赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第三十鬼

 辺境都市・グスピカルの宿屋に泊まった日の翌日、宏壱とメアは宿屋の一階にある食堂で食事を済ませたあと、街に出ていた。

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

 

 威勢のいい犬獣人の女性の声が響く。雑踏の中でもその声は宏壱とメアの耳にしっかり届いた。

 それを背中で受けた宏壱の髪は眉上まで整えられている。

 彼らが今出てきた店は所謂床屋と呼ばれる場所だ。目的は当然散髪だ。伸ばしたままであった宏壱の髪を切りにきていたのだ。

 陰湿さを出すためと表情を隠すために伸ばしていた前髪だったが、その必要がなくなった今、伸び過ぎた髪は視界を遮る邪魔な物でしかなかった。

 

 宏壱自身は特に気にしていなかったが、受付の女性、宿屋の女将が「その鬱陶しい髪切ったらどうだい? 辛気臭さがあたしらにまで移りそうだよ。腕のいい散髪屋紹介してやるからいってきな!」と言われて送り出されたのだ。

 今日は冒険者ギルドでメアの登録、“魔石”と魔物の部位の売却を目的にして外出するため、女将の言葉に従うことにしたのだ。

 

 

「……ここか。マグガレンに比べると小さいな」

 

 

 辿り着いた場所はグスピカルの冒険者ギルド前。出入りはそこそこで、冒険者風の者達が行き交う。

 

 中に入っていく者達に倣って宏壱とメアもギルド内に足を踏み入れた。

 正面に受付カウンターがあり、向かって右手に酒場。左手には依頼を貼り出す掲示板がある。広さはあまりないが、構造はマグガレンのギルドに似かよっている。

 

 

「いらっしゃいませ、本日のご用件は何でしょうか?」

 

 

 空いていた受付カウンターを見付け、そこに足を運んだ宏壱に受付の人族の女性が問い掛ける。

 

 

「冒険者登録を頼みたい」

 

「えっと、失礼ですがあなたは既に登録されていますよね?」

 

 

 女性の視線は宏壱の頭上に向いている。ギルドで配給される魔道具、“鑑定眼鏡”で宏壱の冒険者ランクを見た女性は訝しむように首を傾げる。

 

 

「あー、いや、俺じゃなくてこっちだ」

 

 

 言いながらメアの両腋に手を差し込んで胸の高さまで持ち上げる。

 無感動の瞳が受付嬢を射抜く。

 

 

「……ぇ?」

 

「……」

 

「ん? 年齢制限でもあったか?」

 

「……」

 

「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」

 

「……」

 

「なら問題はないだろ?」

 

「……」

 

「……そうなんです、けど」

 

「……」

 

 

 宏壱と受付嬢が会話する合間もメアは受付嬢を見続ける。瞬きもせず、ただただじーーっと見続ける。

 冒険者には荒くれも多く、無理難題を吹っ掛けてくる者もいる。自分の実力に合わねぇ仕事をさせるな、自分はもっと強いランクを上げろ、“魔石”を高く買い取れ、報酬を上げろ、優先して割りの良い依頼を回せ、今晩自分と寝ろ、等々。

 最後はともかく、自分の都合の良いように言ってくる者は少なからずいて、恫喝気味に怒鳴り散らすのだ。当然ながらギルドにはそんな無法を許す義理もないわけで、言うだけならまだしも狼藉を働こうものなら(ただ)ちにしょっぴかれ、『おはなし』をされて矯正されるのだ。

 

 しかし、ただ無言で見詰めてくる者は多くない。と言うより、彼女にこんな経験はない。

 無感動の銀の瞳に自分が映っている。視線はあちらこちらへと動き、額から妙な汗を流している自分だ。

 

 

「大丈夫か?」

 

「……ハッ!? え、ええ! はい、だだ、大丈夫ですよ!」

 

 

 数分もの間、じーーっと見詰められていたが、不意にその視線は消える。宏壱がメアを下ろしたからだ。

 

 

(まぁ、怖いよな。実際には、メアは何かを見ていた訳じゃなかったんだけど)

 

 

 宏壱は彼女が戸惑った理由を察しながらも放置していた。言い換えれば、宏壱がメアの視線の先に受付嬢が映るように調整していたとも言えるのだが。

 

 

「で? 登録したいんだけど?」

 

