赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第三十四鬼

 まるで重さに耐えきれなかったように小屋がぺしゃんこに倒壊した。

 予兆などなく、突然の出来事だった。

 

 

「なぁ……は……?」

 

「へ……ぅ……?」

 

「ほ……ぃひ……?」

 

 

 三者三様の間抜けな声が漏れる。唯一反応しなかったメアだけが窪みの外を見ている。

 視線の先には黒のローブで全身を覆い隠した怪しい人影がひとつあった。左手には古びた木杖が握られている。

 

 

「……」

 

 

 人影と視線が合った……気がした。距離があるため正確なことは分からないが、メアはそう感じた。

 

 ドウッ!

 

 倒壊した小屋の中心部が弾けて木片が飛び散りひとつの影がそこから抜け出る。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ! なんだ今の!? 死ぬかと思ったぞ!」

 

 

 地面に降り立った影、宏壱は肩で呼吸をするように荒く空気を吸う。

 

 つー、っと額から右眼の横、頬、そして顎先へと伝う生温かい一筋の赤い液体を右手の甲で拭った。

 宏壱の腕には木片が幾つも刺さっている。半袖だったことも災いしたのかもしれない。しかし、それだけではなく倒壊寸前に咄嗟に腕で頭を守ったことが大きな原因だ。

 

 

「おい、あんた! 大丈夫なのか!?」

 

「あぁ? ああ、なんとかな」

 

 

 安否を気にするゴザムに手をひらひらと振って答え、メアの視線の先を追う。

 宏壱の眼には黒のローブを纏った人影が映り、その人影もメアを凝視しているように見えた。

 

 

(アイツが小屋を壊したのは間違いないな。だが、なんだ? 何故メアを見ている。何か嫌な予感がする。アレはここで殺しておくべきだな)

 

 

 思考は一瞬。結論が出た瞬間には行動に移していた。

 切り上げた思考を戦闘向きにシフトする。倒壊によるダメージは大したものではない。ただ、負った怪我が派手に見えているだけだ。

 

 

「……む?」

 

 

 中性的な声が宏壱の耳に届く。疾駆する宏壱と黒ローブの眼が合った。フードの中には怪しく赤い瞳が煌めいていた。

 

 

「【グラヴィティーボール】」

 

 

 人影が掲げた杖の先が、闇色の靄に包まれた。

 

 

「――っ!?」

 

 

 空気の淀みを感じた宏壱は、咄嗟に横に飛ぶ。

 反応できたのは膨大な経験によるものだった。

 

 ゴポゥッ!!

 

 宏壱が一瞬前にいた場所は、鉄球を落とされたかのようにへこんでいる。

 転がり立ち上がった宏壱が今度は前に飛ぶ。同じだ。宏壱のいた場所が陥没した。

 

 

「コイツで小屋を潰したのか!」

 

 

 前転して立ち上がる間もなく横に身体を投げ出す。

 

 

「ちっ、立ち上がれねぇ!」

 

 

 更に横へ、横へと転がる。宏壱が通った場所が陥没していく。体勢を立て直す暇を与えてはくれない。

 

 

(アイツらは……動けないのか!?)

 

 

 回る視界の中でメアとセロル達を見る。

 じっと黒ローブを見続けるメアと足を震わせているセロル達。

 先程までは普通に動けていた彼らは、黒ローブの人影を視界に納めた瞬間、金縛りにあったように動けなくなっていた。

 

 

「【武装ひょっ】!? ――【ぶしょふひょふほはひ】!」

 

 

 転がる中で紡がれるスキル名。

 突破口になり得るそれは舌を噛み、呂律が回らないという格好の悪い形で放たれた。若干涙眼なのは気にしてはいけないだろう。

 

 

「ぜあっ!」

 

 

 なんとか体勢を整えることに成功した宏壱は、立ち上がり様に淀んだ空気の塊を右拳で殴り付ける。

 

 キィイイン!!

