オーバーロード~悪魔王の帰還~   作:hi・mazin

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四十一話目 カルネ村レポート ~後編~

 

 

 

 

 

「あうー、疲れた」

 

エンリは持っていた小さな黒板を机の上に投げ出し、ぐったりと体を預けると頭をコツンと杖の先端で小突かれ、かすかな笑い声が聞こえる。

声の聞こえる方に顔だけ動かすとそこにはンフィーリアの笑顔と先ほどエンリの頭を小突いたアルシェの顔がそこにはあった

 

「・・・まだ授業は終わってない、しゃきっとする」

 

「アルシェさん、もう疲れたよ~。頭を使うのは苦手なんだから・・・ンフィーも笑ってないで何か言ってよ」

 

「ははは、ごめんごめん。でも、アルシェさんの言う通り、まだ授業は終わってないよエンリ」

 

「ううー、なんでこんなに文字ってあるのよぉ。私を苦しめるために誰かが考えたんだぁ・・・」

 

「そんなこと言わないで。自分の名前はちゃんと書けるようになったじゃないか。それにネムちゃんのも」

 

「う~、それは少し嬉しかったけど・・・もうこれだけ出来れば良いんじゃないのかなー」

 

「残念だけど、まだ基礎の基礎。最低でもこの教科書は終わらせたい」

 

アルシェが取り出した少し使い古された分厚い本を見せられ、エンリは信じられないものを見た人間に相応しい表情を浮かべ、その顔を見たンフィーリアは助け舟をだす気持ちでエンリを慰め始める

 

「あー。そんな顔をしないでよエンリ。アルシェさんが貸してくれてる教科書は帝国産のすごく質の良いものなんだよ、だからちゃんと出来ればすごく君の力になるよ。だからここが頑張りどころだとも言えるね、うん」

 

「・・・うー」

 

勉強疲れのためか覇気のない返事がエンリより漏れ出してくる

 

「エンリもだいぶ疲れているみたいだし、アルシェさん」

 

「・・・わかった。エンリ、今日はもう終わりにしましょう」

 

二人が顔を見合わせ授業の終了を決めると、待ってましたとばかりにエンリは立ち上がる。

 

「それが良いよ! 明日も早いしね!さっすがンフィー」

 

「やっぱりまだまだ余力があるみたいだから、もう一ページ追加する?」

 

ひぃーと悲鳴を上げながらアルシェに泣きつくエンリの姿をンフィーリアは苦笑いを浮かべつつ黒板に書かれたミミズがのたくったような文字を消していく

 

「二人とも、ネムちゃんが起きちゃうからその辺にしといたほうがいいよ。それじゃ、ゆっくり休んでね。明日は僕一人だけだけど同じ時間から勉強を始めるからね」

 

「実験をする時間を私に割いてくれるのは凄く嬉しいの。でも全然感謝出来ない・・・」

 

「うん、うん。そういうものだよね。生徒に感謝されるよりは恨まれる方が良い教師だと聞いたことがあるよ」

 

「私も聞いたことがある・・・気がする」

 

「嘘よ!絶対に嘘、それ!」

 

「あははは。さぁ、それじゃお暇しないとね。お休みエンリ」

 

「うん、ンフィーもお休み。帰って実験とかしないで寝たほうが良いよ。アルシェさんも妹さんのことがあるのにこんな時間までありがとう」

 

「大丈夫。ありがとうエンリ。それじゃお休み」

 

エンリに挨拶をしてアルシェはンフィーリアと共に玄関から外に出て魔法の明かりを灯し家に向かって歩き始める

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠りについてどれだけの時間が経過しただろうか、遠くから聞こえる鐘の音にアルシェは眠りから覚醒する

三連打の鐘が鳴り少し間を置いてから繰り返される鐘の三連打、訓練の時に何度も聞いた緊急非常事態の合図だ

その音の意味を理解しアルシェは眠りから覚醒し、ベッドの脇に収納しているワーカー時の装備品に着替え今だ完全に覚醒していない二人の妹に声をかける

 

「クーデリカ、ウレイリカ、起きなさい。非常事態警報が鳴っている、急いで避難の準備をして」

 

