赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

8 / 66
第二鬼

「勇者コーイチ、行きましょう」

 

 

 リーナが宏壱を急かすように進むよう促し、歩みを再開する。

 

 

「え~? 無視しなくてもいいじゃん、リーナさん♪」

 

 

 だが、誠也は食堂に続く通路に立ちはだかった。

 宏壱とリーナは誠也が邪魔で先に進めない。迂回すれば可能だが、通れないように正面に来るのは目に見えている。

 

 

「……」

 

「つれないねぇ」

 

 

 無言で無感情の視線を向けるリーナに茶化すように言う誠也。

 隣の猫はやれやれと肩を竦めた。赤茶けた毛並みが艶を放っている。

 

 

「騎士リーナも大変だにゃ」

 

「どういう意味だ? ガーベロ隊副隊長、ミカル・ガーベロ」

 

「そんな落ちこぼれの指導役なんてなんの得にもならないにゃ」

 

 

 侮蔑と嘲笑の色を乗せて宏壱に目を向けるミカル。

 

 彼はガーベロ隊の隊長であるリゼル・ガーベロの弟だ。獣人族の部隊名は部隊長の姓から名付けるのが基本だ。よっぽど部下から慕われていなければ、部隊長交代時に部隊名が変わる。

 

 ガーベロ隊と言うのは獣人族が誇る部隊の中で一番槍を務めることが多い部隊だ。しかし、この場合は戦争などではなく、魔物の大量発生や大盗賊団の討伐時のことを意味している。

 軽装な者が多く、俊敏性に長けた猫科の獣人が隊員の大半を占めている。

 

 その例に漏れず、ミカルも革鎧で心臓や局部、急所などを最低限守れるような装備しかしていない。

 ガーベロ隊は攻撃を避けるのがモットーだ。守りを固めることは動きを阻害して死に直結するのと同義……入隊時にそんな思考を持つように教育される。だから彼らは軽装を好む。

 

 

「落ちこぼれ、とは誰のことだミカル・ガーベロ。返答によっては……」

 

 

 リーナは宏壱を背に庇うように前に出て、すっと目を細め、右手を背にある大剣、レッドクレトスの柄に添えて誠也とミカルを見下ろす。

 

 

「にゃにゃっ!? 怒らないでほしいにゃっ!」

 

 

 リーナの怒気にミカルは両手を顔の前でブンブンと振って後退る。

 

 

「でも、事実でしょ」

 

「勇者タニムラ、何か言いたいことでも?」

 

「だってねぇ。聖剣も魔剣も持たない勇者って有り得ないでしょ」

 

 

 誠也が言うように、勇者の中で聖剣も魔剣も持たないのは宏壱だけだ。だから、勇者達に宛てられた指導役の何人かは宏壱を落ちこぼれと嘲笑う者がいる。その空気は勇者達、クラスメイトにも伝搬していた。

 全員ではない。全員ではないが、少なからずそういった視線を送っている者もいる。

 

 

「山口くんよりさぁ、俺の方が強いよ?」

 

「……そうだとして、私に何か関係が?」

 

 

 誠也の言葉が癪に障ったのか、リーナのレッドクレトスを握る手に更なる力が加えられる。

 そんなリーナの姿を後ろから見て、宏壱はそっと苦笑を溢す。

 

 

(自分もあの猫と似たような反応だったのにな。この二週間で変わるもんだよ、ホント)

 

 

 リーナも当初はミカルと変わらない目を宏壱に向けていた。

 

 ◇

 

 声が小さく覇気がない。姿勢も悪くてやる気も感じない。更に極めつけは聖剣も魔剣も持たないということだった。

 勇者としてそんな人物が信望を集めるなど不可能だ。だからこそリーナは初見の宏壱を嫌った。

 ステータスは並みの人間を上回る。しかし勇者の一人と見れば貧弱と言わざるを得なかった。

 

 

――私が貴様を見てやる。構えろ。

 

 

 それがリーナの第一声だった。今のような敬語ではないし、敬いの心などありはしなかった。

 

 流石に丸腰の勇者とやりあう気など起きなかったリーナは、宏壱に魔人族騎士隊で配給されているグレートソードを渡した。

 そして始まる訓練はステータス通りリーナの無双が続いた。

 一合も保たずグレートソードは弾かれた。

 

 

――その程度の力量で勇者などと、笑わせるなっ!

