ナザリックに異変が起こり異世界に飛ばされ三日がたった、たった三日であるがモモンガは疲れ果ててた・・・なぜなら。
「私は少しサイファーさんの部屋に行き、分担している作業の確認に向かう」
「了解致しました、すぐに近衛に準備をさせます」
本日の付き人兼メイドのナーベラル・ガンマが当然の如く答えを返すが・・・
(すぐ近くの部屋に行くだけで近衛兵がついてくるなんて、ホントに勘弁してほしいよ)
最初は頃は苦痛は感じなかった、むしろ誇らしく、誰かに自慢したい気持ちのほうが強かったが配下を連れ歩く時はナザリックの主人としての演技をしなければならず、もともと一般人だったモモンガは段々と億劫になってきたのだ。
歩けば会う者全てが深々と頭を下げるし、食事には必ずメイドが側に控えているため
一人の時間が取れないのである
(サイファーさんはその辺どうしてるんだろう、昨日の夕食のあと別れたっきり、今日はまだ会ってないや)
モモンガは今はいない友を思う。
昨日の夕食時、一緒に行動するより別れて確認作業を行ったほうが効率が良いとモモンガが提案しサイファーがそれを了承したため、モモンガがアルベドと組織運営の調整と装備品の確認、サイファーが自身のスキル及びアイテムの効果確認をすることになっているが、一人で支配者のふりをすることに正直精神的な疲労が溜まっている。
「いや、二人で極秘に行いたいことがある。共は許さぬ」
早い話、疲れたからリフレッシュに誘うつもりである。
「畏まりました。いってらっしゃいませ、モモンガさま」
僅かな沈黙が訪れたがナーベラルは頭を下げ了解の意を示した、その姿にすこし良心が傷んだ気がするが
それは、それ。
モモンガは久しぶりの休憩を楽しむため部屋をあとにした。
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「確かここだったよな?」
モモンガはゲーム時代一度も訪れた事のないサイファーの自室前までやってきた、一度も来たことがないのは、サイファーが部屋に招かなかった事もあるが、彼があまり部屋に愛着を持たず、ほとんど別の場所で過ごすことが多かったためである。
そんな訳で、昔からほとんど使ってない自室だが、ナザリックが現実になった事もありこの部屋で寝泊りしたり、アイテムの確認作業を行っているはずだ
「サイファーさん、今、大丈夫ですか?」
扉を数度ノックしたらすぐに扉が開いた・・・もちろん開いたのはサイファーの当番メイド、シズ・デルタであった。
モモンガであることを確認したシズは姿勢を正し深く頭を下げた
「・・・いらっしゃいませ、モモンガ様、本日はどの様な御用件でしょうか」
「うむ、サイファーさんに極秘で話があるのだが、呼んできてはくれまいか?」
このやり取りが終われば自由が待っているそんな面持ちで話を進めたがシズから予想外の答えが帰ってきた
「・・・サイファー様はスパリゾートに御入浴に向かわれました、・・・あとモモンガ様が来たら渡す様にと手紙を預かってます」
シズの答えに半ば思考を放棄し手紙を受け取るモモンガ、精神作用無効は働かないがジワジワとサイファーに対する不満が沸いてきた。
(手紙なんか書かないで『伝言/メッセージ』の魔法を使用したらいいのに、何考えてるんだ)
下らない内容なら少し文句を言ってやろう、そんな気持ちで手紙を読み始めた。
『拝啓、モモンガさま、連絡もなしにお風呂に行ってしまって、申し訳ありません。
しかし、この手紙を読んでいるなら、貴方もすぐにお風呂に来てください、ここに来て早や三日、俺は二つの重大な事に気づきました。
まず1つ、お風呂に入らなかったり、歯磨きをしないとゲームの時と違って身体や服は汚れて臭くなります。
2つ目、これが一番大事な事です、自分ら付きのメイド、いや、ここのNPC全員、俺らがどんなに臭くても、問題ありませんって、真顔で言ってくるぞ、もう一度言うぞ、どんなに臭くても、問題ありませんって、真顔で言ってくるぞ、恐らく忠誠心が高すぎてどんな体臭でも素晴らしい、と考えているかもしれんぞ、モモンガさんも骸骨だからといって油断はしないほうがいいぞ、指輪で食事可能になってから歯は磨いているか?、骨だから老廃物はでないとか思っていてもホントは骨臭いかもしれないぞ、だから早くお風呂にこい』