 

 まるで金属を弾いたような甲高い音が響く。

 

 

 

「ほう……? 魔法を殴り付けるか。ゲートを連れているだけのことはある」

 

「ゲート?」

 

 

 感心したように息を漏らして紡がれた言葉の中に聞き慣れぬ、……この場面で聞くことのないような単語に宏壱は首を傾げた。

 

 

「答える義理はない。貴様はここで死ぬのだからな。【ダークスフィア】」

 

 

 黒ローブは杖を天に掲げ、魔法名を紡ぐ。

 黒ローブの頭上で闇色の粒子が集い、矢印のような魔法弾を宏壱を囲むように形成する。その数は30は下らない。

 矢印の先端は全て宏壱に向けられている。

 

 

「塵も残さず消えろ人間」

 

 

 天に掲げられた杖が振り下ろされた。それと同時に放たれる【ダークスフィア】。

 四方八方から迫る【ダークスフィア】を見据えたままだった宏壱は、一瞬の間に土煙に飲み込まれた。

 

 

「ふん、弱い。……運良くゲートを見付けられた。実験場所は失ったが、良い手土産になるだろう。アレを持って帰れば司祭共も満足してくれるな」

 

 

 土煙に消え、安否など確認するまでもなく消滅したであろう宏壱には既に興味がなくなっていた黒ローブの人影は意識をメアに向けた。

 それが油断となり、大きな隙となった。逸らせた意識はそう簡単に戻せない。そこを突いた。

 いったい誰が? 当然、土煙を抜けて飛び出した宏壱が、だ。

 

 

「おおぉぁぁあああっ!!」

 

「なっ!?」

 

 

 宏壱の腕が所々青白く変色している。内出血を起こしているらしい。

 それは【ダークスフィア】を叩き潰した結果だ。

 

 上空に跳び上がって斜面頂上に着地。眼を見開く黒ローブとの距離を瞬時に詰めて右足を薙ぐ。

 

 

「ちっ! 人間風情が!」

 

 

 頭部を狙って振るわれた右足をバックステップで回避。

 足を戻して踏み込み、顔を狙い右の拳を放つが、左手に持った杖を甲に添わせて逸らされる。

 想定内だったのか、宏壱は更に踏み込んで肘関節を畳み、肘鉄を狙う。

 

 

「【ダークボール】!」

 

 

 迫る肘を首を傾げて躱し、右手を宏壱の腹部の至近距離で開き、闇が渦巻く魔法弾を放つ。

 

 

「ぐぉっ!?」

 

「【ダークボール】!」

 

 

 くの字に身体が折れて吹き飛び転がる。

 間を置くこともなく放たれた魔法弾は一直線に宏壱に向かう。

 

 

「っ!」

 

 

 転がった宏壱は跳ねるように横に跳んで躱し、疾駆する。

 その間に生成されていた【ダークボール】がひとつ、ふたつ、みっつと宏壱に放たれていた。

 

 

「つぁらっ! せあっ! うぉらぁっ!」

 

「小癪な!」

 

 

 ひとつ目を右手の甲で弾き、ふたつ目を左の肘で砕き、みっつ目は右手で掴んで投げ返した。

 投げ返された【ダークボール】を杖を振るって掻き消す。

 

 

「はぁっ!」

 

「――くっ!」

 

 

 靄のように消え去った【ダークボール】の奥から宏壱が飛び込んでくる。

 宏壱の拳がバックステップで下がった黒ローブのフードを掠めた。

 

 

「……驚いた。女だったのか……しかも」

 

「くっ! だからなんだ!」

 

 

 フードが外れて顔が露出していた。相当に整った顔立ちだ。

 気の強さを表すような切れ長の眼。スッキリ通った鼻筋。瑞々しい唇。褐色と呼ぶような健康的とは言えない浅黒い肌。

 そして、なにより宏壱の眼を引いたのは、燃え立つような赤い瞳でも、金糸のようなツインテイルの柔らかな髪でもなく、とがった耳だった。

 

 

「ダークエルフ」

 

 

 肌の色から宏壱はそう判断した。

 色白のエルフに対して、ダークエルフと呼ばれる種族は肌が黒い。なにより、光魔法、闇魔法を除く火、水、風、土の魔法を得意とするエルフと違い、ダークエルフは闇魔法をもっとも得意としている。

 闇魔法は重力、空間、影を操ることができる。魔法体系の中で、光魔法と共に逸脱したものとして知られている。

 厳密に言えば、ダークエルフは亜人ですらないのだが、今は省略する。

 

 

「っ! その呼び名で呼ぶんじゃない! 我々、崇高なる魔神の眷属を、あのような内向的で保守的な者共と一緒にするなっ!」

 

