いつも読みにきていただきましてありがとうございます!
昨日は感想も評価もいただけて、本当に嬉しかったです。
本当に励みになります。
またよろしければ感想などよろしくお願いいたします。
それでは、今回も少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
彼方は鹿島に言われるまま、街へとやってきた。
「朝霧くんは、この街に来るのは初めてですか?」
目の前をスキップするような軽い足取りで歩く鹿島が問いかける。
今日の鹿島は教艦服ではなく、肩まで広く口が開き、体にぴったり合う形のボディラインが強調された白いニットのセーターに赤いミニスカート、黒いニーソックスにブーツという何とも『わかっている』格好だ。彼方と同年代に見えるその容姿もあり、どこからどう見てもカップルのデートである。
「いえ、僕はここ出身ですから……」
言葉少なに彼方は答える。いつもと全く異なる様子の鹿島に戸惑っているのだ。
「朝霧くん、この服……おかしくないですか?」
それを知ってか知らずか、鹿島が不安げに問いかけてきた。
「いえ!……似合っていると思います、凄く」
少し照れながら言う彼方に、満足そうに頷く鹿島。
「今日は気合いを入れてきたんです!朝霧くんとの初めてのデートですから、ねっ?」
鹿島が上目遣いにこちらの表情を覗きこんでくる。
セーターの隙間からちらりと覗く豊かな双丘に、彼方は堪らず目を反らす。
今日の鹿島はいつにも増して上機嫌だった。
「朝霧くん、お昼は何が食べたいですか?」
何でも好きなもの奢っちゃいますよ、私。先生ですから!
と力こぶを作って見せる鹿島。
普段とは全く異なる、見た目の年齢相応にはしゃぐ鹿島に彼方は翻弄されっぱなしであった。
ーー順調だ。彼方が自分を意識していることに、鹿島は満足していた。
わざわざ男好きのする格好をして、男が好みそうな言動をとって見せた。
戸惑う彼方に自分の望んだ結果が得られていると判断した鹿島は、ついに目的に向けて動いた。
「朝霧くん、お願いがあるんですけど……聞いていただけますか?」
「何ですか?僕にできることであれば……」
彼方は即答してくれた。
「私と二人で写真を撮ってくれませんか?」
鹿島は彼方を訓練校の正門前へと連れてきた。
「鹿島教艦……どうしてわざわざここへ?」
問いかけてくる彼方を無視して鹿島は霞が立っていた場所に立つ。
「ほら、朝霧くん。こっちですよ?」
もう少しだ。あと少しで『朝霧 彼方』が手に入る。
鹿島の心は逸る気持ちで一杯になっていた。
彼方があの場所に立った。
「いいですか、撮りますよ?はい、チーズ!」
カシャリと音をたて、鹿島の手のカメラが目的の達成を知らせる。
鹿島はもう隣の男の子の事など忘れて小さい画面に映りだす画像に釘付けだ。
ーー困った顔の男の子の隣には、能面のような顔に無理やり笑顔を貼り付けたような、気味の悪い女が立っていた。
「えっ……嘘……。何でこんな……どうして?」
おかしい。
霞から彼方は奪い取ったのに。
確かに写真の鹿島は霞がいた位置に収まっている。
ならば鹿島は幸せな笑顔を浮かべている筈だ。そうでなくてはならない筈だ。
なのにどうしてこんなに……薄気味悪い写真になる?
過去が忘れられるのではなかったのか?
もう仲間を失う恐怖に怯えなくて済むのではなかったのか?
「鹿島教艦」
隣にいた男の子が声をかけてくる。
無視した。今は考えることに忙しい。
原因を見つけなくては。
ぶつぶつと、うわ言のように何かを呟くただならぬ様子の鹿島を心配し声をかけてくる彼方に、鹿島は反応を示さない。
「鹿島教艦!」
「えっ……何ですか。今忙しいんですけど」
肩を掴んで軽く揺すられ、鹿島は漸く彼方の姿を視界に収めた。
「……ちょっと、歩きませんか」
彼方は鹿島の手をつかみ、強引に引っ張るように鹿島を連れ出した。
彼方と海岸線の道沿いを歩く。
鹿島の足取りは重い。
彼方は構わずあの場所を目指して歩いていく。
「どこに、行くんですか」
「………………」
彼方は答えない。
不意に彼方が足を止めた。
鹿島が顔をあげるとそこには一面のフェンス。
そして深海棲艦への注意を促す看板が目に入った。
「ここが何か?」
問いかける鹿島に、彼方は逆に聞いてきた。
「鹿島教艦は、本当は誰とデートしたかったんですか?」
何を言い出すのだろう。鹿島が欲する男の子は『朝霧 彼方』ただ一人だ。他の誰も必要ない。
「そんなの、朝霧くんに決まって……」
「貴女は、出会ってから一度も『僕』を見てくれたことないでしょう?」
「はぁ?何を言ってるんですか。どれだけ長い間、私が『貴方』のことだけを考えて生きてきたと……」
訳のわからないことを言ってくる彼方に、鹿島は苛立ちを隠そうともしない。
