赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

11 / 66
第五鬼

「お疲れ様でした、勇者コーイチ」

 

「はい、リーナさんもお疲れ様です。初ダンジョン楽しかったです」

 

「それは良かったです。これで潜るのが嫌になられたらどうしようかと思いました」

 

 

 宏壱とリーナが宏壱の部屋の前で話している。

 

 宏壱の初ダンジョン探索から時間が経ち、既に日は沈んでいる。

 昼過ぎ頃にマグガレンに帰還した宏壱とリーナは、アントの顎をギルドに納品してクエストを達成した。

 それからギルド内部に設けられた売店でアントの部位と“魔石”を売り払った。金額は1金貨25銀貨67銅貨だ。

 1金貨は100銀貨。1銀貨は100銅貨だ。日本円にすれば1銅貨10円、1銀貨1000円、1金貨10万円といったところで、金貨が1000枚溜まると白金貨になる。1億円だ。

 普通に生きていくだけなら50金貨あれば十分だ。まず白金貨などお目に掛かることはない。

 

 閑話休題。

 

 内訳はアントの部位に75銀貨と67銅貨。“魔石”に50銀貨だ。アントの“魔石”は質が低く小さい。そして壊れやすいため、軽くて加工しやすい部位の方が価値があるのだ。と言っても防具としては下級も下級だ。防具よりも鍋やフライパンなどの調理器具の方が需要がある。

 

 部位と“魔石”を売り払った宏壱とリーナはギルド内部に設けられた酒場で昼食を取り、それから王城に戻って模擬戦をした。

 朝と比べて、宏壱のレベルは倍近く上がっている。リーナからしてみればダニがアリになった程度だが、飛躍的なレベルアップは宏壱にリーナの剣撃を7度逸らさせた。

 追いつき、追い越す日もそう遠くはない。そうリーナに実感させるには十分だった。

 

 訓練後、夕飯を取り終えた宏壱とリーナ。これからはそれぞれの時間を過ごすことになるため、こうして本日の訓練終了の挨拶となっている。

 

 

「それでは明日、また何時ものように演習場で」

 

「はい」

 

 

 リーナが去っていくのを見送り、宏壱は扉を閉めた。

 勇者に宛がわれた部屋は広さ15畳ほどとなっている。洋服入れのクローゼットと書棚、シングルのベッド、カーテンの付いた窓。

 2mの高さの天井から吊り下がったライトの魔法が込められた電灯が、簡素な部屋の中を照らす。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 グレートソードを外した宏壱は息を吐いてベッドに腰掛ける。

 ギシッと音を軋ませてベッドが沈んだ。宏壱のいない間に使用人が整えてくれたシーツに皺が寄る。

 

 

「一日中自分を演じるってシンドいな」

 

 

 宏壱は基本的に敬語を使わない。敬っている相手でも、だ。常に相手よりも上位にいることを認識するためだ。

 それは彼自身の生きる術でもある。強者であることを自分に言い聞かせるのだ。自分は強い、負けない、喰われない、捕食者だ。媚びへつらうなどあり得ない、と。

 宏壱自身の考えには、敬語とは遜ること。というものがある。それが悪いわけではない。ただ、嫌なのだ。

 下に見られると相手を油断させることができる。そんなことを思いはするが、それで火の粉を払うことが敵わないことはよく知っている。

 

 小さき者を無視する者もいるが、小さき者を踏み潰す者だっているのだ。

 従うことは絶対の安全ではない。コイツに手を出すのは危険だ、そう思わせることが絶対の安全に繋がる。そう宏壱は考えていた。

 しかし、この人生は平穏に生きる、そんな思いから在り方を変えてみたのだ。

 切っ掛けは中学生の頃だが。

 

 

「……」

 

 

 と、当時を思い出して宏壱の顔が強張る。

 

 

「……はぁ、風呂入るか」

 

 

 強張った頬を揉みほぐして溜め息を吐くと、宏壱はベッドから腰を上げて着替えをクローゼットから出し、自前のタオルと城下町で買い揃えたボディソープやシャンプーを持つ。

 

