赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~ 作:コントラス
「これより、定例会議を行います」
重々しく告げられる。
ここは複合都市・マグガレンの王城。そこの謁見の間である。
5つの玉座には各王が座っており、彼らの前には跪く勇者と元指導役がいた。
全員ではない。とある任務に有志で参加していた者達だ。
宏壱の指導役であったリーナ、行動を幾度か共にした晶とカエデの勇者指導役ペア、宏壱の幼馴染みのなずなと美咲、元の世界で宏壱に絡んでいた龍治、秀次、浩司、なずなに同行する勇気、淳、秋穂、担任の陵子、そして高精度の【鑑定】を持っている幹好である。
始まるのは、各国王、女王が集まって定期的に行われる国家間での会議、と言うよりも報告会のようなものだ。
主に犯罪者の情報の共有や交易などの外交状態を話し合っている。
ただ、使うのは謁見の間ではなく、円卓のある会議室で行われる。
しかし、今回はその趣が違う。勇者達に伝えることがあった。
「発言を許します」
跪いていた者の一人、赤い重鎧を纏った獣人族と魔人族のハーフの大柄な女性、リーナが重さを感じさせず、右手を上げて発言の許可を得る。
議会の進行を務めるのは、マグガレンと周辺一帯を取り仕切るシュレッツという優男だ。
立場で言えば、マグガレンの領主代理のようなものである。
「何故、勇者コーイチの捜索を打ち切られたのですか? その、期待しても良いのでしょうか?」
宏壱がパセットダンジョンの土橋を自ら砕いて落ちたその日から、凡そ二ヶ月が経過していた。
その間、宏壱の指導役であったリーナを始めとした有志が、行方不明扱いとなった宏壱の捜索を行っていたのだ。
再生した橋の下に降りてみて、捜索したが、死体もグレートソードもアイテムポーチすら見つからないのでは、その死は疑われて当然である。
故に、宏壱は行方不明扱いとなった。
そうして行われたのはダンジョン内外問わずの捜索である。
宏壱と古い付き合いであるなずなと美咲の話では、非常に好奇心旺盛で退屈を嫌う性格であるらしい彼は、刺激を求めて帰ってこない可能性がある。
普段の彼を知るクラスメイト達には俄には信じがたい話であるものの、彼を深く知らないが故に異議を唱えられなかった。
ただ一人、勇気を除いて。
彼だけは諦めようと、絶望的だと言い続けている。
それは自尊心故にであろう。聖剣、魔剣を持たない勇者として不完全な宏壱が、身をなげうってメガベアーを道連れにした。
その命知らずで勇猛な姿は、想い人であるなずなの熱に浮かされたような横顔と共に、彼の網膜に焼き付いている。
まるで物語の主人公とヒロインではないか、そう脳裏に思い浮かべては頭を振って掻き消した。
「さて、お前の期待通りといくかは分からぬ。話を最後まで聞け、バコフ。さすれば、判断もできよう」
リーナの問いに答えたのは魔人族女王、ルーカス・ピフである。
「はっ、少々急きました。申し訳ございません」
深く頭を下げるリーナに、ルーカスは「構わぬ」と言って、進行役のシュレッツに話を進めるよう促した。
「では、まずは──」
語られたのはジェネガン王国で起きた異変である。
まずは辺境都市・グスピカルでのことだ。
ゴブリン討伐の依頼を達成した冒険者からの報告で、妙な小屋を見つけたというものがあった。念のための調査が必要ではないか? そんな話だった。
最低ランクの冒険者の言葉をどこまで信用したものか、と悩んだギルドだったが、一応二人の職員を派遣した。
倒壊した小屋は見つかったが、なんら異常らしいものはなかった。倒壊した小屋の木片に夥しい量の血液と、魔法陣の一片らしき部分以外は⋯⋯。
血液検査などできないが、獣臭さからして、魔獣の物ではないか? という憶測があり、魔法陣の方もなにかしらの魔法を行使したと思われる痕跡があった。どうも失敗に終わったらしいということが分かっている。
次の報告は、水都市・ロドーで起きたミノタウロスが比較的、浅い層で出現した件である。
既に数日が経過しているが、原因は不明で、しかも収まり始めているのだ。
瘴気を遠目から確認した熟練の冒険者の報告では、濃くなっていた瘴気の濃度が薄まっているらしかった。
であれば、ミノタウロスを産み出すことはできないと思われ、現在残っているミノタウロスさえ倒せれば、危険はなくなるだろうと予測されている。
ただ、二人の冒険者が帰っていないことと、ダンジョンの中で炭化した男の遺体が見つかった謎は解明できていない。