(なん・・だと)
俺が実は臭い、アンデッドだから汗も掻かないし、老廃物も無いから垢すらない・・・確かにアンデッドだからって、歯は洗って無かったが・・・まさかな・・・精神的動揺がピークに達し精神安定効果が発動し、不安を拭うように近くで待機しているシズに声を掛けた。
「シズよ、私から何か嫌な臭いはするか?」
少し怖いが単刀直入に聞いてみた、手紙の内容が嘘であってほしいが・・・
「・・・いいえ、特に問題はありません、モモンガ様はどんな匂いでも素晴らしいです」
「ありがとう、シズ、業務に戻るがよい」
手紙に書いていたとおりに返答したシズを部屋に戻し、モモンガは扉が閉まるのを確認次第風呂に転移した。
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「モモンガさん、黙って風呂にいったのは悪かったですって、そろそろ機嫌を直してくださいよ、こっちは肉体がある分ヤバかったんですから」
目の前を無言で歩く漆黒の全身鎧に深紅のマント姿のモモンガにサイファーは言い訳を続けた。
「ホントなんです、口臭なんてヘドロみたかったし、身体もベタベタで、これはヤバいって思ったんですから」
サイファーも何時もの紺色のローブではなく朱黒いクロースを身に纏い、フードを目深く被り左右の角は予め開けられた穴から出していた。
必死に言い訳や謝罪の言葉を口にし後ろを付いてくる友にモモンガはため息をついて立ち止まった。
「次からは些細な事でもゲームとの差異が分かったら連絡すると約束できますか?」
「もちろん約束できます、こっちに来てからハメを外し過ぎました、社会人として、ホウ、レン、ソウは必ず致します」
必死に頭を下げ謝罪する友に大人げない対応を取ってしまったと内心後悔しつつ謝罪を受け入れ、話題を変える事にした。
「色々とありましたけど、俺の我が儘に付き合ってくれて、ありがとうございます」
「ああ、気分転換に外に出たいってやつですね、やることが多くて三日も仕事、食事、睡眠の繰り返しであんまりリアルと変わらない働きっぷりでしたもんね・・・まぁ、豪華な食事に最高級のベッドで睡眠がある分ましでしたけどね」
「へー、ベッドもゲームと違ってるんですね」
不思議そうに尋ねるモモンガにサイファーは歩みを止めた。
「どうやらモモンガの旦那は俺と違って不眠不休で働いている御様子で・・・睡眠も必要な身体に調整をしましょうか?」
何気ないモモンガのセリフの違和感に気づいたサイファーは右手に装備している指輪をモモンガに見せながら詰め寄った。
「いやいや、こんなことに超レアアイテムを使わなくても、それに効果はあと1回しかないんですから、こんな個人的な事に使わずに温存しましょうよ」
サイファーの言葉に両手を振りながら否定するモモンガ、自分もこの指輪を課金ガチャで当てるためボーナスを全額突っ込んだ過去があり、サイファーも少なくない金額を投資した筈である、そんな色んな意味で曰くつきのアイテムをポンポン使おうとする友を制止しようとしたが当の本人は少し真面目な顔で言葉を発した。
「何言ってるんですか、モモンガさんは俺がゲームから離れている間もナザリック地下大墳墓を維持してくれたし、連絡もあまりしなかった俺をギルドから強制脱退にもせず、サービス最終日に集まらないかと声まで掛けてくれたんですよ、3つの願い全て貴方に使っても惜しくはないですよ」
一回目は不発で無駄になっちゃいましたけどね、と締めくくりおどけた顔でポーズまで決めてみせた友の言葉に流れずはずのない涙が溢れてきた感覚に襲われたが、すぐに精神安定効果がその感情を抑制したがそれでも溢れる感情は止まらなかった。
「モモンガさん、何、ぼ~と突っ立ってるんですか? 早く転移して1階層に行きましょうよ、あんまり長い事此処にいたらいくら変装してもばれますよ」
人がせっかく、今までの孤独は無駄ではなかったと感動していたのに、当の本人はもう先に進んでいた
「・・・まったく、お礼を言うタイミングを逃してしまったな、あの人の行動は昔から読みにくいな」
先に進んだ友人を追いかけるようにモモンガも歩き始めた。
