なんだあいつは?
蒼の薔薇の三人は蟲のメイドの傍に魔法と思われる方法で急に現れた悪魔に警戒を強める。
「あいつは何者かわかるか?」
全身傷だらけの大男のような女、ガガーランは荒い息を整えながら今のメンバーで一番博識なイビルアイに声をかける。
「いや、あんな悪魔は私も見たことがない。しかも魔法と思わしき力で急に現れたが奴からは魔力を感じない」
魔力も消耗品もほとんど底を尽きかけているこの状況でもう一戦は難しいものがある、場合によっては最悪この悪魔は放置し即時撤退しなければならないかもしれない。
しかし、不気味な事にあの悪魔からは先ほど対峙した蟲のメイドのような強者の気配が全くせず、おまけに魔力すら感じない。
「逃げるが勝ち?」
忍者であるティアが数本のクナイを構えつつ小さく呟く。
どうするか決断できない内に悪魔は倒れてる蟲メイドを抱きかかえ、不気味に発光する液体をメイドの口と思われるところに流し込み始める。
「バカな、少なくともあの蟲メイドは瀕死の状態だったはずだぞ」
先ほどまでピクリともしていなかったメイドが何かの薬品を飲まされると何事もなく立ち上がり臣下の礼を取り始める。
「あのメイドの態度からしてあの悪魔はメイドの主人だろうな」
「奇遇だな俺もそう思っていたところだぜ」
動くことの出来ない三人に悪魔がこちらに向き合い、思ったよりも人間らしい声で言葉を発した。
「お前達……何故、彼女を殺そうとした」
悪魔の言葉に咄嗟に『人間を喰い殺していたから』と言いたかったが悪魔から溢れんばかりの怒りの気配に身震いし何も言葉が出なかった。
「こ、殺す……殺してやるぞ! 異形種狩りのクソどもが! 」
激しい怒りに三人は身構える、戦闘回避は不可能である。
「異形種狩りってなんなんだよ! あいつらが人間を狩るのはいいのかよ!」
「私が知るか! それより来るぞ! どうやら蟲メイドはまだ動けないようだ、それならば全員で悪魔に対し牽制を行いつつ撤退だ」
「了解」
今まで動けなかったが作戦が決まると同時に三人は動き出す。
イビルアイが後方に下がり魔法の詠唱をはじめ、ガガーランが二人の盾になるように前進し、ティアが中間地点でクナイを構える。
「ぶっ殺した後のお前らの死体は皆のおやつにしてやる。骨も残されずに貪り食われるがいい、異形種狩りのクソどもが!」
怒りの感情意以外何も感じられない悪魔がゆっくりと歩を進めて来ているがやはり蟲メイドは動かない
「誰が食われるかよ!!」
射程圏内に近づいてきた悪魔に対しガガーランは刺突戦鎚を無防備な腹部へと叩きこみ、それとほぼ同時にティアのクナイが悪魔の眉間、喉、胸部に突き刺さりイビルアイの魔法『水晶騎士槍/クリスタルランス』が左足を貫く。
「今だ! 転移魔……うぐ!」
無防備な悪魔に全ての攻撃が命中し、その隙にイビルアイは撤退の魔法を出そうとした時左足に痛みを感じた。
痛みの元に視線を向けると左足の太腿から水晶の槍が肉を食い破るように生えてきていた。
「ば、馬鹿な……これは私の放った『水晶騎士槍/クリスタルランス』それが何故私の足に!」
頭が混乱していると涼しげな悪魔の声が聞こえてきた。
「おしいな。足など狙わず俺を殺すつもりで急所を狙えば痛みなく死ねたのに」
悪魔の言葉に我に返り視線を戻すとそこにはクナイが急所に突き刺さっているのに平気な顔で薄ら笑いを浮かべていた。
そしてその傍に動かなくなったガガーランと自分と同じように悪魔に攻撃したところからクナイの刃が突き出していたティアの姿があった。
その光景にイビルアイの頭は一瞬真っ白になる。今まで数百年生きてきたがこんな現象は聞いたことも経験したことがなかった。
「では一人ずつ確実に殺していくか」
悪魔は笑いながら眉間に刺さったクナイを引き抜く。その動きに連動するかのようにティアの眉間の刃が沈んでゆく。
