???
深夜のエ・ランテル共同墓地に生者ではない者の笑い声が木霊する。
その笑いに含まれる感情は『歓喜』である事は間違いない。
ひとしきり笑った亡者-エルダーリッチ-は骨の手で握りしめたオーブに言葉をかける。
「ついに我が支配を受け入れたか『死の宝珠』よ。ふふふ、力が、魔力が体から溢れてくるようだ!」
この世に発生して五十年、こんなにも気分が良いのは生まれて初めてかもしれない。
「今、我は究極のパワーを手に入れたのだ! いかなる存在も我を滅することは出来ないだろう!!」
しばらく前にこの共同墓地に死の螺旋が発生したとの情報を得て、その恩恵を受け自分の魔力の底上げに利用しようと都市に侵入したが、すでに事件は人間の冒険者の手で解決されており死の螺旋の恩恵は受けることは叶わなかった。完全な無駄骨だったと落胆していたが、『死の宝珠』が野ざらしで落ちているのを発見した時は笑いが止まらなかった。
しかし、秘宝を我がモノとするのはまさに命がけであった……。
『死の宝珠』は自我を持っておりアンデッドの我を逆に支配し自らの手駒にしようと様々な精神攻撃を仕掛けてきた。
アンデッドである我は精神攻撃などは受けた事がなく、抵抗する術をもたぬ我は何度も意識が奪われた。しかしその度に全魔力を使い体の支配権を取り返した。
その戦いは何日も、何日も数えるのが馬鹿らしくなるほど続き、我は昼夜をとして戦った。
そして、ついにこの記念すべき夜に『死の宝珠』の意識を逆に乗っ取り服従させることに成功したのだ。
その瞬間はまさに歓喜が我が身を包んだ。その喜びは人目を避けてきたのに大声で馬鹿笑いするほど高まっていた。
しかし、そのような事はもはや何の意味も持たない。
なぜなら、我に勝てる者などもはや存在しないのだから。
名も無きエルダーリッチはオーブを天高く掲げた。するとオーブが輝きだし墓地に充満していた負の力が残らず吸収されていき、名も無きエルダーリッチの魔力に変換させていく。
やがて墓地から負の力を残らず吸い尽くした名も無きエルダーリッチは『飛行/フライ』の魔法を唱え中心街に向けて飛び始める。
しばらく飛んでいき墓地の周りに張り巡らせている城壁に降り立ち人間の街を見下ろす。
「今の我ならばこのような街などすぐに死の都に変える事が出来るだろう」
なぜなら今の我ならば伝説のアンデッドと呼ばれる『死の騎士/デスナイト』すら月に『二体』も召喚する事が出来るだろうからだ。
デスナイトに殺されれば、殺された者は我の手駒のゾンビに生まれ変わり、そのゾンビが殺した者もゾンビになり無限に我が配下が増えていくだろう。
街を見下ろしながら思考を繰り返していた名も無きエルダーリッチは不意にある事を考える。
「このエ・ランテルを我が支配する死の都市にするのも悪くないかもしれんな・・・さしずめ我はこの街を支配する王-キング-といったところか」
死の宝珠の力によりエルダーリッチの限界値を遥かに凌駕した存在であるこの我には『王』の称号こそが相応しい。
「『不死者創造/クリエイトアンデッド』生まれよ伝説の死の騎士よ!」
魔法が行使され、何もない空間よりデスナイトが現れる、そして自らの主に前に片膝をつけ臣下の礼をとる。
その様子に満足した名も無きエルダーリッチはすぐさま街に赴き人間を殺すよう命令を下そうとしたが
「いや、まてよ人間どもは夜の闇の中では目が利かぬのだったな、それではこの街を支配するこの我の姿が見えないではないか。王の姿を見る事なく死ぬのはあまりにも不憫な・・・」
日が昇るまで待とう、気まぐれもまた王の特権であろう。
しかし王である我が日が昇るまでこのままで良いのだろうか……否である。
周りを見回すと一軒の屋敷が目に留まる。
その屋敷は少し古くなっているが庭は掃除が行き届いており、真新しい木々や花が植えられている。
「・・・王が一晩の宿にするには少し安っぽい気がするが、これもまた一興よ」
日が昇るまでの宿を決めた『王』はデスナイトと共に屋敷に向かい飛び立ち玄関前へと降り立ち扉を前に考える。
「さて、どのように入るのが王として相応しいのだろうな。普通に開けるのは論外として、破壊して入る……野蛮だな、王のすることではないな……やはり従者であるデスナイトに開けさせるのが良いだろう」
この都市を支配した暁には『王』としての振る舞いを覚えてみるのも一興か。そんな事を考えながらデスナイトに扉を開けさせ中に入る。
玄関ホールには何人かの『人間』がいた。
