赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

32 / 66
第二十三鬼

 パチパチパチパチ、と薪の弾ける音が響く。淡い“魔光石”の光が灯るダンジョンの通路で、ゆらゆらと揺れる焚き火に照らされる一組の男女がいた。

 長身の青年と、女性と呼ぶには幼すぎる少女だ。

 青年の格好は黒のシャツに白のスラックス。

 その青年の膝の上に座った少女は白のワイシャツを纏っているだけだ。しかも、サイズが合っていないのか、袖はだぼだぼに余り、丈は異常に長い。少女の下腹部を超えて膝上まである長さだ。少女の物でないことは一目瞭然だった。

 

 頭部に丸耳を持ち、さらさらのプラチナブロンドをショートボブにした銀眼の少女は、香ばしい臭いを放つ串に刺して焼かれた肉に食らいついている。

 

 

「そんなにがっつくなよ、まだ肉はあるんだ。落ち着いて食え」

 

 

 青年は少女の頭を右手でそっと撫でながら優しい声音で言う。

 少女は一度食べる手を止めて青年を見上げると、コクッと頷いてゆっくり食事を再開する。

 

 

「んくっ……しっかし、何時になったら出られるんだろうな。ずっと一本道で上にいける階段もないし、時折出てくる魔物はクソ(つえ)ぇし……どうなってんだよ、ここは」

 

 

 頬張った肉を飲み込むと青年、宏壱は悪態を吐きながら溜め息を溢す。

 

 

「こいつがいないと死んでたかもな」

 

 

 宏壱はもう一度少女の頭を優しく撫でる。

 思い出すのは迫り来る細く長い魔物。頭は赤く、胴体は黒い。幾つもの節で区切られた胴体と、その胴体に何本も生えている脚は嫌悪感を誘った。

 宏壱はソイツをマグガレン王城にある書物庫の魔物図鑑で見たことがあった。

 センチピードと呼ばれる大型のムカデのような魔物だ。全長7m、全幅2mもあるソイツは強力な毒を持っていて、噛み付いた生物を毒殺して食らう。

 宏壱が呼んだ図鑑の魔物と姿形は似ているのだが、強さが想定以上だった。

 

 真正面から迫るセンチピードを跳んで躱し、空中で身体を捻って地面に叩きつけるように右拳を叩き込んだが、少し揺れた程度で、大きなダメージを与えられなかった。

 逆にセンチピードが胴体をうねらせ、宏壱を上に弾き飛ばして天井に叩きつけた。回避も防御もできず、その一撃で宏壱はあっさり意識を刈り取られた。

 そしてセンチピードは反転して、落下する宏壱に食らいつこうとした瞬間、真下から少女に下顎を打ち抜かれて絶命した。一撃である。

 

 それからも、アースワームという酸を吐き出す10m級のミミズのような魔物や、ミリピードというずんぐりと丸みのある図体の暗褐色のヤスデのような魔物と幾度か対峙した宏壱だったが、その全てを膝の上に座っている少女が倒してしまった。

 

 

(ホント、どうなってんだろうな)

 

 

 数時間行動を共にする少女を見る宏壱は、彼女との出会いを思い返す。

 

 ◇

 

「……っぐ……、……うっ……」

 

 

 全身に走る鈍い痛みと僅かな重みで宏壱の意識は覚醒した。

 

 

「……ここ、は……?」

 

 

 いまだ朦朧とする意識の中、宏壱は記憶を辿る。最後の光景は自分にしがみついた邪魔者を排除しようとがむしゃらに暴れまわる銀毛の熊、メガベアーの肘が宏壱の顔面を打ち据える直前。

 首がもげるような衝撃を受けた宏壱は、あっさり意識を手離した。

 

 そこまで辿って、宏壱は現実に目を向ける。仰向けに倒れている宏壱は腰辺りに僅かな重みと暖かさを感じた。

 魔物か? と思いながら視線を向ける。

 まず見えたのは丸い一対の耳。プラチナブロンドのショートボブとくりっとした大きく可愛らしい銀眼。玉のような肌。目鼻立ちは整っているが、幼く可愛らしい印象が強い。

 視線を下げていくと、細い首、狭い肩、膨らみのない胸と細い腕、幼児特有のぽっこりお腹、更に下に……いこうとした宏壱だが、ここで少女が衣服を身に纏っていないことに気付き、視線を上げた。

 

 

「……ん? 耳?」

 

 

 最初は頭部にある一対の耳をスルーした宏壱だったが、その違和感に気が付く。

 丸い耳はタヌキのようにも思えるが、宏壱には見覚えがあった。それも気を失う一瞬前まで。

 

 

「まさか……メガ、ベアー?」

 

「???」

 

 

