「舐めるなよ モモン!」
およそ戦闘向きとは思えぬ大鎌を振り回し目の前の漆黒の戦士に何度も打ち付けるが、まるで動きが読めているかのように大鎌の一撃を回避し打ち払う。
「次は右!」
漆黒の戦士が言う通り悪魔の振るう大鎌が右より襲いかかってくる。その一撃を身を低くして回避したモモンは大鎌を振り切った事により動きが硬直している悪魔の腹部に剣で突きを放つ。
「ぐぅ!」
無防備な腹部に剣が突き刺さるが、それと同時にモモンは腹部にダメージを負いその場より後退し態勢を整える。
「カウンター特化か。相手にするとこれほど厄介とはな」
幸いダメージは軽微なもので戦闘には何も問題はない、しかしそれは相手も同じらしく何事もなかったように再び大鎌を振り上げ飛び掛かってきた。
その斬撃を受け、縺れ合うように一軒の家に飛び込む。扉は盟主を押し付けた際に壊れ木片があたりに散らばっている。
盟主は大鎌をその辺に投げ捨て服についた埃をはたき始め、漆黒の戦士は盟主を無視し奥の部屋に入っていく、そこには小さいテーブルに椅子が二つ、そして変装を解いたデミウルゴス、アルベド、そしてマーレの三人がいた。
マーレが椅子を引き、そこに漆黒の戦士、いや、アインズが座ると盟主、ではなくサイファーが不満を漏らしながら入室する。
「ちょっとアインズさん、乱暴に扉に押し付けるから服が汚れたじゃないですか」
「すみませんサイファーさん。しかし勝負の最中にそんな事気にしてられませんよ」
「ま、それもそうか」
そう言うとサイファーも用意された椅子に腰かけアインズに向き合う。
「勝負と言えばアインズさん、なんで俺の攻撃が予測できたんです? それも特訓の成果ってやつです」
「いや、そうではありませんよ。ただサイファーさんの攻撃パターンがユグドラシルの大鎌の通常攻撃パターンそのままだったので予想しやすかったんですよ」
「そうだったのか……いや、自分の中ではかなり複雑に動いていたつもりだったんですが、まさか手玉に取られていたとは」
「いや、もともと大鎌の攻撃モーションは攻撃範囲が広い分隙が大きいですから。それに大鎌は専用スキルと併用して戦うのが一般的ですし、単体攻撃だけじゃただの的っていうか……」
「みなまで言うな。十分わかったよ。でもな、敵のボスが使う武器で観客うけするのが大鎌しか思い浮かばなかったんだよ」
アインズのフォローという名の追い打ちですっかりへこんでしまったサイファーをしり目にアインズはデミウルゴスに言葉を掛ける。
「待たせてすまない。まず、この部屋は安全なのだな」
「大丈夫でございます。ここでの会話を盗み聞ぎできる者などおりません」
「そうか。それでは……あっと、その前にお前に頼みたい事があった。私が通ってきたルートにいた兵士には危害を加えないでくれ。危機を救ってやると良い宣伝になるみたいでな」
デミウルゴスが了承し、配下の悪魔に『伝言/メッセージ』を送り始めると凹みから復活したサイファーがアルベドに言葉を掛ける。
「そういえばアルベド。俺が敵側に付いたせいで戦力が低下してと思ったからそっちに俺に変身してもらったパンドラズ・アクターを送ったけど、彼は上手く俺の代わりができていたか?」
「……もちろんでございます。彼は立派にサイファー様の代役を務めておりました」
そう言いきったアルベドの顔はとても優しい笑みを浮かべていた、今までそのような顔をされたことのなかったサイファーは代役の件が上手くいったものだと思うことにした。
「パ、パンドラに代役を任せたんですかサイファーさん」
多分青い顔で話に入ってきたアインズに事情を説明した。
「……という訳で戦力のバランスを保つために来てもらったんですよ。せっかくに四十一人全員に変身できるんだからしっかり活用しないとね。それにアイツ俺に変身して思うように演技していいと言ったらえらい喜んでたんですよ」
「お、思うように演技……だと」
その言葉とアルベドの優しい笑顔でアインズは全てを悟った……きっとアイツは張り切ったんだろう……