黒い全身鎧の男にフードから角が飛び出でいる男にメイドと思われる女が5人。どれも取るに足らない者どもだ。
角男や鎧男が何やら訳の分からぬことを言い始め、メイド達は一斉に首を横に振っている。
「王を前にその不遜な態度。いつもなら許さぬが今宵は気分が良い。特別に不問にしてやろう」
我の言葉にメイドの一人が何かつぶやくが気にすることなく次の言葉を口にする。
「服従か死か。好きな方を選ぶがよい、もっとも日が昇ればデスナイトによってこの都市に住む者はすべて死に絶えるのだがな」
その言葉に鎧男と角男は何やら相談を始めた。その矮小な姿は滑稽であり我が嗜虐心を煽る。
こいつらは日が昇るまでの暇つぶしとして壊してやるか。
この溢れる力の一端を見せてやるか。
どうやら話し合いは済んだらしく鎧の男が芝居掛かった言葉を発する。
「シャルティアよ。やり過ぎないように遊んであげなさい」
その言葉を聞き嬉しそうに一人のメイドが前に出る。やれやれこれだから頭の悪い連中は始末に負えない。
「デスナイトよ、『王』に逆らう馬鹿共を殺せ」
我の命令に従いデスナイトが剣を振り上げメイドに向かっていく、さて、残りはどうやって殺そう。
------------------------------------------
パタパタ、さっさ、ふきふき、きゅっきゅ。
掃除の擬音に相応しい音が古い屋敷に響き渡る。現在屋敷の中は掃除の真っ最中である。
ナザリックに帰った二人はプレアデスのユリ、エントマ、シズ、ナーベラルに声をかけ外の屋敷を掃除するように命じた。
アインズさんが直接出向き声を掛けたせいか皆物凄くやる気に満ちていた。
その働きぶりはすさまじく二時間ほどで屋敷の清掃は終わってしまった。
その速さに呆然としているアインズの下にユリ達全員が集まり清掃の終わりを報告しにきた。
「アインズ様、すべて終了いたしました」
「ご苦労、次は家具の搬入だが、これはお前たちを信頼し一任する。しかしあまり豪華すぎる物は選ぶなよ。ここはあくまで『冒険者モモン』の屋敷なのだからな。心してかかるように」
「「はっ!!」
自分のセンスが今一信用できない+どの程度がちょうどいい塩梅かが分からないのでつい丸投げしてしまったがプレアデスの反応は上々であろう。
プレアデスの皆がナザリックに家具を取りに行くのを見送ったアインズの耳に何かの悲鳴が聞こえる。
声の出どころは階段の裏に隠されていた地下室から聞こえてきた。
悲鳴がやみしばらくすると隠し通路よりスポイトランスを装備したシャルティアが現れた。
しかしシャルティアの格好はと言うと、いつものゴシックドレスではなく、メイド服っぽい何かを着ている。
ぽいとは、この服の作者のペロロンチーノが余ったメイド服に可能な限りのエロ改造を施したためである。
18禁行為が禁止されているユグドラシルで作られたためか短いスカートの中身はどんな動きをしても見えない鉄壁っぷりである。
「アインズ様、地下室に隠れていた死霊どもを排除してきたでありんす。かなり念入りに浄化したのでもう湧き出すことは無いと思いんす」
「ご苦労。そうだ、時間が有るのならば共に庭いじりをしているサイファーさんの様子でも見に行くか?」
独りで庭いじりをしている友を思い浮かべる。想像の友はどこか寂しそうにしていた。
「もちろん!アインズ様とご一緒出来るんなら何所にでも行くでありんす!」
「そ、そうか。では行こうか」
「はい!」
幸せそうなシャルティアを連れ庭に向かったアインズ。そこには枯れ木を雑草のように素手で引っこ抜いているサイファーの姿があった。
「あれ、二人してどうしたの、中はもう片付いたの?」
庭の隅に枯れ木を放り投げ、手をはたきながら二人に声をかける。
「ええ、あとは家具を搬入するだけです。それもユリ達にまかしているので大丈夫だと思いますよ。それにしても、何もなくなりましたね」
アインズの言葉通り枯れ木はすべて抜かれ、花壇の土はすべて掘り返され庭には何もなくなっていた。
「アインズさんが気にしていた花壇ですけど、人骨が埋まってた以外は特に変わった所は有りませんでしたよ」
そう言ってサイファーが指さす方には人骨でひと山築かれていた。
「そうですか、曰く付きの物件としてはありきたりの物ですね。屋敷の中の死霊も数が多いだけでザコでしたし」
もはや人骨くらいでは驚かなくなった二人であるが、大量の人骨が埋まっている時点で十分オカシイのだ。
「そんなもんでしょう。それより植樹をしますから手伝ってもらえます? 結構な数の桜の木をドリアード達に持ってきてもらいましたから」
