赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~ 作:コントラス
それは異常だった。
彼ら彼女らの眼前で起きていることは範疇の埒外で、伝説で聞く英雄の戦いを見ているようで、現実味に欠けている。
だが、伝わる力の波動のようなものが、張り詰めた空気が今起きていることを現実であると認識させていた。
敵うはずのない相手に果敢に攻撃を仕掛け、迫る一撃死の攻撃を一歩速く躱す。
神経と気力が焼き切れるような極限の集中力の中で彼は、山口 宏壱という怪物は生きていた。
無気力な彼ではない。陰湿さなどない。臆病ではない。覇気を放ち、度胸が据わり、陽気に、豪快に笑いながらグレートソードを振るう。
乱れた前髪から覗くその素顔。瓶底眼鏡の奥の鋭い眼。口角の上がった口。度し難いことに、彼は今この瞬間を楽しんで活きている。
それが傍観者である彼ら彼女らにも分かった。
クラスメイトだった。教育者だった。だが、1年近く宏壱といた彼ら彼女らは知らなかった。知る者が
「これが……これが勇者コーイチ、なのか……」
唖然と呟きを溢したのは宏壱の指導役であるリーナだ。
指導役。勇者として召喚された彼ら彼女らに戦闘技術を教え、レベルを上げ、戦う覚悟を持たせる者達だ。
リーナはそれが真っ当にできているとは到底思えなかった。たった2週間で勇者達は強くなった。それは今回の討伐作戦でも明らかだ。
討伐隊に選抜されなかった勇者達も、同等とは言わないまでも、討伐隊に準じる力は持っているだろう。
だが、宏壱は違った。彼は技術を持っていた。巧く攻撃を受け流し、先を読んで躱し、芯を捉えた攻撃をする。戦闘の、殺し合いの素人でないことは幾度かの模擬戦で理解できた。
彼は既に完成されていたのだ。
「はん。やっと本気を出しやがったぜ。ったく、ビビって引っ込んでんじゃねぇよ」
龍治は何時ものように悪態をつく。小さく呟かれたその言葉をリーナは拾うが、聞き返す気にはなれなかった。目の前の戦いから目が離せないのだ。
「「……」」
そんな彼らの中でぽーっ、と眼前の戦闘を眺める2人がいた。なずなと美咲である。
若干頬を朱に染めている彼女達の顔は、他の面々と違った。龍治のような訳知り顔ではないが、夢見心地のような、望んでいた物を手に入れたような雰囲気だった。
それを面白く思わないのは勇気だ。なずなを意識しなかったことは彼にはない。底辺であるはずの宏壱が奮闘している今この場においても、彼はなずなを意識していた。
出会いは入学式。教室にいくまでの渡り廊下で道に迷っていた彼女に声を掛けたのが始まりだった。
可愛い子が同級生になる。そんな噂は入学前からあった。それは勇気自身耳にしていたものだった。
中学生の頃から女子生徒に人気があった勇気は、自分のルックスにそこそこの自信があり、彼女も自分を見て顔を赤くするのだろうか? などと思っていた。
実際に道行く女性に声を掛けると、決まって女性は顔を赤らめた。ナンパではない。ただ、落とし物をよく拾ったり、道を尋ねたりするだけだ。
女子大生風のお姉様方に逆ナンパをされることもあり、その自信はたしかなものだった。
だが、彼女は自分に頬を赤らめることなどなかった。気にも止めていない。ただ、助けてくれた、道案内をしてくれた同級生の男子。それだけだった。よく笑い、よく怒り、よく悲鳴を上げる感情豊かな少女。
ドジな部分はあるものの、中学生中頃までは道場に通っていたという彼女の身体能力は、同学年よりずば抜けていた。
同じクラスで2年近くの時を過ごした。教室に案内した
彼女の色々な表情を見て、いつの間にか好意を持っていた。自分に寄ってくる女性など興味はない。
綺麗な先輩が、気さくな同級生が、可愛い後輩が、誰が告白をしてきても全て断った。さっぱりした
ただ、自分が彼女に想いを伝えるとどんな反応をするだろう? 喜ぶ? 悲しむ? 怒る? 困る? 何となく困るかな? と思う。
自分と彼女が付き合った姿を想像してみる。横で笑う彼女。怒る彼女。泣く彼女。どれも想像できて、どれも想像できなかった。