いや、予測として、帰ってきていない冒険者の片方が男であることから、そうなのではないか? との見解もあったが、ギルドに登録されている魔力波長と照らし合わせると、別人であることが判明している。
しかも、その冒険者は攫われた少女を助けるために、ローブの怪しい者を追ったことから、その遺体はローブの怪しい者ではないか、と確信を持った声が、とある冒険者から発せられた。
その冒険者は簡単な事情聴取を受けた後に、ロドーを発っている。
ただ、勇者達にとって重要な証言をしていた。曰く、戻らない冒険者は、常軌を逸した実力を持ち、白い高等な防具を身に付けたグレートソードを扱う長身の男だと。
断言はできないが、あてはまる箇所は幾つもあり、そうであると想像させられる情報である。
否応にも、リーナやなずな、美咲は期待せざるを得なかった。
極めつけは冒険者の名前がコーイチであることと、冒険者登録の時期が二ヶ月前であること、そして何より登録場所がここマグガレンのギルドであることだった。
◇
それから数十分の話し合いが行われた。本人かどうかは断定できないものの、限りなくそうであると思わせる情報であり、そうであるならば捜索は打ち切り、彼と接触するべきでもあるとされた。
ただ、ここで問題が起きた。
「あの、本当に帰っちゃうんですか?」
「⋯⋯ええ。私の任務は勇者コーイチの指導でしたから。それが終わった以上、本来の職務を疎かにはできません」
報告を聞き終わり、リーナとカエデを含めた勇者達は、彼らの居住区として与えられた寮の一階にある食堂で顔を付き合わせていた。
もう一人、なずなの指導役だったランチェが加わっていた。
余談だが、妖精族に役職などはなく、自由に動き回れている。ただ、ハサーシャが女王を名乗るのは、他の種族に対して分かりやすい代表者であるためだ。
今現在、食堂を利用しているのは彼らだけのようだ。
「他の指導役の人達は、とっくに仕事に戻ってるみたいだからね」
リーナとカエデに対して敬語だった晶も、フランクな口調に変わっていた。
「はい。私だけが勇者コーイチの捜索に構けているわけにはいきませんから」
「⋯⋯某も職務に戻っておりませんが?」
「カエデ殿は、ジェルガン王から勇者ミフネの傍にいるよう申し受けたのだろう? では、それが任務ではないか?」
カエデはジェルガン王──ブルセオの近衛兵である。本来は傍に控え、ブルセオを守ることが仕事であるが、勇者ミフネの傍にいよと命令が下され、彼女はいまだに晶と行動を共にしていた。
「それはもう近衛の仕事ではありませんよ。実質、暇を出されたようなものです」
ふぅと息を吐くカエデに苦笑を浮かべることしかできない他の面々は、話題を変えることにした。
「では、山口くんを探しにいくのは、リーナさんを除いた私達ですか?」
「まぁ、人数がそんなにいても仕方ねぇだろ。他の連中は置いてけばいい」
担任である陵子の言葉に頷き、背凭れに体重を掛けた龍治は頭の後ろで両手を組んだ。
「実際、彼に思い入れのあるクラスメイトは少ないわ。一緒に探すと言ったところで、モチベーションは上がらないでしょうね」
「ちょっ、そんなはっきり言うなよ!?」
いつものように毒を吐く秋穂に、淳が慌てる。キョロキョロと彷徨う視線は、並んで座るなずなと美咲を交互に行き来した。
当の二人は苦笑いを浮かべるだけで、特に何かを言うつもりはないらしい。
宏壱の件で確執のあった二人は、一時的な和解に至っていた。宏壱を交えた話し合いでなければ、互いのわだかまりを解消できないと思ったのだ。
「僕は行きませんよ?」
晶が言う。
ここまで共に行動したのに、突然そう告げられて場の視線が彼に集中した。
「宏壱君なら無事なのは分かってるし、僕も世界を見て回りたいですから」
沈黙が降りた。
どこか観光気分の晶だが、その眼差しは真剣だ。要は見聞を広めたい。そう考えているだろうことは、全員が理解できた。
「では、某もアキラ殿に付いていくことになるので⋯⋯」
この日から、なずな達は旅をする準備を始めた。それは見聞を広める意味も込められていて、長旅になると予想された。
それに触発されるように、他のクラスメイトも各々でグループを作って冒険者登録したり、騎士に交じって研鑽を積んだりと、着実に世界に馴染んでいく。
兆候は見えるものの、いまだに魔神との接触がないまま彼らは来る日のために準備を進める。
宏壱を先駆けとして、上層の人間にしか知られていない勇者達は、常人ならざる力を携えて大陸全土に散らばっていくことになる。
ちょっとした裏話
実は宏壱探索の話をするつもりだったんですけど、タイミングを逃してしまい、さらっと流すことに⋯⋯。