赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第十七鬼

 勇気達、クイーンアント討伐に向かった別動隊を追う形で、ジャイアントアントと魔物溜まりに溢れていたアントを殲滅した宏壱達は、クイーンアントがいる場所に繋がっているであろう通路を、アントを倒しながら進んでいた。

 

 

「【フレイムバースト】!」

 

 

 最後方にいるラベスが魔法名を唱えると、通路前方で爆炎が発生し、多くのアントが焼かれる。

 

 

「……っ!」

 

 

 晶は短い呼気と共に放たれた横薙ぎの一閃が2体のアントを容易く斬り裂く。

 粒子に変わったアントから“魔石”と部位を回収することなく斬り裂いた張本人である晶は、駆ける速度を落とすことなく焼かれずに生き残ったアントを最小限の動きで斬り伏せていく。

 宏壱の扱うグレートソードと違い、聖剣である晶の大太刀は刃毀れ1つせず、純白の刀身を煌めかせている。

 

 

「巧いです、アキラ殿。確りとアントとの間合いが測れていますよ」

 

 

 晶に追随する形で駆けるカエデがアントの立てる音を頼りに仕込み刀を振るう。

 カエデの誉め言葉に晶は照れ笑いを浮かべた。

 

 

「カエデさんの指導の賜物だよ。対人戦を想定した本格的な模擬戦と、回避を常とした重心移動、相手との間隔の見極め。……全てが僕の力となっています」

 

「それは良かったです。これで何も身に付いていないとなれば、訓練メニューを増やすことも検討しなければいけません」

 

 

 会話の最中にも2人は足を動かし、互いの得物を振るい続けてアントを斬り刻んでいく。

 

 

「どらあぁぁぁあああっ!!」

 

 

 晶とカエデのペアが進む場所より10m先では雄叫びを轟かせる偉丈夫の姿がある。

 巨人殺しと異名されるギガントキラーを滅茶苦茶に振り回して、さながら台風のように前進している。

 

 

「どうしたどうした! それでも女王を守る兵か、貴様らは!!」

 

 

 野太く重さのある声でアントを威圧しながらギガントキラーで叩き伏せていく。

 ギガントキラーの斬能力は極めて低い。斬ると言うよりも、叩き折ると言った方がしっくりくる程で、刃物ではなく鈍器として扱われることが多い。

 

 

「うらあっ!!」

 

 

 リカルドが戦闘する場所から右側の通路の端では宏壱が拳を振るっていた。

 アントの殲滅で幾つかレベルが上がったが、それでグレートソードの耐久力が増したわけでもないので、いまだに宏壱は支給された2週間で手に馴染んだ相棒を使えないでいた。

 

 

「せあっ!」

 

 

 飛び上がって体を捻って右足を振るい、アントの頭部を打ち据えて蹴り飛ばし、着地と同時に1歩踏み込んで直剣を大上段から振り下ろすアントに、右掌底をがら空きの腹部に叩き込み、崩れるアントを無視してその奥のアント目掛けて駆け、左フックを側頭部に叩き込み、更に踏み込んで右肘を胸部に叩き込む。

 そうして崩れ落ちるアントを無視して別のアントに襲い掛かった。

 

 ここまでくる間で、宏壱は1体もアントに止めを刺していない。

 元の世界であれば、宏壱の拳は一撃で人を死に至らしめることができてしまう。

 拳の固さ、筋力に物を言わせた破壊力、理由は幾つかあるが、そのどれもが1つあれば容易に殺人を可能とする力となり得た。

 もし宏壱の能力が元の世界のままであればアントに対しても一撃必殺は可能だったろう。

 

 だが、現実は違う。レベルによって宏壱の能力は縛られ、弱体化していた。

 ステータスに反映されないスタミナや培った技術は残っているが、ステータスに反映されたパワーやスピード、肉体の強度や生命力は元の世界と比べると酷いものだった。

 その所為で、アントを一撃で仕留めることはできなくなっていた。スタミナ減少によるステータスの一時的な低下も要因の1つではあるが。

 