「あ、は、はい! えっと、ここに氏名と種族、性別を記入してください!」

 

 

 カウンターの引き出しを開け、登録用紙と書かれた紙を取り出して宏壱に渡すと、受付嬢は足早に奥の扉を開けて中に入っていった。

 

 

「名前……メア……種族は……魔物って書く訳にもいかないしな、獣人っと。んで、当然、女だな」

 

 

 確認するように口に出しながら記入していく。

 

 

「書けましたか?」

 

「ああ、これで良いか?」

 

「はい、結構です。では、最後にこの水晶に手を乗せてください」

 

 

 宏壱が書いた登録用紙を確認して、受付嬢はカウンターの上に楕円形の台座に嵌まった濁り気のない直径60cmの白い水晶を置く。

 その横には幾つかのボタンが付いた長方形の機械が置かれた。

 

 

「ほれ、メア。ここに手を乗せるんだよ」

 

「……ん……」

 

 

 再び宏壱に持ち上げられたメアは水晶に小さな手を乗せた。

 暫くすると、ポゥと水晶の中心が淡く発光を始め、光は渦を巻きながら水晶全体に広がる。

 光は水晶を埋めると突然消える。

 

 

「……ん……?」

 

 

 若干目を見開いたメアが手は水晶に乗せたままで宏壱に振り返る。

 

 

「ああ、俺も最初は焦った。失敗か! 何て思ったよ。でも、違うんだなぁ、これが」

 

「……んー……?」

 

 

 にっ、と歯を見せて悪戯っぽく笑う宏壱にメアは更に小首を傾げて訝しんだ。

 

 Piーーー!

 

 

「……んみゅっ……!?」

 

 

 突然鳴った電子音にメアの肩が跳ねる。さほど大きな音ではないが、この世界では聞き慣れない無機質な音にメアは驚いた。見開かれた眼は機械を凝視している。

 

 発生源はメアの視線の先にある機械だ。

 音が止むと、続いてジーッと唸り出す。機械から受付嬢に向かって木の板が排出されていくのが見える。

 

 

「はい、これで登録完了です。今のでメアさんの魔力も記録しました。ないとは思いますけど、もしも罪を犯した場合、ここにある魔力の記録と、現場に残った魔力の残滓が合致したら犯人候補、つまり容疑者になってしまう可能性があるので気を付けてくださいね」

 

 

 木の板、ギルドカードを宏壱に手渡しながら説明する。

 冒険者が罪を犯した可能性があると、ギルドに報告がいき記録された魔力と現場に残滓する魔力と照合することがある。

 冒険者は都市部では常に監視の眼が張られているのだ。殆んどの人間が動向を気にしていると言っていい。

 

 

「あなたもグスピカルで活動するなら魔力を記録しますけど?」

 

「あー、そうだな。……んじゃ、頼もうかな」

 

「分かりました。では、ギルドカードを提出して、水晶に手を乗せてください」

 

 

 言われた通り、宏壱はポーチからギルドカードを取り出して受付嬢に渡し、水晶に手を乗せた。

 受付嬢は受け取った宏壱のギルドカードを機械に差し込み、幾つか付いたボタンをポチポチと押す。

 それから間もなく水晶が発光を始め、光が全体に広がり、機械が電子音を鳴らしてギルドカードを提出する。

 

 ギルドは冒険者の管理を行っている。犯罪に関わりがあれば重要参考人として招集をすることもある。

 だから、その街で活動する冒険者にはギルドへ『自分はこの街のギルドで活動していますよ』と示すためにギルドで魔力を記録することが義務付けられている。これは初めてだろうと、2回目だろうと関係はない。居場所を示すための行為なのだ。

 逆に、街を去る場合も報告が必要である。行き先を提示する必要はないが、受付嬢がそれとなく聞き出すこともあったりする。

 

 

「はい、終わりました」

 

「ありがとう」

 

 

 受付嬢から受け取ったギルドカードをメアのギルドカードと一緒にポーチに仕舞う。

 

 

「……あと、“魔石”を買い取ってもらえるか?」

 

「はい、構いませんよ。ここに並べてください」

 

 

 受付嬢の言葉に従って宏壱はポーチから“魔石”を取り出してカウンターに並べていく。

 ゴト、ゴト、ゴト。石を転がすような音が鳴る。

 