 

 

 余りの不甲斐なさにリーナはキレた。それは、彼女が勇者という者達に憧れがあったのが原因でもある。

 いずれ世界を左右する戦いに身を投じる者達だ。前人未到の域に達する者が、成長段階でこんなに弱くて良いわけがない。そんな失望を抱いたのだ。

 端から強い人間などいない。それは勇者も同じだ。そう気付いたのは、宏壱のレベルが3になってからだった。

 

 レベル2ではレベル1と変わりはなかった。しかし、この段階でリーナは妙な感触を手に覚えていた。

 宏壱に放った一撃の一瞬の接触が思ったよりも軽い衝撃をリーナに返した。

 宏壱のグレートソードを握る力が弱い。リーナはそう思っていた。

 事実、宏壱のSTRはリーナを大きく下回る。当然リーナは全力で宏壱を叩き伏せているわけではない。気に食わないといっても、それで殺してしまうなど騎士の風上にも置けないと理解しているのだ。

 

 しかし、その軽い感触は幾度やっても取れなかった。

 そして訓練開始から三日目に気付いたのだ。リーナの太刀を受けるときの構えが妙だと。

 正面からではなく、外に逸らすような形で迎えて、宏壱の膝関節が一瞬の浮き沈みを見せる。その時に若干ではあるが、レッドクレトスがグレートソードの上を滑ったのだ。それでも最後には力負けして、弾き飛ばされるのだが。

 

 

――(この男……何をしている?)

 

 

 その違和感に気付いたとき、リーナは宏壱に興味を持っていた。

 接点は朝と昼の訓練時のみだ。当初、リーナは騎士隊の仕事を優先していた。

 訓練が終われば複合都市・マグガレンの王城に設置された転移魔方陣(行き先は各種族の王都)で魔人族本国に帰っていた。

 本来彼女の任務は勇者の訓練で、騎士隊の方は免除されていた。

 ならば、それを利用してリーナは一日だけ宏壱に時間を割こうと考えたのだ。

 

 そして朝、いつもの時間よりも早く訓練をしようと朝日が顔を見せた時間帯に、聞かされていた宏壱の部屋に向かった。

 ノックをしても返事はなく、声を掛けても無駄だった。

 リーナは叩き起こそうとドアノブを回して扉を開ける。鍵が掛かっていないことに不用心な、と顔をしかめながらも中に入ると……。

 

 

――……居ない?

 

 

 誰もいなかった。与えられた寝間着は部屋の外に設置された洗濯篭の中にあり、グレートソードは見当たらない。

 

 

――何処に? まさか……!

 

 

 リーナは何かに気付くと駆け出した。

 有り得ないと思った。覇気のないあの男が、やる気の欠片も見せないあの男が朝早くから動いている。しかもグレートソードを持って、だ。

 

 そうしてリーナが辿り着いたのはいつもの演習場だった。

 そして演習場の中心に、縦横無尽に動く人影を見つけた。

 しなやかに、鋭く、乱雑に、荒々しく、そして流麗に。華麗さと乱暴さが合わさったその動きは、ステータスには反映されない経験に裏打ちされた技術だった。

 けっして速いわけではない。けっして力強いわけではない。

 

 

――何て、綺麗な動きだ……。

 

 

 だが、見惚れた。

 その光景を壊したくなくて離れた位置で見ていた。身に纏う衣服は勇者達が着ている聖衣(女神の加護があるため、宏壱達を支援する者達の間ではそうなっている)だ。顔は見えないが勇者の一人で間違いはなかった。

 

 そして振るわれている直剣。自分が指導している勇者に渡した騎士剣、グレートソードで間違いない。

 朝日で彼の顔に掛かっていた影が晴れた。前髪と瓶底眼鏡で隠されていない目が見えた。

 

 

――ああ、私はなんと愚かだ。ステータスだけが、表面に見えているものだけが全てではないというのに……。

 

 

 そしてリーナは嘆いた。鋭い、鋭すぎるその眼光の奥には確かな覇気と闘気が揺らめいていた。

 弱い。勝てない訳がない。勇者とはこんなものか。そう思っていた。

 だが、今本性をさらけ出している目の前の男はなんだ? 弱者か? 搾取されるだけの被捕食者か? 違う。あれは強者だ。ただ食い殺されるだけの存在ではない。逆境を乗り越え、強者に食らい付き、壁を破壊し、立ちはだかるもの全てを殺す。得体の知れないナニカだ。

