赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~ 作:コントラス
現れたミノタウロスは1体。メガベアーに比べればどうということはない。宏壱一人でも余裕をもって倒せる相手だ。
だが⋯⋯。
「ぐっ! がはっ!?」
横薙ぎのフルスイングをグレートソードを縦に構えて受け止めるも、踏ん張りが利かず吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。
宏壱の予想を超える威力と速度だった。
出会い頭の一撃目は回避でき、続いて放たれた二撃目は防御するも、宏壱を上回るSTRで防御の上から強烈な衝撃を与えられて吹き飛ばされた。
「コーイチ!?」
「はっ、ははっ! なんだ? 本に載ってたやつより強くないか?」
サテナの心配をよそに、宏壱は堪えきれない笑いを溢しながら自分の中にあるミノタウロスの情報と照らし合わせ、上方修正を加える。
「サテナ、手を出すなよ。こいつのヘイトは今俺に向いている。下手に仕掛けるとそっちに向きかねないぞ」
「だけどっ!」
短弓に矢を
ミノタウロスの意識は完全に宏壱に向いていた。意識を分散させて気を散らすことも有効だろう。
一瞬の隙で宏壱が懐に潜り込むことも容易い。しかし、それは宏壱の攻撃が効けばの話である。
仮に眼前にいるミノタウロスのレベルが70だったとして、それは宏壱のレベルを下回りはするが、魔物と人間ではステータスの数値に差が出る。
人間のステータスが魔物のステータスを下回るのだ。それは勇者の称号を持ち、ステータス上昇に大きくプラスされる宏壱であっても例外ではなかった。
サテナにミノタウロスの意識が向けば、攻撃を仕掛けるだろう。そして、それを防ぐ術はサテナにはない。
と言っても、サテナの傍にはメアがいる。幼女の風貌でぼーっと宏壱を見ているが、ミノタウロスよりも格上であることは間違いない。
メアであればこのミノタウロスでさえも退けてしまえるだろう。が、それでは面白くない。宏壱はそう考えていた。
「⋯⋯ふぅ⋯⋯っ!」
激突した痛みがやわらいだ。それを見計らって宏壱は浅く息を吐くと、駆けた。
上体を前に倒した低い姿勢で疾駆する。
ミノタウロスの大振りの振り下ろしが肉薄した宏壱の頭蓋をかち割ろうと唸りを上げた。
(速いっ!?)
宏壱の眼で見えたのは頭上1m付近に迫った錆び付いた斧。
振り上げの動作、初動を認識できなかった。
「くっ!」
ミチミチ! と右足の筋肉が悲鳴を上げるほど無理やり身体を左側に逃がす。
ズガンッ!!
穿たれた地面が破片を巻き上げた。
「こいつ、うおっ!?」
地面を二度転がり、立ち上がってミノタウロスを見た宏壱は上体を大きく後ろに反らせて斧を躱す。
胸を狙ったと思われる斧の投擲。10cmの間もなく、斧は宏壱の鼻先を通過していった。
「づっ!」
体勢を崩した宏壱は流れのままに後ろに身体を倒し、地面に空いている手を突いて片手でバック転を決める。
「うぇっ!? 何で斧持ってんだ!」
体勢を戻した宏壱が見たのは、いつの間にか両手に小ぶりな斧を持ったミノタウロスの姿だった。
「⋯⋯手伝う⋯⋯?」
悲鳴のような声を上げた宏壱にメアは小首を傾げて問う。
「いると思うか? っと!」
メアに獰猛な笑みを向けて答えた宏壱は、さっきよりも二回りは小さい斧を乱雑に、縦横に振り回しながら迫るミノタウロスとバックステップで距離を保ちながらスキルを紡ぐ。
「【剃】!」
速度はミノタウロスの方が格段に上だ。追い付かれないわけがない。
宏壱は左右からギロチンのように迫る小斧のタイミングを見計らい、高速歩方スキルで姿を消した。
「【突剣】!」
姿を見せたのはミノタウロスの後方中空。確実に首を穿てる位置だ。
右半身の状態から右手に持ったグレートソードを水平に保って引き、腰を捻って鋭い突きを放った。
ガッ!