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二人でこっそり外の景色を見に行く計画はあと一歩の処で失敗に終わった、なぜなら指輪の力で転移できる最も地表に違い場所である第一階層の中央霊園に第七階層守護者デミウルゴスとその親衛隊たるモンスターが配置されていたからである。
「それで、モモンガ様、サイファー様、近衛を連れずにここにいらっしゃるとは一体何事でしょうか?それにその御召し物」
デミウルゴスに一発で見破られたじろぐ二人だったがサイファーが先に口を開いた
「モモンガさんが二人で行こうと俺を誘ったんです」
さっき良い事を言ってモモンガを感動させた友はいなかった、まさかの裏切だ
「モモンガ様がサイファー様を?」
不味い、横にいる悪魔は目の前の悪魔に俺を売りやがった、なにかこの行動に意味があるようにしなければ
「私がサイファーさんと二人でこのような恰好で内密に行動している訳はお前なら分かるだろう」
考えてもデミウルゴスを納得させる答えはでそうにないから当の本人に考えてもらおう。
「なるほど・・・そういうことですか」
「え、何が?」
せっかくデミウルゴスが納得できそうなのに横の悪魔はそんな声をあげた
「サイファーさん声が漏れてますよ」
モモンガは少し驚きながらサイファーに視線をむけた、サイファーはあっけらかんと答えた。
「まぁ、聞こえて無いからいいじゃない、ばれたからには絶対ついて来ますよ」
「・・・そうですよね」
少し沈んでいるモモンガは一先ず置いといて・・・
「そんなにモモンガさんが心配なら、デミウルゴス、ついてくる?」
「よろしいのでしょうか」
「もう、ばれちゃったしね・・・良いですよねモモンガさん」
「仕方が無い、お前一人なら共を許そう」
モモンガはそれだけ言うと再び歩き始め、デミウルゴスは優雅に笑い頭を下げ先に進む二人の後に続いた。
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「凄いな・・・これがこの世界の夜空か・・・」
サイファーは只々感動していた、綺麗で新鮮な空気、眩いほど輝く星空、自分が生きてきた世界とはまるで違う美しい世界・・・いや、自分たちの世界も昔は綺麗だったと教科書には載っていたが、生まれた時から汚れた世界に住んでいたサイファーは興味もなかったし、ブルー・プラネットの語ったウンチクも話半分だったが・・・
「すいませんブルー・プラネットさん、貴方の話はあんまり好きじゃなかったけど・・・今はいくらでも聞きたいです」
だって、夜空がこんなにも輝いているから・・・ほら、モモンガさんだって我慢できずに『飛行/フライ』の魔法で飛んで行ってし・・・俺らを置いてね。
共をしていたデミウルゴスは飛んで行ったモモンガか、残っているサイファー、どちらに付いていくか迷っている
「俺は此処で夜空を眺めているからモモンガさんに付いて行ってよ」
そう言って、その場に寝ころんだ
「しかし、サイファー様を御1人にはできません・・・」
「いいから、早くいきなよ、一番大事な人はモモンガさんだ・・・俺じゃない」
そうだ、ギルドの事を一番に思っている人が一番大事にされるべきだ。
「・・・わかりました、しかしサイファー様も私達にとって忠義を尽くすべき御方であり、どちらか選べるものではありません」
デミウルゴスは複雑な表情であったがサイファーは笑いながら空を指さした
「わかっているよ、ただ優先順位は考えていてね、でないと今みたいに置いて行かれるよ」
その言葉に何かを悟ったデミウルゴスは一人呟いた。
「モモンガ様はそこまで考えて一人だけ共をお許しになられたのですね、分かりました、では後程」
デミウルゴスは半悪魔形態になり、自らの翼でモモンガを追いかけていった。
「さてと、一人になれたことだし・・・今日はこの星空に包まれて寝ますか・・・」
この世界に来て2度目のネオチを決め込むサイファー、星空に酔いしれ世界征服を宣言した・・・らしいモモンガ・・・
余談だがサイファーが眠り始めて30分も経たずに大地がうねる音と振動に目が覚め、守護者統括の歓喜の雄たけびが響きわたったため、しぶしぶ自室に帰って行った。