 三階にある自室から寮の一階にある大浴場に足を進める。そこには男子用と女子用の大浴場が設けられていた。

 

 

「誰もいない、な」

 

 

 風呂場の手前まで来た宏壱は、男子風呂の中の気配を【見聞色の覇気】で探って確認してから暖簾を潜る。ごっそりとSPが削られるが、時間経過で回復するので気にはしない。

 

 男子風呂の右隣には扉があり、そこには赤い布に女と書かれていた。どちらも漢字だ。

 男と青い布に書かれた暖簾と、女と赤い布に書かれた暖簾は女子生徒の手作りだ。

 

 宏壱達がこの世界に来た当初、二つの風呂場には男女の区別がなかった。内装は同じだったのでどっちを使うかは自然と決まったのだが、男子生徒が間違えた、という(てい)で女子風呂に侵入を試みたのだ。

 幸い脱衣所にいた女子生徒は、服を脱ぐ前で肌を見せることはなかった。

 しかし、そういう問題ではない。その男子生徒は殆んどの女子生徒から制裁を受け、深く反省したものの問題は解決していない。

 第二、第三の侵入者が現れることは明白だ。であれば区別できるようにしよう。

 そうして陵子を含んだ女子生徒の殆んどが協力して作られたのが、宏壱の潜った暖簾である。

 

 

「……はぁ」

 

 

 そんなバカバカしい経緯を思い出してか、宏壱は嘆息し――「俺も混ざってバカしたかった」――……どうやらバカ騒ぎに混ざりたかっただけらしい。

 

 そんな呟きを溢しつつ、宏壱は脱衣所で制服を脱ぐ。宏壱の部屋ほどの広さで、壁際には三段式の棚が並んでいる。

 収納スペースには二つの篭が納められている。脱いだ服と着替えを置くスペースだ。

 

 素っ裸になった宏壱は、身体を洗うタオルだけを手に浴場に入る。

 全体的な造りは木造だ。床、壁、天井、全て木板が嵌められている。何処と無く暖かみのある空間になっていた。

 木板は湿気で腐らないように魔法でコーティングされている。

 

 右手には大きな浴槽、左手には縦1m、横60cmほどの大きさの鏡が等間隔で壁に幾つも設置されている。

 

 

「貸しきりだな」

 

 

 満足そうに宏壱は呟き、壁際に設けられている身体を洗う場所に足を進める。

 

 ここにあるお湯は、源泉を掘り当てたとかそういったものではない。魔導機械に水魔法を組み込んだ上質の“魔法石”を組み込んで水を沸かせ、火魔法を組み込んだ“魔法石”で暖めてこの男子風呂と隣の女子風呂の浴槽に流している。

 それらは水道管を伝うのだが、本管から枝分かれするように細い水道管が幾つも伸びていて、壁際に設置されたシャワーに繋がっている。

 

 宏壱が鏡の前の椅子に座り、キュキュッとノズルを回すとシャワーから適温のお湯が出てきた。

 城下町で自分用にと買ったボディソープとシャンプーを手元に置き、準備万端の状態で身体を洗い始めた。

 

 ◇

 

「ふぅ~」

 

 

 身体を洗い終えた宏壱は、浴槽の壁に身を預けお湯に浸かる。

 

 

「魔法の湯ってのは風情がないが、水不足に陥ることはなさそうだよな」

 

 

「便利だな、魔法」そう独り言ちて、宏壱は徐にステータスを眼前に展開した。

 

 

「やっとレベル14か。リーナさんと比較するとまだまだ弱いな」

 

 

 宏壱はリーナのステータスと自分のステータスを思い比べる。

 一度だけ目安として見せてもらったことがあるのだ。

 

 ◇◆◇

 

 Lv137 名前:リーナ・バコフ

 

 年齢:24

 

 種族:魔人族と獣人族のハーフ

 

 HP:2788

 

 MP:1852

 

 SP:2543

 

 STR:1564(+784)

 

 DEF:1898(+1500)

 

 INT:975

 

 AGL:1923(-400)

 

 DEX:1136(-200)