色々な表情を見てきたけれど、自分を異性として見ているようには思えなかった。
休日に遊びにいくことが多かった。放課後も一緒に遊んだ。2人きりではなかったが、楽しかった。彼女も楽しんでいるように見えた。だけど、どこか物足りなさを感じているようでもあった。
気付いたら彼女を好きになっていた。一緒にいたらいつの間にか、というのは誤魔化しだ。本当は一目惚れだったのだろう。
自分にとって彼女は理想的だったのだ。
勇気は彼女を見ていてふと気付いたことがあった。彼女は自分の左をよく見上げることがある。
まるでそこにないモノに縋るように、求めるように。なにか特別なことがあるのか、彼女は男を左側に立たせないのだ。
そして笑って誤魔化す。仲良くなった。親しくなった。端から見れば“友達以上恋人未満” 。しかし、自分の視点では“他人以上友達以下”だった。
どうしても“友達以上”にはなれなかった。彼女が求めているのは自分じゃないように思えた。いや、たった1人以外の男は求めていなかった。ソイツ以外の男はどれだけ仲良くなっても“友達以上”にはなれない。そんな確信めいたものが自分の中にあることが、この世界にきて分かった。
彼女が誰を求め、誰を欲しているのかを……。
ルックスは陰湿で、猛禽類のような鋭い眼を持った猫背の気持ちの悪い同級生。
噂では中学生の時に酷いいじめを受けていて、今は龍治、秀次、浩司の通称“サンジ”の不良男子3人のパシリである底辺の男子生徒。
……であるはずが、この世界にきて周囲の認識が変わり始めた。意外にも背は高く、筋肉質。多くのアントを物怖じせず対処してみせ、指導役の手助けさえできてしまった。騎士達の亡骸を見て青い顔をしていた自分とは違う。
自分が憧れたリカルド以上に雄々しさがあった。認めた、認めてしまったのだ。アイツは、山口 宏壱は自分以上に勇者らしく、勇猛な男だと。
「……っ」
奥歯を食いしばるとギリッと軋む音がした。劣等感。それが勇気の思考を支配する。
今まで気付かなかった、気付けなかった。教室にいる時、なずなの視界には常にアイツがいた。
成績は中の中。運動はダメ。声が小さい。存在感がない。反抗らしいことはしない。2年生になって、同じクラスになって分かったことだ。噂の域を出ない奴だった。
相手をするのはサンジか美咲だけ。なずなに並ぶほどの美少女である美咲が宏壱を構うと男子や女子が良い顔をしない。しかし、宏壱に手を出すと、自分達のおもちゃに手を出すなと言わんばかりにサンジが絡んでくる。勿論美咲も黙ってはいないだろう。
だからか、宏壱に降り掛かる火の粉はなかった。
そんな底辺のクラスメイトが自分が好きな女子の視線を一身に浴びている。許せるはずなどなかった。
「ぐぅ、テッ、テメェ! くせぇ涎垂らすんじゃ、ねぇ!」
そこで宏壱がメガベアーに押し倒される。見るからにピンチだ。あれほどの巨体など1人で退かせられるはずはない。
ここで助ければ彼女は自分を見てくれる。そんな下心を抱えて聖剣を呼ぼうとしたのだが……。
「勇者ヤマグチ待っていろ! 今――「邪魔、すんじゃねぇ! ぶっ殺すぞテメェら!!」――……っ!? 何を言っている! 状況を分かって言っているのか!?」
宏壱の怒声がその場の全員を地面に縫い付ける。それは勇気も例外ではなく、呼び出そうとした聖剣は現れなかった。
(なんだよこれ……俺は、怖いのか? あの山口が)
微かに身体が震えた。踏み出してはならない。邪魔をしてはならない。アレを怒らせてはならない。本能がそう訴えた。
彼女はどうだろう? そう思った勇気はなずなを盗み見る。微動だもしていない。その眼は真剣そのもので、握り込まれた拳は一体どういう意味があるのか、勇気には分からなかった。
序盤はリーナ寄り、中盤からは勇気寄りの視点になりました。
特に必要のないシーンですが、今後の展開上あると解りやすいかな? と思って12時間ほど掛けて仕上げました。
よく、他の作者様で“1時間で書きました!”的なことを書いていたりするんですけど、これシンドいですね。
無理するとモチベーション下がりそうです。教訓……1日で仕上げる、良くない。byコントラス