赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~ 作:コントラス
「……知らない天井だ……」
目を覚ました宏壱の第一声はそれだった。月並みな言葉ではあるが、事実知らないのだから仕方がない。
「……俺は、たしか……メアと一緒に水に呑まれて……それで……」
宏壱はぼーっと天井を眺めて記憶を辿る。つい最近行ったことだ。気絶して覚醒の流れからの状況把握はお手の物である。
「……気を失ったのか……」
そうして行き着くのはやはり失神だ。
疲労が蓄積していたとか、元の世界に比べて弱くなっているとかは関係なく、ただ情けない思いで宏壱は溜め息を溢す。
「こんな短期間で二度も気絶するとか……」
遠い昔、最強とまで言われた男が、この短期間で二度も意識を失ったことに落ち込んだ。
グギュルルルゥッ! と腹の虫が鳴る。
「気分は最悪でも腹は減る、か」
そう独り言ちると、宏壱は掛けられていた布団を避け、立ち上がる。布団と言っても、薄いバスタオルのようなものだ。
誰に拾われたか分からないが、裕福ではないらしい。
寝ているあいだに着替えさせられたのか、服装も黒シャツとスラックスから、村人のような、と言えば失礼だろうが……ノースリーブで鳶色の上着と、だぼっとした臙脂色のズボンだ。
質が良くないのか、伸縮性は皆無で動くのに少し窮屈である。
「……メアは……外か」
多少の気配察知なら、【見聞色の覇気】を使用しなくとも感じられる。スキルに【気配察知】というものがあるが、宏壱が使うそれとはまた別物だ。
メアの気配を辿って宏壱はドアを開けて外に出る。日は頂点に昇っていて、お昼時であることを知らせていた。
陽射しに眼を細めて視覚を慣らす。長期間閉じられていた眼は、強い日光には少々堪えた。
「あ、起きたんですか?」
「ん?」
宏壱が光に眼を慣れさせていると、女性の声が聞こえた。
明らかに宏壱に向けられた問い掛けで、慣れてきた眼を向けると、若い女性が立っていた。
ふた編みにした栗色の髪が後ろで踊っている。頬のそばかすは彼女のチャームポイントのようだ。
平凡な容姿ではあるが、宏壱にはその平凡さも可愛らしく思えた。
女性は抱えていた篭を宏壱に押し付けると、「村長を呼んできますね!」と告げて走っていく。
「おい、これどうする……って、俺の服か」
篭の中に入っていたのは宏壱の服だ。洗濯がされていて、もう乾いていた。
天気もカラッとしていて悪くなく、穏やかな風が吹いている。洗濯物はよく乾くだろう。
「……メアのことも気になるが、着替えるか」
宏壱は踵を返して、自分が寝かされていた小屋に戻る。
「そういえば、グレートソードとポーチはどこいった?」
まだ意識がハッキリしていないのか、宏壱は今更ながらにそんなことを疑問に思う。
普通であれば、村人が盗んだとでも考えるようなものではあるが、さっきの女性から悪意は感じなかったと、宏壱はその可能性を除外する。
「まぁ、順当に考えて、メアが持ってるんだろうな」
主体性を持つ少女ではないが、宏壱はメアを信用し、信頼していた。宏壱の目は無口な妹を見守る兄のようである。
宏壱が服を着替えて暫くすると、外からふたつの足音が聞こえてくる。
足音が小屋の前で止まると、ガチャとドアが開かれた。
「おお、冒険者殿、着替えなさったか」
ドアを開けて入ってきたのは腰の曲がった老爺だった。長い眉毛と髭が眼と口を隠している。彼の後ろには、先ほど邂逅した村娘がいた。
「ああ、洗ってくれたみたいだな。ありがとう」
「ほっほっほっ、洗ったのはここにおりますサラですじゃ。礼であればこの娘に言ってあげなされ」
「そうか、ありがとう」
ぶっきらぼうに礼を伝える宏壱に村娘、サラは少し照れた様子で会釈する。
「では、村を案内しましょう。冒険者殿を連れていた少女ともそこで合流するとよろしい」
「ああ」
小屋を出た老爺とサラに続いて、宏壱も外に出た。
宏壱のいた小屋は村外れにあり、立てられた柵のそばにあった。
魔物避け、盗賊避けのための2mほどの高さの木で組まれた柵が村を囲んでいる。これはこの世界では普通のことだ。
特に木々に囲まれた村は見通しが悪く、魔物や賊が近付いていても気付くのが遅くなる。突発的な襲撃を避ける目的があった。
村の中心には4mほどの高さの見張り台もあり、村を一望できる。それは村外れにいる宏壱にも確認できた。
「ワシはこの村、ラハヤの村長をしておるダボと申します。冒険者殿の名を聞かせていただけますかな?」
「俺は……宏壱だ」
歩きながら互いに自己紹介をする。この大陸で名字を持つ者は貴族か騎士になった者、商家の人間、それと亜人だけだ。人族や獣人族、魔人族の平民は名字を持たない。
