赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第三十八鬼

 平原を疾走する馬車が一台。その間を挟むように駆ける馬を操る赤髪ショートの女性と、凄まじい速さで足を動かす1人の青年。馬車の後ろには日に煌めく白毛の狼が一頭。狼の背には幼い少女が2人、ちょこんと跨がっている。

 

 

「前から5匹、ワイルドウルフがくるぞ! 速度を緩めろ!」

 

 

 馬車に並走していた青年、宏壱が御者台で馬車を操る男性、行商人のレガリに声を掛ける。

 前方には灰色の毛を持つワイルドウルフが5頭。一直線に迫っていた。

 

 

「は、はい!」

 

「アタシがやろうか? ワイルドウルフなら馬に乗ったまま対処できるわよ?」

 

 

 どもりながらも答えるレガリの奥にいる赤髪をショートにした女性が、借馬(レンタルポニー)を手綱で繰りながら言う。彼女の背には短弓が掛かっている。

 

 

「いや、問題ない。サテナとドーガ、それとティナは周囲の警戒をしてくれ」

 

「分かったわ」

 

「任せとけ!」

 

「わっかりましたっ」

 

 

 赤髪ショートの女性、サテナと、白毛の狼、ドーガ、茶色の髪をおさげにしたドワーフのティナが了承の声を上げるのを確認した宏壱は、前方を見据えて駆ける足を速める。一歩から二歩目の歩幅は大きく。更に三歩目はもっと大きく。四歩目は地面に足がめり込むほどの圧力を掛け、爆発させた。

 ドウッ! と土煙を上げてワイルドウルフに肉薄する。距離にして50mほどはあったが、宏壱はその一足で潰す。

 滑空するように跳んだ宏壱は、背負ったグレートソードを右手で引き抜き、身体を捻る。

 一回、二回⋯⋯五回と銀閃が走る。すれ違い様に、回転を弱めることもなくワイルドウルフを全て斬り裂いた。

 

 一行は止まることなく、分断されたワイルドウルフの死体が転がる街道を進んだ。

 

 ◇

 

 ワイルドウルフの襲撃(と呼べるかは微妙だが)があった日の夜、ロドーへ向かう一行は最初の山に入る前の街道から逸れた草原で夜営をしていた。

 

 焚き火を囲んでいる彼らは、ロドー産の川魚を焼き、食事をしている。

 

 

「いやー、本当に皆さんのお陰で安全な旅ができています。ありがとうございます」

 

 

 焚き火以外の理由で赤ら顔になっているレガリが頭を下げる。

 

 

「あなた、飲みすぎですよ。明日も早朝から出発なんですから、ほどほどにしてください」

 

 

 ウェールポウというグスピカルで購入したらしい酒を、お猪口程度の器で一杯飲んだだけで酔いが回ったレガリを、右隣に座る妻のニーラが嗜める。

 

 

「⋯⋯ウェールポウってのはそんなにキツい酒なのか?」

 

「いや、果実水みたいなもんだ。あれで酔える奴は相当な下戸だぜ」

 

 

 宏壱の疑問にドーガが説明する。

 果実水とは絞った果実に水を足した物で、ウェールポウはそこに少量のアルコールを混ぜたものだ。

 どういう原理か、果実水にはMPを微量に回復する効能が備わっているのだが、アルコールを混ぜると、その効能は消えてしまうのだ。

 因みに、ウェールポウのアルコール濃度は1%にも満たない。ほのかに香る果実酒の匂いを楽しむだけのジュース、そんな認識を持つ者が多い。

 

 

「ふーん? どれ、俺も一杯」

 

「⋯⋯んぎゅ⋯⋯」

 

 

 水の入ったカップを傾けて飲み干し、ウェールポウの入った容器を取る。

 前屈みになって容器に手を伸ばした際に、宏壱が胡座を掻いた足の上に座っていたメアが押し潰されたような悲鳴を漏らすが、誰も気にしていない。

 この4日間で幾度も見せられた光景だ。文句も言わないメアに代わって、宏壱に何かを言う者はいなかった。

 

 とぷとぷ、と注がれたウェールポウは透明の薄い紫色をしている。

 

 

「⋯⋯んー、匂いは良いな。桃に似てるか?」

 

 

 まずは香りを嗅いでみる。すんすんと鼻を鳴らして、酸味と甘味が適度に入り雑じった果物独特の香りを堪能した。

 

