赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第三十一鬼

 ガヤガヤと騒がしいギルドの酒場。その内のひとつの長方形のテーブルでは、異様な光景が広がっていた。

 

 高く積まれた皿、次々と持ち運ばれる料理、何よりそれらを(ことごと)く食べていく並んで座る2人の男女。

 黒髪の男は大柄で背も高く、大食いでも不思議ではない、とは言い切れない量だが、無理に納得することはできる。

 だが女、そう呼ぶには幼すぎる熊獣人の小柄な幼女が、隣に座る男と同等、或いはそれ以上の量の料理を口に運び、その小さな身体に納めていく様は、周囲の人間と正面に座る3人の冒険者の度肝を抜いた。

 

 

「……おい、金足りるか?」

 

「大丈夫だと思う。多分」

 

「すごい……あんな小さな身体にどうやって入ってるんだろ」

 

 

 2人の正面に座る冒険者3人が口々に言う。

 容姿は平凡だ。この大陸の人族においては一般的な茶髪、大衆に紛れると判別が難しい特徴の少ない顔立ち、身長も平均的で体格も突出した物はない。

 違いと言えば瞳の色が3人違うことと武器の装備程度だろう。

 黒髪の男、宏壱から向かって右斜め前に座る男の瞳は赤く、木製の弓を背負っている。その右隣の男の瞳は黄色く、武器はグレートソードよりも短い短剣、ショートソードを腰元のベルトに差している。最後の左斜め前の男の瞳は青く、長さにして1mほどの杖をテーブルに立て掛けていた。

 構成で言えば、前衛の剣士1人、後衛に弓箭(きゅうせん)と魔法使いの2人だ。

 

 余談ではあるが、彼らを見たときの宏壱は、3人で並ぶと信号みたいだな、そんな感想を浮かべていた。

 

 

「……んぐっ、……んで? 依頼協力、だっけ?」

 

「……あ、はい! そうなんです、ちょっと僕達だと荷が重いかなって」

 

 

 ギルドを出る。その直前の宏壱とメアを呼び止めた3人の冒険者、赤い瞳のライク、黄色い瞳のセロル、青い瞳のゴザムの3人は、宏壱とメアをギルドの酒場に誘った。

 丁度昼前の時間帯で、断る理由もなかった宏壱は誘いに乗ることにした。

 互いに自己紹介をした後、メアと共に引き起こした惨状が現在のテーブルの上である。

 支払いは3人、正確には副業で稼いでいるらしいライクの持ち金であるため、宏壱もメアと同じように遠慮はせず、普段抑え気味の食欲を解放してその大食漢振りを発揮していた。

 それを見たライクは自分の懐が寂しくなるのを理解していながらも、大食漢2人を止めることはできなかった。

 

 

「何で俺なんだ? こう言っちゃあなんだが、俺はEランク冒険者だ。あんたらの役に立てるとは思えないぞ?」

 

 

 そう思うならもう少し遠慮してくれ! ライクの懇願は引き攣った口角を見れば容易に想像できるが、宏壱はそれを無視した。

 

 

「このギルド内にはもっと上のランクの連中もいるだろ? その中で敢えて俺を選んだ理由は何だ?」

 

 

 宏壱の疑問はそこだった。見たことがある、宏壱がそう思ったのは当然で、彼らは宿屋の前で宏壱とすれ違った冒険者だった。

 しかし、それが決め手とは思えない。すれ違っただけの男、しかも格好は手慣れた冒険者とは決して言えない。そんな男に助力を求めるというのだから、理由が別にあると推測することは容易だった。

 

 

「えっとですね」

 

 

 セロルが3人を代表して語るのだろう、声を潜めて前のめりになって話し始めた。

 

 曰く、彼らは1週間前まで複合都市・マグガレンで活動していたらしい。その折に彼らはゴブリン討伐の依頼を受けていた。

 バセット山で数対のゴブリンを発見して攻撃を仕掛けようとしたが、異変に気が付いた。

 ゴブリン達の表情は険しく、足早に彼らが潜む茂みの前を通り過ぎた。

 そして続いて現れたのはアントだった。バセットダンジョンにいるはずのアントがゴブリンを追っていたのだ。

 多種多様な武器を持つアントの群れ、普通ではあり得ないその光景を彼らは言葉を失い茫然と眺めていた。

 

