赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第十二鬼

 【ライト】の光に照らされた洞窟の先で、蠢くアントの群れ。

 アサシンアントの頭蓋を握り潰したリカルドは、無数のアントを前に足を肩幅まで広げて受けの体勢に入る。

 

 

「こおおおぉぉぉいっ!!」

 

 

 リカルドから発せられた咆哮は大気を震わせた。その気迫に恐れることなくアントは行進を続ける……が。

 

 カッ! カッ! カッ!

 

 先頭を走っていた3体のアントの足にナイフが突き立った。

 ナイフの突き立ったアントがバランスを崩して倒れ、後続のアントは突然の事態に足を止めた。

 

 

「む?」

 

 

 肩透かしを受ける格好になったリカルドが首を傾げる。

 そんなリカルドの前にざっ、と降り立つ影がひとつ。宏壱だ。

 

 宏壱は右手でナイフを逆手に持ち眼前で構えて腰を落とし、アントの群れと対峙する。

 宏壱の持つナイフはアントに刺さった物と同じナイフだ。

 1つ50銅貨で、安くて軽い。だが、壊れやすいのが難点だ。宏壱はそれを昨日の内に大量に購入していた。

 ポーチのアイテムボックスには100を超える数が収納されている。

 

 

「む? お前は……勇者ヤマグチか?」

 

「はい」

 

 

 宏壱は正面を見据えたまま頷いた。

 

 

「手助けなんぞいらんぞ。あの程度の数、俺1人で十分だ。そもそもアサシンアントが混じっている群れだ。お前では荷が重い」

 

 

 見下しているわけではない。リカルドが勇気や敦を基準にして見た勇者の力量だ。

 現段階の殆んどの勇者では、【ステルス】を使ったアサシンアントの対処は難しい。そう判断した故の発言だった。

 

 

「……」

 

 

 宏壱はリカルドに答えないまま逆手に持ったナイフを斬り上げた。

 ギャリィッ! と金属音が響く。宏壱は右肩を突き出すように前に出て、見えない何かに当て身をすると、左腕を前に回して左足で引っ掻けて右に体を捻って回した左腕を外す。

 

 ズダン!

 

 地面に叩き付けられた何かが土を舞わす。

 空間が歪みアサシンアントが姿を現した。

 掛けられていた【ステルス】の効果が宏壱の攻撃によって解けたのだ。

 

 横たわっているアサシンアントの頭部の上で、宏壱は高く右足を掲げて……振り下ろす。

 

 ゴシャッ!

 

 宏壱の右足がアサシンアントの頭部を踏み砕いた。飛び散る破片が粒子となって霧散する。

 

 

「ほう……」

 

 

 リカルドが感嘆の息を漏らす。

 

 

「問題ないです。アサシンアントの位置なら把握できていますから」

 

 

 それは【見聞色の覇気】による感知能力だ。宏壱は自分に迫り来る見えない何か(アサシンアント)を察知している。

 

 

「なるほど……お前が俺の思っていたよりも強いことは分かった。だが、助けは――「貴方が戦うと余波で洞窟が崩れそうなんですよ。自重してください」――……いや、そうか、すまん。任せた」

 

「はい」

 

 

 宏壱の言い分にリカルドは物言いたげにするも、それを呑み込んで下がった。

 

 

「リカルドさん、山口君が良いなら俺も……!」

 

「ダメだ」

 

「どうして!?」

 

「温存が必要なのは変わらない。その代わりと言っては何だが、あの小僧はクイーン戦では戦わせん」

 

「……」

 

 

 下がってきたリカルドに食って掛かる勇気だが、軽く往なされて遣り込められた。

 納得のいかない表情で下がる勇気を尻目に、リカルドは宏壱に視線を移す。

 

 そこでは飛来する矢を叩き落とし、躱し、投げ返す宏壱の姿があった。

 

 

「前に出てこないか……腑抜けどもが」

 

 

 小声でそう吐き捨てた宏壱は、飛来する矢を対処しながらアントの群れとの距離を少しずつ詰める。

 弓を持ったアント、アーチャーアントが横3列の縦2列で陣を組み、交互に矢を放っている。

 

 訓練を受けているのか、前衛のアントは射線上に出ないようにアーチャーアントの後方で控えていた。

 それはアサシンアントも同様で、矢が射られている最中は動く気配がなかった。

 

 そして距離が5mまで近付いた瞬間……。

 

 ダンッ!

 

 力強く踏み込まれた一歩は宏壱の体を一際速く加速させた。

 低い体勢と最小限の身体の揺すりで矢を躱し真ん中のアーチャーアントの懐に潜り込む。

 

 

「ふっ!」

 

 

 短い呼気と共に左掌底がアーチャーアントの腹部に叩き込まれる。宏壱の手形が付いたそこに追い討ちとばかり左膝が捩じ込まれ、アーチャーアントは吹き飛び粒子へと姿を変えた。

 

 それを見届けることなく宏壱は右手に持ったナイフを右側のアーチャーアントに投げ、宏壱自身は左側のアーチャーアントに襲い掛かる。

 アーチャーアントは反応できずに宏壱の接近を許した。

 

 

「っ!」

 

 

 気合い一発。

 強烈な飛び膝蹴りがアーチャーアントの側頭部に打ち据えられて絶命する。

 着地と同時に右足を軸にその場で回転、2列目のアーチャーアントに左足踵を横凪ぎに振るい叩き付け、壁に向かって吹き飛ばす。

 HPを削り切れなかったのか、アーチャーアントは強かに壁にぶつかるも立ち上がる。……が、カッ! とナイフが額に突き立ち粒子へと姿を変えた。

 