諸説あるが、有力なのは力関係をハッキリさせるためというものだ。家名を代々継がせ一族の威光を知らしめる、そんな目的があるとされている。
村間のネットワークがあり、その中にダボと同じ名を持つ者がいた場合は“ラハヤ”のダボと呼ばれて区別される。
因みに、宏壱の指導役であるリーナも平民の出なのだが、魔人族女王、ルーカス・ピフによって姓を与えられた。その瞬間からステータスに姓が記載された。
仕組みはやはり解明されていない。
一説では世界そのものが上書きをするのだ。と唱える学者もいるが、荒唐無稽な話であるとして、論議されることは少ない。
閑話休題。
書物を読んでこの大陸のことをある程度勉強していた宏壱は、自分が貴族、或いは騎士だと思われては敵わないと、名だけを名乗る。
「ところで、俺はどれくらい寝ていたんだ?」
「1日半といったところですかな。川を流されているコーイチ殿と、メア嬢を村に運び込んだのが昨日の朝。運び込んだのは村の若い男衆じゃったが……です」
宏壱が睡眠時間(失神時間とも言う)を聞くと、ダボが思い返しながら答えた。のだが、宏壱は別のことが気になった。
「……普通に喋っていいぞ? なんか違和感がスゲェ」
「ほっほっほっ、そうさせてもらおうかの。こんな街道から外れた村に客人など滅多に来んからな。遣い慣れんで肩が凝っとったわい」
長い眉毛と髭を揺らせて笑う好好爺としたダボは、宏壱の眼には好印象に映った。
「街道から外れてる、か」
「……ふむ、何か気になることがあるのかのう?」
そうダボに聞かれた宏壱は「いや」とだけ答える。視線はすれ違う村人や木造の民家、民家の配置を観察している。
すれ違う村人はダボとサラに声を掛け、宏壱にも話を振ってくる。
一様に身体は大丈夫か、風邪は引いていないか、痛みはないか、気怠さはないか、と聞いてくる。他人の心配をする余裕が彼らにはあった。
規模は大きくない。多くて100人ほどだろう。ただ、皆が笑顔だ。生きることを楽しんでいるように宏壱は思えた。
(……まぁ、それはいいんだけどな。でもな、川にいたってことは、あのダンジョンの下層はその川に繋がっているはずだ。魔物がそこから出てきたりしないのか? ……問題も起きてないし出てこない……いや、出てこられないように細工がしてあるのか? あのトラップは確実に人為的に設置されたものだ。踏み込めば通路の奥から水が流れるようにしてあるんだろうな。多分地中に溜まった地下水を利用してるんだろう。で、それを排出するための場所、排出口がこの村の近くに流れている川の上の方にあって、この村に行き着くようになっている。あのトラップは橋から落ちた冒険者を脱出させるための物で……そう考えると、この村はそのための……なんてことがあれば面白いよな)
「……コーイチ殿?」
宏壱が考え込んでいると、ダボが不思議そうに声を掛ける。
「ん? どうした?」
「何か考え込んでおるようじゃったが?」
「いや、何かあるって訳じゃない。ただ、皆楽しそうだな、と思ってな」
「ほっほっほっ、そう言われると村長冥利尽きるわい。と言いたいところじゃが、皆の頑張りのお陰じゃ。この暮らしは皆のお陰でなりたっておる」
そう言って「ほっほっほっ」と笑ったダボにサラが「そんなことはありません! 村長がみんなをまとめていてくれるから私達は幸せに暮らせるんです!」と力説しているのを尻目に、宏壱は苦い顔をした。
(……失敗した。こんな話を誤魔化すために振ってしまった。幾らでも掘り下げれそうな話を……勿体ないことをした)
軽く振ってしまった話題が意外にもダボという人間の本質が垣間見えるものだったため、宏壱は少し後悔した。
宏壱が軽く肩を落としながらも、ダボとサラの後ろを付いて歩いていると……。
「はっ!」
気迫の籠った幼い声が聞こえ、宏壱は顔を向ける。
正面の広場、見張り台があるそこには十数人ほどの子供がいて、数人の大人がいる。彼らは円を作るように場所を開けていて、全員の視線が円の中に向いていた。
「ほっほっほっ、やっとるわい」
「やっぱりメアちゃんは凄いですね」
ダボとサラが立ち止まる。視線は広場にいる者達と同じ場所を向いている。
「ほぉ……」
宏壱も立ち止まって彼らが視線を向けている場所を見る。
そこでは見覚えのあるプラチナブロンドの少女が宏壱のグレートソードを手に、刃が幅広い短剣を持つ青髪の少年と斬り結んでいる場面だった。
少女、メアよりも頭ひとつ高い背の少年が逆手に持った短剣を横薙ぎに振るい、メアはしゃがんで躱す。
延び上がる反動と同時に、少女の細腕とは思えないほどの力で逆袈裟に斬り上げられるグレートソードを、少年はバックステップで躱し、反撃に出ようとして慌てて横に身を投げ出した。
ガッ!!
