赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~ 作:コントラス
「はぁ……どれくらい歩いた? 1日か? 1週間か? 1月か? もう肉も魚も水もないぞ。それに
「……」
ふらふらと幽鬼のように覚束のない足取りの宏壱と、それに引っ張られるように手を繋いで歩くメア。
宏壱とメアは何時間、何十時間とダンジョンを彷徨っていた。彷徨うと言っても、通路は一本道で迷うようなことはない。ただ、出口がないのだ。
その間に十数回の戦闘と、数回の食事と睡眠を含んだ休憩を行った。しかし、魔物に宏壱達の事情は関係なく、食事をしていても、寝ていても襲ってくるため気を休めることはできない。しかも、宏壱にはもう時間感覚がなくなっていた。
「……どうやったら出られるんだ……」
流石の宏壱もこうなってはお手上げだ。食料を調達しようにも、バセットダンジョンには虫系統の魔物しか現れない。動物系や魚介系は存在しないのだ。
宏壱は自身がかなりの大食漢だという自覚がある。普段は人並み程度に抑えて食べているが、食べようと思えば10人前でも、20人前でも食べられる。
だから、余裕を見て多くの肉と魚を購入してポーチに入れていたのだが、予想外の落下による長期のダンジョン探索と、メアが加減を知らず、一度の食事で7人前ほどの食料を平らげてしまう。
その所為で宏壱の持っていた食料は底を突いていた。
宏壱自身、食事や睡眠を取らず活動する訓練は行っている。問題が起きなければ、飲まず食わずで1ヶ月は生活できるだろう。しかしそれは、そこそこの睡眠を取り、戦闘がなければの話だ。
「……もう、げんか……――ガコンッ――……い?」
空腹と寝不足と疲労で意識が遠のき掛けた宏壱だったが、踏み出した右足が妙な音を立てて沈む。
足元を見ると、宏壱の右足が正方形の窪みに嵌まっていた。
「なんだ……トラップ? そういう系のダンジョンじゃないだろ、ここは……」
トラップが多く設置されたダンジョンは存在する。だが、それは建造物が大半なのだ。
遥か昔の古代人が建造した建物、古代遺跡と呼ばれるものだが……その遺跡に瘴気が発生したことによって魔物が産まれ、ダンジョンとなった。
しかし、洞窟や谷底、森林、火山口などの自然界に発生したダンジョンには、トラップが存在することは少ない。あるとすれば人為的に仕組まれたものだ。
「……ん」
「……ああ、なんか聞こえるな……」
メアが宏壱の手をくいくいと引いて意識を自分に向けさせ、空いている手で自分達がきた通路の先を指差す。
宏壱の五感は度重なる鍛練で並みの人間、この場合は人族と言った方が正確だろう……の数十倍は鋭くなっている。
ちょっとした振動と、滝のような水が弾ける音が宏壱には聞こえていた。
ドドドドドドッ!!
……と言っても、既に常人でも聞こえるほどに音は大きくなっていて、通路に反響しているのだが。
「水……か?」
激流。そう呼ぶに
「はぁ……メア、離すなよ」
逃げ場などあるわけもなく(逃げる気力がないとも言う)、宏壱はメアを抱き寄せて激流に背中を向け、きたる衝撃に備える。
直後、ドッバァァアアアッ!! 2人は激流に飲み込まれる。
踏ん張った足は意味をなさずに掬われ、体勢が崩れて身体が回転する。宏壱は絶対に離さないとメアをぎゅっと抱き締めた。
たった数十時間ではあるが宏壱はメアに情を抱いていた。
それがなんと呼ぶものなのか宏壱はまだ把握できていない。ただ、この少女を育ててみたい、そんなことを考えていた。
妙に自分に懐くメアに絆されたのもあるだろう。だが、産まれたばかりの赤子のように何にも染まっていないメアは、脅威にもなり得る。
メアの強さは宏壱を圧倒的な差で凌ぐ。その力が将来誰に向けられるのかは分からない。魔物か、魔獣か、まだ見ぬ魔神族か、人間か……それとも宏壱自身にか。
分からないが、殺した方が今後のため、そんな考えは宏壱は持っていなかった。
大きな理由はメアを鍛練相手にすれば、大幅な経験値が得られることは間違いないからだ。
勿論それだけではない。宏壱には女性や子供を極力手に掛けないというポリシーがあった。
やむを得ず手に掛けてしまうことはあっても、進んでしようとは思わなかった。メガベアーならまだしも、小さな少女になってしまっては宏壱自身手が出せなかった。
(ヤバイ! 眼を瞑っていると眠気がっ!)
激流に耐えるために眼を瞑っていると、蓄積した疲労が宏壱を襲う。
自然と睡眠を欲した宏壱の身体は意識を薄れさせていき、やがて暗闇に落ちた。
◇
とある森にある川沿い。
そこでは近くの村の女性達がこぞって汚れた衣服を洗濯している。手揉み洗いだ。
洗濯機のようなものは存在するが、それは高価で村の住民には手の届き難い物だった。
とは言え、彼女達は不自由に思ってはいない。それが彼女達にとっての普通なのだ。
彼女らは世間話をする。誰と誰が恋仲だ。以前村にきた冒険者はカッコ良かった。今晩の夕食のメニューは何がいいか。どこそこの家の子供が悪さをした。
それは他愛もない世間話で、深い意味はない。変化のない日常……そのはずだった。
「ちょっと、あれ!」
一人の若い女性が叫び、指を差す。他の女性達は何事かと指差す先に視線を向けると、プラチナブロンドの少女が、黒髪の青年を背負って川を下っている姿があった。