「「うん」」

 

二人の返事には怯えがあるが、日ごろの訓練と大好きな姉が傍にいる安心感からその行動はスムーズに行え、アルシェは二人の手を避難場所である集会所に向け走り出す

 

 

 

「クーデリカ、ウレイリカ。二人とも日頃の訓練と同じようにちゃんと良い子で隠れているのよ、私も問題が解決したらすぐに戻ってくるからね」

 

集会所の近くまで来るとアルシェは二人で向かうように声を掛けるが妹たちはいつもとは違う村全体がひり付いた空気に怯えアルシェの手を離そうとはしなかった

 

「大丈夫。帝都にいた時と同じよ、すぐに終わらせて帰ってくるから、そんなに怖がらないで・・・ね」

 

二人の妹たちと同じ目線まで身を低くし優しく語り掛けると二人は涙目になるも泣く事はなく、小さく返事をすると意を決したように二人で手をつないで集会所に向けて走り出していく

そんな二人を見送りながらアルシェもその後ろをついていきたい気持ちに駆られる。せめて妹たちが無事に集会所まで駆け込むまではと。

しかしアルシェの頭の中で悪魔王の使いの声が何度も再生される・・・責務を果たせ・・・と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルシェが正門に到着するとそこには真新しい装備で身を固めるゴブリン達に凶悪な棍棒を握りしめているオーガ達にアーグと彼の部族の構成員が二人、そして幾度となく苦しい依頼をこなしてきた信頼できるワーカーの仲間たちの姿があった

 

「ごめんなさい、少し遅れた」

 

「大丈夫ですよアルシェ、みんな今しがたそろった所ですから」

 

「もし気にしているんなら、その分しっかり働いてもらうからね」

 

「おいおい、お前ら少しは緊張感を持てよ、今は非常事態なんだぜ」

 

懐かしい軽口がアルシェに向けられるが元ワーカーである、ヘッケラン、ロバーディック、イミーナらに油断も隙も見当たらず常に周りを警戒している

 

「これで全員か? リイジーさんは遅れてくるのか?」

 

「いや、おばあちゃんはここには来ない。集会所の方に行ってもらったよ。あっちも大切だからね」

 

「自警団のメンバーからも何人か集会所の警備に回ってもらったから、そっちの方は今は大丈夫だろう。で、ジュゲムさんよ、敵の数は分かるのか?」

 

ヘッケランの言葉に場の緊張感が高まり、その場にいた誰かだ唾を飲み込むのと同じタイミングでジュゲムが答える

 

「ヘッケランさんよ。相手は森の中だ。正確な数字は分からねぇ。それを頭に入れた上で聞いてくれよ? ・・・オーガが7匹、ジャイアント・スネークが数匹、魔狼が数匹、悪霊犬らしき影、あと後方に巨大な何かがいるらしい」

 

「ヴァルグや蛇がオーガと一緒に行動している? ・・・森司祭が後方にいやがるな」

 

「可能性は高いね。魔法詠唱者がいるとなると非常に厄介だ。相手も遠距離攻撃の手段を持っているという事だからね。アルシェさん、もし森司祭がいたら対処をお願いします」

 

「分かった」

 

「おい、作戦は侵入者対策二番で良いんだな。最初は弓で遠距離攻撃を仕掛け、敵が接近してきたらバリケードの後ろからの槍攻撃、とにかく敵を狙わないで構わないから突く」

 

「ああ、そいつで頼む。ヴァルグや悪霊犬は俊敏だ。奴らを自由にさせると被害が拡大するからそいつらは優先的に狙ってくれ。それと森司祭がいた場合はヘッケランさん達に任せても大丈夫か?」

 

「へへ、誰にモノ言ってんだ。それくらいは対処してやるさ」

 

「なに調子の良いこと言ってんだか、あんた一人じゃ遠距離から魔法を食らっておしまいよ」

 

「イミーナの言う通りですよ、あなた一人ではなく我々で対処しましょう」

 

「と、ところでたくさん攻めてきたということは、それなりの手数を揃えることが出来る存在、もしかして東の巨人や西の魔蛇の可能性もあるのか」

 

