赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~ 作:コントラス
翌日、早朝から宏壱とメアはグスピカルの門まで足を運んでいた。理由は当然ゴブリン討伐のためである。そこはセロル達3人と集合に指定した場所だ。
2人の服装はやはり冒険者とは呼べないものだった。
宏壱はいつものように白のスラックスと黒の半袖シャツ。メアはスカートにフリルがあしらわれた淡い水色のワンピースだ。
グレートソードもないため、冒険者らしさは皆無だった。
「あ、コーイチさん! ほら、セロルが起きないから待たせちゃったじゃないか!」
宏壱達が門に到着してから20分ほど、通りの奥からライクが手を振って声を上げているのが見えた。
寝ぼけ顔のセロルとライクの言葉を聞いた限り、セロルが寝坊をして遅れたらしい。
「わりぃ、遅れた」
簡潔に右手で後ろ頭を掻きながら宏壱の前に立って告げるゴザム。
言われた宏壱自身は気にした風もなく、「気にするな、昨日の段階でセロルがだらしないことはなんとなく分かってた」と顔の前で右手をヒラヒラさせた。
その姿にほっと息を吐いたライクは、セロルの頭を押さえて下げさせて自分も一度頭を下げた。
「ほら、頭上げろ。明確な時間自体決めてなかったんだしな。それよりいくぞ、ゴブリンは待ってくれないんだからな」
宏壱はメアを連れて門の外に向かって歩き出す。セロル達は慌てて宏壱の後を追った。
◇
グスピカルから東に約4km。宏壱達一行は無事に森に入ることができていた。
一時間ほど歩いた彼らだが、流石冒険者と言っていいのか、誰1人として疲労の色をみせていない。
「森の深部、他より窪まった場所にゴブリン達がいるらしい」
歩みを止めないまま宏壱が言う。セロル達との共闘が決まったその日のうちに、宏壱はギルド職員から詳しい話を聞いていた。
依頼書に記されていないような事柄でも、ギルド職員が情報を持っている可能性は十分にある。
それを自分で聞き出すのも準備のひとつで、冒険者としての重要な資質である。
「みたいだな。なんだ、調べてたのか?」
「まぁな。目標の位置をある程度把握できてれば動きやすさが断然違ってくるからな」
ゴザムの感心したような言葉になんでもない風に返す。
ギルドの近場だけで活動する者も多いが、魔物、魔獣、盗賊の討伐依頼を受けた際に、遠征として離れた村にいくことも当然ある。
その村で住民に詳しい事情を聞かなくてはならないため、ある程度のコミュニケーション能力が必要とされる。
それを学習させるために敢えて依頼書にはおおまかな内容しか記されていない。
「っと、止まれ」
先頭を歩いていた宏壱が足を止めて後ろに続くセロル達を制する。
「どうした?」
「蔦だ」
「蔦?」
宏壱の指差す先には1本の蔦がピンと張ってあった。それはちょうど足首に引っ掛かる高さだ。
「メア、触るな」
興味が引かれたのか、屈んで蔦に触ろうとするメアに声を掛ける。
「……」
「見ろ、蔦の先に2枚板があるだろ?」
「……ん……」
「コイツに触れると、蔦が揺れて板同士がぶつかり合って音が鳴る。結構甲高い音だから、遠くまで響くんだ。一種の警報装置みたいなものだな。当然アレだけってことはないだろうな。他にも幾つかあるはずだ。んで、コイツを鳴らすと、ゴブリンに侵入を感付かれる。もっと言えば、ここから先はゴブリンのテリトリーってことだろうな」
屈んだまま振り返って顔を向けるメアに説く。真剣、かどうかは正直分からないが、メアは宏壱の言葉にひとつひとつ頷いて呑み込んでいく。
「……まるで先生だな」
「だね。メアちゃんも真剣に聞いてるみたいだし」
「僕達の後輩だね」
宏壱とメアの姿を見て思い思いの言葉を並べる。
「よし、二手に分かれよう」