はぁぁーと頭を抱えながら精神の抑制を受けて冷静になったところでデミウルゴスに向き合う。
「ではお前の計画の全てを話してもらうぞ」
アインズは内心自分のせいでデミウルゴスの計画が狂っていないかハラハラしながらデミウルゴスの話を聞き始めた。
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「くっ!」
イビルアイは腹部に攻撃をくらい、うめき声を上げ、そのわずかな隙をつかれ、敵のメイドからの攻撃を真正面から受け大きく吹き飛ばされてしまう。
土に汚れながらも『飛行/フライ』により強制的に体を起き上がらせる。そこに通りから吹き飛んできたアルの姿を目にした。その姿はボロボロで全身鎧には罅が入り一部欠損している。そんな状態だが彼女は倒れる事もなく目の前の敵に向き合っている
イビルアイは合流すべくアルに近づく、その際に追撃がないのはおそらく纏めて殺すつもりだからだろう。
「あら、いい格好になったわね」
「自分もボロボロだというのにいい格好とはよく言う」
確かに彼女はボロボロであったが致命的な傷を負っているようには見えなかった。むしろイビルアイの方が深手を負っているかもしれない。
メイドだけではなくヤルダバオトを合わせ三人を相手にしている彼女がこの程度ですんでいるのは戦士としての技量が桁違いであることを示していた。
「これで盟主様に逆らう輩が集まりましたね」
いつの間にかヤルダバオトをはじめ四人のメイドが周りを取り囲んでいた。
「逃げたらどうかしら? 背中くらいなら守ってあげるわよ」
「この状態で逃げられる訳ないだろ」
「そうかしら? 後ろを見せて逃げれば追ってこないかもしれないわよ」
そんな訳はない、しかしこの状況は非常にまずい、同格の、あるいは自分より各上の相手に周りを囲まれては自分らの命など時間の問題だろう。
唯一気がかりなのは残り二人を相手にしているサイファーの存在だ。しかし周辺にはそれらしい気配は感じられない、受け持っている2人のメイドがこちらに来ないのでまだ抑えていてくれてるかもしれない。
最悪なのはすでに殺されており、盟主の下に援軍として向かわれてしまったという事だ。
突然周りの敵に向け数発の『火球/ファイヤーボール』が着弾し炎が荒れ狂う、イビルアイ達を囲んでいた者たちは後方に下がり包囲網に穴ができる。一瞬何が起こったかわからずイビルアイは体が硬直してしまい動けなかったが隣にいたアルに抱えられその場から数メートル離れる。
するとそこには自分らと同じくらいボロボロの姿でサイファーが立っていた。
「危ないところでしたね、お嬢様方。しぃかし! この私が来たからにはもぉお大丈夫です」
ボロボロであったが別れた時と変わらずのオーバーリアクションで話をするサイファーにイビルアイは思わず苦笑してしまう。
しかしアルは冷淡に言葉をだす。
「大丈夫って、あなたが受け持っていた2人もあちらに合流したから状況に何も変化はないわよ」
「これは失敬! しかぁし! これで少しは時間が稼げます。あとはモモン様が盟主を倒すことを信じましょう!」
「残念ですが、時間は稼げておりません」
ヤルダバオトの冷たい声とともに6人のメイドが集まっていた。蟲のメイドからは槍のように鋭い殺気がイビルアイに突き刺さる、しかし、ヤルダバオトや他のメイドからは驚くほど敵意を感じない。
覚悟を決めるべきかとイビルアイが体を固くすると、突如、建物の崩壊音が響き渡る。その音の方向にその場にいた全員が視線を向けると盟主と呼ばれる悪魔が地べたに這いつくばっていた、その先には漆黒の戦士が剣を構えていた。
「楽しいな。前に接近戦をしたときは追い詰められていたから感じなかったが、今は違う。これが前衛職の楽しみというやつなのか……さて、そろそろお前も本気を出したらどうなんだ」
「……ならばお望みの通り……本気で戦ってやるよ!」
盟主はノロノロと起き上がりモモンを睨みつける、しかしモモンはその視線に何も感じないのか剣を構えなおす。
「かかってこい、盟主よ!」