「貴女は、僕のことを一つも知ろうとしないじゃないですか」
そうーー鹿島は彼方がこの街出身であることすら、知らなかった。
霞と写真を撮っていたのを考えれば、そんなことくらい簡単に予想できた筈だ。
しかし、鹿島はそんなことにも気づけなかった。
「そんな……だって、そんなの」
考えてみたこともなかった。
鹿島が欲しかったのは、心の拠り所だ。
霞が彼方の写真を大事そうに抱き締めているところを見かけるたび、羨ましくて妬ましくて堪らなかった。
霞の心の拠り所は彼方と撮った写真などではない。彼方との思い出だ。
ーー鹿島の撮った写真には、思い出など詰まっていない。
よく知りもしない男の子と撮った写真をどうして心の拠り所に出来よう。そんなこと、出来るはずがない。
「ーーそっ……か。私、最初から失敗しちゃってたんだ……」
愕然とする鹿島の手を、彼方が取る。
「だから、鹿島教艦。僕のことを知ってくれますか?」
そう問いかけてくる彼方に思わず鹿島は頷いた。
彼方はこの街で生まれ育った。
提督を父に持ち、元艦娘が母親だった。
幼い頃、鎮守府に押し寄せた深海棲艦から街の住人達を守るため、盾となった彼の父親は死んでしまった。
その日以来、彼方の母親は毎日泣いて過ごしていたそうだ。
全て鹿島にとっては初めて聞かされた話だった。
「ーー最後に父さんと別れた日。僕は約束してたんです。母さんを守るって」
辛い思い出を語る彼方はその内容に反して暗い顔はしていない。
「あの時の、泣いている母さんの姿は今でもはっきり覚えています。その泣いている母さんの姿とーー今の鹿島教艦の姿はそっくりです」
鹿島は今も心の中では泣いていた。
多くの愛する教え子達を奪われた深い哀しみは、鹿島を捕らえて離そうとしない。
「僕は絶対に『提督』になります。母さんを守るため。父さんとの約束を果すため。……そして、霞姉さんの傍にいるために」
ーーほら、きた。また霞だ。
わかっている。この子の心の中心にはいつも霞が陣取っている。
「鹿島教艦。ーー僕に貴女を守らせて下さい」
不意に呼ばれた名前と、続く言葉に理解が追いつかない。
「僕は、貴女に仲間を死地に送らせるようなことは絶対にしません。笑って過ごせる毎日にしてみせます。今はまだなんの説得力もないかもしれませんがーー」
彼方に力強く引き寄せられた。
「ーー僕は、鹿島教艦の笑った顔が見てみたいんです」
ーーそれからしばらく、鹿島は彼方の胸で泣き続けた。
絶え間なく湧き出てくる怨み辛みの言葉を全て彼方にぶつけた。
彼方は黙って鹿島の泣き言を聞いてくれた。
海が夕焼けの色に染まる頃、漸く鹿島も落ち着いてきた。
黙っていた彼方が、不意に鹿島に声をかける。
「鹿島教艦。僕と二人で写真を撮ってくれませんか」
先程とは逆の立場。
泣き腫らして酷い顔をしている鹿島をお構い無しに、彼方はカメラを構える。
カシャリと、再びカメラが写真を撮ったことを知らせた。
霞とは違う時間。違う場所。
彼方と鹿島が今日一日二人で積み上げてきた時間の成果。
「そんな……どうして、こんなに」
そこには、優しく包み込むような笑顔を浮かべている男の子と、涙で化粧は崩れ、酷い顔をしながらもーー嬉しそうに微笑む少女の姿があった。
ーー翌日。
「なぁ、彼方。お前ーー鹿島教艦に何か嫌われるようなことしたのか?」
机に突っ伏している彼方に太一が問いかけてくる。
「……んー……勧誘、かな……多分」
はぁ?と首を傾げる太一。
太一がそう問いかけてきた理由は、先日まで『彼方甘やかし係』だったはずの鹿島が、急に彼方に厳しい訓練を課すようになったからだ。
霞と鹿島に挟まれ、彼方はこれから毎日人の何倍もの訓練をこなさなくてはならないことだろう。
彼方の腕はまだまだ誰かを守れるほど太くはない。
『提督』とは何人もの艦娘を守れなくてはならない存在だ。
彼方には彼女達を守れるだけの力が必要なのだった。
教艦室へと戻る道中で、霞が話しかけてきた。
「……で、どうだったのよ。その……昨日は」
そわそわと不安げに問いかけてくる霞。
鹿島はにやりと笑みを浮かべるとーー
「私、彼方くんのことが好きです」
教艦室の鹿島の机の上には、笑顔を浮かべる二人の写真が飾ってあった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
これにて鹿島編は終了です。
鹿島には辛い役割を背負わせてしまい、鹿島ファンの方には大変申し訳なく思っております。
しかし、今回から鹿島が泣くようなことはもうないと思ってます。
さて、次回からはクラスメイトの艦娘達にスポットを当てていきたいと思います。
どうかこれからも頑張って書いていきますので、また読みに来ていただけると嬉しいです。