「まず、このでかい女からだ」
引き抜いたクナイを一番近くに倒れていたガガーランに向ける。
「や、やめろぉぉぉぉ!!」
動かない仲間に刃を向ける悪魔に対しイビルアイは叫ばずにはいられなかった。
「エントマを殺そうとしたくせに……虫が良すぎるんだよ!!」
無慈悲にクナイをガガーランの頭に根元まで刃を突き刺し満足したように次に喉に刺さったクナイを引き抜く。
「次はあの忍者……と言いたいが、さすがに即死かな?」
おどけたような態度を取りクナイをその辺に投げ捨て、最後のクナイを自らの胸から引き抜く。
「独りぼっちは寂しいだろう? 安心しろお仲間と同じ場所に送ってやるよ……あ、お前らの死体は別々のシモベに喰わせるから厳密には同じ場所じゃぁないな」
さっきまでの怒りの顔とも仲間を殺した時のような冷徹な顔でもなく、本当に楽しそうに笑いながらイビルアイに向け歩みを進める。
「きぃさまぁぁぁぁ! うわぁっぁぁぁぁぁ!」
怒号を上げながらイビルアイは魔法の力で滑空しながら拳に魔力を込める。悪魔の力は自分の常識では計り知れないが無効化や抵抗され難い接触魔法ならばいくらかは効果があるはずだ。
悪魔は迎撃の構えも取らずただ薄ら笑いを浮かべていた。その顔に久しく忘れていた恐怖を憶えとっさに防御魔法『損傷移行/トランスロケーション・ダメージ』を発動させ拳を悪魔の眉間に叩きこむ。
しかし攻撃が直撃した瞬間やはり攻撃を加えた場所と同じところにダメージが発生し大きく吹き飛ばされ石畳に叩きつけられた。しかし魔法のおかげで無傷でありすぐさま『飛行/フライ』により素早く起き上がる。
『魔法抵抗突破最強化・水晶の短剣』
通常よりも巨大な短剣を作り上げ、射出する。その魔法も悪魔は回避せず難なく右肩に突き刺さる。
「ぐうぅぅ!」
そしてイビルアイの右肩に先ほどと同じように水晶の短剣が肉を破り突き出てくる。
「……突破魔法を込めた魔法でもダメなのか……想像以上の化け物、いや魔神を凌ぐか! 魔神王とでもいうのか!?」
「化け物? 違う、俺は悪魔だ・・・。もっとも、お前如きに律儀に名乗るほど俺も暇じゃない・・・そろそろくたばれ人間至上主義者の異形種狩りのクソ女」
再び怒りに顔を歪ませ悪魔は足と肩の水晶を引き抜き、それに連動するようにイビルアイからも水晶が体の中へ沈んでいき傷口がぽっかり開く……しかし、傷口に対し出血の量が少なく思える。
イビルアイは二人の遺体を回収し逃げるのは無理だと判断し遺体から離れるように悪魔を別の戦場に誘導し、最悪復活魔法が使用できるラキュースがこの悪魔と対面する事だけは避けなくてはならないと考え戦闘を続行する意思を固めた。
「行くぞ!」
イビルアイが難行に挑もうとしたその瞬間、何かがけたたましい音を立て二人の間に飛来してきた
あまりの速さで飛んできたため石畳は砕け土埃が舞い上がる。
土埃が風によりある程度はれるとそこには漆黒の鎧を纏った一人の戦士の姿があった。
その姿を見た悪魔は信じられないものを見るような目で動揺していた。
イビルアイは静寂の中自分ですら計り知れない悪魔が一人の戦士に動揺し、ほんの少しだが後ずさりをしているのを見逃さなかった。
完全に土埃がはれ、漆黒の戦士が冷ややかに声をだす。
「どういう状況か説明してもらおうかな?」
--------------------------------
(なんでアインズさんがここにいるんだよ)
サイファーは目の前の冒険者状態のアインズの姿に内心かなりの動揺を憶え、さっきまで燃え滾った怒りの感情は霧散し、弱者をいたぶる悪魔的な思考は首をひっこめ元の状態に戻ってしまった
というか聞いていないぞデミウルゴス。打ち合わせでもアインズのアの字も出なかったじゃないか!