 

 MND:1388(+1000)

 

 LUK:809

 

 ◇◆◇

 

 圧倒的である。

 24歳という若さでこの実力は尋常ではない。冒険者ギルドのランクで言えば、リーナはAAランクの実力に近いのだ。

 単純にSTRの値だけを見れば、リーナは女神の加護が付与された制服の防御力を抜いて勇者を殺せる攻撃力がある。

 当たりどころや力加減で結果は変わるが、リーナが本気で攻撃すればHPを大きく削る結果になることは変わりないだろう。

 

 

「……遠いな。あれでまだ未熟だって言うんだから、この世界の強者はどんだけなんだよって話だ」

 

 

 諦観の念は込められていないが、溜め息を吐きたくなるほどの差だ。ステータスとして歴然とした差が見えてしまうとやる気など出ない……。

 

 

「楽しみだ。俺もリーナさんと同じ場所に立って、直ぐに追い抜いてやる」

 

 

 そんな訳もなく、宏壱は闘気の宿った瞳を爛々と輝かせた。

 

 そうして宏壱は闘気を滾らせながら自分のステータスを確認していく。

 数値は重要ではない。今確認すべきはユニークスキルと称号だ。

 ユニークスキルは、この世界においてただ一つしかないものだ。それはユニーク魔法も同じだが、宏壱の場合少し勝手が違う。

 宏壱はこの世界、ユースでなくてもユニークスキルとユニーク魔法は使えるのだ。しかし、ユニーク魔法は兎も角として、ユニークスキルがユースに適応してしまったため、認識の差を埋めるための確認作業が必要だった。

 称号にも常時発動の効果があるため、それを頭に入れていく。

 

 ◇◆◇

 

 見聞色の覇気……自分を中心に直径1kmの範囲の気配を探れるスキル。一度発動すると10分間効果を持続する。副次効果として、嘘を看破し、ステルス能力を見破れる。不意討ちが効かない。消費SP40。

 

 武装色の覇気……攻防一体を兼ねるスキル。10分間STR、DEF、MNDに+1000が加算される。物理耐性、物理無効化の効果を無視して物理ダメージを与えることができる。触れている物にも効果を付与でき、どんななまくら刀でも名刀に変えられる。消費SP35。

 

 覇王色の覇気……圧倒的な王の素質を持つ者が生まれながらにして持っているスキル。自分よりレベルの低い者を威圧して怯ませることができる。レベル差が10以上開くと強制的に意識を刈り取れる(意志の強い者には効果が弱まる)。レベルが5のため、自分よりレベルが5高い者にも効果を発揮できる。経験値の取得は不可能。消費SP70。

 

 ◇◆◇

 

 この世界には存在しない力だ。

 これを自由に使えるSPがあればリーナに勝つことも不可能ではなくなる。

 

 ◇◆◇

 

 多重転生者……多くの世界で生まれて死にゆく者。死に対しての恐怖心が薄くなる。

 

 赤鬼……鬼のように強い者。味方を鼓舞する。自分に恐怖した者に赤鬼を見せ、戦意を挫く。

 

 不死者……絶対的な死を免れてきた者。HPが100以上の時、一撃死のダメージを受けても必ずHPが1残る。即死系のスキルと魔法を無効化する。30秒に1%HPを回復する。

 

 ハーレム王……多くの女性に慕われた者。女性が敵の場合、全ステータスが10%ダウン。消費SP、消費MPが1.5倍になる。女性に好かれやすくなる。

 

 殺戮王……1億人以上を手に掛けた者。殺しに忌避感がなくなる。混乱、恐怖に陥らない。

 

 勇者……勇気ある者(勇者派遣組合認定証付き)。取得経験値が通常の1.5倍になる。レベルアップ時、ステータス上昇値に上方補正が掛かる。

 

 聖剣を持たない者……聖剣が必要ない者。己の肉体が聖剣だ!

 

 魔剣を持たない者……魔剣が必要ない者。己の肉体が魔剣だ!