 しかし、宏壱はそれでも構わなかった。弱らせたアントは、宏壱の後ろを追随するリーナによって仕留められているから。

 

 

「勇者コーイチ、あまりアントを飛ばさないでください。そこまで行く時間が無駄です」

 

「すみません、リーナさん。その時その時の最適な対処法で戦っていますか、らっ!」

 

 

 文句を言うリーナに特に悪びれた様子もなく答えた宏壱は、正面から突き出された槍をサイドステップで軽く躱し、懐に飛び込むと掬い上げるようなアッパーを繰り出しアントの顎をかち上げる。

 大きく身体を仰け反らせて後ろに体勢を崩すアントを避けて奥に進む。

 体勢を崩したアントはリーナが首を斬って仕留めた。

 

 

「僕も強力な武器が欲しいな、っと!」

 

 

 ボヤきながら加速して右拳をアントの顔面に減り込ませる。

 仰け反るだけのアントを見て、舌を打ちたい衝動を抑える。

 

 

(もどかしいな。こうしてると周囲との力の差ってのを感じるよ)

 

 

 晶を始めとしたクラスメイトは殆んどが一撃でアントを仕留めていた。

 ステータスで言えばレベルの高い宏壱の方が若干勝っているのだが、やはり聖剣と魔剣の有無が大きかった。

 ステータス面に関しても同レベルだと宏壱はクラスメイトに劣る。

 

 

「焦らず、確実にいきましょう。逸る気持ちを抑えてください」

 

「……ええ、分かってます」

 

 

 苦い表情(かお)をしている。リーナは前を走る宏壱の表情をなんとなくそう想像した。

 

 先行した勇気達のことを心配してか、自分のステータス低下でアントを屠れない歯痒さか、はたまた別の要因か……。

 

 

(何れにしろ、勇者コーイチが無茶をする方だということは明白だ。敵が自分より格上であったとしても引くことはないだろう)

 

 

 宏壱の一撃で体勢の崩れたアントの胸を一突きで貫いて容易く仕留めると、リーナは宏壱が投げ飛ばしてきたアントを斬り裂く。

 思考を続けながら弱ったアントに止めを刺していく。

 追うのは宏壱の背中だ。彼がリカルドより先行し過ぎないように言葉を掛けながら足を動かす。

 

 

「勇者コーイチ、レッツェ殿が魔法を放つと」

 

 

 リーナは宏壱の足払いで倒れたアントにレッドクレトスを突き刺して、後方から拾った声を伝える。

 

 

「分かりました。一度下がりましょう」

 

 

 斬り掛かってきたアントの短剣を腕で受け止めて押し返した宏壱がリーナに答えた。

 リーナの獣人族の証である

 2人は踵を返すと背後のアントを気に掛けながら駆ける。既に自分達の範囲外から回り込んでいたアント達も無視して、魔法の威力が及ばない場所まで下がる。

 

 

「【サンダーストーム】!」

 

 

 ラベスの声が響くと同時に雷を孕んだ竜巻が巻き起こる。

 半時計回りに回転するそれは、通路の幅一杯まで広がって周囲の物も巻き込んでいく。

 アントだけでなく“魔石”や部位を巻き込み雷で穿つ。高圧電気に焼かれたアントや部位は黒焦げに焼かれ、“魔石”は魔力で産み出された雷に反応してスパークを放って小規模な爆発を起こした。

 

 

「うおっ!? 持っていかれる!」

 

 

 周囲を巻き込む竜巻に宏壱の身体が引っ張られた。

 慌ててリーナが浮き上がった宏壱の腕を掴んで踏ん張り、レッドクレトスを地面に突き刺して支えにした。

 

 前に出過ぎていた宏壱とリーナ、そしてリカルドが暴風に引きずられる。

 

 

「ぬぅぅ! ラベスめっ。やり過ぎだ!」

 

 