 しかし、怖いか? 恐れるか? 否だ。何故そう思うか分からない。理由などない。本性を隠したあの男は敵ではない。そう頭ではなく、心で、本能で分かった。

 そんな自問自答がリーナの中で繰り返される。

 

 

――(勇者コーイチ、貴方はこんな私を赦してくれるだろうか? 上辺の強さと、周囲の評価で貴方を見下していたこんな私を……)

 

 

 リーナは懺悔にも近い言葉を心の内で呟く。

 集中して舞う彼にその言葉は届かない。分かっている。本人が目の前にいるのに胸中を語れない。口にして良いものか分からない。

 

 時に一人を、時に複数を、その剣の手に掛け、凪ぎ払い、蹴りを繰り出し、引き寄せ拳を叩き入れる。

 型などありはしないし、流儀などもない。だが、隙がない。自分の方が速く動ける。防御は力で捩じ伏せればいい。

 そう思っても何故か自分の喉元に剣が突き付けられている姿が浮かんだ。

 

 

――勇者コーイチ様。

 

 

 貴様、出会ってからそうしか呼ばなかった彼女は初めて宏壱をそう呼んだ。

 

 

――お手合わせ願います。

 

 

 そうして今の関係が築かれていった。

 共に訓練を積み、食事をして、冒険者ギルドの加入も行った。クエストには二人で出掛けることもあった。

 討伐クエストだけではない。採取やおつかい、家具の修理や護衛、時には飲食店のウェイターも務めた。リーナは二週間という短い時間を宏壱との距離を縮めることに費やしたのだ。

 

 ◇

 

 とそんなことがあって宏壱とリーナは少しではあるが、信頼関係を築いていた。

 稽古ではなく訓練として対峙し、監査役ではなくパートナーとしてクエストに挑んだ。

 

 

「お前が思っているほど勇者コーイチは弱くはないぞ」

 

「入れ込むにゃ~。勇者は聖剣、魔剣の有無が全てじゃないかにゃ?」

 

「ふん、話にならんな」

 

 

 宏壱が回想している間も話は進んでいた。

 近に宏壱と接したリーナと、遠巻きから見ているだけで、尚且つ種族柄、実力主義の獣人族で聖剣も魔剣も持たないという色眼鏡で宏壱を見るミカルでは彼に対する認識の違いが生じるのだ。

 

 

「あの、リーナさん、僕もうお腹ペコペコです」

 

「あ、そうですね。参りましょう。私もお腹が空きました」

 

 

 しかしながら、そんなことは宏壱には関係なかった。誰にどう思われたところで自分の在り方を変える気は彼には毛頭ない。

 

 そして二週間の付き合いで、宏壱にブレない動じなさを見たリーナは、これ以上自分がどうこうとミカルに突っ掛かっても、宏壱のためにならないと断じて食堂に向けて足を進めた。

 

 

「ちょっ、まだ話は終わってないにゃっ!」

 

 

 ミカルはそう呼び掛けて隣を通り過ぎようとした宏壱に手を伸ばす。だが……。

 

 

「――――」

 

「っ!?」

 

 

 宏壱がぽそっと落とした言葉を、猫そのものの聴力で拾ったミカルはビクッと身体を震わせて動きを止めた。

 

 

「うん? 勇者コーイチ、今何を……?」

 

「何でもありませんよ。ささっ、行きましょう!」

 

「???」

 

 

 珍しく声を張って誤魔化すように急かす宏壱に、戸惑い、首を傾げながらもリーナは歩いていく。

 そのあとを追う形で背を曲げて歩く宏壱をミカルは恐怖に揺れる目で見送った。

 

 とてつもない覇気と殺気、そして「これ以上関わると、殺すぞ」という殺意の乗った言葉を直にぶつけられて恐怖に染まった目で……。




――キャラクター紹介――

ミカル・ガーベロ

身長:152cm

体重:38kg

ガーベロ隊副隊長。
ガーベロ隊隊長リーゼル・ガーベロの弟。
俊敏性を活かして短槍を使う。お調子者で、長い物には巻かれろ精神が染み付いている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。