 こてんと可愛らしく小首を傾げる少女。宏壱の下腹部に跨がり座り込む少女に表情はない。無感動が故に無垢なその瞳が宏壱を捉え続ける。

 

 

「はぁ……取り敢えず、退いてくれるか? 起きられないんだが」

 

 

 コクッと頷いた少女は宏壱の上から立ち上がって避ける。その際、宏壱は視線を明後日の方向にやって少女を見ないようにした。

 

 

「……っと、これ着てろ。眼のやり場に困る」

 

 

 宏壱はブレザーを脱ぎ、更にワイシャツを脱いで少女に渡す。ブレザーは腰のポーチに仕舞った。

 

 

「???」

 

 

 少女は小首を傾げて、受け取ったワイシャツと宏壱の顔を見比べた。

 

 

「着方が分からないのか?」

 

 

 なるべく顔だけを見ながら声を掛ける。少女はじっと宏壱の顔を見るだけで答えない。

 

 

「言葉が通じてない? いや、さっき避けたよな。……俺の反応を見て、何を言いたいか理解したのか? 多分、メガベアーだとは思うんだけど……にしても、なんでこんな姿に……? 敵意もないし……分からん。理解不能だ。魔物が人の姿になるってのは、一体全体何が起きたらそうなるんだよ」

 

 

 思考が意思疎通から少女の正体について、に逸れていく宏壱をよそに、少女はごそごそとワイシャツを弄り出す。

 袖に足を通そうとしたり、それが無理なら頭を入れようとしてみたりと、そこそこに無茶な引っ張り方をしているが、破ける気配はない。それはワイシャツにも付加された女神の加護の恩恵だろう。

 

 

「???」

 

「……ははっ、それだと後ろ前反対だぞ」

 

 

 袖に腕を通した少女だったが、背中側が前にきていて、少し窮屈そうにキョトンとしている。

 そんな少女に笑った宏壱は、バンザイをさせて一度ワイシャツを脱がせると、後ろ前の向きを変えて着せ直し、ボタンを止めた。

 

 

「……よしっと。んじゃ……あー、お前名前は?」

 

「……?」

 

 

 少女をなんと呼ぼうか迷った宏壱は、直接聞いてみることにした。が、正体については首を傾げるだけだ。

 

 

「あー、そっか、意味が伝わってないのか。んで、喋れない、と。そっか……んー、メガベアー、メガベアーねー。……んっと、縮めてメア、でどうだ?」

 

「……?」

 

 

 少女はただ小首を傾げるだけ。宏壱の言葉の意味が分かっていないのだ。

 

 

「……ふむ。メ、ア、だ。メア」

 

 

 少女を指差して宏壱はゆっくりと、ハッキリとした発音で伝える。

 

 

「……め、あ……」

 

「……声帯はあるんだな。いや、それは当然か。人になったんだろうしな。教えれば、普通に喋れるようになる、か」

 

 

 掠れるような声だったが、宏壱は繊細で柔らかく清んだ声を聞いた。

 

 

「メア、付いてこい」

 

 

 宏壱が伸ばした手を数秒見つめた少女、メアはだぼだぼに余った袖の内側から、その小さな手で宏壱の大きな手を握った。

 

 ◇

 

「……ん」

 

「ん? どうした?」

 

 

 くんくん、とスラックスが引っ張られる。宏壱が視線を向けて聞くと、メアは肉を刺していた串をふりふりと振る。お代わりの催促である。

 

 

「……はいよ、っと」

 

 

 苦笑して答えた宏壱はポーチから串に刺さった肉を取り出すと、肉がうまく焚き火に当たるように串を地面に刺す。

 

 

「……」

 

 

 メアはじっと火に炙られる肉を見つめている。ジュゥーと肉の焼ける音が響く。

 

 

(何度か【ウィンドボール】も見たし、爪から鎌鼬を出すのも見た。そもそも、メガベアーがただ落ちただけで死ぬかも微妙。それらしい“魔石”も見当たらなかったし……ん? いや、たしかダンジョンの外にいる魔物は“魔石”を持っていなかったんだっけか。それなら“魔石”がないことは当然なのか? まぁ、いずれにしろ死体も“魔石”もない。メガベアーが生きていたら俺はここにいない。別の場所に落ちたとも考えられない。というか、レベルに大幅な上昇が見られないことからも、俺がメガベアーを倒せている可能性はゼロだ。理由は分からないけど、メガベアーは小さな少女になった。しかも、俺が戦った時よりも数段強く……強く、か。レベルアップ? いや、あり得るのか、そんなこと。ポケ○ンじゃあるまいし、レベルアップして進化したとか……。しかも、進化した結果なんで幼女になるってなんだよ。意味が分からん。分からないものは分からない。考えても無駄、か)

 

 