 

 強い語気と共に杖から放たれる【ダークボール】。

 

 エルフとダークエルフは仲が悪い、というのは遥か昔の話だ。それは嘗ての英雄の努力の賜物である。だが、数百年を生きる長寿が故に、古き掟、他種族と交わるべからずという戒めを、いまだに守る一族も少なからず存在すると言われている。

 だからこそ、エルフと同一視するような宏壱の言葉は彼女の癇に障った。

 

 

「無詠唱で放てるのかっ!?」

 

 

 咄嗟に後ろに跳んで躱す宏壱。着弾した【ダークボール】が土煙を舞わせ視界を塞ぐ。

 悪くなった視界の奥から、黒い影が見えた。

 

 

「づっ!?」

 

 

 右斜め下へ、膝を曲げて身体を沈めたのは咄嗟だった。反応できたのは、やはり膨大な経験故にだろう。

 チリッと熱を持った左頬がヒリヒリと痛む。少し頬が切れていた。

 眼だけを動かし左を確認すれば、黒い円錐状の物体が宏壱の頭のあった空間を貫いている。

 

 

「こんな(もん)どっから! っ!?」

 

 

 いまだ鎮座したそれを、払い除けようと左腕を振るおうとした宏壱だったが、直ぐ様その場を離れる。

 黒い物体の下部がポコリと盛り上がり、伸びた。

 

 ズガンッ!

 

 宏壱の腹部があった場所を通り過ぎ、地面を穿つ。

 弾ける土と草。深々と突き刺さった黒い槍とも言えるようなそれは、相当な威力を持っていることは明白だった。

 

 

「これも魔法なのか!? つっお!?」

 

 

 槍は止まっていなかった。地面に潜り、下方から宏壱を貫こうと地面を掘り進めて顔を出す。

 狙いが甘く、上体を逸らしたことで回避できたのは運が良かったと言える。

 

 

「クソッ! 技が多彩すぎんだろ!」

 

 

 バック転を二度繰り返して距離を取る。

 

 

「貴様に誉められても嬉しくはないな」

 

「――っ!?」

 

 

 ゾワリ……背筋から寒気が通り抜けた。悪寒と言ってもいい。

 宏壱は背後を確認せず、前に跳び身体を捻って向きを変え、右手を突き出す。

 

 

「【ファイアーボール】!!」

 

 

 姿は確認していない。ただ、声のした方向を推測して撃っただけだ。これで直撃した。少しはダメージを与えられた。そう思えるほど楽観視もしていないし、経験が浅くもない。

 

 

(どうやって、この俺に気付かれずに後ろに回った? ただの移動じゃない。もっと特殊な……例えば)

 

 

 着地して宏壱は足下を見る。そして、右斜め前に拳を打つ。

 

 

「なに!?」

 

 

 一瞬で姿を見せた女が、宏壱の拳を影の盾(・・・)で防ぐ。

 

 

「やっぱりか。お前、影を操ってるんだな? さっきの槍もそうだし、移動も影を辿った……っていうよりも、影のある場所に飛んだのか?」

 

「それが分かったところで、貴様には防げまい!」

 

 

 女の足下の影が起き上がり、鋭いトゲをを放つ。

 

 

「おっと、っと。使える影は自分のだけか? 俺のが使えるんなら、俺の影で串刺しにすりゃあいいもんな?」

 

「ちっ、人間風情が妙な知恵を付けたものだな。忌々しい」

 

 

 女から跳んで離れる。不意を打てなかったことと、宏壱の考察の的確さに女は舌を打った。

 

 

「どうする? このまま続ければ、お前の手の内はどんどんバレていく。対処もできるようになるぞ。ここらで情報落として消えてくれないか?」

 

「対処もなにも、貴様を殺してしまえばそれで終わりだ!」

 

 

 再び無詠唱で【ダークボール】が放たれる。だが、それは宏壱も予見できていたことだ。

 右拳で迫る【ダークボール】を散らす。

 

 

(あの杖か。【ダークボール】はたしか闇魔法レベル1で習得できる魔法だったな。【グラヴィティーボール】はレベル4……だったか? それは詠唱した。考えられるのは杖自体に特殊な効果があるってことだな。低レベルの魔法は無詠唱で行使できる、みたいな)

 

 

 考察は一瞬。

 

 

「【嵐脚】!」

 

 

 その場で横薙ぎに振るわれた左足。女との距離は5mほど。宏壱の脚が5mも長いわけはない。

 それを承知の女も動かない。何をしているのか? そう言いたげな表情だ。が、宏壱の脚撃は飛ぶのだ。比喩ではなく、実際に。

 

 

「――っ!?」

 

 

 頬に鋭い突風を感じた。女の髪が数本視界に舞う。その数瞬後……。

 

 ズパンッ!!

