アインズは一人(アルベドは今日はナザリックでの業務の為、サイファーはお使いのため街に出ている)で最高級宿の一室で財布の中身を数えながら頭を抱えていた。
「足りない、金が全然・・・足りない・・」
この世界では一財産と呼ぶに相応しい金貨と銀貨の山を見下ろしながらため息が漏れる……アインズはアンデッドであるから呼吸はしていないが肉体があった時の癖のようなものである。
「まずこれが、セバスへの追加の資金の分・・・」
金貨の半分が削られアインズの顔がゆがむ。
「蜥蜴人の村に送る物資や食糧は・・・アダマンタイトのコネを使って集めるから・・・これくらいかな?」
数日前よりコキュートスの願いでナザリックの傘下に入った蜥蜴人の為に残った金貨の三分の二が削られさらに顔がゆがむ。
「不本意だが・・・これがサイファーさんの食費代・・・っと」
思ったより飲み食いしている友のため、残り少なくなった金貨から数枚取り除くと貯金に回せるのは数枚の銀貨しかなかった。
ナザリックの支配者にて、外貨を稼ぐ唯一の存在としては収入が圧倒的に足らずカツカツである。
精神の突起が一定以上に達していないのかアインズの焦燥感は消えずに心にくすぶり続けている。
「……やはりどこぞの商人にスポンサーになってもらうのが、安定した収入を得るには一番手っ取り早いのかなぁ……しかし、それでは俺達の冒険者としてのイメージが……」
アインズ達の演じる冒険者一行が、金銭に汚く、金の為なら何でもするというマイナスのイメージを商人や他の冒険者に持たれる事は避けるべきである。
いずれモモンの栄光はアインズ・ウール・ゴウンにすべて引き継がなくてはならない。その為には他人の評価は絶対に落とすことは出来ない。
「でも、金がないんだよなぁ。やっぱり、こんな宿を取る必要なんかないんだよ普通」
アインズは周りを見渡す。
エ・ランテル最高の宿だけあって高級感あふれる調度品が置かれ、品の良い雰囲気が演出されている。
もっとも自宅(ナザリック地下大墳墓)に比べたら、お世辞込みで評価しても二流が良いとこである。
食事も同様に、いくら豪華な食事を提供されても自宅(ナザr……)では賄い食にもならない程度である(サイファーは毎食おかわりをする)。
しかしそのモモンの今の立場上、木賃宿などには泊まれるはずがない……なぜならモモンはこの都市唯一のアダマンタイト冒険者だからである。ゆえにアダマンタイト冒険者に相応しい宿や服装を維持しメンツを守らなければならない。
ふぅとため息をつきながらアインズは割と本気で冒険者組合に宿を提供させようかと思案していると扉からテキトーな感じのノックが聞こえてきた。
ノックから少しも時間を置かずに扉が開かれサイファーが入ってきた。
「ただいま、アインズさん」
「お帰りなさいサイファーさん。遅かったですけど何かありました?」
「ええ、この前商人に頼んでいた鉄鉱石が集まったとのことです。ちゃんとアインズさんの指定通り採掘場所別に分けてもらってきましたよ。……って、そんな事はどうでもいいんです。大ニュースがあるんです」
「大ニュース・・・ですか?」
サイファーの大ニュース発言に露骨に身構えるアインズ、その態度にサイファーは物凄い笑顔で答える。
「ええ、商人と話していたら、この都市の外れの方にある貴族の古い別宅が売りに出されているそうなんです」
「それのどこが大ニュースなんですか? 俺達には関係ないじゃないですか」
「まあまあ、話は最後まで聞いてくださいよ・・・その屋敷のお値段が・・・新金貨三枚なんですって!!」
サイファーは指を三本立ててその衝撃を表し、アインズも精神の安定化が起こる一歩手前までテンションがあがる。
「金貨三枚って・・・マジなんですか!」
「マジマジ! しかもまだ買い手がいないらしいんですよ。これ、購入したら宿代も節約でき、尚且つ俺らの評判も右肩上がりっすよ!」
テンションが上がりきったサイファーは右手をギュイーンって感じに上げ評判メータの上昇を表現している。
その様子をアインズは胡散臭い詐欺に騙されている可哀想な人を見る眼で見ていた。
「あと、真面目な話、宿にいるより俺らの敵になり得る者達からの襲撃に対して人目につかず対応が取りやすいんと思うんですね」
「・・・急に真面目にな意見をぶっこんできましたね・・・確かに拠点がある方がナザリックと連携が取りやすそうですね」
アインズもサイファーの意見を聞き、真面目に拠点購入を前向きに検討し始めると予想外の答えが友から返ってきた。
「それと、もう買っちゃったから後戻りが出来ませんからね」
「ちょ、おま!」
アインズの反論を待たずサイファーは続ける。
