赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第四十鬼

 翌々日、宏壱とメア、そしてサテナは小型の木船に乗っていた。

 宏壱の背には直剣グレートソードがあり、サテナは腰に短剣を納め、背中には短弓が背負われている。矢筒はないが、それは彼女が腰に括り付けたポーチ、アイテムボックスが代用している。

 宏壱が持つポーチは内容量が膨大だが、高価で買える者は少ない。

 その点、サテナのアイテムボックスは安価で容量が少ない。数種の矢を入れるのならこちらの方が安上がりだ。

 

 風魔法が組み込まれた“魔石”の嵌め込まれたその船は、船尾にある舵を取るだけで漕ぐ必要のない優れものだ。

 

 

「これ一艘で1金貨⋯⋯高い買い物だな」

 

「“魔石”を使ってるし、今の時期は貸し出し船が多いもの。レンタル料が高騰するのは当然よ」

 

 

 宏壱達は木船をレンタルしていた。そういう船の貸し出し商が幾つかロドーには存在している。

 ダンジョンへ向かう冒険者を狙った商売だ。陸路をいく冒険者は基本自分の船を持っていない。故に、エレピカ湖にある孤島、エレピカダンジョンにいくために船をレンタルするのだ。

 

 

「⋯⋯本当に第4ダンジョンにいきなり入るの?」

 

「ああ。第1から第3のダンジョンで肩慣らしをしてもいいけどな。ミノタウロスが出るのは第4ダンジョンだけだ。面倒なことはすっ飛ばす」

 

 

 不安気な声を上げるサテナに、にっと笑って宏壱は答える。視線は前を向いていて、水門を見据えているが。

 

 視界に映っていた多くある橋や建築物は途切れ、街の外に出た。

 検問は行われていない。このまま進めばエレピカ湖に入り、そのまま孤島へ上陸する。

 

 道中、観光風の者達が宏壱達と同じ様にレンタル船に乗り、エレピカ湖の沖で少し緑に濁った水中を見ていた。

 多少の濁りでも黄金の輝きを損なわないチュザブを、メアは興味津々で水面を覗いて眺めている。

 

 

「楽しいか?」

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

 

 一度宏壱を振り返り頷くメアだが、続けて「⋯⋯美味しそう⋯⋯」と漏らす。

 

 

「そっちか。いや、らしいと言えばらしいか」

 

 

 景観など関係なしに、メアの頭には食べ物、おそらく皿に盛り付けられたチュザブが踊っているのだろう。

 そんなメアに、宏壱は苦笑いを向ける。

 

 

「メアにはこの美しい光景が分からないのね」

 

「お前には分かるのか?」

 

 

 何故か得意気に胸を張るサテナに、宏壱は呆れた眼でツッコミを入れる。

 

 

「えっと、そう! 部屋に飾るとキレイな照明にっ⋯⋯!」

 

「ならないな」

 

「じゃあっ、開いて絨毯にっ⋯⋯!」

 

「発想が怖いぞ。あと、その絨毯めちゃくちゃ固そうだな」

 

「だったら器はっ⋯⋯!」

 

「いい出汁が料理に染み付きそうだな。⋯⋯全部魚介臭くなると思うが」

 

「だったらどうすればいいのよっ!?」

 

「俺に聞かれても答えられないぞ」

 

 

 キレたサテナに溜め息ひとつ。自分で掘り下げてこれでは、完全な逆ギレである。

 

 (サテナだけ)ギャーギャーと騒がしくしているうちにも、小舟はエレピカ湖を悠々と進む。

 孤島を横切ると、奥に進むにつれて傾斜になっていることが見て取れた。

 上陸するための浜辺以外は断崖絶壁で、立ち入ることは不可能に近い。それは宏壱達が目指す第4エレピカダンジョンにも言えることだ。

 線で結ぶとひし形になり、その頂点にあるよっつの孤島、宏壱達から見て一番奥にある他の孤島よりも二回りほど大きい孤島の浜辺に船が上陸する。

 

 幾つもの杭が浜辺に刺さっていて、そこにロープで繋がれた五艘ほどの小船が繋がれている。先客が何組かいるらしい。

 船から降りて、空いている杭にロープで船を繋ぎ固定した宏壱は周囲を見渡した。

 

 

「あれが転移魔法陣だな」

 

 

 浜辺が10mほど続くと、そこからは鬱蒼とした森が広がっている。

 森の入り口として草木が刈り払われた道があるが、先は見えない。

 その入り口から右5mほどの距離に小屋があり、傍には魔法陣が描かれた正方形の石が置かれている。宏壱の発言通り、ダンジョン内に設置されている転移魔法陣と繋がっている転移魔法陣だ。

 小屋はロドーから派遣された兵の詰所だ。基本的にパセットダンジョンの詰所と同じ役割だが、それに加えて冒険者が戻ってこなかった際に、貸し出した商店へ木船を返却する役割も担っている。

 

 

「よし、いくぞ」

 

「ホントにそんな格好でいく気?」

 

 

 意気揚々と踏み出した宏壱とメアを見比べてサテナは眉を潜める。

 宏壱の格好は黒の半袖シャツに白のスラックス。メアは紺のハーフパンツに青と白のボーダーフードを羽織っている。少し袖が余っていて指の先だけが顔を出している。しかも武器も持っていない。

 どう考えてもダンジョンに入るような格好ではない。布の服に革鎧を纏ったサテナとは大違いだ。

 

 

「これが俺達の冒険スタイルだ。動きやすい方がいいだろ?」

 

 

 他にも、下手に装備を身に付けると、制服よりも性能が低くなるからという理由もある。変えない方が得なのである。

 メアの場合は、彼女が嫌がるからだ。

 一度グスピカルで子供用の革鎧を着させたことがあったのだが、「⋯⋯熱い、邪魔⋯⋯」と呟いて直ぐに脱ぎ捨ててしまったのである。

 

 

「⋯⋯はぁ、何を言っても無駄ね」

 

 

 肩を竦めてサテナは宏壱とメアの後ろに続いた。

 

 ◇

 

 ──ブモォォォッ!!