「桜の木ですか?」
「そ、今植えたら来年にはここでお花見が出来るはずですよ・・・もっともお花見なんか本と映像でしか見た事が無いんですけどね」
「俺もですよ。しかし意外なことに来年の楽しみが出来てしまいましたね。その時はナザリックの皆で楽しみましょう」
「わ、私たちもでありんすか!?」
意外そうに驚くシャルティア。しかしアインズは優しく語り掛ける。
「当たり前ではないか。私はお前達、皆と楽しい時間を共有したいと考えている。参加してくれるかシャルティア」
「も、もちろんでありんす!!」
二人が和やかに話している間にサイファーはアイテムboxより十数本の桜の木を取り出していた。
「おーい、二人で楽しそうに話してるとこ悪いんだけど、日が暮れる前にすましたいから手伝ってよ」
「やるかシャルティアよ」
「はい!」
植樹に関してはファーマーのスキルは必要なかったようで何の問題も無く行う事が出来た。
ただ、木の配置を考えるのにえらく時間がかかりすべての木を植え終わったのは日が暮れてからであった。
--------------------------
すべての作業を終えたアインズ達は見違えるほどキレイになった屋敷の玄関ホールに集合していた。
「アインズ様、サイファー様。すべての作業が終了いたしました。今日からでも生活ができますがいかがいたしますか?」
「いや、今日のところは我々もナザリックに帰る事にする。明日以降組合にここに住むことを伝え、それから生活を始めることにする」
アインズの言葉に皆が頭を下げる中、玄関の扉が急に開きデスナイトが侵入してくる。その後に何やら怪しく光る玉をもったエルダーリッチもやってきた。
「は? え? アインズさん、いくら曰く付きの物件としてはしょぼいからって持ち込みは拙いでしょ」
ジト目でアインズを睨むと慌てて首を振り始めた。
「いやいや、俺じゃありませんよ! お前達は何か知っているか?」
アインズの言葉に一同は首を横に振り否定した。ではこいつらは何なんだ?
「王を前にその不遜な態度。いつもなら許さぬが今宵は気分が良い。特別に不問にしてやろう」
「うわー・・・」
まったく場違いな発言を放つ空気の読めない自称王様。あまりにもぶっとんだ発言に皆一様にポカーンとしていたがシズのみが上記の言葉を発した。
パンドラズ・アクターを初めて紹介した時シズに同じセリフをはかれていたアインズはその時を思い出し精神的なダメージを負った気がした。
「服従か死か。好きな方を選ぶがよい、もっとも日が昇ればデスナイトによってこの都市に住む者はすべて死に絶えるのだがな」
自称王様はこちらの事などお構いなしに空気の読めない発言を繰り返す。
と言うか、初めてのお客さんが空気の読めないエルダーリッチって、さすがは曰く付きの物件呪われていやがるぜ。
せめて自己紹介くらいしろよ!どう対処したらいいか分かんないだろう!
「は? え? いや……」
見ろよ、気遣いの紳士であるアインズさんでさえ言葉に困っているぞ。
「あれマジでアインズさん作じゃないんですか?」
「違いますよ。俺が創ったやつはもう少し空気が読めますよ」
「じゃあ自然発生したやつなの。痛いわ~こじらせているよあいつ、相手にしたくないけど物騒な事を言ってるし、このままお帰り願うのはまずいっすよね」
「ですね。しょうがない、相手をしてやるか」
とはいえ自分もこんな自称王様を相手にするのは嫌だ。ふと視界にシャルティアが映る。主としては失格かもしれないがここはシャルティアに相手をしてもらおう。
「シャルティアよ。やり過ぎないように遊んであげなさい」
アインズの言葉にシャルティアの顔に一瞬驚きの表情が表れるが、すぐに獰猛な笑みに変わりスポイトランスを取り出し自称王様にむけ歩き始める。
「デスナイトよ、『王』に逆らう馬鹿共を殺せ」
自称王様の命令を聞きデスナイトは王様を守るように前に出てシャルティアに向け剣を振り上げる。
その瞬間、シャルティアはすさまじい速さでランスを振り上げながら腹部へと蹴りを叩きこんだ。
そのあまりの威力に後ろに控えていた自称王様もろとも扉を突き破り庭に吹き飛んでいった。
「と、扉ががっがが! おいシャルティア! この屋敷を壊すつもりか! もっと優しく戦ってくれよ」
「も、申し訳ありません!! サイファー様」
「分かれば良いよ。でも庭に被害は出すなよ」
「は、はい」
「よし、じゃ、続きをどうぞ。俺らはゆっくり見学させてもらうよ」
サイファーに一礼しシャルティアは庭に向かって飛びたっていった。
