赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第五十四鬼

 バチィッ!

 

 雷鳴が轟くと、地面から生える草を揺らした。

 

 

「【雷神】」

 

 

 静かに魔法名が呟かれる。

 宏壱の体表を幾千もの雷が走り回る。

 

 

「ぬ、おぉぉっ!」

 

 

 苦鳴の声を上げながら、意識を顔の前まで上げた右手に集中する。体表を走っていた雷が規則性を持ち、右腕に集っていく。

 それはやがて手首の先に集まり、一際強く雷鳴を響かせ、煌々と光を放つ。

 

 

「っ!?」

 

 

 ふっと意識が逸れた。直後、バヅン! と集った雷は弾け、周囲に雷の猛威を振るう。

 

 

「っと」

 

 

 それは傍らで見学していたセターヤにも向かい、彼女は自身の影で受けて相殺した。

 

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 

 膝に手を突いて、宏壱は荒く呼吸を繰り返した。

 

 

「ふむ、制御が難しいか。もっと訓練すれば上達するだろう」

 

「はぁっ、んな他人事よりっ、アドバイスとかないのかっ?」

 

 

 腕を豊満な胸を持ち上げるように組み、自身の影を触手のように細く伸ばしてうねうねと動かすセターヤに、荒く息を吐きながら恨みがましい視線を送る。

 

 

「アドバイス? ない。感覚だ」

 

「この脳筋めっ」

 

 

 そんな悪態にもセターヤは何処吹く風と、まともに取り合う様子はない。

 

 メアの瘴気注入を始めて一ヶ月が経過した。

 その間にバトルアックスは完成し、後はメアが目覚めるのを待つだけとなっているのだが、存外に瘴気の吸収速度が遅く、いまだにメアの器を満たすだけの量がない。

 暇な宏壱は、襲いくる魔物を倒す傍らで、鍛練に励んでいた。

 セターヤの使うユニーク魔法【シャドウコントロール】が、宏壱の【雷神】【炎神】【氷神】と似かよった性質であると判明したので、どうにか制御して上手く扱えないかと奮闘しているのである。

 

 宏壱は今まで、これらの魔法を纏うことしかしてこなかった。

 理由は、それで十分だったからに他ならない。どれ程の苦難も、雷を纏い、炎を纏い、氷を纏い対処してきた。

 しかし、この世界にはレベルの概念があり、耐性が数値化されている。

 どれ程強力な雷でも、通電しなければ効果は出ず、どれ程熱い炎でも、燃やせなければ意味はなく、どれ程冷たい冷気でも、凍てつかせなければただの冷風にすぎない。

 だが、それも数値を上回れば問題ない。一点に集中した攻撃ならば、致命的ではないにしろ、一定の効果は得られるのだとセターヤは言う。

 そうでなくとも、魔力の運用次第では消費MPを減少させることも可能なようだ。その場合は、省エネの分だけ能力も低下してしまうのだが、常に全開出力よりは、手加減もできた方が余力も残せるだろう。

 

 

「くっ、ふぅ⋯⋯」

 

 

 曲げていた背をぐぐっと伸ばして浅く息を吐く。

 制御はまだ上手くいきそうもない。鍛練に今しばらく、時間を割くことになるだろう。

 

 ◇

 

「っ!」

 

 

 気合い一閃、振り抜かれたグレートソードがバチチッと放電しながらミノタウロスの腹を斬り裂く。

 

 崩れ落ち、粒子に変わるミノタウロスを余所に、右側面から迫るサイクロプスに右腕を向け、押し込むような仕草を見せた。

 すると、グレートソードの体面を這っていた雷が瞬く間に左腕から肩、胸、肩、右腕と通り、手首の先へ集っていく。

 

 ドウッ!

 

 砲弾のような雷の塊が撃ち出され、容易くサイクロプスの巨体を吹き飛ばす。

 

 

「【炎神】!」

 

 

 スムーズに【雷神】から【炎神】にシフトされる。走り回っていた雷が炎の筋に変わり、それらが左足に集束されていく。

 攻撃直後の宏壱を背後から狙う、まさに猪突猛進のドスボア。このダンジョンのボア種最高レベルの魔物だ。

 後ろ足二本で立ち上がれば、熊と見間違えるほどの大きさを誇り、焦げ茶の体毛は一本一本が針のように鋭く硬い。

 左右の側面には、二本ずつ白い線が走っている。それが赤黒く妖しい輝きを放つ。クンッと残光を残し加速した。発光はスキルを使っている証である。

 急激な加速ではあれど、宏壱は上手くタイミングを計り、右足を軸に回転して左足を蹴り抜いた。

 爪先がドスボアの頬に触れた瞬間──ボッ! と火を吹き、ドスボアを包む。

 

 

「今日は(しし)肉だっ」

 

 

 若干涎が垂れているのはご愛嬌として、宏壱の望み通りドスボアが粒子に変わると、後にはこんがり焼けた肉が落ちていた。

 

 それを回収する間もなく、サイクロプスの棍棒が横薙ぎに振るわれる。

 左側面から迫ったそれを宏壱は左腕で受け止め、勢いに逆らわず吹き飛ばされる。

 

 

「【氷神槍】!」

 

 

 ざざっと着地で地面を削りながら、脇を駆け抜けたミノタウロスに右手首の先に生み出した氷の槍を投げ付ける。

 

 ドシュッ!