 3人の中で早く我に返ったライクがセロルとゴザムに声を掛けて後を追うことを提案した。

 明らかな異常性を感じた2人もセロルに賛成して、3人はアントの群れを追い掛けた。

 その先で見たものは小さな女の子を背に庇い、グレートソードを手にして戦う黒髪の青年と、複数のアントを相手取る中性的な顔立ちの美青年だった。

 彼らはレベルの高いアント達を倒し、それらを率いていたであろうハイアントさえ屠ってみせた。

 

 しかし、それで終わりではない。『アントがダンジョン外にいる理由』それを調べると黒髪の青年は言う。

 それはセロル達も気になっていたことではあった。だから、ギルドに報告にいく美青年ではなく、妙な気迫を全身から放つ黒髪の青年を追うことにした。

 

 

「――と、まぁ、そんなわけです」

 

 

 セロルが語ったのは宏壱が晶と一緒に受けた護衛&採取依頼のことである。

 

 

「……はぁん、あのときの戦いを見られてたのか。気付かなかったぞ。と言うか、見てたなら助けてくれても良かったんじゃないか? 俺、死に掛けたんですけど?」

 

「いや、無理だって。俺らのレベルじゃああんな戦いついていけないって。邪魔して、足引っ張って終了だ」

 

 

 宏壱の嫌味にゴザムは苦笑で答えた。

 彼らは冒険者としてのキャリアは長い。その経験則から、邪魔はできないと判断したようだ。

 

 

「まぁ、いいけどな。で、理由は分かった。が、何で自分らでできない依頼を受けるんだ? もっと手頃なのがあるだろ?」

 

「えっと、その、ちょっと、お金が必要で」

 

「こいつ、歓楽街の踊り子に熱上げてやがんだよ。自分の生活費削ってまでな」

 

 

 言い淀むセロルに代わってゴザムが言い切る。ライクは苦笑して口を出さない。

 だらしのないセロルに、口は悪いが常識のあるゴザム。そして、一歩引いて2人を見守るライク。これが3人の関係性らしかった。

 

 

「ふぅん? まぁ、人の色恋なんざどうでもいいや」

 

「どうでも、って。重要だと思うけど……」

 

 

 あんまりと言えばあんまりな言い(ぐさ)に、ライクは顔に浮かべる苦笑の色を濃くする。

 

 

「仕事の話をしよう」

 

「受けてくれるんですか!?」

 

「内容次第だ。採取はパス、討伐なら受ける」

 

 

 テーブルに身を乗り出すセロルに釘を刺した。

 採取は注意深く周囲を見渡しながら探索しなければいけないため、面倒なのだ。宏壱としては、スカッと魔物、魔獣を討伐したかった。

 

 

「なら大丈夫です。グスピカルから東に徒歩で1時間ほど歩いたところに森があるのは知っていますか?」

 

「場所までは知らないが、森が近くにあるってことくらいはさっき聞いた」

 

「その森で複数のゴブリンが発見されました。ギルド員の話では100近い群れだそうで……」

 

「100……それはまた、多いな。討伐隊を組む必要があるんじゃないのか? いや、領主が対処するレベルだろ」

 

 

 ギルド諜報部。魔物、魔獣の発見報告を受け、事実確認をするギルド職員である。

 彼らが集めた情報の信憑性は極めて高く、冒険者はその情報を基に動く。

 故に綿密に情報を精査して冒険者に提供することを要されるのだ。それが冒険者がギルドに対して信頼を高めている要因にもなっている。勿論、多少の誤差はあるし、情報外の思わぬ出来事に遭遇することはあるが。

 

 だからこそ疑問が残る。100体ものゴブリンを討伐するには人数が足りない。宏壱が言うように、領主が御触れを出して討伐隊を組むのが普通なのだ。

 

 

「……あれ? たしかにそうですね。何でだろ?」

 

「依頼書を確認してみたらどうだ?」

 

 

 宏壱の言葉を受けてセロルは懐から1枚の紙を取り出す。

 

 

「えーっと……ゴブリン討伐数13体。ゴブリン上位種、ゴブリンチーフを確認……」

 

 

 沈黙が彼らの一角に降りる。周囲の喧騒とメアが食事を進める音がやけに煩く響いていた。ただの見間違いだ。

 

 

「だーから、言ってんだろ、ちゃんと確認しろって」

 

 

 呆れた声を出して沈黙を破ったのはゴザムだった。

 

 

「あはは、あれ~? おっかしいなぁ」

 

 

 乾いた笑いを溢すセロル。額には冷や汗が出ている。

 

 

「……で? どうするんだ? 商談はなしか?」

 

「いや、正直ゴブリンチーフがいる群れを3人で相手にしたくはないよ。アレは配下のゴブリンを上手く使うからね」

 