 

 女の後ろにあった木が斬れ、倒れた。

 

 

「なっ……ぁ……!」

 

「【剃】!」

 

 

 女が驚き、眼を見開いている。動きを止めた女に高速で肉薄する。

 

 

「――っ!? 【ダークウォール】!」

 

 

 反応が遅れた女ではあったが、宏壱が到達するよりも一瞬早く魔法を発動した。

 防御系の魔法だ。地面から噴水のように涌き出た闇が女を囲う。

 

 

「つぇあっ!」

 

 

 懐に飛び込むよりも早く現れた闇の壁を構うことく殴り付けるが、闇に消えた腕は何かを捉えることもなく、空振る。

 まるで水中に突っ込んだような抵抗力を感じた。それと同時に、吐き気にも似た強い嫌悪感と不快感を覚える。

 

 

「っ!」

 

 

 ともすれば、戦闘の続行さえも困難にさせるようなそれを宏壱は嫌い、【ダークウォール】から腕を引き抜いて後方に跳んだ。

 

 

「気配が消えた? 何処に……メアか!」

 

 

 いまだ発動し続ける【ダークウォール】の中に女の気配が消えたことを察した宏壱は、彼女の目的を思い出す。

 言葉の意味は分からないものの、彼女の態度から狙いがメアであることは察せられた。

 であれば、宏壱と戦闘を続けるメリットなど彼女には(はな)からないのだ。

 そして彼女には宏壱も捉えられない移動手段がある。

 

 移動手段があるにはあるのだが、【影縫い】という短距離転移魔法のひとつで、今いる場所からメアのところまで一瞬で行けるものではなく、多くの影を中継しなければならない。

 

 

「……あれ? チャンスだったはずだろ? 何でメアのところにいないんだ?」

 

 

 慌ててメアに視線を移すも、メアは健在でどうともなっていない。

 いまだ世間に疎いメアは、連れ去られたとしても抵抗などしないだろう。だからこそ宏壱は人混みでは頻繁にメアと手を繋いで歩いているのだ。

 

 闇魔法自体が世間に広く知られてはいないうえ、多彩な運用方法があるため、マグガレンで多くの知識を取り入れた宏壱ではあるが、膨大な数の魔法分野、特に闇魔法を頭に詰め込んでいない彼が疑問に思うことも当然ではある。

 

 

――ゲートは暫く貴様に預けておく。傷のないように丁重に扱え。崇高なる方々を闇の世界からお呼びするためのモノなのだからな。こちらの準備が整い次第、私自ら取りに行く。

 

 

 何処からともなく響いた女の声に、宏壱は身体を強張らせて身構えるが、やはり気配はなく、数分待っても仕掛けてくることはなかった。

 

 

「ふぅ……ぁっと……」

 

 

 気配もなくなり、安心して力を 抜くと、一気に疲労が宏壱を襲う。傾いた身体が前に倒れないように足を踏み出したが、膝に力が入らず座り込んでしまう。

 

 女に対しての提案は宏壱自身の願望のようなものだった。

 ダークエルフの女は異様に強かった。魔法もさることながら、接近戦においての身体捌きも並みのものではなく、宏壱の攻撃が掠りもしなかった。

 しかし、女の攻撃は宏壱に確実なダメージを与え、HPを削っていた。魔法弾を防げてはいたが、あれは強引に砕いただけに過ぎない。

 打つ身体の方には痛みが残り、内出血を起こさせていた。

 気力、体力共に限界が近く、満身創痍と言ってよかった。そのまま続けていれば、敗北したのは宏壱だったのだ。要は見逃されただけである。

 

 

(あ、これダメだ)

 

 

 後ろに倒れ込んだ宏壱の意識はそこで途切れた。


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