その言葉を切っ掛けに両者は激しくぶつかり合う、盟主は大鎌を高速でモモンに向けて斬りつけるがモモンは両手にもつグレートソードで的確に弾いていき、何度目かの打ち返し時に盟主の大鎌が砕け、後ろに後退する。その隙を逃さずモモンは盟主に向け右手の剣を振り下ろす。
「もらったぞ! 盟主!」
「馬鹿なぁぁぁぁぁぁ!!」
モモンの一撃を受けさらに後退する盟主。その姿にイビルアイは勝利を確信する。しかし一向に盟主は地面に這いつくばらず立ったままである、その姿に一時静寂が訪れたがすぐに盟主の笑い声により破られた。
「くふふふ……な~んちゃって! 俺がその程度でやられる訳がないだろ」
全くダメージを受けた様子のない盟主にイビルアイは驚愕する。モモンの一撃は誰が見ても確実に盟主を切り裂いた筈だ、しかし盟主はダメージを受けた様子もなく平然と立っていた。
「残念だが、俺は攻撃を受ける瞬間スキル『マナ・ボディ』を発動していたのさ。その効果で俺の受けるダメージを魔力ダメージに置き換え、さらにそのダメージ分お前の魔力を減少させるのさ」
「そうか。だが戦士である私には後半の効果は関係ないな」
「ああ、戦士であるモモンには効果がないな」
お互いに戦士であることを強調するかのように話し、徐に盟主は砕けた大鎌をその辺に投げ捨てる。
「では、これならどうかな!」
再び盟主は何もない空間から二振りの刺突剣を取り出し、今度は盟主の方から距離を詰めモモンに攻撃を繰り出す。そのスピードは信じられないくらい速かったが、モモンは手に持つ巨剣で見事に防いだ。しかしその瞬間、突如刺突剣から炎が噴き出しモモンを炎が包む。
「まだまだ終わりじゃないんだよ!」
そう言って盟主はもう一振りの刺突剣を防御に使用している剣に突き立てる。
そして今度は電撃がモモンを襲う。
接近戦で鎧が赤熱化する中、モモンは奇妙な武器を取り出し盟主に向かい振るう。
「凍牙の苦痛・改! 氷結爆砕!」
「ぐぁぁぁぁぁぁ!!」
モモンの武器より極寒の冷気が吹き荒れ、盟主の刺突剣より発生した炎を完全に消し去り、逆に盟主の体の一部を凍結させる。
「くそ、この程度の武器ではパワー負けするか」
「どうした? もう来ないのか」
勝負は完全にモモンが押しており最早勝利は目前に迫っている、このまま決着がつくと思われたが盟主は意外な事を言い出す。
「さすがにこちらが不利か……どうだろうモモン。勝負はこれぐらいにして、お互い手を退かないか?」
「ふざけるな!」
イビルアイは激高し叫ぶ。王都にこれほどの混乱と死を撒き散らしておいて逃げるなど虫が良すぎる。
「いいだろう」
しかしモモンはイビルアイの言葉を無視し、盟主の要求を飲んだ。その言葉にイビルアイは仮面の下で目を丸くし、モモンを見る。なぜ、優位にいるはずのモモンが盟主の要求を飲んだのか理解できなかった。
「そこの仮面の女。なぜモモンが俺の要求を飲んだのか分からないのか? ならばここにいるヤルダバオトやメイド達、それと、冒険者の相手をさせている悪魔の軍勢に王都全域を襲えと命令しようか?」
最悪だ。いくら王都内を兵士が巡回しているからといって盟主の全ての配下に対応する事は不可能だ。つまり王都全域が人質というわけだ。
「だが、お前が約束を守るという保証は何処にもないのではないか?」
「それでも、お前は信じなければならない。信じなければお前は守りたいものを守れないのだからな」
都合がいい発言だが王都を人質に取られているこの状況では飲まないわけにはいかない。
「誰も文句がないようだな、これで撤収させてもらう。アイテムを回収するという目的が果たせなかったのは残念だが、次は必ずお前の首をいただく」
「それはこちらのセリフだ、盟主よ」
互いに再戦を匂わす内容だが二人の間にはどこか親しげな雰囲気が漂っていた。その姿はまた会う約束を交わす友人のようにさえイビルアイの目には映った。
そんな二人を見てイビルアイはふと昔ガガーランの言っていた言葉を思い出す。その時は何を言っているのか分からなかったが、今は不思議と納得してしまっている。
