赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第二十八鬼

 森に作られた簡単に整備された道を歩く。馬車が1台通れる程度の幅しかないが、宏壱とメアにはそれで十分だった。

 頂点を過ぎて日は傾き始め、日差しが弱くなり始めた時間帯、昼食を済ませた宏壱とメアは道を進む。

 

 

「……さて、どうするか」

 

 

 宏壱が悩んでいるのはどこにいこうか、ということである。

 宏壱には複合都市・マグガレンに戻る気はなく、あちこちを放浪しようと考えていた。

 ダボに聞いた話ではラハヤ村はジェネガン王国寄りにあるらしい。一応はマグガレン領内であるという話でもあった。

 

 

「取り敢えずジェネガンに行って、ギルドで依頼を受けながら旅をする、ってのが妥当か。その合間に魔神族のことも調べる、これでいいか」

 

 

 アバウトに予定を立てていく。深く考えたところで、特に何かをしたいとかはない宏壱は気楽に構えていた。

 

 

「でも、行き先だよなぁ。ジェネガンにいくとして、どう進むかだよな」

 

「……」

 

 

 コクコクとメアが頷くが、宏壱は見抜いていた。あ、これはよく分かっていないのに頷いたな、と。

 

 

「知ったかなんて誰に教わったんだ?」

 

「……?」

 

「まぁ、良いけど。……たしか、南東にいくとマグガレンだろ? で、森を抜けたところから西に向かうとジェネガンにいく街道があるんだっけか。取り敢えず道なりに進んでみるか」

 

 

 小首を傾げるメアの頭をポンと叩くように撫でて考えを纏めた。

 

 ◇

 

 何事もなく宏壱とメアは森を抜けられた。近辺に潜む魔物や魔獣は襲い掛かってくることはなく、楽な道程だった。

 

 

「もう暗くなってきたな。今日はここまでだ」

 

「……ん」

 

 

 森を抜けて1時間弱ほど歩いた宏壱とメアだったが、街道に辿り着く前に日は地の果てで沈み始めていた。

 これ以上無理に進むよりも、薪を焚いて休息に努めた方が賢明であると判断した宏壱は草原の真ん中で立ち止まり、腰を下ろして背負っていたグレートソードを脇に置いた。

 

 胡座を掻いた宏壱の足の上にメアが座る。彼女の指定席だ。

 メアに苦笑を溢した宏壱だったが、特に何を言うでもなく一度メアの頭を撫でると、ポーチから薪を取り出して組む。

 

 

「【ファイアーボール】」

 

 

 威力が最小限に抑えられた【ファイアーボール】が組んだ薪に着弾、小規模の爆炎を起こすと直ぐにパチパチと音が鳴り出す。

 着火した火種を消さないよう加減しながら力を入れて腕を軽く振るう。

 ゴゥッ、ゴゥッ、と唸りを上げて送られる風。火種は徐々に大きくなり炎となった。

 

 

「よし、これでいいな」

 

 

 満足した宏壱は、村を出るときに貰ったセンチピードの肉をポーチから出すと幾つかを串に刺して炙る。

 暫くすると、香ばしい匂いが周囲に充満する。それは宏壱とメアの空腹を誘った。

 

 

「もういいか?」

 

「……」

 

 

 宏壱の確認にメアは頷く。料理の腕前はラハヤ村の女性に習ったメアの方が上で、焼き加減を見るのもお手のものだ。

 

 

「そっか。じゃあ、ほれ」

 

 

 串のひとつをメアに渡す。メアが受けとると宏壱も串を取り……。

 

 

「いただきます」

 

「……ます……」

 

 

 食事の前の挨拶をする。「いただきます」の風習がない世界だが、宏壱の行動をメアは真似する。真似と言っても語尾だけだが。

 

 

「……あぐっ、……んぐ……やっぱり、あのキモいのがこんなに旨いとは……虫は見掛けによらないってか」

 

 

 思い出すのは足が多く生えたセンチピードだ。宏壱の知る中で似た外見をしているのはムカデだろう。

 嫌悪感のある外見に似合わず、旨味のある肉汁を堪能した。

 