「は? 何でまた」
宏壱が呟いた言葉にゴザムが訝し気に反応する。
ここで二手に分かれる理由が彼らには思い浮かばなかった。
「このまままっすぐ進むと、多分
「まだ気づかれてないのか?」
「恐らくな。この警報装置より奥は巡回ぐらいしてると思うが。今は大丈夫だろう」
「分かれるとして、どうするんだい?」
ライクも話に加わる。メアとセロルは我関せず、だ。
「そうだな…………俺とメアがこの場に残って警報装置を鳴らす。ゴブリンの意識は当然こっちに向くだろう。偵察に何体かのゴブリンを寄越すことも考えられる。そうすれば奥にいるゴブリンの戦力を間引ける」
一瞬の思考の後、宏壱は考えを口に出す。要は陽動をしようということだ。
「その間にゴザム達3人は迂回して反対側に回り込んでくれ。上手くいけば背後を取れる。俺とメアも偵察に来る、かもしれないゴブリンを始末したあと、直ぐに向かう」
「……なるほど。上手くいけばゴブリンを混乱させられるってわけか」
「そういうことだ。……生半可な知識を付けたのが奴さんの敗因だ」
納得したと頷くゴザムとライクに宏壱はとびきりのあくどい笑みを浮かべた。
「でも、大丈夫?」
「ん? 何が?」
だが、ライクは少し心配気に宏壱を見やる。その際、一瞬だけメアに視線が移ったことで、言わんとすることを察せた。
「ああ。問題ない。こう見えてメアは俺より強い。ゴブリン如きにどうこうできる奴じゃないさ」
「「「……」」」
疑わし気な3人の視線にニッと笑みをみせる宏壱に彼らは信じざるを得なかった。
作戦が決まってからの彼らの行動は早かった。
いまいち理解していないセロルは、迂回する道中で2人からよーく噛み砕いた説明がされるだろう。
「さて、そろそろか。メア、触っていいぞ」
3人が離れて凡そ3分ほど、宏壱はその間もうずうずと蔦を見ていたメアに声を掛けると……。
「……ん……!」
メアの行動は早かった。
宏壱が言い切った瞬間、彼の動体視力を遥かに上回る速度でメアの右腕が動き、蔦を掴んで引っ張る。
カラカラカラカラ!! ブチィッ!
甲高く乾いた音がけたたましく鳴り、蔦が引き千切れて鳴り止む。
「……んぁ……!?」
「っと、ゴブリンが来るかどうかは分からんが、一応離れるか」
抵抗感を失って後ろに倒れるメアを支えた宏壱は、流れでメアの膝に腕を入れ、肩にもう片方の腕を回して持ち上げる。
そのまま膝を曲げて、跳ぶ。
ガサガサッ、と葉を擦れ合わせながら宏壱が乗った枝が揺れる。
「ここからは静かにな」
所謂お姫様だっこの状態のメアを枝に座らせる。太くしなやかな枝だ。宏壱とメアが乗っても簡単に折れることはない。
高さにして3m弱。周囲の木々、枝葉も
「【見聞色の覇気】」
宏壱の知覚が広がる。遠ざかるみっつの気配と近付いてくるよっつの気配。存在感はバラバラだが、遠ざかるのはセロル達、近付いてくるのはゴブリンで間違いないだろう。
ゴブリンの進行と反対側では、幾つもの気配が密集していることが分かる。それがゴブリンの本拠地なのだと予測できた。
「ゴザム達は上手く迂回できてるな。さて、接敵まで凡そ2分ってとこか。どう料理するかね」
久々の本格的な戦闘に胸を躍らせる宏壱を余所に、メアは木の実を啄む小鳥を見ていた。
宏壱の予想通り2分後、頬まで裂けた口に尖った耳、額に1本の角、身長1m弱の緑色の皮膚を持つ醜悪な顔をした4体の魔物、ゴブリンが姿をみせた。手には50cmほどの棍棒が握られている。
ゴブリン達は歯軋りの音のような鳴き声で会話をして辺りを探索する。そして、1体のゴブリンがメアが引き千切った蔦を見付けて一際大きな声を出す。
「すぅ、ふっ……!」
浅く呼吸を繰り返し気配を殺していた宏壱が、そのタイミングでメアを残して飛び降りる。
ゴシャァッ!