メアには長すぎるグレートソードが地面を穿つ。それだけで直径1mのクレーターを生み出し、衝撃波で少年を吹き飛ばした。
「……あれはヤバイな」
転がる少年と、追撃を掛けようと走り出したメアを見て、宏壱は呟く。
メアは元はメガベアーだ。これは宏壱の推測ではあったが、状況証拠があり確信を持って言えるものである。当然魔物が少女になった、などという荒唐無稽な話を言い触らすつもりは宏壱にはない。
しかし、元メガベアーであるメアに寸止めなどという技術はないだろう。そんな考えすら浮かばないはずだ。
いまだ体勢を立て直せていない少年にメアは飛び掛かる。
グレートソードを振りかぶり、力を強めて斬り下ろす。
「見ておるんじゃ、デナガは子供の中で一番の実力者、メア嬢がいくら強くとも、そう簡単に負けんわ」
「……」
踏み出そうとした宏壱はダボに止められる。少年、デナガに対しての強い信頼が見えた宏壱は、その場に止まる。ただ、いつでも動けるように注意だけは払っておく。
「っ!」
デナガは無理やり身体を転がす。ドッ! とデナガがいた場所にグレートソードが突き立ち、メアは直ぐに後ろに跳んで離れる。
グレートソードを置き去りにしたメアは前方に跳び、20cmほど爪が伸びた右手を横に薙ぐ。
風を巻き込み唸りを上げた横凪ぎを短剣で受け止め、デナガは威力に逆らわずに吹き飛ぶ。
着地して掌の上で回転させて短剣を順手に持ち替えたデナガは、追撃を掛けてきたメアに突きを放つ。
額を狙った攻撃をメアは首を傾けるだけで躱してデナガに肉薄する。
そこから繰り出される型も何もない無茶苦茶な連撃を躱す。
しかし、縦横無尽に放たれる両手はどんどん加速していく。
防ぐことは叶わない。今のメアの攻撃に刃を合わせれば容易くへし折れるだろう。
それが分かっているデナガは短剣を容易に振るうことができない。メアが速すぎて振るう暇もないのだが。
「くっ! つっ! さっき、と、全然違う!?」
苛烈さを増すメアの攻撃に大きくステップを踏んで躱すデナガが悪態を吐く。
(……よく見ると周囲のガキ共も若干汚れてるな。なるほど、俺がくる前にこの場のガキ共は全員メアと戦ったんだな。で、デナガとかいうガキが意外にも粘るもんだから、熱くなった、と)
擦り傷だらけの少年少女達に視線を向けて宏壱は納得した。
ダボが宏壱を止めたのは彼らを相手にした時、メアは手加減ができていたのだろう。だが、熱くなり始めたメアは手加減を忘れて獣の本能で動き出した。
「じいさん」
「……む?」
「割って入るぞ」
答えを聞かないまま宏壱は人が作る輪に加わり、そこから抜け出して円の中に入る。
止めようと動く人間もいたが、その手をするすると掻い潜った。
メアとデナガの戦いを傍観している誰もが気付かなかった。
気付いたのはメアの元を知っている宏壱と、……肌を刺すような殺気を全身に浴びているデナガだけだ。
「メア、そこまでだ」
「……」
近付きながら宏壱が声を掛けると、ピタッとメアの動きが止まる。
デナガの喉元数センチ手前で止まった爪が引かれた。へたりと座り込んだデナガを見ることなくメアはゆらりと宏壱に身体を向ける。
「……あれ? 戻ってない? 俺……ヤバイ状況?」
メアの無感動だった眼には意思が宿っている。それは……闘争、戦意だった。
闘争本能を剥き出しに宏壱に襲い掛かる。デナガと戦っていた時よりも速い。
「……へぐぅっ!?」
懐に潜り込んだメアの神速の拳が宏壱の腹部を打つ。
息と同時に漏れた悲鳴を広場に響かせて、宏壱は後方に吹き飛ばされて……。
(……飯……食いたかっ……た……)
……意識を失った。
――キャラクター紹介――
ダボ
サハラ村の村長。最近だぼだぼと書き続けた結果ダボになった。
サラ
サハラ村の村娘。平凡な名前ってなんだろう? サラ……かな?←決定
デナガ
サハラ村の少年少女の中で一番の実力者。執筆中にテナガザルがテレビに出てた。←決め手