 

 氷の槍はミノタウロスの硬質な肌を貫き、ふくらはぎを地面に縫い止めた。当然、駆けていたミノタウロスは急な停止に逆らえず、前のめりに倒れる。

 そこに十本の影が宙から殺到する。肩、二の腕、掌、太股、そして首に深々と突き刺さる。

 

 宏壱がチラリと背後に視線を向ければ、セターヤが腕を組んで仁王立ちしている。

 彼女の影が幾本も細く天に向けて伸ばされ、彼女を囲んで螺旋のようにぐるぐると円を描く。

 セターヤはぽっかりと空いた大樹のうろを守っている。

 

 メアが瘴気の吸収を始めて既に二ヶ月が経過していた。

 宏壱の鍛練も進み、【雷神】【炎神】【氷神】を上手く扱えるようになっていて、実戦でも難なく行使できている。

 いまだ発展途上にいると知り、宏壱は歓喜した。

 

 

「そらっ!」

 

 

【炎神】で赤熱したグレートソードが、ミノタウロスの振り下ろす大斧の両刃を熱で焼き斬る。

 

 

「【突剣・炎】!」

 

 

 振り上げたグレートソードを引き戻し、突きを放った。

 バフッとグレートソードが火を噴き、皮膚を溶かすほどの熱がミノタウロスを襲う。

 

 

「ぬおっ!? こいつ──ぐっ!」

 

 

 鳩尾が溶解し、穴が空いた。しかし、ミノタウロスの気力が一瞬だけ絶命を免れ、宏壱の両肩を抱き込むように押さえた。

 ミノタウロスの腕には血管が浮き出ていて、凄まじい力が込められていることが分かる。

 身体を捩っても身動(みじろ)ぎできず、それは大きな隙となった。

 

 ゴウゥッ!

 

 唸りを上げて棍棒が背後から振り抜かれる。

 強烈な一撃にさしもの宏壱も骨を軋ませ、吹き飛んだ。ミノタウロスは既に息絶え、粒子に変わっていた。

 

 

「づっ」

 

 

 左腕を盾にしてなんとか顔面からの墜落は避けた。ゴロッと転がり、起き上がり様にグレートソードを振るう。

 強靭な膂力で振り抜かれたグレートソードは、何もない空を斬りつけた。追撃のために迫るサイクロプスを牽制するものではない。

 

 ズパンッ!

 

 サイクロプスの右腕が宙を舞う。手に持っていた棍棒はいまだ握り締められたまま回転して、地面に落ちた。

 

 

「飛剣【鎌鼬】。俺の斬撃は宙を駆けるぞっ」

 

 

 呟きと同時にグレートソードが二度振るわれ、シャッ、シャッと二つの斬撃が飛ばされる。

 不可視ではない。眼を凝らせば、空気の僅かな揺らぎが見てとれる。それは、三日月のような弧を描いていた。

 

 素早い腕振りと、空気を叩き付けるような豪腕によって成される中距離攻撃。元の世界において、宏壱が扱えた技の一つである。

 レベルの低下により、超人の域に落ちてしまった宏壱には扱えない妙技であったが、ここ二ヶ月の魔物撃退でレベルが上がり、再び扱えるようになったのだ。

 ただ、やはりと言うべきか、この世界の基準に最適化され、SPを消費してしまう。その数値は320だ。

 回避困難で斬れ味が鋭く宙を駆ける刃は、強力なスキルとみなされた。

 今の宏壱でも連発できる代物ではない。が、やはり使い慣れていた技が再び使えるようになると、どうしても頼ってしまうようだ。

 

 宙を駆けた刃は、一撃目でサイクロプスの両膝を切断し、二撃目で落ちて低くなった首を刎ねた。

 

 魔物の数は減らない。大樹を囲う森から続々と姿を見せ、宏壱とセターヤに襲い掛かり、隙を突いて大樹のうろへと入ろうとする。

 この戦いは二時間も続けられていて、宏壱もセターヤも息を上げていた。

 

 

「んくっ⋯⋯んくっ⋯⋯」

 

 

 宏壱は腰のアイテムポーチから取り出した回復薬とMP回復を、喉を鳴らして手早く飲み干し、空ビンを捨てる。

 度々、ロドーで買い出しをするセターヤに調達してもらった物だ。

 

 まだまだ戦えるぞと腰を落として言外に示し、グレートソードを水平に構えて迫るブラッドボアを迎え撃つ。

 

 戦いは終わらない。この日から波状攻撃を仕掛けるように、第一波、二波、三波と断続的に、不規則に魔物が襲い掛かってくる。

 疲労困憊なれど、しっかりと地面を踏み締めて立つ宏壱に、メアが目を覚ましたとセターヤの声が飛んだのは一月(ひとつき)後だった。


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