赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

48 / 66
第三十九鬼

 ここはロドー、一部では水都市と呼ばれている街だ。

 都市と呼ばれるほど大きな街ではない。複合都市マグガレン。辺境都市グスピカルに比べれば人口も少なく、街の規模としても小さい。街をぐるっと囲む幅15mの川が街の拡大を妨げていた。

 川は枝のように別れ、街中に張り巡らされている。張り巡らされた川の上に掛かる幾つもの橋もこの街の特色のひとつだ。

 観光の名所にもなっている川を塞き止めることは論外で、街の規模は大きくできない。もっと言うのなら、街を囲む川が魔獣からロドーを守っていた。

 街を囲む川を更に外側から外壁が包んでいる。門があり、その門に橋が街側から掛かるようになっていた。

 

 

「これ、報酬です」

 

 

 橋を渡った先、ロドーの街の入り口前でレガリが宏壱達、護衛依頼を引き受け、共にロドーまできた冒険者達に報酬である金貨2枚を渡して回る。

 ありがとうございます、そう伝えながら全員と握手を交わすと、馬車を引っ張って彼らはロドーの中に入っていった。

 

 

「取り敢えず、俺達も中に入ろう。ここにいると邪魔になるからな」

 

 

 宏壱の言葉で、彼らはロドーに足を踏み入れる。

 人混みはそれほど多くはない。宏壱達の視界の端にある川には、小船が行き来しているのが見えた。その船が主な移動手段となっている。

 

 

「これからお前らはどうすんだ?」

 

「ん? そうだな、取り敢えずギルドにいって依頼完了の報告、それから適当な宿を探して⋯⋯明日のダンジョンに備えるって感じだ」

 

 

 ドーガのぶしつけな問いに、宏壱は思考を巡らせて答えた。

 

 

「ダンジョンに潜るの?」

 

「ああ、ミノタウロスに用があってな」

 

「ミノタウロス?」

 

「ああ」

 

 

 サテナの追及に簡単に答えるだけで済ませる。親しくなったとはいえ、詳しくはなす理由もない。説明が面倒なだけとも言えるが。

 

 

「ミノタウロスと言えば、たしか第4エレピカダンジョンの奥地に発生する魔物ですねっ。レベルは80から100ほどですっ」

 

「おいおい、マジか? お前、そんなとこにいくのかよ」

 

「問題か?」

 

 

 ティナの言葉を聞いてドーガが呆れた視線を飛ばすが、宏壱は疑問符を浮かべてドーガを見返す。

 

 

「俺のレベルは75だぞ。レベル80や90なら、戦い方で戦況はひっくり返せる」

 

「⋯⋯は?」

 

「ちょっ、アンタそれ本気で言ってんの!?」

 

「えぇっ、凄いですっ! 高レベル冒険者さんなんですねっ!」

 

 

 彼らを驚かせたのは宏壱のレベルである。

 レベル70超えは、冒険者で言えばBランクほどに位置する。勿論、冒険者ランクを上げるにはギルドへの貢献度と試験が必要で、下位のランクでも高レベルに至っている者はいないこともないが、多いとも言えなかった。

 

 

「⋯⋯不味ったか?」

 

「⋯⋯?」

 

 

 サテナ達の反応に、自分が迂闊な発言をしたのかと思わず隣を歩くメアに聞くが、メアは小首を傾げて宏壱を見返すだけだった。

 

 ◇

 

 曖昧な笑いでその場を誤魔化した宏壱は、サテナ達と一緒にギルドへと足を運んだ。護衛依頼達成の報告である。

 ロドーの街のギルドで報告された依頼達成は、受理した街へと一報が届けられる。それは手紙ではなく、各街のギルドが保有している通信昌石という闇魔法【テレパシー】を込めた“魔石”を使った伝達手段だ。

 通常、【テレパシー】は同じ魔法を持つ者同士でしか連絡を取り合うことは不可能であったが、“魔石”に魔法を込めることで【テレパシー】を使えなくても、遠距離から会話をすることが可能となった。ただ、距離は制限されていて、5km圏内までしか通信はできないうえに、大気中の魔力が乱れると通信は困難になるのだが。

 

 閑話休題。

 

 達成報告を終えた宏壱は早速依頼掲示板を眺めていた。

 

 

「ふーむ。魚系の魔物の討伐が多いな」

 

「当たり前でしょ。ここはロドーなんだから」

 

「説明になってないぞ」

 

 

 宏壱の後ろから背伸びをして掲示板を覗くサテナの言葉に宏壱は苦笑で返す。

 

 

「水都市だもの。それだけで十分でしょ?」

 

「⋯⋯そうだな。納得できないが、納得した」

 

 

 仏頂面は見えないものの、声と言葉で不満を表す宏壱にくすくすと笑うサテナ。

 

