赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第六鬼

「何か手頃なクエストってありますか?」

 

 

 初ダンジョンの翌日、正午を少し回った頃の時間に宏壱はギルドの受付で問うていた。

 

 

「……はい、あります。少しお待ちください」

 

 

 眼鏡を掛けたイヌミミ、犬尻尾、栗色の髪をゆるふわショートボブにした犬獣人の受付嬢がにこやかに答え、宏壱と自分を隔てる机の引き出しを開けてA4サイズの紙を複数枚取り出す。

 

 ギルドの入り口から見て左手には、幾つか椅子が並べられている待ち合わせ場所がある。パーティーメンバーを待つ場所だ。

 その壁際には壁一面を覆う掲示板があり、そこに毎朝依頼書が貼り出される。

 冒険者はそこから自分好みのクエストを選び、受付カウンターで受注確認をしてもらいクエストに繰り出すのだが、自分好みのクエストが見つからない場合、受付のギルド職員に訪ねれば、その冒険者に見合ったクエストを提示してくれるのだ。

 

 因みに、ギルドの職員は皆眼鏡を掛けている。この眼鏡はギルドの職員になった者に配られ、装着が義務付けられている。

 リーナが掛けていた眼鏡のギルドランク版だ。

 この眼鏡を装着すると、ギルド所属の冒険者の頭の上にギルドランクが表示されるのだ。この眼鏡が開発されたことで、ギルドカードの擬装、盗難による被害がなくなり、実力に合わないクエストを受けて、命を落とすものも減った。

 

 

「これはどうですか?」

 

 

 その内の1枚を宏壱に見せる。

 

 

「……僕まだEランクなんですけど?」

 

「え? ……あっ! もっ、申し訳ありません!」

 

 

 宏壱の指摘に受付嬢は依頼書を確認。次に宏壱の頭の上に見えるギルドランクを見て慌てて頭を下げて依頼書を下げる。頭の上のイヌミミもへたりと悄気(しょげ)ている。

 

 その依頼書にはバセット山に出現した魔物の討伐と書かれていた。だが、問題は指定ランクだ。

 討伐クエストは推奨クエストと指定クエストの二つに分類される。推奨クエストは○ランクの冒険者におすすめ、しかし誰でも受けられる。

 指定クエストは依頼書に指定されたランクの冒険者だけが受けるクエストだ。

 

 そして今宏壱が薦められたクエストはSランク指定だ。

 

 

(確か王城の書庫の図鑑で見たな。メガベアー、姿は熊そのものだが、レベル300超えの魔物だ。棲息地はマグガレンからずっと東に進んだ森に覆われた孤高レベルの魔物が生まれる孤島。何でそこにしかいないメガベアーがバセット山で目撃されてんだよ)

 

 

 依頼書によるとバセット山でメガベアーを発見、早急に討伐してほしいと書いてある。

 時折起こる事態だ。高レベルの魔物が棲息地から離れた場所で目撃されることは。

 

 

「えっと、こちらです」

 

 

 宏壱の頭の上と依頼書を見比べて、ランクを確認しながら宏壱に見えるように依頼書を机の上に置く。今度は護衛クエストだ。ランク指定はない。

 

 

「……あれ? でもこれ2人でって書いてありますよ?」

 

 

 依頼書の内容を読み終えた宏壱が気になった部分を聞く。

 今日、宏壱はリーナを連れていない。2人と人数が指定されているクエストは受けられないのだ。

 

 

「そうみたいですね」

 

「いや、そうみたいって」

 

「……1人、もう向かってるんですよ」

 

「はぁ?」

 

 

 受付嬢の言葉に宏壱は怪訝な顔をする。2人クエストで1人は既に向かっていると言う。

 

 

「先程、同じように声を掛けてきた方がいまして、そのクエストを勧めたんです」

 

「はぁ」

 

「それで、ですね」

 

 

 言うかどうか躊躇する受付嬢。イヌミミと犬尻尾も不安気だ。

 

 

「指定人数を見落としていまして」

 

「はぁぁ……」

 

「そのぅ、私を助けると思って……どうでしょう?」

 

 

 受付嬢は宏壱の深い溜め息に、窺うように恐る恐る言葉を紡ぐ。

 先程のランクの件といい、今回の指定人数の件といい、どうも彼女はそそっかしいようだ。

 

 

「……分かりました、受けます。依頼は宿屋の娘さんの山菜摘みに同行、合流場所は『福門亭』ですね」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 ぱぁっと受付嬢の顔一面に花が咲く。尻尾よ千切れろと言わんばかりにぶんぶんと振るわせ、イヌミミもぱたぱたと大きく動いている。