 

 アントキラー……アントを100体以上倒した者。アントに対して能力が1.2倍の補正が掛かる。

 

 ◇◆◇

 

 

「無茶苦茶だな。何だハーレム王って。女に対して良いことねぇじゃんかよ……」

 

 

 一通り目を通した宏壱の発言だ。

 げんなりとした言い方だが、声音は納得した風だった。

 

 

「アントキラー。魔物を100体倒すと得られる称号……ってことは他の魔物も100体倒すと、アントキラーみたいな○○キラーってのが称号として手に入って、能力補正が掛かるようになるのか。と言うか100体倒してたんだな」

 

 

 驚きだ。そう呟きながら他の称号に関しても考察に耽っていると、背後の壁を隔てた向こう側から複数の気配を感じた。

 

 

「女子風呂に誰か来たか? まぁ、俺がいるってことは分からないだろうから気にする必要もないか」

 

 

 と言いつつ宏壱は無言になる。

 一人なので言葉を発する必要性などない。そう誰かに言い訳をした。

 

 

『朱津嶺さん、またおっきくなった?』

 

 

 向こうの浴槽からくぐもってはいるが、宏壱にはハッキリと聞こえた。

 ある程度の防音対策が施された男子風呂と女子風呂の間にある壁は、隣の浴槽に声を届かせない。しかし、それも完璧ではない。静かにして、耳を壁に当てて集中すれば、何かを喋っている程度には聞き取れる。

 だが、宏壱の聴力は動物以上の力を発揮する。些細な物音も聞き逃さないように訓練されていた。

 その所為でくぐもってはいるものの、女子風呂の声が聞こえてしまったのだ。

 

 

「これは事故だな、うん」

 

 

 誰かに言い訳をした宏壱は目を閉じて瞑想しだした。

 

 ◇

 

 場面は移って隣の女子風呂。

 女子風呂の内装は男子風呂と対称になるように造られている。

 

 そこには水を弾く玉のような肌を持つ少女達が、湯掛をして浴槽に足を入れていく。

 

 

「えぇ? そうかな?」

 

 

 ふっくらとした胸の膨らみに視線を集中されながくりっとした可愛らしい目を持つ少女、なずなが首を傾げる。

 小柄ながらその胸部は凄まじい破壊力を惜しみなく晒している。

 

 

「世の中平等じゃないわ。私にも分けなさい」

 

「きゃっ!? ちょっ、秋穂ちゃん、揉まないで~っ!」

 

 

 なずなの背後から細身で理知的な雰囲気を発する少女、秋穂がなずなの胸を背後からわし掴む。

 

 

「凄い破壊力ね。この質感、物量……なずなのおっぱいは化け物ね」

 

「もう!」

 

「……あら、残念。逃げられたわ」

 

 

 ぐにぐにとまさぐられて形を変えるなずなの胸に慄く秋穂の隙をつき、なずなは逃げることに成功した。

 なずなは秋穂と距離を取って両腕で身体を抱くようにして胸を隠し、秋穂を警戒する。

 

 

(隠せてないわね)

 

 

 そう秋穂は思ったが口にしなかった。毒舌家で知られている秋穂だが、なずなには妙に優しいのだ。

 

 

「でもホント凄いよね。その身長でその大きさ……あたしが男だったら放っておかないよ? 顔も可愛いしさ」

 

 

 壁に背を預けて言う長身短髪の少女、芝端 彩夏(しばはた あやか)が言う。

 内宮東高校では陸上部に籍を置いている少女だ。日焼けした肌と引き締まった四肢が魅力的な少女だ。

 

 

「もう、この話はおしまい! 一日の疲れをゆっくり取ろうよ、ね?」

 

 

 必死の懇願だ。嫌という訳ではないだろうが、反応に困った風ではある。

 

 

「仕方ないわね。今日のところは止めておきましょう。今日のところは、ね」

 

「明日もダメだよ!」

 

「最初はみんなそう言うのよ。でも、徐々に徐々に、ふふっ」

 

「怖いっ! 今の笑い方すっごく怖いよ!」

 

「仲良いね、二人は」

 

 