 ◇

 

 食事を終えた宏壱とメアは、薄い毛布を1枚ずつ身体の下と上でサンドイッチのように敷いて一緒に寝ていた。

 寝袋やテントもポーチの中に入っているが、いざというときに素早く動けないため、薄い毛布だけを纏うことにしていた。

 それなりの人数がいれば使ってもいいのだろうが。

 

 いまだ闇の帳が世界を包む時間帯。草木も眠る、という言葉通り音のない世界がそこにあった。

 ……だが、やはり例外はいるもので、眠る2人に近付く影が複数。

 かさ、かさ、と眠った草を起こしながら息を潜めて影はゆっくり、慎重に囲いを作って2人に迫る。

 

 

「……ん……む……?」

 

 

 しかし、そんな慎重さも意味はない。作られた包囲が直径5mまで狭まった頃、包囲の中にいた1人が目を覚ます。

 影はそれに気付かないまま包囲を狭め、中のひとつが宏壱の首に顔を近付けて大口を開けた。

 

 

――ガァッ!!

 

 

 唾液を散らし勢いを付けて宏壱の首に噛み付こうとした瞬間……。

 

 

「っ!」

 

 

 宏壱の裏拳が影、灰色の毛並みで体長2mほどの狼型の魔獣を打つ。

 魔獣は横っ面を殴られて盛大に転がった。

 

 

「……ふぅ。よくも安眠を邪魔してくれたな」

 

 

 溜め息を溢してメアを起こさないように立ち上がった宏壱の右蟀谷(こめかみ)には、ドクッドクッと脈打つY字の血管の筋が浮かんでいる。

 眠りを妨げられて頭に血が上っていた。その面相はまさに鬼のようだ。

 

 ざっ、と包囲の輪が広がる。宏壱とメアを囲んでいた狼型の魔獣、ワイルドウルフが宏壱を恐れて後ずさったのだ。

 野に生きる彼らは危機察知能力がずば抜けている。極度の空腹でもなければ、強者に挑むことはまずないと言っていい。

 それは宏壱とメアに対しても同じことが言える。だから、ここまでの道中で彼らを襲う者はいなかった。

 だが、睡眠時はその限りではない。幾ら宏壱と(いえど)も、睡眠中にまで気を張り詰めているわけではない。僅かな警戒心だけを残して、無防備な姿で寝ている。

 それはメアも同じだが、彼女は一切警戒していない。今もぐっすり夢の中だ。

 だからこそ、彼らワイルドウルフは勘違いした。宏壱とメアがただの人族と獣人族である、と。

 

 

「さて、お姫様が起きないうちに片付けるか」

 

 

 グレートソードは使わない。手加減するという意味なら宏壱はグレートソードを持つが、今はとにかく早く寝たかった。

 

 

「……どうした、掛かってこないのか?」

 

 

 悠然と立つ宏壱にワイルドウルフは動かない。いや、動けないのだ。倒れて動かなくなった仲間を気にする余裕すらも彼らにはない。恐怖で身体が硬直している。

 

 宏壱はその姿に毒気を抜かれた。

 問答無用((はな)から言葉など通じないが)で襲い掛かってくるものと思い、身構えた自分がバカらしくなっていた。

 

 

「……はぁ、もう行け。得にもならねぇ殺しはしねぇよ」

 

 

 選択肢はふたつ。人の皮を被った怪物に挑んで死ぬか、許された生に縋って無様に尻尾を巻いて逃げるか。

 思考は一瞬、ワイルドウルフ達は蜘蛛の子を散らすように一目散に逃走を選んだ。

 

 戦って勝てる相手ならばワイルドウルフは命を賭して戦い、勝利を望むだろう。

 だが、敗北しかない未来のために戦う気は彼らにはなかった。

 魔物とは、瘴気から生まれる存在。魔獣とは、瘴気を浴びて魔の性質に変化した獣のことを言う。

 明確な違いは、その生まれではなく、生存本能の強さではないか? プライドもなにもなく逃げるワイルドウルフ達と、恐怖もなく向かってくるアント達を比べて宏壱はそんなことを思った。

