしたかったこともこの際お願いしてみる。

「うん、構わないよ。っていうか……演習の時、そうやって呼んでたよね?」

「えっーーいつ!?」

「ほら、あの叢雲さんの突撃の時だよ。慌ててたからかと思ってたけど」

 完全に無意識だ。普段一人でいる時は彼方君と呼んでいたのが仇になった。

 何とも言えない恥ずかしさに襲われる吹雪。

 羞恥で小さくなる吹雪に、彼方が語りかけた。

 

 

 

「僕はさ、あの時……吹雪を尊敬してたんだ」

 あ、もちろん今も尊敬してるよ?と彼方は付け加え、続ける。

「初めて吹雪と話した時、吹雪は艦隊行動演習の動きを練習してたでしょ?演習でその動きを完璧にやって見せてくれた吹雪に、僕は凄く勇気づけられたんだ」

 所在なさげな右手で、彼方は自分の頬を掻く。

 照れ隠しのようだった。

「努力して、それを結果に出すって言うのは本当に難しいことなんだ。僕は提督になろうと努力し続けてるつもりだけど、中々結果が着いてこない」

 吹雪は、初めて彼方の弱音らしい言葉を聞いた。

 思わず彼方の右手を手に取り、軽く抱くように握りしめる。

 

 

 

「ーー吹雪。君は弱くなんかない。それは僕がよく知ってるよ」

 彼方も吹雪の手を握り返してくれた。

「僕の艦隊の旗艦はーー君だけだ」

 彼方はそう断言してくれた。

 

 

 

 彼方の重荷になるのが嫌ならば、強くなるしかない。

 強くなって、彼方に頼られる立派な艦娘になるんだ。

 吹雪はそう決意した。

 

 

 

「ねぇ、彼方君。あ、あのね……私ーー」

「ーー吹雪……。訓練が終わったのに寮へ帰ってこないと思ったら……それは、いくらなんでもずるいんじゃないかな……?」

「吹雪ちゃん……酷すぎます……」

 吹雪を探してくれていたらしい二人に見つかってしまった。

 二人とも震える声で、静かな怒りを瞳の奥に灯している。

「ひっ」

 二人の放つプレッシャーに、引きつるような短い悲鳴が喉からでた。

「ーー少し、話そうか。吹雪」

 

 

 

 結局ーー時雨と潮も彼方の膝に乗せてもらって、何とか事なきを得たのだった。

 彼方はクラスメイトの女の子を次々と膝の上に乗せる自分に、かなりの戸惑いを感じているようだったがーーとりあえずは、黙ってされるがままにすることにしたようだった。

 

 

 

 ーー数日後。彼方は吹雪をつれて、訓練所の工廠へとやって来ていた。頼んでいた品を受け取りに来たのだ。

「夕張さん」

「あぁ、彼方くん。アレ、出来てるわよ!」

 対北上達用に夕張に製作してもらった、吹雪用の試作兵装だ。

 因みに、夕張は楓の艦娘で、装備の開発、改修等を趣味とする変わった艦娘である。

「この娘が使うのね?はい!こっちが煙幕で……こっちが小型の浮遊機雷ね。海水に触れると外装だけ膨れて大きくなるわ。ただし、攻撃力はほとんどないわよ?」

 夕張は、吹雪に二つの特殊兵装を手渡した。

「ありがとうございます、夕張さん」

「いいのいいの。私と彼方くんの仲じゃない。データよろしく!貴女も後で感想、聞かせてね?」

 

 

 

 これで、作戦のキーとなりうる物は揃った。

 訓練もして、以前よりも練度は格段に上がっている。

 大規模演習までもう日はない。

「吹雪、絶対勝とう」

「はい!」

 決意を新たに、二人は工廠を後にした。




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました!

駆逐艦の娘達は抱っこしたくて堪らないです。

次回からは演習となります。
頑張ります。

それでは、また読みに来ていただけたら嬉しいです。

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