 

「⋯⋯あむ⋯⋯あむ⋯⋯」

 

「⋯⋯よく食べますねっ」

 

 

 依頼掲示板を見ている宏壱とサテナをよそに、ギルド内の食堂で食事を取るメア。彼女の対面にはドーガとティナが座っている。

 成人しても背の伸びないドワーフのティナより、尚も小柄なメアの体積では考えられないほどの料理が口の中に消えて胃袋に納められていく。

 食べるスピードは一定で、速くなることも遅くなることもない。

 ただ、異常な量の魚料理がメアの前に置かれていた。

 

 

「獣人だと思ってたが⋯⋯本当は大食い族か?」

 

 

大食い族などという種族は存在しないが、今のメアを見ているとドーガはそう溢さずにはいられなかった。

 

 

「⋯⋯? ⋯⋯はむ⋯⋯」

 

「おい、こっち見たんなら何か言えよ」

 

 

 ティナとドーガの会話に小首を傾げて正面の2人を見たメアだったが、興味が失せたのか直ぐに食事を再開した。

 呆れて文句を言うドーガにメアは見向きもしない。

 

 

「どうだ、美味いか?」

 

「⋯⋯んっ⋯⋯」

 

「そりゃ良かったな」

 

 

 掲示板から剥がして受付で受理の判を押された依頼書を持って戻ってきた宏壱が聞くと、メアは二度こくこくと頷く。

 メアの髪を優しくすくように撫でた後、宏壱はメアの隣に腰掛ける。と⋯⋯。

 

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

 

 メアがムニエルのような料理の入った器を宏壱の前に移動させて、自分も宏壱の膝の上に移り、何事もなかったように食事を再開した。

 

 

「⋯⋯変なことしないわよね?」

 

「何だ、変なことって」

 

 

 隣に座ったサテナがジト目で宏壱を見る。端から見れば宏壱は熊獣人の美幼女を足の上に乗せているのだ。妙な勘違いを招く可能性は十二分にあった。

 

 

「それは⋯⋯い、色々よ。べ、別に何でもいいでしょっ!」

 

「振ってきたのはサテナだろ? 俺はその変なことってのが気になるなぁ」

 

 

 頬を赤く染めて目を泳がすサテナをにやにやといやらしい笑みを浮かべて見る宏壱。

 サテナへの助け船というわけではないだろうが、ドーガが口を開く。

 

 

「依頼を受けたみてぇだけど、何を受けたんだ?」

 

「ん? ああ、これだよ」

 

 

 これ以上追及する気もなかったのか、宏壱はドーガの話に乗っかる。

 依頼書をドーガとティナに見えるように出す。机の上には料理が並んでいるため置けない。

 

 

「建築材の運搬?」

 

「ああ。何でも、家を建て直すらしい。普段は水路を使って運ぶらしいんだが、今の時期、観光客が多くて水路は混むらしいんだよ。だから普通に通りを使って運搬する。でもそうなると少し人手不足だから、冒険者にってことらしい」

 

 

 今、ロドーの近くにある湖、ダンジョンのあるエレピカ湖では体長150cmにもなるチュザブという魚が群れを成してやってきている。

 彼らは今が繁殖の時期で、故郷のエレピカ湖に子孫を残しに帰ってきているのだが、その体は別名ゴールドフィッシュと呼ばれるほどに黄金に輝いている。

 一匹のメスチュザブが約2000個の卵を産み落とし、オスが卵に精子を掛ける。その中で受精する卵は4分の1、約500だ。

 そして産まれた稚魚は、エレピカから繋がる川を使って大陸の外、海にまで出る。この間に500のチュザブは250まで数を減らす。そして帰ってくる頃にはその数は10にも満たないほど減少しているのだ。

 全体での総数は約500匹といったところで、不思議と数が増えることはなく、それ故に希少価値が高い。見に来る人間も多くなるというものである。

 

 

「大変だなぁ」

 

 

 ドーガが皿からひとつ、魚の背骨をカラッと揚げて塩を振り掛けただけの料理(?)を指で摘まみ取り、丸ごと食べる。

 

 

「⋯⋯他人事だな」

 

(おりゃ)あんな面倒臭せぇこたぁしたくねぇからな」

 

 

 カッカッカッと笑うドーガに宏壱は呆れた視線を飛ばす。

 

 

「そうかよ。時間だ。俺はもう行くぞ。⋯⋯メア」

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

 

 宏壱が声を掛けると一定のペースで食事していたメアの腕がブレる。

 一皿、料理が消えた。メアの口は忙しなく動いていて、直ぐに内容物を飲み込む。そして腕がブレ、両頬が内側から押されリスのように膨らみ、飲み込む。

 

 

「なに、その曲芸」

 