 

「ん」

 

 

 コクコクと喉を鳴らしてひやっとする液体を流し込んだ。

 氷魔法を閉じ込めた“魔石”を組み込んだ容器で、内容物を自動で冷やしてくれる。ただ、“魔石”の取り替えはできないため、“魔石”の魔力が尽きるとただの容器になってしまうが。

 

 冷やされたウェールポウは、焚き火の熱に当てられた宏壱の身体を内側から冷やす。

 

 

「⋯⋯旨いな。甘味の中にある果物の酸味が絶妙だ。後味もスッキリしててしつこさがないしな。まぁ、これで酔えるか? って聞かれると、ノーと返すしかないが⋯⋯喉を潤すには丁度良いな」

 

 

 ほぅ、と息を漏らしながら感想を口にする。ただ、やはりと言うべきか、レガリのように酔う様子はない。レガリはアルコールが相当に苦手なようである。

 

 

「⋯⋯それにしても凄いわよね、ずっと走りっぱなしなんて」

 

 

 と、話を振ってきたのはティナと会話をしていたサテナだ。

 

 

「あぁ? まぁな。【ビースト】は消費SPが多い分身体能力が──「アンタじゃなくて、コーイチに言ったのよ」──⋯⋯けっ、そうかよ」

 

 

 サテナのぞんざいな扱いに不貞腐れたドーガは、焼き上がった魚を乱暴に焚き火から取ってかじる。

 

 

「⋯⋯まぁ、スタミナには自信がある。やろうと思えば、20日は走り続けられるんじゃないか? やらんけど」

 

 

 不貞腐れたドーガに苦笑して、サテナに答えた。

 宏壱には失念していたことがある。それは移動手段だ。

 荷馬車にはレガリの妻であるニーラ、二人の子供の姉のフィーナと弟のアツマの姉弟が乗っていて、あとはグスピカルで仕入れたロドーで売る品物が載っている。宏壱とメアが乗るスペースはほぼないだろう。

 サテナはそれを見越してグスピカルで馬を一頭借りていて、ドーガは元々自分で走るつもりだった。ティナはドーガの同行者で、昼間のように、スキル【ビースト】を使用しているドーガに乗るつもりでいたので問題はなかった。

 

 問題があったのは宏壱だった。依頼書には移動時に関しても記載されており、何らかの()が必要なことも記されていた。

 宏壱はその記述を見逃してしまったのだ。しかし、受けた依頼を取り消すには遅すぎる。前日までならともかく、当日にキャンセルはギルドの信用にも関わってくる。

 ギルド所属の冒険者として、罰則も科せられているので、「足がありません、同行は無理です」とは言えないのだ。

 そんな理由で、宏壱はただ1人、自分の足で平原を駆けていたのだ。自分の足で駆ける、という意味ではドーガも同じなのだが、スキルを使っているかいないかは、大きく違ってくるので除外する。

 

 

「20日⋯⋯すごいすごい! 冒険者ってそんなこともできるの!?」

 

 

 宏壱が座る右隣で、栗色の髪の少年がキラキラとした眼差しを送る。レガリとニーラの息子、アツマだ。

 宏壱は常に前に出て襲い掛かる魔獣を斬り伏せてきた。馬に乗るサテナより、後方で馬車を護衛するドーガ達よりもフットワークが軽く、一番に動くので目立つ。まだ10にも届かない少年が憧れるのは当然と言えた。

 

 

「コーイチが体力バカなだけよ。普通はそこまでできないわ。私も2日ぐらいが限度だし」

 

「2日も走れたら十分ですっ。わたしは半日が精々ですよっ」

 

「オレはいつまでも走れるけどな」

 

「アンタには聞いてない」

 

「お前、オレの扱いが酷すぎるぞ!?」

 

 

 サテナとドーガの掛け合いに笑いが起こる。

 

 

「護衛依頼は初めてなんだが⋯⋯こんなに和気藹々としてるもんか?」

 

 

 笑顔の面々を見渡して小首を傾げるメアの頭に手を置いて撫でながら宏壱はティナに聞く。

 

 

「そんなことないですよっ。普通は護衛対象からも他の冒険者からも離れて食事をしてますっ」

 

「冒険者同士は馴れ合わねぇし、依頼人と親しくなり過ぎんのも問題だからな。特に大商人とかに下手に気に入られちまうと、その大商人のお膝元に拠点を置かなきゃならなくなる。依頼を受けやすいようにな」