正確に放たれた突きは、ミノタウロスの剛毛を通過することなく阻まれた。
「やっぱり無理か!? っ、【月歩】!」
空を蹴り、とんぼ返りを決めて振り向き様に放たれた左からの横薙ぎを躱し地面に着地する、と同時に左足を引いて鞭のようにしならせて振り抜く。
「【嵐脚】!」
小斧を振り上げ、射程内にある宏壱の頭をかち割ろうとしていたミノタウロスの腕を、飛ぶ脚撃が弾き、姿勢を崩した。
突然の奇襲にミノタウロスは踏ん張りが利かなかった。好機と見た宏壱は追撃を仕掛けようと踏み込む。
「このまま、っ!?」
が、一歩、追撃しようとした宏壱は大きく後方に跳ぶ。
宏壱が一瞬前にいた場所を、ぐるぐると回転した小斧が空を裂きながら通過した。
標的を外した小斧は先にある木の幹を一撃で切断して、二本目の木に突き刺さって止まった。
「⋯⋯おいおい、冗談だろ。何て威力だよ」
つーっと頬を伝う赤い筋を親指で拭う。
躱したはずの小斧の風圧で浅く斬られた右頬。直撃していれば、宏壱の顔は上下に分かれていただろう。
「くはっ。ぞくぞくしてきた!」
ぶるっと全身を震わせて眼を細める。命の奪い合いに宏壱は興奮を抑えきれなかった。
◇
その光景は見ていて気持ちの良いものではなかった。
宏壱の躱し方は的確で安定していた。ミノタウロスの攻撃範囲を把握して、間合いを調整しながらヒット&アウェイを繰り返している。
しかしだ。ミノタウロスが放つそれらの一撃は、まともに喰らえば宏壱の命を容易く散らす威力を誇っている。
対して、宏壱の攻撃は当たりはしても傷を付けるものではない。圧倒的劣勢だった。
「⋯⋯ちょっと、アイツ大丈夫なの?」
声を震わせてサテナがメアに聞く。
サテナより一歩前に出て宏壱の戦いを見ているメアは、振り返ることもなく口を開いた。
「⋯⋯大丈夫、⋯⋯コーイチは強い⋯⋯」
それは幾度となく告げた言葉だ。敗北したメガベアーとしての意識がメアにそう言わせている。
とはいえ、そんなことをサテナも、信頼を向けられている対象である宏壱自身も知りはしない。
「でも」
「⋯⋯他にもいる⋯⋯」
「え?」
言い募ろうとしたサテナの言葉を遮り、メアは緩く首を木々の奥へと向ける。
そこには何体かのミノタウロスの姿が垣間見える。
「なっ!? 1体だけじゃないの!?」
悲鳴が漏れた。まるでこちらを窺うように木々の奥から見ているミノタウロス達。サテナには恐怖以外の何物でもない。
しかし、ミノタウロス達はこちらに向かってはこない。差しの勝負に遠慮している、そんな殊勝なものではない。
彼らが近寄ってこないのはメアの存在が大いに関係している。
宏壱をしてバグと呼ばせる力量を持つメアが常に周囲に気を配り、濃密な殺気を飛ばしている。
宏壱の強さを信頼しているメアだが、盲目的に過信しているわけではない。
複数のミノタウロスに囲まれれば、宏壱でさえ危ういと理解して、牽制しているのだ。
メガベアー当時よりも力が増したメアの殺気は、高レベルのミノタウロスを怯えさせるには十分だった。
「⋯⋯来れば殺す⋯⋯。⋯⋯問題ない⋯⋯」
「⋯⋯」
無表情に淡々と告げられた言葉に、サテナは頬を引きつらせた。
(こんな状況で笑ってるアイツも、表情を動かさないメアもおかしいわよ。だけど、そんな二人と一緒にいて安心できるあたしもおかしいわよね)
ふっとサテナは笑顔を浮かべる。
「アンタがあたしに向く注意を払えばいいでしょ! 何もしないなんてあたしの性分じゃないのよ!」
キリキリと短弓に矢を番え直して、放つ。
「【スピンアロー】!」
放たれた矢は宙空で回転を始める。飛距離と貫通力、速度を高める弓専用の中級スキルだ。
ドッ!
貫通力や速度が増しても、サテナとミノタウロスのレベル差は歴然としてものである。矢は当たりはしても貫通することはないし、その頑強な肉体に刺さることもない。
精々が、10そこそこのダメージを与えて地に落ちる程度である。
それでもミノタウロスの気を引くには十二分で、ミノタウロスの意識は一瞬、宏壱からサテナに移った。
距離は20mほど。ミノタウロスの巨躯でも間合いの外にメアとサテナはいる。だが、その距離は安全なものではない。それは宏壱が証明している。
「【剃】っ!」
振り上げられる右腕。振り下ろす一瞬は宏壱には視認できない。
だからこそ、止められるうちに動く。
「つぇっ!」
ミノタウロスの背後に移動した宏壱は、小斧の柄にグレートソードを引っ掛けて体重を掛けた。
ミノタウロスと宏壱ではSTRに差があり過ぎるが、グレートソードの柄を抱えるようにして体重を掛けることで、ミノタウロスの小斧を手からスッポ抜けさせた。
「【武装色の覇気】!」
振り向き様の回し蹴りを、腕を振り上げたことでがら空きになったミノタウロスの横っ腹に叩き込む。
【武装色の覇気】で大幅にブーストされた蹴りで、ミノタウロスを一歩よろけさせた。が、それも刹那の時間。宏壱は前方に身を投げ出すように転がり、方向を変える。
直前まで宏壱の頭があった場所を部厚い大斧が通り過ぎた。またもやどこからともなく取り出した大斧がミノタウロスの手に握られている。
「ちっ、あの斧はどっから取り出してるんだ? しかもメガベアーより固いうえに重たい。なら【雷神】」
舌を打ちながら宏壱はユニーク魔法を唱えた。
バリッ、と放電した宏壱の身体は淡く深紅に光り、幾筋もの雷を体表に走らせる。
「【スピンアロー】!」
背を向けたミノタウロスにサテナが矢を二本放つ。
ドドッ! と二本連続して当たるが、やはり突き立つことはない。
「【突剣・雷】っ!」
ミノタウロスの意識が背後のサテナに逸れた隙を狙い、一歩大きく踏み込んで水平に構えたグレートソードを突き出す。
しかし、その一撃は今までよりも速く、そして鋭いものだった。
バリィッ! 僅かに突き立ったグレートソードを伝い雷撃をミノタウロスに浴びせる。
──グォォオオオオオッ!