 頭を下げる受付嬢に苦笑いを溢す。

 それから宏壱は受付嬢に『福門亭』の場所を聞いてギルドを出た。

 

 

「さて、知らない奴とどう接するか。素のままが良いか? でもどこで噂が立つか分かんねぇしなぁ」

 

 

 ギルドを出て『福門亭』に向けて足を進めだした宏壱は、先に向かったという冒険者に対してどう振る舞うか悩んでいた。

 正直なことを言えば宏壱は疲れ始めていた。『弱い自分を演じる』ことを最初は楽しんでいたが、どうにも窮屈だった。

 

 

「でもなぁ、やっぱ誰の前でもそう振るわないと、クラスメイトの前でボロを出すかもしんないしなぁ」

 

 

 弱さを見せた自分の所為であることは理解していた。

 しかしながら、多少の愚痴は仕方ないとも言える。望んだものではなかったから……。

 

 

「……確かギルドから――」

 

 

 受付嬢から聞いた場所を思い出しながら道を行く。

 

 複合都市・マグガレンは円形に建築された市壁の中にある。

 東西南北にそれぞれ門があり、門から大通りの道が丁度中心の王城で交差するようになっている。更に交差点である王城から北東から南西へ、北西から南東へと一本の道が延びている。王城を中心に上から見ると漢字の米に見える形だ。

 それら大通りと呼ばれる道には宿屋や飲食店、道具店、武器防具店、雑貨店、服屋、他にも様々な商店が軒を連ねている。

 大通りから枝のように伸びている小道に入ると建ち並ぶのはマグガレンに住まう様々な種族の住居になっている。

 

 ギルドは北西の大通りの最奥にある。その関係で北西の大通りには多くの宿と飲食店、武器防具店がある。

 基本的に宿を使うのは冒険者が多い。そして冒険者はギルドに朝早くから通う。となれば、近い方がいいのだ。それは武器防具店も同様だ。

 

 

「お、あれか? なんか見覚えある奴がいるんだけど……」

 

 

 宏壱の視線の先には、一軒の宿の前で談笑する美青年と少女、それとふくよかな女性がいた。

 それを視線で捉えた宏壱は背中を曲げて猫背にして前髪で目を隠す。

 

 

「あれ? 山口君?」

 

 

 宏壱に気が付いた美青年、晶が近付いてくる宏壱に声を掛けた。

 

 

「み、三船君。先に行った冒険者って君のこと?」

 

「えっと、先にって何のことかな?」

 

「依頼は2人で、だからね。1人なんておかしいと思った」

 

 

 宏壱の言葉の意味を理解できず、首を傾げる晶にふくよかな女性が得心がいったと納得風に頷く。

 青白い肌のところを見ると彼女が魔人族であることが分かる。

 

 

「え? ああ、そういうことか。つまり、山口君が僕のパートナーなんだね」

 

「受付の人が助けてくれって言うから」

 

「コルマちゃんだね。あんた達を担当したのは」

 

 

 コルマ・ノールス。宏壱を担当した受付嬢だ。犬の獣人でちょっとドジなところが冒険者に人気があった。

 

 

「そうです。彼女はそそっかしいところがあるようで……可愛いですよね」

 

「あの娘には恋人がいるんだから手ぇ出すんじゃないよ」

 

「分かってます。……こほん」

 

 

 そこで雑談を咳払いで打ち切り、宏壱は居住まいを正す。

 

 

「Eランク冒険者のコウイチ・ヤマグチです。ギルドクエストを受注して来ました。よろしくお願いします!」

 

「あ……えっと、僕はEランク冒険者のアキラ・ミフネです! よろしくお願いします!」

 

 

 背筋を伸ばし頭を下げる宏壱。それに倣うように晶も冒険者ランクを告げて頭を下げる。

 勇者とは言わない。

 実は勇者召喚を行ったとは民間人には告げられていない。知っているのは王城の関係者だけだった。それも箝口令が敷かれていて、外に漏れる心配はない。

 魔法契約で関係者全てに縛りがある。各5人の王の命は絶対遵守。違反者は視覚と聴覚を失う。

 

 魔法契約とは魔法で作った契約書のことだ。これに違反すると契約書に書かれている罰が違反者に下される。

 

 

「アキラ兄ちゃんのことは知ってるよ?」

 

「そうだねぇ。そっちのあんたも畏まらなくて良いよ」

 

 

 宏壱が姿を見せて初めて口を開いた少女が可愛らしく首を傾げた。そんな少女、娘の頭を撫でながら依頼主の女性が朗らかに笑った。


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