 

 

 唸り声を上げて焦茶の獣が土煙を上げて猛烈な勢いで宏壱達に突進する。

 150cmほどの身長に1mほどの幅広い肉体を持つ四足歩行のその魔物の名はブラッドボア。ひと度噛みつかれれば、一滴も残さず血を吸い取る別名血吸い猪である。

 

 黄金色の目を怒らせたその体躯には、数本の矢が突き刺さっている。サテナが放ったものだ。

 

 

「来るわよっ!」

 

「任せろ」

 

 

 宏壱の3m後ろで弓に矢をつがえてサテナが警告の声を出すと、宏壱は一歩踏み出して右掌をブラッドボアに向けて待ち受ける。

 

 ボア系統の魔物は突進か、その場で暴れる程度の攻撃方法しか持たない。例外として魔法を使えるボアも存在するが、それは例外中の例外である。

 

 

「ふっん!!」

 

 

 ズシンッ!

 

 踏ん張った宏壱の踵が地面に数cmめり込む。

 片手で額を押さえられ、受け止められたブラッドボアは躍起になって足に力を入れて前へ進もうと地を蹴る。

ジリ、ジリと徐々に宏壱の足が地を削り、後退する。

 

 

「ぐっ⋯⋯ぅおりゃあぁっ!」

 

 

 ブラッドボアが力を入れ直すその瞬間、一瞬の隙を突いて宏壱は張っていた力を緩める。

 伸ばしていた腕を縮め、踏鞴(たたら)を踏んだブラッドボアの脳天に左肘を落とす。

 

 眉間に受けた強烈な一撃で、ブラッドボアの視界に火花が散った。

 動きの止まったチャンスを宏壱は逃さない。

 

 

「しっ!」

 

 

 ブラッドボアの右測頭部に宏壱の左拳が突き刺さり、拳を振り切った勢いのまま右足を軸に身体を回転させ、軸足を左に変えて拳を当てた場所と同じ箇所に右回し蹴りを叩き込む。

 

 更なる追撃にブラッドボアは為す術もなく横転。そこに、ドシュッ! と宏壱のグレートソードが突き刺さった。

 首を狙った会心の一撃で、ブラッドボアはその生涯を終えた。

 

 ◇

 

 ダンジョンに入って2時間弱、宏壱達は現れる魔物を難なく倒しながら進む。数分前まで戦っていた魔物、ブラッドボアもそのうちの一体である。

 

 

「ねぇ、一々倒していく必要ってあるの?」

 

「ん? あー、強くなりたいんだろ?」

 

 

 生い茂る草木を掻き分けながら、宏壱達は目に付いた魔物を全て狩りながら進んでいた。

 遠く離れていてもサテナの矢で攻撃し、自分達に引き付ける。

 

 息の上がったサテナはそんな宏壱の行動が理解できなかったのだが、あっけらかんとした表情と共に返ってきた答えは彼女が彼に伝えた同行理由だった。

 

 

「パーティーってのは組んだことなかったけど、経験値1.5倍ってのはいいな」

 

 

 冒険者ギルドではパーティー登録というのがある。人数の上限はないが、最低2人以上が条件だ。

 宏壱が口にしたように、パーティー登録をすると何故か取得経験値が1.5倍になり、パーティー間でそれを人数分に分割する。

 お得ではあるが、やはり人数が増えるとその恩恵も効果が薄くなってしまうのだが。

 

 マグガレンでは宏壱はパーティーを組んでいなかった。

 理由は簡単なもので、指導役に頼らず自分でレベルを上げるためである。それが各王と指導役が決めたことである。一定以上の経験値を積むまでは正式なパーティーは組ませないと。

 

 閑話休題。

 

 

「それでも休みなしっておかしいんじゃない? もう5層よ?」

 

「⋯⋯それもそうか。ここらで昼飯でも食おうか」

 

 

 言いながらグレートソードを一閃、二閃させる。突然の行動にサテナは首を傾げた。

 宏壱はサテナの反応を気にした風もなく、傍の木を二本、そっと押す。すると⋯⋯。

 

 ズ⋯⋯ズズ⋯⋯ズズズズンッ!

 

 軽く押されただけで、二本の木はゆっくりとズレてゆき、株を残して倒れた。

 

 

「⋯⋯無茶苦茶するわね」

 

「椅子は持ってきてないからな。岩場もないしな。でもこれなら座れるだろ?」

 

「ひとつ足りないんじゃない?」

 

 

 宏壱の行動にどうこう言ったところで疲れるだけだと思ったのか、サテナは一番疲れないであろうことを聞く。

 

 

「メアは俺の膝に座るだろうからな」

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

 

 言いながら切り株のひとつに腰を下ろした宏壱の膝に直ぐ様座るメア。

 

 

「⋯⋯あっそ」

 

 

 溜め息とともに呟いたサテナは、もうひとつの切り株に腰掛ける。

 もうなにも聞く気はないようだった。


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