盟主の周りにメイド達が全員集まったかと思うと、高位の転移で一斉に掻き消える。
「行ったな……」
イビルアイは空中に浮かび上がり、王都を見回す。そこには炎の壁も徘徊する悪魔の姿もなく、普段より騒がしい王都の姿があった。
今回の件でいろいろと考えることがあるが、まずはそれよりもしなくてはならないことがあった。
「うわぁぁぁぁ!」
雄叫びのような歓喜の声を上げモモンに向かい全力で走っていく。当のモモンは驚いたのか剣を構えそうになっていたがそんな事は関係ない。
「やった! 勝った! 勝った! 流石はモモン様だ!」
コアラのようにモモンに抱きついていたが猛烈な力で襟首をつかまれモモンより剥がされてしまった。
「この餓鬼が! 誰の断りを得てア・・・モモンさんに抱きついてるんだコラ!」
割れた兜の間から鬼のような顔でアルが睨みつけていた。
「遂に王都を救ったのだ、少しばかりはめを外しても良いではないか!」
イビルアイの言葉に感銘を受けたのかアルは掴んでいた手を離しモモンに抱きついた。
「やりましたわモモンさん私うれしいです」
早口にそう言うとアルはすりすりと体を擦り付ける。
「ちょっ、ま、待つのだアル! け、剣をし、しまうのに協力してくれ」
「なぁらば、私がご協力いたします! モモン様!」
突如としてサイファーに話しかけられモモンはかなり動揺し、アルは平静を取り戻し抱きつきを解除し少し離れる。
「あ、ああ、頼む……」
「とぉんでもない! 友として当たり前のことです」
モモンを前にしても大仰な演技は変わらずキレッキレでありその姿を見てあたふたするモモンを見てイビルアイはつい笑顔になる。
これからの自分の取るべき行動に思いを馳せ始めたイビルアイは、響く鋼の音に顔を動かす。
見れば駆けてくる一団があった。冒険者に兵士たち、それに王国戦士長の姿まであった。
それだけではない蒼の薔薇の仲間たちの姿もあり皆うす汚れ、ここに来るまでの死闘を感じさせた。
そして皆の視線がモモンに集まる。
そこに込められた思いを察知したのかサイファーがこれまた大仰にモモンに囁きかける。
「モモン様! 今こそ勝利の声を!」
「え? あ、うん。恥ずかしいな」
超級の戦士とは思えない、まるで一般人のような反応であった。
「素敵ですわモモンさん」
「はぁ。そうだな。するべきだな」
モモンは剣を握りしめ、勢いよく空に突き出した。その次の瞬間、広場に集まっていた全員が同じように拳を突き上げ雄叫びが爆発し勝利の喜びを分かち合う。そして口々に救国の英雄モモンを称えるのであった。
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ナザリック地下大墳墓第二階層の一角に設置されている転移の罠を見ながらサイファーは隣にいるマーレに声を掛ける。
「あの女をブラックボックスに送り返したのって何回目だっけ?」
「え、えっと、2回目です」
おどおどと答えるマーレの答えにサイファーは少し青い顔になる。
「素直にさせるためとはいえ、流石にやりすぎだと思わないか? ここに入るなんて俺でも嫌だぞ」
「ご、ごめんなさい。サイファー様」
「いや、マーレ君を責めてる訳じゃないんだけど、いちG嫌いとして同情を隠し切れないっていうか……いや、恐怖公の奴は嫌いじゃないんだ、彼の紳士的な態度は好感が持てるよ。ただ、あのおぞましい数が詰まっている部屋を想像するとね……」
そんな話をしていると目の前の転移装置が起動し辛うじて女と判別できる血塗れの人物が瀕死の状態で送られてきた。
「お、終わったみたいだな。じゃ、マーレ君、回復させてくれ」
「わ、分かりました、サイファー様」
マーレは瀕死の女に回復魔法をかけ始めその様子をサイファーはじっと見つめる。
「今度は素直に俺の言う事を聞いてくれるかな? ま、聞かないんなら可哀想だがもう一回行ってもらうか」
サイファーは目の前の女、八本指の幹部の一人ヒルマを見ながら呟く。同情するとマーレには言っていたがその眼は養豚場の豚を見るように冷たいものだった。