あ、逃げた、とアルシェの声が小さく漏れたがヘッケランは構わずジュゲムに顔を向けると小声で肯定してきた

小声という事はアーグがモンスターを引き寄せてきたという懸念を周りの者に聞かれないための配慮であろう

 

「西の魔蛇は何か得体のしれない魔法を使うんだろ、厄介だな」

 

ヘッケランのぼやきにアルシェから同意の言葉があがる

 

「モンスターが種族的に使う魔法は十種類もないくらい、しかし習得していくタイプのモンスターは魔法の多様性に富むから非常に厄介」

 

「ンフィーやアルシェさんも魔法が使えるのは嬉しいんだけど、魔法って敵が使うとイカサマ臭いよね」

 

エンリが不満げに言うと、村人から苦笑が漏れた

 

「・・・ゴウン様には内緒だよ?」

 

続けての言葉に村人から笑みがこぼれ、周りの緊張感も多少和らいでいき丁度良いと思われる雰囲気まで落ち着いてきたと思われる

 

「自警団の人たちは安心してくだせぇ。遠距離から弓を射てくれりゃあいいんですよ。前衛は俺たちが引き受けますし、いざという時は団長たちが何とかしてくれますさ」

 

こうしている間にも村に向けて魔物の一団は刻々と近づいてきつつあった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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以前帝国の兵士に扮するスレイン法国の兵士に襲われた時とは違い、アインズ・ウール・ゴウンに提供されたゴーレムによって要塞化したカルネ村は以前とは比べようもないほど強固になっていた

それに加え、練度は低いが弓を使える村民による壁越しに山なりに矢を放たせモンスターを撃破していく

しかし、それだけではすべてのモンスターは倒しきれず、村を守る扉に攻撃が集中し扉の片側が破壊されモンスターの侵入を許してしまう

 

「くく、能無しのあんぽんたんども、必殺の陣形にようこそ」

 

もちろん門が壊されるのは想定内であり、わざと破壊されやすい扉を準備しておき相手の侵入を抑制するのが目的だ

 

「狙い通り『電撃/ライトニング』」

 

片方のみ開いた扉からオーガ達が侵入してきたところに電撃の魔法が数体の体を貫き肉の焦げた匂いが立ち込め、敵の動きが鈍ると相手より装備が若干良く補助魔法をうけた味方のオーガが優位に立って殴りつけ、それを自警団が槍で支援し、ンフィーリアより渡された錬金術アイテムが乱戦の間に乱れ飛び戦場をさらに優位にしていく

 

相手には魔法詠唱者はどうやらいないらしく、まだ予備戦力に余裕があり勝利は間違いないと思われた。だが

 

「なんだありゃ!? トロール・・・なのか?」

 

勝利が目前まで迫った戦場にオーガと見た目は違うが、同じくらいの大きさを持つ巨人が奇妙なぎくしゃくとした動きで迫ってきている。その手には異様な雰囲気を発する巨大な大剣が握られていた

 

「ボスってところか? まさか、あれが東の巨人?」

 

こちらに近づいて来る巨人はその名に相応しいだけの雰囲気に迫力がある、一度見た大魔獣と同格というのも頷けるプレッシャーを放っている

 

トロール一体だけでも総力戦で挑まなくてはいけないほどの力の差がある、まして東の巨人とまで言われるあいつはどれほど厄介な存在かは言うまでもない

迫りくる巨人を前にしてジュゲムは考える。勝算がないのならエンリを連れて逃げるのが得策ではないのか、嫌がるだろうが自分達ゴブリンにとっての一番の優先順位はエンリの安全なのだから

 

「いや、最善じゃねえな。最悪の手であり、最後の手段だ」

 

ジュゲムは吐き捨てるように周りの味方に号令を掛ける

 

「お前ら! これから俺らは死ぬぞ。 後ろに下がるとか甘ったれた考えは捨てろ! 俺たちの雄姿をこの場にいる全員に焼き付けさせろや!!」

 

号令を受けたゴブリン達からは戦意に満ちた咆哮が上がり、一瞬だけその場にいた敵味方関係なく動きを止めたが

ジュゲムの前に動きを止めなかった4人が飛び出してきた

 