 

「……凄い数ですね」

 

「まぁ、第4バセットダンジョンで迷子になったことがあってな。それでちょっと溜まったんだよ」

 

「……ちょっと、ですか」

 

「ちょっとだろ?」

 

 

 ゴトリ。最後のひとつをカウンターに置いてニカッと笑ってみせたが、受付嬢は白い眼で宏壱を見返した。

 カウンターの上には43個の拳台の“魔石”が並べられた。

 

 

「う~ん、どれも上質ですね。大きさもそこそこですし……結構な高レベルの魔物ばかりです」

 

 

 じっくり眺める受付嬢は簡単に評していく。ギルド受付嬢必須スキル【鑑定】である。

 当然彼女らギルドの受付は、冒険者が採取してきた薬草や鉱石を見分ける技術が必要になる。

 一々専門家に確認を取るのは金が掛かり手間も掛かる。と言っても、ギルドが贔屓にする鑑定士はいるのだが、彼らはそのスキルレベル(技量)から貴族や大商人にまで引っ張りだこで、ギルドだけに時間を割く余裕がないのだ。

 

 

「バセットダンジョンでこの質ということは、80層より下に出てくるセンチビートとかですね。アントはたしか出現しなかったと思うんですけど」

 

「詳しいな」

 

「はい、最寄りのダンジョンがバセットダンジョンなので、一応知識はここに入れてあるんです」

 

 

 とんとん、と自分の蟀谷(こめかみ)を人差し指で突いて照れ笑いを浮かべる。

 

 

「近くにダンジョンがないのか……ならここの冒険者は何で生計を立ててるんだ?」

 

「主に商人の護衛ですね。遠方からいらっしゃる方も多いですし、何より、グスピカルの特色で大手の商人が集まりやすいですから」

 

「なるほど」

 

「あとは時折近くの森に居着くゴブリンですね。……はい、全部で26金貨と30銀貨です」

 

 

 宏壱と会話を交わしながら査定した受付嬢が買い取り額を言い、麻袋をカウンターに置く。カウンターの下で硬貨を入れていたらしい。

 口を開いて中を確認すると金貨と銀貨がぎっしり詰まっている。

 

 

「うん、ありがとう。それじゃ、いくわ」

 

「はい、また何かあればお声を……って、ちょっと待ってください!」

 

「あん?」

 

 

 麻袋をポーチに仕舞い、メアを連れてカウンターを離れようとした宏壱を立ち上がって受付嬢が呼び止める。

 

 

「その剣、ボロボロじゃないですか!」

 

 

 受付嬢が指差すのは宏壱が背負うグレートソードだ。

 宏壱のグレートソードは刃毀れが酷く、よく見ると薄い亀裂も入っている。バセットダンジョンでの連戦は、グレートソードに相当な負担を掛けていた。

 

 治安が悪いわけでもないが、盗まれる可能性がないとも言えない。

 そう考えた宏壱はグレートソードを背負って街に繰り出してきていた。

 

 

「“魔石”は剣の打ち直しの素材にも使えるので一部を買い戻す形で……」

 

「んー、いいや」

 

「え?」

 

 

 宏壱から買い取った“魔石”を取って買い戻して使え、そう言おうとした受付嬢を宏壱は遮る。

 

 

「“魔石”なら余分に残してあるからそれ使うよ」

 

 

 43個が全てではない。バセットダンジョンで橋から落ちる前に多くのアントを屠った分がまだポーチの中に大量に残っている。

 

 

「教えてくれてありがとう」

 

 

 受付嬢には教えたつもりはなかったが、宏壱の知り得ない情報を与えたという意味では似たようなものである。

 

 受付嬢に一言伝えて歩みを再開する。

 メアの頭をポンと叩くように撫でると、「寄るとこが増えた」と笑った。

 

 

「……?」

 

「ああ、鍛冶屋を見付けて鍛え直してもらうんだよ、コイツを」

 

 

 肩口にあるグレートソードの柄を手の甲でコツコツと叩く。

 

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

 

 ギルドを出る。その一歩手前、宏壱が扉に手を掛けたところで背後から声を掛けられた。

 振り向くと3人の若い冒険者が顔を強張らせて立っている。

 

 

(どこかで見たような……?)

 

 

 その3人組に宏壱は疑問を抱いた。

 


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