「っ! こいつ、やっぱり70とかじゃないだろ! 100は超えてるぞ!」
苦悶の声を上げながらも、横薙ぎに大斧を振るうミノタウロスの攻撃をしゃがんで躱し、左斜め前へ踏み込みながら雷を纏うグレートソードをミノタウロスの右腿に叩き付けながら通り過ぎる。
宏壱の推測は当たっている。事実、レベル70台のミノタウロスならば、宏壱が【武装色の覇気】を使えば十分対処できる。
しかし、それができないのは
「出し惜しみはできない、か。【見聞色の覇気】」
身体を反転させて油断なくグレートソードを正眼に構え、【見聞色の覇気】を発動させる。
消費の激しいユニークスキルとユニーク魔法は使い所が重要だ。慎重に見極めなければ、と考えていた宏壱だが、どうもそうは言っていられないらしい。
(おいおい、なんだこれ。ミノタウロスがうようよしてるじゃないか⋯⋯)
【見聞色の覇気】で把握した周囲の気配は、宏壱にとって肩を落とさせる状態となっていた。
「はぁ、まぁ、メアがいるし? こいつを俺が倒せば満足して戦ってくれるだろう」
とこの世界にきて1ヶ月ほどの付き合いになる少女を横目で見やり、頭上から振り下ろされる大斧の刃にグレートソードを斜めに構えて合わせて受け流す。
「っ! 格上の攻撃の流し方はリーナさんで十分に練習した。【覇気】を使えば確実に流せるぞ!」
ギャリィィッ!
金属が擦れる音が響き宏壱の両腕が軋む。上手く支点を見極め、身体の関節をバネに、ではなく、クッションにして力を地面へと逃がす。
そうしてやっと耐えられるレベルまで衝撃を減少させた。忘れてはならないのは、【武装色の覇気】を纏ったうえで、であることだ。
圧倒的な力量差がそこにあった。
「【アローイクスプローション】!」
サテナから放たれた矢が、ミノタウロスの右側頭部から伸びる角に当たると、小規模に弾けた。
「サテナの手を借りるくらい見逃してくれよ、メア」
ジンジンと熱を持つ両腕に活を入れてグレートソードを握り締める。
──オオォォォオオオッ!!
怒りの咆哮を上げるミノタウロス。
サテナの【アローイクスプローション】の衝撃で角は折れ、右側頭部からは一筋の紫の液体が流れている。血だ。
振り下ろし後の硬直を狙った一撃はミノタウロスに確かなダメージを与えた。
(これか!)
宏壱はそこに攻略の糸口を見付けた。
「サテナ! 攻撃後の硬直を狙え! 硬直の瞬間、こいつの肉体は硬度を失う!」
そう宏壱は見当を付けた。宏壱の攻撃が効かなかったのは、攻撃を躱してからでは遅いのだろう。
ほんの僅かな時間で攻撃を当てなければ、ミノタウロスの肉体は硬度を取り戻してしまうのだ。と、宏壱は推測した。
「俺が気を引く。だからお前が倒せ!」
「倒せって言っても、矢には限りが⋯⋯」
「ミスするなよ!」
標的をサテナに移行したミノタウロスに斬り掛かった宏壱には、「無茶言わないでよ!?」と悲鳴にも似た叫び声を上げるサテナの言葉は聞こえていなかった。
ミノタウロス戦、今回で終わらせるつもりだったんですけどねぇ。次回に持ち込みです。倒すカギは賑やかなサテナさん。
サテナのステータスを載せる機会がなかったので、簡単にここに記しておこうと思います。
サテナ
19歳
もちろん女
Lv:43→52
HP:385→414
MP:83→95
SP:179→193
STR:163→174(+34)
DEF:155→167(+72)
INT:84→91
AGL:78→85
DEX:63→69
MND:55→60
LUK:12
エレピカダンジョンに入ってサテナは9レベルアップしました。
これが平均的な現地人のステータスです。サテナの場合は魔法関係が弱く、俊敏性も欠けた感じです。
若干トラブルを引き寄せ気味な宏壱と出会って行動を共にしているのはLUKの低さも関係あるかも?