 ナイフを投擲した宏壱は直ぐ様標的を変え、飛び出そうとした足を止めて後ろに跳ぶ。

 

 

「ここで動くか……」

 

 

 僅かに目の前で空気がそよぐ。

 宏壱の視界には何も見えていない、だが、【見聞色の覇気】によりそこにいると分かるのだ。アサシンアントが。

 

 宏壱が距離を取ったことで残り2体のアーチャーアントは後方に下がり、前衛組が前に出て来る。

 直剣に短剣、槍を持ったアントの群れが前進を始めた。

 最初にナイフを受けて倒れた3体のアントも起き上がり宏壱に迫る。

 

 

「うじゃうじゃと……アリの進軍ってのは気持ちワリィな」

 

「同感です」

 

 

 独り言ちた宏壱に返す者がいた。リーナだ。

 全身を赤の重鎧で固めたハーフ魔族の女騎士は、宏壱の横に並ぶと強く拳を握りしめてアントの群れを見据えた。

 

 

「……リーナさん、後ろはどうしたんですか?」

 

「カエデ殿と勇者スガノが入ってくれたので私の手が空いたんです。なので、勇者コーイチの手助けができればと思いまして……」

 

「なるほど」

 

 

 後方に意識を向けると、美咲が手刀でアサシンアントの首を切断したところだった。どうやらそれが最後のアサシンアントだったらしく、【見聞色の覇気】ではアサシンアントの気配は感じなかった。

 

 

「援護は任せて。ミキ、魔力回復薬いつでも出せるように」

 

「は、はい!」

 

 

 宏壱とリーナの後方では幹好を横に従えたバレリヤが、【狐火】を放てるようにスタンバイする。

【狐火】はキツネの獣人族が持つ種族固有の魔法だ。消費は30MPと多めで威力が弱い。

 しかし、発動が早く、空中にストックさせておくことができ、ある程度の操作が可能だ。団体戦では牽制に効果的な魔法である。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 宏壱はゆっくりと息を吐き、全身の力を抜いていて重心を前に倒していく。

 

 

「……っ!」

 

 

 ゆっくりと上半身が前に傾き倒れる、といったところで一歩を踏み出して加速。

 

 

「【剃】!」

 

 

 2歩目、3歩目、4歩目で宏壱が姿を消す。この場にいる殆んどの者が宏壱を視認できなくなり、知覚できなくなった。

 

 ざわっ、と後方の勇者と指導役が戸惑い、口々に驚きの声が漏れていた。

 

 

「――【指銃】っ!」

 

 

 先頭を走っていたアントの懐に現れた宏壱の人差し指が、下から胸部を穿ち宙に浮いた。

 宙に浮いたアントの顔を右手でわし掴んで地面に叩きつけた。

 

 

「聞いたことのないスキル。ユニーク系? 【狐火】」

 

 

【狐火】で的確に宏壱とリーナの援護をしながらバレリヤは幹好に問い掛けた。

 

 

「えっと、違うみたいです。【六式】っていう普通のスキルみたいです」

 

 

 幹好は右手に開いた本を見ながら答える。

 幹好の聖剣は本だ。と言っても魔法が記された魔導書ではない。スキルや魔法、人物、魔物、魔獣、植物、武器、防具、魔道具等々が記された、謂わば“なんでも図鑑”である。

 

 幹好に初めから備わっていたスキル【鑑定】で調べると、自動で“なんでも図鑑”に記録される。

 その所為なのか、幹好は勇者の中で戦闘力が格段に低い。

 

 

「【六式】……知らない。【狐火】。……どんなスキル?」

 

「詳細までは……。すみません、僕の【鑑定】レベルでは表示されません」

 

 

 幹好が申し訳なさそうにバレリヤに謝った。

 他人のスキルの詳細を覗くには、取得する難易度によって【鑑定】レベルが重要になってくる。

 宏壱の持つ【六式】は、そこそこの才能と血を吐くような努力を経て得られる体技だ。【回転斬り】とは取得難易度に大きな差がある。今の幹好の【鑑定】のレベルでは詳細を見ることは敵わなかった。

 

 

「そう。【狐火】。魔力回復薬」

 

「はい」

 

「んくっ……んくっ……ぷふぅ……【狐火】」

 

 

 会話の合間で放たれる【狐火】。宏壱が身体を半身にした瞬間に掠めるように通り過ぎ、直剣を振り抜いて硬直していたアントに当たって小さな爆炎を起こす。

 

 

「っ!」

 

 

 宏壱は【狐火】を受けて怯んだアントの顔を右拳で殴り付ける。

 

 拳を放ったあとの一瞬の硬直を狙って、右前方から突き出された。

 宏壱はその槍を身体を捻って躱し、胴を狙って横凪ぎに振るわれた直剣をバク転で避け、地に足が付いたと同時にバク宙をする。

 宏壱がいた場所を、【狐火】が火の粉の尾を引いて通り過ぎ、爆炎を散らす。

 

 その少し後ろではリーナが宏壱が討ち漏らしたアントを全て受け止めて片付けていた。

 第2バセットダンジョンのように指1つで、というわけにはいかないが、なんの苦もなく迎え撃っていた。


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