 彩夏はきゃいきゃいと燥ぐ(はしゃ)二人を眺めて頬を綻ばせる。

 

 

「だよね~。二人は親友! みたいな感がすんごい出てるよ~」

 

 

 彩夏の隣に座る可奈が同意する。

 今女子風呂にいるのは、なずな、秋穂、彩夏、可奈の4人だけだ。

 

 

「ふぅ~。いい湯ね」

 

「うん、魔法って便利だね」

 

 

 可奈とは逆の彩夏の隣になずな、秋穂の順で座り息を吐く。

 

 

(でも、風情がない。あの人(・・・)ならそう思うんだろうなぁ)

 

「ん? 朱津嶺さんどうしたの?」

 

 

 なずなが物思いに耽っていると、彩夏がそれに気付いて声を掛けた。

 

 

「え? 何でもないよ」

 

「うっそだぁ。私見たよ、朱津嶺さんが遠い目をして、ふぅって息吐くの!」

 

 

 誤魔化そうとするなずなに可奈がチャチャを入れる。

 

 

「あ、もしかして大鷲のこと考えてた?」

 

「勇気くん? どうしてここで勇気くんの名前が?」

 

「「えっ?」」

 

 

 彩夏の口から勇気の名前が出て意味が分からないなずなは首を傾げる。

 

 

「えっと? 朱津嶺さんって大鷲君と付き合ってるんじゃないの?」

 

「え? えぇっ!? ち、違うよっ! 友達! ただの友達だから!」

 

 

 可奈の思わぬ言葉に手を振って慌てるなずな。

 

 

「え? それってガセネタでしょ? 確か大鷲が朱津嶺さんと抱き合ってる姿を見たとかって話で広がったけど、実際は転び掛けた朱津嶺さんを大鷲が受け止めたってだけだったとか?」

 

「それで間違いないわ。私もその場にいて見ていたもの」

 

 

 少し前、ユースに来る前にあった噂話を傍にいた目撃者からの証言で事実確認が取れた。目撃者とは秋穂のことだが。

 

 

「でも意外だなぁ、付き合ってはないにしても気くらいはあると思ったんだけど……」

 

「それはあたしも思う。すごく仲良さそうだけど」

 

「大鷲君にはその気はあるみたいよ。だけどなずなは……」

 

 

 3人の視線がなずなに集中する。

 

 

「……」

 

 

 当の本人はぽーっと天井を眺め、物思いに耽っている。

 

 

「でも、朱津嶺さん絶対好きな男子いるよね」

 

「……ほえ?」

 

「なずなには好きな男子がいるって話よ」

 

 

 可奈がなずなの名前を出すと、遠くへ行っていたなずなの意識が戻ってくる。

 間の抜けたなずなの声に秋穂は端的に説明をした。

 

 

「えぇっ!? 何でそんな話にっ!」

 

「話の流れね」

 

 

 二人はまたきゃいきゃいと燥ぎ始める。

 

 

「ホント仲良いよね」

 

「うん、日頃の疲れをこうして抜けるんなら良いことだよ」

 

「私も誠也とイチャイチャしたいなぁ」

 

「彼氏がいる人は良いよね。あたしなんて陸上一筋だったし」

 

 

 彩夏は、んっ、と両手両足を前に伸ばす。

 言葉とは裏腹に特に羨むような声音は含まれていない。

 

 

「でも、大鷲君じゃなかったら誰?」

 

「え? えっと、それは……」

 

 

 可奈がなずなに聞くと、迷う素振りを見せた。これでは好きな男の子がいると公言したも同然だ。

 

 

「大丈夫だって、私達は誰にも言わないよ」

 

 

 念を押す可奈の言葉に彩夏もこくこくと頷く。

 勇者と言われて訓練を積んでも彼女らは華の女子高生だ。恋愛話には興味がある。それは陸上一筋と自分で言っていた彩夏も同じだった。

 

 

「山口君、でしょ?」

 

「はぁ?」

 

「えぇ? 山口? それはちょっと……」

 

 