生温かくて表面は柔らかく、芯は硬い物を踏み潰す不快な感触に顔を顰めるが宏壱は止まらず、踏み潰したゴブリンの横にいて呆けるゴブリンに裏拳を放ち右眼を陥没させる。
衝撃でゴブリンの眼球が破裂した。
――ッッッッッ!!?
声にならない悲鳴が空気を震わせる。アントに痛覚があるような感じはしなかったが、ゴブリンにはしっかりとあるようだ。
宏壱の襲撃で茫然自失となっていたゴブリン達だったが、その悲鳴で我に返り、1体は棍棒を振り上げて宏壱に迫り、もう1体は背を向けて来た道を引き返す。
「へぇ」
一瞬の間はあったが、宏壱はゴブリンのその迅速な反応に感嘆の息を漏らす。
迫るゴブリンを延髄蹴りで首をへし折って仕留め、のたうち回るゴブリンの頭部を踏み砕く。
地面に落ちたスイカのように頭部が破裂し、頭蓋や脳髄が辺りに飛び散る。
「逃がすわけないだろ? 【剃】!」
背を向けて一心不乱に全力で離れていくゴブリンを追う。……いや、追い越した。
スキルの発動と同時に宏壱の姿は掻き消え、一瞬後にはゴブリンの進行方向3m先に姿を現す。
――ギッ!?
宏壱の出現にゴブリンは眼を見開く。しかし、止まれない。既に前へと動かした足は3mの距離を容易く詰めた。
――ッ!
「はい、残念」
こうなれば力ずくで押し通るしかない。そう判断したのか、
――ギッ、ギエッ!
なんとか宏壱の拘束を解こうと、ゴブリンは自分を掴み持ち上げる腕を爪で引っ掻く。だが、それも意味をなさない。
ゴブリンのSTRと宏壱のDEFの差が大き過ぎるのだ。当然この場合は宏壱が勝っている。
「俺も急ぎなんだ。直ぐに仲間のもとへ送ってやる」
呟きと同時にゴブリンを掴む手に力を込め……。
ドウッ!
地面に叩き付ける。
水気を含んだ土が舞い、若干ゴブリンの頭部を地面に減り込ませた。
致命傷だが、意識はまだあった。火に炙られたかのようにじんわりと熱くなる頭部がまだ生きていることを彼に教えていた。
明滅する視界の中、ゴブリンが最後に見たのは強く握り込まれた左拳だ。
ズドムッ!
それは容赦なく振り下ろされ、地面に肘まで埋まった。
首から上を失い、引き千切ったような断面からダクダクと黒紫色の血液が地面を濡らした。
戦闘時間は僅か10秒強。一瞬の間で4体ものゴブリンが命を無惨に散らせた。
「メア、いくぞ、降りてこい」
地面から引き抜いた拳から黒紫の血を拳から滴る。
付着した肉片や頭蓋、血液をピッピッと振り払いながら、粒子に変わるゴブリンに眼を向けることもなく頭上のメアに声を掛ける。
「……ん……」
スタッ、と音も小さくヒラヒラとスカートを舞わせメアが降り立つ。
逆立ったスカートから赤のリボンがワンポイントあしらわれた逆三角形の淡いピンクの布地を見た宏壱は眼を逸らす。
「……討伐依頼のときはズボンだな」
「……ん……?」
宏壱の呟きにメアが小首を傾げて宏壱の顔を見上げる。
何も分かっていない無垢な少女の頭を血に濡れていない右手で優しく撫で、「羞恥心も覚えないとな」と笑う。
そんな宏壱に更に頭を傾けるメアだった。