「仲介人とは話がついていますから、あとは現地に行くだけです。さっ、アインズさん、出発の準備をお願いします。あっ、宿の方にも話をしていますから大丈夫ですよ」
何かを言いたいがアインズは飲み込むことにした、何だかんだ言って金貨三枚の屋敷に興味が無いわけではない。
「・・・分かりましたよ。で、場所はどこなんです?」
机の上に置いてある金貨を財布に片付けサイファーに場所の確認をおこなう。
「都市の外れにある共同墓地のすぐ近くです。アインズさんが思っているより立派な建物ですよ」
そこはかとなく不安はあるがアインズはサイファーの案内で現地に向かい移動を開始した。
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エ・ランテル西側地区。かつてアンデッドの大量発生が起こり冒険者としてアインズ達が解決し平穏が戻った場所である。
しかし、墓地は常時満杯の状態であり、白骨化した遺体を粉々にして空きスペースを確保している状態であるため、あの事件後もたびたびアンデッドが発生しているようである。
そんな危険な場所の近くにひっそりとその屋敷はあった。
「何と言うか・・・想像通りだな・・・」
墓地の近くと聞いていたため洋風ホラー屋敷を想像していたが、案内された屋敷はまさにその想像通りであった。
目の前にある門は所々錆び付いており押して開くとギィーと嫌な音が響いた。
そのまま歩を進め中に入ると手入れがされていない庭が目に入る。
花壇と思われる場所には雑草などは生えていなかったが何者かが掘り返し何かを埋めたような不自然な盛り上がりがあり、鑑賞樹は葉がすべて落ちカラスに似た鳥が何羽も止まっており鳴き声もあげずこちらをにらんでいるようであった。
「タブラさんが見たら喜ぶのと同時にダメ出ししそうな典型的ないわく付き物件じゃないですか! サイファーさん、どこで見つけてきたんですか?」
「いや、アインズさんに頼まれて色々な物を商人から買い回っていたら世間話の中でこの屋敷の話が出てきましてね、ちょっと気になったから八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に場所を調べさせたら売地になっている報告が上がってきまして。詳しく商人たちに聞いたら持ち主の貴族も処分に困っているって話だから最高ランクの冒険者としてのコネで買えないか相談したら貴族の方から即オッケーが出たから購入したんですよ……それに……」
急に声のトーンを変えもったいぶった感じで話し始めた。
「出るんですって・・・ここ」
「でるって、何がですか?」
この話の流れででるモノといえば決まっているが一応聞いてみた。
「何がでるんです?」
「お・ば・け・です。ぷふふう、アンデッドが闊歩するこの世界でお化けって、ぷふふ、最初聞いた時は吹き出しそうになりましたよ。まぁ、近くの墓地であんな事件が起こったんです。この屋敷の価値はただ下がり、おまけに維持費もかかる、取り壊すのにはさらに金が掛かるからさっさと手放したかったって言うのが本音だと思いますしね」
「・・・まぁ金が無い気持ちは分からなくも無いな」
さっきまで金勘定していた自分の姿を振り払い屋敷の扉に手をかける。
古い作りだがまあまあしっかりとした造りになっており腐っても貴族の別宅であることがわかる。
扉を開け中に入る。日が傾き始めたとはいえ外はまだ十分に明るいはずだが、屋敷の中は薄暗く、長いこと掃除が出来ていないことで空気は埃っぽく、所々にクモの巣が張っている。
「ずいぶんと長いことほったらかしだったみたいですね、これは掃除に手間がかかりそうですよ」
「ふふふ、何言ってんですか。せっかく人目につかない拠点を手に入れたんですよ。ナザリックからメイド達に来てもらえば済む話じゃないですか。彼女達もアインズさんのために働けるとなると大喜びしますよ。あと家財道具は一切無いらしいんでこれもナザリックから運ばないといけませんよ」
「そうですね、でもまだこの屋敷の中の安全が確保出来てませんから一般メイドではなくプレアデスのメンバーを呼んだほうが良いですね」
「了解です。あ、お化けがでるっていうくらいだから死霊系のモンスターが出現するかもしれませんし、信仰系の魔法やゲートの魔法が使えるシャルティアも呼びましょう」
「分かりました、では一旦ナザリックに戻り準備をしましょうか」
アインズは鎧を消し、いつもの格好になると『転移門/ゲート』の魔法を唱える。目的地はもちろんナザリック地下大墳墓である。
しかしまだ誰もこれから始まる一方的な暴力的展開を予想できないでいる。