 秋穂の確信を持った言葉に怪訝な表情を浮かべる可奈。可奈ほど露骨ではないものの、彩夏も難色を示す。

 二人からすれば宏壱相手というのは少し許容できるものではないようだ。当然、なずなが二人の許可を必要とする意味はないのだが。

 

 

「な、何でそこで山口君なのっ?」

 

「何時も目で追っているじゃない。隠しているようだけど、私には分かるわ」

 

「そんなこと、ない、よ」

 

 

 秋穂の指摘になずなの声が尻窄みになる。図星だった。だが、なずなとしては認められないのか……。

 

 

「わたしに、彼を好きになる資格、ないもん」

 

 

 と暗く沈んだ声でぽそっと呟いた。

 秋穂、彩夏、可奈はそんななずなを見て目を見開く。

 

 朱津嶺 なずなと言えば、クラスのアイドルで皆に明るく笑顔を与え、場の雰囲気を和やかにする存在だった。

 

 だが、今の彼女に明るさはなく、どんよりとした濃紺の闇を背負っていた。

 高校入学時からの付き合いである秋穂でさえも見たことがないなずなの一面だった。

 

 

「「「……」」」

 

 

 この話題は地雷だ。そう視線で認識を共有した3人は話題を逸らすことにした。

 

 

「そ、そういえば皆の今のレベルは? あ、あたしは今日でレベル36になったんだけど……」

 

 

 彩夏が率先して話題転換を図る。目が泳ぎ、言葉に詰まり、唐突すぎるレベルの話題。ヘタクソとしか言えないが、秋穂と可奈も彩夏の話題に乗っかるしかなかった。

 

 

「わ、私は34だよ。今日はスキル修得で1日費やしたから変動してない」

 

「私は40ね。魔法、便利だわ。一気に殲滅できるもの(これは山口君を問い質した方が良いかしら? だけど、微妙ね。なずな自身が山口君に負い目があるように感じるわ。下手に突ついて拗らせたらなずなのためにならないし……放置ね)」

 

 

 会話に加わりつつ秋穂は思考するが、面倒になったのか、思考を放棄した。

 ただ、背景事情が分からないことにはどうにもならないことも事実である。

 

 

「40っ!? た、高いね」

 

「大鷲君は48よ。宮原先生も43だと聞いたし……他にも私より高い人はいるんじゃないかしら」

 

「そうなんだ。……じゃ、じゃあ、朱津嶺さんは?」

 

 

 ここで満を持してなずなの登場だ。問い掛ける彩夏の声が上擦っているとかは気にしてはいけない。

 

 

「わたしは44だよ」

 

 

 秋穂達のお陰か、なずなの暗い雰囲気は取り払われていた。

 

 ◇

 

「はぁ、ダメだなわたし」

 

 

 秋穂、彩夏、可奈と裸の付き合いをしてお風呂から上がったなずなは自室のベッドに腰掛ける。

 内装はどの部屋も似たようなもので、宏壱の部屋と変わりはない。しかし、城下町で買ったぬいぐるみやクッション、小さな丸テーブルなどが置かれていた。

 

 なずなの表情は少し暗い。秋穂達の気遣いに空元気で対応したものの、独りになったとたん()り返したようだ。

 

 

「ふぅ」

 

 

 何度目かの溜め息。なずなはお風呂を上がってからずっとこんな調子だ。枕元に置かれた目付きの悪い鬼のようなぬいぐるみを胸に抱き締める。

 これはなずなの手作りだった。材料を買い集め、半日掛けて仕上げたのだ。

 

 

「こーちゃん、わたしどうしたら良いんだろ」

 

 

 こーちゃんとはぬいぐるみの名前だ。

 なずなは独りになると、こーちゃんに話し掛ける癖があった。

 

 

「……自分から動かないとダメ、だよね。わたしが手放したモノをもう一度」

 

 

 ギュッと握り拳を作った。決意のこもった声は震えていた。




――キャラクター紹介――

芝端 彩夏(しばはた あやか)

身長:171cm

体重:45kg

B:84 W:57 H:76

陸上一筋の小麦色美人。得意種目は短距離走。明るく快活で誰とでも仲良くなれる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。