 4mほど離れた左側からリカルドの悪態が宏壱達まで届く。声には出さないが、宏壱とリーナも言いたいことはリカルドと同じだった。

 しかしそれも一過性のもので、雷を孕んだ渦巻く暴風は発動から20秒程で勢いを弱めて鎮静化する。

 

 

「た、助かりました。リーナさん、ありがとうございます」

 

 

 宏壱はようやく納まった暴風に安堵の息を溢す。短くも長い時間で湧き出た額の冷や汗を右腕の袖で拭う。

 

 

「いえ、私も良い重石になりました」

 

 

 フルフェイスの兜の下でリーナは笑って答える。

 実際一瞬でも浮き上がった宏壱を引き止めるには苦労したが、彼の足が地についてからはそこそこの楽ができた。

 

 

「山口君、無事ですか!」

 

「先生……。はい、大丈夫です。リーナさんのお陰で巻き込まれずにすみました」

 

 

 陵子が宏壱に駆け寄って怪我がないか確認する。

 晶カエデペアより後ろで戦っていた陵子には最前線で戦っていた宏壱の姿はしっかりと確認できず心配していたようだ。

 

 心配する陵子に苦笑で答えて宏壱は前を見る。

 

 

「“魔石”は魔法……と言うより魔力に反応して誘爆した、ってことでいいんでしょうか?」

 

「そう。“魔石”は魔法を溜め込むけど、それをするには【魔石加工】のスキルがいる。持ってない人が無闇に“魔石”に魔法を入れようとすると耐えきれずに爆発する。それに繊細な魔力操作と魔力量の調整も必要。希少な技能。だから“魔石”が散乱する場所での広範囲魔法は危険」

 

 

 ゆっくりと歩いてきたパレリアが説明する。

 パレリアはジャイアントアント戦以降は戦闘には参加せず、ラベスよりも後方で付いてくるだけだった。

 

 

「進むぞ」

 

 

 リカルドの声が宏壱達に届く。彼が見据えるのは勇気達が向かった場所だ。

 指導役として勇気が気になるようで、表情には若干の焦りが見えていた。

 

 ジャイアントアントが姿を見せたことが1つの要因となっている。1体だけ……などと楽観することはリカルドにはできなかった。

 先に向かったメンツでは、ジャイアントアントを排除することは難しい。勇気達が弱いわけではなく、ジャイアントアントが強すぎるのだ。

 

 

「……でも、大丈夫なんですか?」

 

 

 歩き始めたリカルドに続くように足を動かした宏壱が疑問の声をあげる。

 

 

「柔な鍛え方をしたつもりはない。ユウキにはアツシ達も一緒にいる。……死ぬことはない、はずだ」

 

 

 断言できないことが口惜しい、リカルドはそんな風に苦い表情を見せる。

 

 

「そっちは心配してないです。指導役がいますし……あの2人も……」

 

「あ? 2人?」

 

 

 不自然に途切られた言葉を訝しんで肩越しに宏壱に視線を向けるが、当の宏壱は曖昧な笑みを浮かべるだけで答えず話を続けた。

 

 

「クイーンアントはジャイアントアントを産まない、で間違いないんですよね?」

 

「そう。これまでクイーンアントが発生した記録は多く残ってるし、私も何度も見た。取り巻きが普通のアントとアサシンアント、それと普通のアントの上位種のハイアント。ハイアントは数は多くないと思う。クイーンアントは産卵に体力を使うみたいだから。それはアントの質が……」

 

 

 宏壱の疑問に答えていたパレリアは続ける言葉を失う。その表情は何かに気づいたようにハッとして、驚愕の色を浮かべていた。

 

 

「多分、僕の思ったこととパレリアさんが思ったことは同じですよ」

 

「あぁ? そいつはいったい……?」

 

「それは――っと、話してる暇はないですね」

 

 

 宏壱の視線は通路の先、そこには数十体のアントの姿があった。数は減ったものの、アントの襲来はまだ続く。

 彼らの安息は未だない。


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