ほんと何しに来たんだよこの人、アルベドは一緒じゃないのかよ。ツアレ受け入れの為に俺がナザリックに帰ってきたんだから一緒に冒険者として活動しているんじゃないのかよ。
「漆黒の英雄! 私は蒼の薔薇のイビルアイ! 貴方と同じアダマンタイト級冒険者として要請する! 協力してくれ!」
黙れやクソ女こっちは今忙しいんじゃ! 余計な事を言って場をかき乱すな!
「承知した」
承知すんなよアインズさん……もしかして俺以外みんな状況の把握が出来てんの?
一瞬そう思ったが対峙したアインズさんの目がきょろきょろしているのが感じられこの遭遇が突発的なものだとある意味確信が持てた。
しばらくお互いに沈黙しにらみ合っていたがサイファーはアインズと情報交換をするための先に口を開いた。
「これは、これは、よくぞいらっしゃいました。ですが何をしに此処に来たんですか、良ければ理由を話してはくれませんか?」
余計な異物がここに存在しているため出来る限り初対面ポイ話し方で声をかけてみた。
「依頼だ。ある貴族から自分の館を守ってほしいという名目で呼び出されたんだが……王都上空で此処での攻防を目にしてな。緊急事態だと認識したから仲間であるアルに頼んで <浮遊板/フローティング・ボード>ごとこの場所に放り投げてもらったのさ……で、そちらの目的はなんだ」
どうやらかなりの無茶をしたようだ。レベル100のアルベドのパワーで投げられて良く無事だったなとサイファーは感心し、デミウルゴスが事前に決めていた言い訳を話し始める。
「俺達を召喚し、使役する強大なアイテムがこの都市に流れ込んだので回収するために来たということになってます」
「それを渡せば問題はそれで終わるのか?」
もちろん終わるわけがない、他にもやることが沢山あるのだ。
「いや、他にもいろいろとやる事があるので無理ですね。止めたければ戦うしかありませんね」
「それが結論か? サイ……オホン 大体理解した。そういう事ならば……ここで倒させてもらおう」
ゆっくりとアインズは剣を抜き両手を広げ、その手の延長にある巨大な剣が鈍い光を放つ。
アインズの武器を構える姿にサイファーの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
思えばユグドラシル時代からアインズとはPVPはおろか模擬戦すらサイファーはしたことがなかった。
何故ならサイファーはダメージカウンター特化というある意味極端な性能なため他のメンバーとは違い技量を比べ合う必要がなかったのだ。ギルド内ではメンバーの模擬戦の審判をしたり場所を提供するのが主な役目であったが、やはり少し寂しい思いがあった。
そんな訳で初めてのギルドメンバー同士の模擬戦に少し興奮しているのであった。
しばらくにらみ合っていると突然後ろから声を掛けられた。
「盟主様。この辺りでお引きくださいませ」
誰だと思い後ろを振り返ると仮面を被り正体を隠したデミウルゴスの姿があり、その姿を確認したサイファーは背中に冷たいものが流れる。
「何者だ!」
イビルアイがアインズの陰から威勢よく声をあげ、デミウルゴスはゆっくりと礼を行い口を開く。
「お初にお目に掛ります。私の名はヤルダバオトと申します。ここにおられる盟主様に仕える一悪魔で御座います。どうぞお見知りおきを」
そう挨拶する悪魔にイビルアイは全身を雷撃に貫かれたような気分に襲われ全身から汗が噴き出していた。
そんなイビルアイの事など眼中にないようにヤルダバオトは話を続ける。
「これより王都の一部を炎で包みます。もし侵入するのであれば煉獄の炎があなた方をあの世に送ることを約束しましょう」
一部始終を見ていたサイファーは自らの失敗に気がついてしまった。最初は帰還が遅れているエントマを迎えに行ったはずなのに怒りに我を忘れこんな乱闘を繰り広げてしまい計画の一部が遅れてしまいその穴埋めをするために総責任者であるデミウルゴスが直々に迎えに来てしまったのである
しかも立場不詳のサイファーのためにある筈のない役職まで作って辻褄を合わせようとしてくれているのである。
よく周りを見渡すとエントマの姿はなくとうに撤退していた。
サイファーが自らの過ちに打ちひしがれているとすぐ横に『転移門/ゲート』が開いた、恐らくこれに入れという事だろうデミウルゴスに視線を送ると笑顔でうなずいてくれた。
サイファーは促されるまま『転移門/ゲート』に足を踏み入れたがこれからの事を考えると胃が痛いのであった