 

 13体、ゴブリンチーフを入れれば14体のゴブリンだ。その程度の数なら宏壱が手助けをするまでもない。

 そう思っての言葉はライクに否定された。ゴブリンチーフのステータスはゴブリンの2倍ほど。その上統率力があり、頭も少し回る。

 ライクは自分達だけでは苦戦を強いられることを予想した。

 

 

「なるほど。で、報酬は?」

 

「……金貨2枚ですね」

 

「高いな」

 

「それだけゴブリンチーフがいる群れというのは危険視されてるってことだよ」

 

 

 ライクの言葉に「なるほど」と納得する。

 ゴブリンの最大の長所は数だが、それに連携を持たせることができればその長所は更に活かされることになり、ベテランの冒険者さえも苦戦は必至である。

 

 宏壱、ライク、ゴザムは商談を進める。決めることは幾つかある。互いの役割や報酬の配分、ドロップした部位をどうするか。

 その話し合いの中にメアが含まれていないのは当然のことだが、セロルも自然と省かれていたのは悲しい事実である。

 

 話を終え、会計を済ませ、金貨20枚がライクの懐から消えたことも明記しておく。

 

 ◇

 

 そこは繁華街の一角。

 ギルドを出た宏壱はメアを連れてその一角である武器屋に訪れていた。目的は勿論グレートソードを鍛え直すことである。

 宏壱はカウンター越しに武器屋の店主と向かい合っていた。

 

 

「うーむ、随分と痛め付けたみたいだな。これでは斬れるもんも斬れんだろ」

 

「あー、そうだな。最近は使ってないけど、やっぱ耐久力に不安がある。いつか折れそうだ」

 

「いつか、なんてもんじゃないぜ? 30レベルを超える魔物と戦えば、一振り、二振りでポッキリだ」

 

 

 繁々とグレートソードをあらゆる角度から眺めて言う。

 身長130cmほどのスキンヘッドのドワーフ。

 タンクトップからは隆起した筋肉を付けた太い腕が出ている。

 蟀谷から頬、顎、鼻の下を覆う赤みがかった茶色の髭は彼の自慢だ。

 

 眉間に皺を寄せてジト目をグレートソードの持ち主、宏壱に向ける。

 責めるような視線を受けて宏壱は明後日の方向に顔を向ける。

 鍛冶屋と武器屋を合併させたこの店には相当な数の武器が展示されている。

 

 

「いい武器だなー」

 

「誉めるならおれの眼を見て誉めやがれってんだ」

 

 

 宏壱のあからさまな棒読みに店主が悪態を吐く。

 

 

「……んー……」

 

「おい、嬢ちゃん。あぶねーから触んなよ」

 

 

 店内をとことこと歩き、物色するメアを注意する。

 聞いているのかいないのか、「……んー……」と間延びした返事とも取れない声が返ってくる。

 

 

「ったく、妙な客だ」

 

「で、どうだ? 直せるか?」

 

「バカヤロウ! 嘗めんじゃねぇよっ! こんぐらい1日で鍛え直してやらぁっ!」

 

 

 唾液を飛ばして息巻く店主に宏壱は「そりゃよかった」と快活に笑う。

 

 

「ちっ、調子が狂う奴だ」

 

「“魔石”がいるんだよな? ここにあるから使ってくれ」

 

 

 (あらかじ)め麻袋に小分けしていた“魔石”を取り出してカウンターに置く。

 

 

「準備がいいな。これだけありゃぁ鍛え直しには十分だ。なんなら強化してやろうか?」

 

「お、そんなことができるのか?」

 

「ああ、これだけ量があればな。3日は掛かるが……どうする?」

 

 

 特殊な擂り鉢で“魔石”を粉末にして加熱した武器に塗り込んでいくことで武器はより硬く、より鋭く、より丈夫になる。

 

 

「じゃあ頼む」

 

 

 即決だ。思考の必要はなかった。クイーンアント討伐時に戦ったアントさえ斬り裂けないグレートソードでは、宏壱の実力を発揮しきれない。

 今後もグレートソードを使うなら強化は必須である。

 ライク達との共同のゴブリン討伐は明日からだが、ゴブリンなら徒手空拳でも対処できる。

 

 

「分かった、3日後に取りに来い。代金はその時でいい」

 

「ああ、分かった。メア、帰るぞ」

 

 

 話は済んだ。宏壱は鉄槌を興味深気に見ていたメアを呼び寄せて、武器屋を後にした。


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