 2人に会話はない。宏壱はメアとメガベアーの共通項を挙げ連ねて、自分の推測が正しいと思考に耽り、メアは言葉を流暢に喋れるわけもなく、話すことはない。

 

 

「……ん? お客さんだな」

 

 

 深い思考の海に意識を向けていた宏壱は不意に強烈な気配を感じ取り、視線を通路の先に向ける。

 

 

「……」

 

「メア、ここにいろ。守られるだけってのも性に合わない」

 

 

 メアの両腋に手を差し込んで持ち上げると、宏壱は立ち上がってメアを自分の座っていた場所に下ろす。

 宏壱は自分を見上げるメアの頭を軽くポンポンと叩くように撫でて、脇に置いていた抜き身のグレートソードを持って気配のする方へ歩いていく。

 

 メアから10mほど離れて暫くすると、宏壱の視線の先の地面がボコッと盛り上がり、続いてゴパッと弾け飛んだ。

 

 

――シャァァァアアアアアッ!!

 

 

 現れたのはセンチピード。耳障りになギチギチという音を響かせている。

 

 

「……さっそくリベンジできるなんて、ツイてるな。さっきは油断したが、今度は出し惜しみなしだ。【武装色の覇気】【見聞色の覇気】」

 

 

 宏壱は人体と知覚を大幅に強化する。更に続けて……。

 

 

「【雷神】」

 

 

 バリィ! と宏壱の身体が放電する。

 

 

「へそを出してると、雷様が取っちまうぞ? なんて、な!」

 

 

 その場に電気を残して宏壱は消える。【雷神】は雷を纏うだけでなく、使用者にAGL+1000というステータス増加も付けられる。それで上乗せされた速度と【剃】の速度が合わさったことで雷の如き速さを手に入れた。当然、【雷神】は長続きしないため、早期決着が望まれる。

 

 完全に獲物を見失ったセンチピードは背後から受けた衝撃に戸惑う。

 振り向こうにも、半分身体が地面に埋まったままではできない。選択肢はふたつ。外に出るか、地面に潜るか。センチピードは後者を選んだ。

 

 

「ちっ、硬いな。逃げ足も早い」

 

 

 地面に潜り込んだセンチピードに舌を打つと、宏壱はその場から跳び退く。

 ゴパッ! 地面が弾け飛び、そこから飛び出てきたセンチピードが勢いを増して宏壱に襲い掛かる。

 

 

「なら、狙い目は……」

 

 

 宏壱は再び、バリィ! と雷を残像のように置いて姿を消した。

 

 

「ここだっ!」

 

 

 現れたのはセンチピードの真上。【雷神】による恩恵か、雷を纏ったグレートソードをセンチピードの胴体同士を繋ぐ節の部分に突き立てて斬り裂いた。

 

 

――ッッッッッッ!!!?

 

 

 声なき悲鳴が通路を震わせる。のたうち回る分かたれた上部と下部。

 下部は動かなくなったが、上部は反転して着地した宏壱に襲い掛かる。

 

 

「【突剣・雷】!!」

 

 

 雷を纏ったグレートソードを水平に構えて前に跳び、迫るセンチピードの眉間に突き刺す。

 通常のグレートソードでは容易く折れてしまうほど硬さに差がある。だが、【雷神】によって強化されたグレートソードは抵抗少なく、ズブシュッ! とセンチピードの眉間に突き刺ささる。

 ビクンビクン! と大きく痙攣した後、センチピードは動かなくなった。

 

 半ばまで突き刺さったグレートソードを宏壱は引き抜く。すると、センチピードは上部と下部、同時に粒子となって消えた。

 残ったのはこぶし大の“魔石”とセンチピードの毒牙と呼ばれる毒を含んだ牙だ。加工されて鏃に使われることが多い。

 

 

「うしっ、リベンジ成功!」

 

 

 【雷神】を解除して宏壱はガッツポーズをした後、“魔石”とセンチピードの毒牙を回収。

 メアの待つ場所に戻った宏壱は、脇にグレートソードを置いて彼女の横に胡座を掻いて座る。と、メアは宏壱の足の角度を調整してそこに座る。

 

 

「好きだな、そこに座るの」

 

「ん……あむっ」

 

「お、そうだ、もう焼けてるぞ。食え食え」

 

 

 待ちきれなかったのか、メアは手を伸ばして焚き火の熱さを物ともせず串を掴んで肉に食らいつく。

 宏壱は焼き加減を見て頷くと、次の肉をセットし始めた。




――キャラクター紹介――

メア

メガベアーが人になった少女。原因は不明。
名付け親は宏壱。言葉は喋れないが、宏壱の言動を見てそこそこの意思疏通ができる。
実力は宏壱よりも遥かに上。宏壱の推測ではレベル500近いと考えている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。