 

 ◇

 

 夜中にちょっとした騒動はあったものの、息絶えたワイルドウルフ1頭を解体してポーチに仕舞ったあと、再び眠りについた宏壱の睡眠を妨げる者はなく、よく眠れた宏壱は日が昇り始める前の薄暗い時間に目を覚ました。

 

 余談ではあるが、血に(まみ)れた毛皮や肉、内臓、骨や牙をポーチに仕舞っても、他の収納品に血や臭いが付くことはない。

 闇魔法に分類される空間魔法と呼ばれる術式がアイテムボックス(勇者が与えられたポーチ以外にも、バッグ、ポケット、ボックスなど様々な種類がある)に組まれている。

 そのお陰で区分けがされていて、収納品同士が交ざり合うことも、ぶつかり合うこともないのだ。

 

 閑話休題。

 

 素振りや筋力トレーニング、軽いランニングなどの日課となっている鍛練を空が明るくなるまで行い、メアが目を覚ます前に薪を組んで火を点ける。

 

 

「……ん……」

 

「起きたか? 待ってろ、もう直ぐ魚が焼けるからな」

 

 

 上体を起こしたメアに気付いた火の前で胡座を掻いて座る宏壱が声を掛ける。

 メアはぽーっと前方を眺めたあと、(おもむろ)に四つん這いで宏壱の傍に寄り、腰に付けられたポーチに腕を突っ込む。

 

 

「……んー……」

 

 

 意識はまだ覚醒しきっていないのか、動きが緩慢だ。

 宏壱はメアの好きにさせ、火加減を見ている。

 

 

「……ん……!」

 

 

 目的の物を見つけたのか、メアはポーチから勢いよく腕を引き抜く。手には水の入った竹筒が握られている。

 それを服に掛からないように四つん這いのまま頭からざばっとかぶり、両手で顔をごしごしと擦った。顔を洗っているつもりらしい。

 

 

「……桶を使えよ」

 

 

 宏壱はポーチから木桶を取り出してメアの前に置くと、別の竹筒を取り出してそこに水を注ぐ。

 3分の1ほど水が入った桶をじっと眺めていたメアは、両手で水を掬って顔にぺしゃっと掛けて擦った。

 

 

「顔洗ったら焼き加減見てくれ」

 

「……ん……」

 

 

 満足したのか、宏壱が言葉を掛けると同時にメアは濡れた髪もそのままに宏壱の膝の上に座った。

 

 

「おい、服濡れるんですけど?」

 

「……んー、まだ……もう少し……」

 

「……聞けよ、ったく」

 

 

 宏壱のクレームはあっさり無視された。特に目くじらを立てるようなことでもないからか、宏壱は肩を落としながらポーチから1枚タオルを取り出す。

 固くふんわり感のない粗悪品の安物だ。宏壱自身が気にしないため、マグガレン出立前の準備で買っていたものだったが、同行者ができるとは思っていなかった。

 

 

「こんなことならもっと肌に優しいのを買えばよかったな」

 

 

 がしがしと荒い手付きでメアの髪を拭く。

 

 

「……むー……! ……痛い……コーイチ乱暴……髪はおとめの命……大事……!」

 

「どこで覚えたんだよ」

 

「……カリナが言ってた……女の綺麗な髪は大抵の男をくらっとさせる……くらってした……?」

 

「……カリナ……あー、たしか村長の孫娘だっけ。って、まだ11歳じゃなかったか? 現代日本のガキはませてるなんてよく聞くが、この世界も一緒なんだな。まぁ、平均結婚年齢が18って話だからそんな不思議でもないか」

 

 

 少し小生意気なラハヤ村の少女を思い出す。特に何かあったわけでもないが、意地っ張りな印象が残っている。

 

 

「……コーイチ……」

 

「あん?」

 

「……くらってなに……?」

 

 

 宏壱が全身の力を抜かして意図せずメアに頭突きをしたのはまた別の話である。




ある意味メアが宏壱をくらっとさせた瞬間でした。

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