「勇んでるとこ悪いんだけど、東の巨人は俺たちが討たせてもらうぜ」

 

「お、おまえら・・・」

 

「まったく。カッコつけるのは良いんだけど、私らのこと忘れてたでしょ?」

 

「ええ、全くです。ジュゲムさんは私たちが抜けた穴を受け持ってください。ブリタさんだけでは少々心もとないので」

 

「・・・村を守るのは私たちの使命。必ず果たして見せる・・・」

 

「チッ、せっかく覚悟を決めたってのにしまらねぇなぁ。お前ら。前言撤回だ後方に引くぞ! 団長さんたちが抜けた穴をふさぐぞ!」

 

ジュゲムの号令を受けたゴブリン達は後方に下がり戦場には東の巨人と言われるトロールと4人の人間のみが残された

 

「行くぞ!! 俺たち『フォーサイト』がいまだ健在だということを見せつけてやるぞぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エンリとネム、そしてンフィーリアがナザリック地下大墳墓に招待されていったのを何とか笑顔で見送った後、アルシェの家にエルダーリッチの二体が大きな荷物を抱えながら現れフォーサイド全員を集めろと言ってきたので言われるまま全員を自宅に集めるとエルダーリッチ達は話を始めた

 

「本日はお日柄もよく皆様と再び顔を合わせられたことを喜ばしいと思います」

 

「あなた方の活躍には悪魔王様も大変お喜びになられており、ささやかながらお食事のご用意をさせていただきました」

 

これがささやかな食事? そう思わずにはいられないほどの豪華な食事に酒類が大きなテーブルの上に所狭しと並べられていた

 

「おお・・・マジかよ。こんなん帝都でも食ったことがねえよ」

 

「てか、量が多すぎよ、四人だけじゃ食べきれそうにないね」

 

「ははは、ご安心ください。悪魔王様より食事を保存できる魔法アイテムをお貸し頂いておりますので、食べきれない分はお持ち帰り下さって結構ですよ」

 

「あの、私たちだけじゃなんなので妹たちも呼んできてもよろしいですか?」

 

「どうぞ。我々の用事は済みましたのでもう帰りますので、後のことお好きになさってください」

 

「左様、そうそうアルシェ殿。今回もまた悪魔王様よりお荷物をお預かりしておりますので後で確認しておいてください」」

 

「はい、いつもありがとうございます」

 

言うことが済んだとばかりにエルダーリッチ達は転移のスクロールを発動させ帰っていき『フォーサイト』の四人のみが残された

 

 

「おっしゃ~!! こんなご馳走にありつけるなんて超ラッキーだぜ。おい、イミーナ、そこのワインから入れてくれよ!」

 

「ああ、もう! 私が作った食事の時はこんなに喜ばない癖に、はしゃぐなみっともない! 」

 

「まぁまぁイミーナ。生きてまた皆と食事ができるのですから今日くらいは良いではありませんか。アルシェ、ここは私が収めますから、あなたは妹さんたちを連れてきてやってください」

 

「わかった。ありがとうロバー」

 

豪華な食事を前にぎゃーぎゃー言いあうヘッケランとイミーナ、その間に入り場を収めようとするロバーディック

昔見た懐かしい光景に自然と笑顔になり、今この場にいることに感謝をしながらアルシェは妹たちを呼びに奥の部屋に向かうのであった

願わくばこの幸せがいつまでも続きますように・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそんな幸せな気分も皆が帰った後悪魔王より新たに授かったモノを見て一気に憂鬱なものへと変わってしまった

 

「・・・あの御方の考えていることがわからない・・・これは私を試しているの!?」

 

ちゃんとお世話をすると金の卵を産むというガチョウの鳴き声が静かな家によく響いた・・・

 

 

 





悪魔王サイファー、度重なるダメ出しに「そうだ。俺の選んだものが売れないのなら直接お金になるものを渡してあげよう」という思考停止に陥った模様

相談しようよ・・・頼りになる人は沢山いるはずでしょう・・・

金の卵を産むガチョウ。元ネタは有名な童話『ジャックと豆の木』
金は殻だけなので中身はおいしく食べられます

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