庭の中心部くらいにデスナイトとそれに押しつぶされているかたちで王様が倒れていた。
自称王様は何が起こったのか分からないようだったが、追撃してくるシャルティアの姿を確認するとデスナイトに迎撃の命令を下した。しかしデスナイトが起き上がる前にスポイトランスの横薙の一撃により消滅する。
デスナイトは一度だけHPがゼロになる攻撃を受けてもHPが1だけ残るという仕様のはずだがどうやら最初の蹴りだけて瀕死の状態になっていたらしい。
「ば、バカな・・・そんなはずはない!」
目の前の光景が信じられないとばかりに驚愕していた王様だったがすぐさま魔法を行使する。
その様子をただ静かに見つめるシャルティア。彼女には魔法を妨害するという考えはないようだ。
「『不死者創造/クリエイトアンデッド』!! もう一度現れよ伝説の死の騎士!」
虚空より再びデスナイトが出現したが誰も驚かない。むしろ見学者の中から落胆の声が聞こえてくる。
「またデスナイトでありんすか? では、もう一度同じことをして差し上げるわえ」
「な、なにを・・・ぐおぁぁっぁ!!」
そう言ってデスナイトを蹴り飛ばす、もちろん王様を巻き込むように計算しての行動である。
今度はデスナイトごと門に叩きつけられ最初の一撃と合わせかなりのダメージを負わせたはずだが自称王様はよろよろと起き上がった。
そして自称王様の目に映ったのは先ほどと同じように切り伏せられ消滅するデスナイトの姿である。
「ば、バカな・・・我は『死の宝珠』の力を得て究極のパワーを手に入れたはずなのに・・」
「さ、次はどうするんでありんすか? あまり至高の御方々を退屈させるわけにはまいりませんので奥の手があるんなら早くしておくんなまし」
あまりにも力の差があり過ぎる相手からの残酷な言葉に思わず言葉が漏れる。
「ば、化け物か・・・」
「どっかで同じことを言われた気がしんすが・・・まあ気のせいでありんすね」
「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁ!!!」
おそらく恐怖と思われる叫び声を上げながら逃げ出す自称王様。『飛行/フライ』を使って空に逃げるのではなく愚かにも自分の足を使って走り始めた。
その様子をシャルティアはただ、ただ、笑顔で見つめていた……。
-------------------------------------
「終りんしたアインズ様、サイファー様。この者はいかがいたしますか?」
シャルティアは、四肢を切断され、顔の一部が破壊され芋虫のようになった自称王様を引きずってきて地面に放り投げた。
「いかがいたしましょうって・・・どうしましょうアインズさん」
「とりあえず何者で、何しに来たかは聞いておきましょう」
とりあえず事情を話させた、しかし言い淀むたびにシャルティアに蹴りを入れられる様子にサイファーは内心同情する。
「死の宝珠か・・・微妙なアイテムだが・・・」
ただ一つだけアインズの興味を引いたのは、インテリジェンス・アイテムという項だけだった。
「ん、頭の中に声が聞こえるな。死の宝珠、お前なのか……ふむ、発言を許す……許そう……」
何やらアインズさんが球コロ相手にぶつぶつ言い始めた……疲れているんだろうな。
そう思いサイファーはありったけの優しい目をアインズに向ける。
しばらく球コロとの問答を行ったアインズは幾つかの防御魔法を掛けサイファーに声を掛ける。
「どうやら忠誠を誓うとのことですし、俺達がいない間の屋敷の警護を任せる事にしました」
「よく分かりませんが、いいんじゃないですか。じゃ、我が家に帰りましょうかアインズさん」
「そうですね。あっそうだ、シャルティアよ」
「はっ!」
「此度の働き、真に素晴らしいものだった。後日追って褒美を取らすこととする。これかもよろしく頼むぞ」
「もったいないお言葉ありがとうございます」
深々と頭を下げるシャルティア。その姿は感動に震えているのかプルプルしていた。
「良いこと言ってるんだけど・・・これの処分はどうすんだろう?」
サイファーの足元にはイモムシが必死に逃げようとしていた。マントの端を踏みつけているから逃げられないだろうがいい加減邪魔である。
「ま、今は良い雰囲気だから空気を読みますか」
サイファーは周りに気付かれないようにイモムシの頭を踏みつぶした。
掃除の内訳
----屋敷内----
アインズ 屋敷の総指揮
プレアデス 屋敷の掃除
シャルティア 害虫駆除
----屋敷外----
サイファー 庭いじり