 

 唖然と呟くサテナをよそに、メアは高速で食事を取る。

 

 

「⋯⋯ん、ごちそう、さま⋯⋯」

 

 

 滞りなく10人前ほどあった料理を5分で食べ終えたメアが、両手を合わせて浅く頭を下げる。

 

 

「じゃあな、また機会があれば一緒に仕事しよう」

 

「ああ、次はデッケェ魔物でも狩ろうぜ」

 

「その時は私がお弁当を作りますっ」

 

「暫くロドーにいるつもりだし、間が合えば顔を合わせることもあるんじゃない?」

 

 

 メアを足の上から下ろして立ち上がった宏壱が軽く手を振ってメアと共にギルドを出た。

 

 ◇

 

 その日の夜、依頼を終えた宏壱は空いている宿を探して一部屋だけ空いていた宿屋を確保していた。

 

 

「ふぅ⋯⋯いい風呂だった」

 

「お帰りなさい。遅かったわね」

 

 

 この宿は部屋に浴場はなく、一階に大浴場が設けられている。

 そこから二階にある借りた部屋へ戻ってきた。部屋に入ると、女風呂へ入れたメアと偶然同じ宿を取っていた薄着のサテナが寛いでいた。

 革鎧と違い、薄い布越しにスレンダーな体躯が浮き出ている。

 サテナとメアの肌はお風呂上がりだからか、うっすらと紅潮していた。

 

 サテナはベッドに腰掛け、メアのプラチナブロンドの髪の水気を優しく丁寧にタオルで拭き取っている。

 

 

「もう上がってたのか? 女は風呂が長いもんだろ?」

 

 

 大浴場にいく前に宏壱とメアはサテナと鉢合わせていた。彼女も大浴場に向かっていたようで、宏壱はメアをサテナに任せることにしたのだ。

 

 

「普段は私ももう少しだけ入っているのだけど、メアちゃんがアンタがいないと面白くないって言うのよ」

 

 

 サテナの言葉に宏壱はメアを見るが、彼女の表情に変化はみられない。

 そもそも、宏壱はメアがそこまで長く喋ったことを聞いたことはない。口数が少なく、表情の変化が乏しいメアとの意思疎通は少し困難だ。

 宏壱はメアの纏う微妙な雰囲気の変化で彼女の言いたいことを察するのだが。

 

 

「よくメアの言いたいことが分かるな。相当難儀すると思うんだが?」

 

「冒険者をやってるといろんな人とで会うもの。感情の読み取り辛い人だっているのよ? メアちゃんも似たようなものでしょ?」

 

「⋯⋯そうだな」

 

 

 実際は少し違うのだが、本当のことを言うわけにもいかず、宏壱は曖昧に頷く。

 

 備え付けのテーブルの傍にある椅子に腰掛け、宏壱は暫くサテナとの会話に興じる。

 その間メアはサテナに拭かれるがままだったのだが、もう十分だろうとサテナが手を離すと、直ぐ様宏壱に駆け寄って足の上に深く座り込んだ。

 

 

「そういえばコーイチ、アンタ、ミノタウロスを狩りにいくのよね?」

 

「ん? ああ、そうだけど。それがどうかしたのか?」

 

「それ、私も付き合っていい?」

 

 

 話題を切り替えたサテナが宏壱の様子を窺いながら言う。

 

 

「⋯⋯何でまた? って聞いていいのか?」

 

「そうね。全部は答えられないけど、強くなりたいから、かしら」

 

「強く、ね。⋯⋯⋯⋯まぁ、いいぞ。ミノタウロス狩りは欲しい物が出るまで続けるけどな」

 

「欲しい物?」

 

「ちょっとな」

 

 

 正直に話しても構わないのだが、面倒臭いと宏壱は頭に疑問符を浮かべるサテナに言葉を濁して答える。

 

 

「ふーん? ともかく、参加させてくれるってことでいいのよね?」

 

 

 深く追及する気もないのか、サテナは確認を取る。やっぱり無しで、と覆されないための念押しだ。

 

 

「ああ、二言はない。明日を準備において、明後日ダンジョンに潜るってことでどうだ?」

 

「⋯⋯長く潜るの?」

 

 

 準備に1日時間を使うという不穏な言葉にサテナの口角がひくっと引きつる。

 

 

「そのつもりだ。まぁ、ここは7日取ってあるから、5日くらいで帰ってくる」

 

「5日⋯⋯本気、よね?」

 

「勿論本気も本気だ。標的はミノタウロスのみに絞り、狩って狩って狩りまくる。俺達はお目当ての物を手に入れ、サテナはレベルを上げられる。いいこと尽くしだろ?」

 

 

 まさに一石二鳥だな、と笑う宏壱にサテナは溜め息を溢すことしかできなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。