 

「⋯⋯要領を得ない話だな。つまりどういうことだ?」

 

 

 ティナの話を補足するようにドーガが言うも、説明が大雑把過ぎて宏壱は上手く解釈できなかった。

 

 

「はぁ、雑すぎよ。要は、気に入った冒険者を商人は抱え込もうとするから、大抵の冒険者は商人と仲良くしたがらないってこと」

 

 

 サテナが呆れたように溜め息を溢し簡単な説明をすると宏壱は、「なるほど」とひとつ頷き⋯⋯。

 

 

「専属の冒険者にされる可能性があって、それを嫌う冒険者は多い。専属ってのは、他の依頼より優先してその商人、若しくは商団の依頼を受ける冒険者のこと。そんで、どんな依頼でも選択肢ははいorイエスしかなくなるって感じか?」

 

 

 と自己解釈を語ってみせた。

 

 

「どっちも意味は一緒だけど⋯⋯まぁ、そうね。その所為で、知らず知らずのうちに悪事に手を染めていった。なんて話も昔はあったらしいわ」

 

「へぇ? 昔はってことは、今は違うのか?」

 

「まぁね。って偉そうに言えるほど私もその時代のこと知らないけど。そうね。商人と冒険者の距離感は適度にって感じじゃない? 干渉しすぎず、だけど依頼には忠実に、みたいな? あくまで依頼主と請負人って感じよ」

 

 

 と、サテナは語るが実際には特定の商人と親密な冒険者は少なからずいる。商人も優先して特定の冒険者に依頼を出すことは少なくない。

 ただ、それを全体的に許してしまうと他の冒険者に仕事が回らなくなるため、冒険者ギルドが商人との密な関係を推奨していない。

 

 

「なるほどねぇ。じゃあ、この状況は不味いのか?」

 

 

 酒が回って完全に酔い潰れて寝てしまったレガリをドーガが肩に担ぎ、馬車に運んでいくのを眺めながらサテナに問う。

 

 

「別に大丈夫よ。そこは私達側の裁量だもの。受けるか受けないか。仲良くするのかしないのか。全部、ね」

 

「そんなもんか」

 

「そんなものよ。縛り過ぎて自由を奪えば私達は冒険者なんてやらないわ。それなら国に仕えた方がましね」

 

 

 まぁ、そんなつもりはないけど。と締めたサテナは立ち上がり、番をしてくるわ。と立ち去った。

 寝ずの番、というわけではないが、3時間おきの交代制で彼らは深夜警戒をしている。

 宏壱とメアだけであれば、ある程度の接近も許し、後手に回って対処できるのだが、護衛する対象がいるのであれば、その限りではない。

 元の世界であれば不穏な気配が1km圏内に侵入すれば、どれほど熟睡していたとしても気付けるが、この世界で宏壱の力は著しく制限されている。

 それこそ、5m圏内まで気配察知が絞られてしまっているのだ。レガリ達が圏外にいて襲われた場合、宏壱でも動くのが遅くなってしまうのは明白だった。

 故に、夜通しで見張りを立てる必要があった。

 

 

「さぁ、2人ももう寝ろ。今夜も安眠できるように俺達が見ているからな。ティナ、2人を馬車まで連れていってやってくれ」

 

「わっかりましたっ」

 

 

 フィーナとアツマにそう言ってティナに視線を向けた。両手を上げて了承したティナに、「頼む」と呟いて、宏壱は焚き火に砂を掛けて消した。

 一瞬、暗闇が周囲を包み、徐々に月光と星々の優しい光がうっすらと辺りを照らす。

 

 火は獣避けになると言うが、この世界ではそんなことはない。寧ろ、食料()があると遠目からでも認識させ、誘き寄せてしまう。そうでなくても、焼けた肉などの匂いが魔獣の鼻腔を刺激してしまっているのは間違いない。

 十分な警戒が必要である。

 

 

「さて、メア、俺達も寝よう。少し仮眠してからサテナと交代だ」

 

「⋯⋯ん⋯⋯」

 

 

 頷くメアを足から下ろして、宏壱はその場で横になり眼を閉じた。




特になにも起こらない移動は書くのが難しいです。無くて、⋯⋯ロドーに着いた。とかは寂しいし⋯⋯。
難しいです。ホントに。

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