順調すぎる・・・
それが冒険者となるべくエ・ランテルに来たアインズの正直な感想であった。アインズが後ろを振り返ると、そこには全身を黒の甲冑で完全に覆いアインズとお揃いの真紅のマントを身に着けたアルベドの姿があった、しかしアルベドからはカルネ村の時のようにピリピリした空気は感じられない、むしろリラックスしているような穏やかな空気をまとっており、とても同一人物とは思えぬ豹変ぶりである
「どうしたのモモンさん?」
「い、いや何でもないぞ、アル」
冒険者としての偽名を呼ばれ、同じくアルベドの偽名で返すアインズ。
じっとアルベドを見ていたら当の本人から声がかった、どうやら長く見すぎたらしい。それにしても言葉使いも完璧である・・・ここに来る前にアインズはサイファーとアルベドに自分達は一介の冒険者であり仲間として行動するため変な敬語や態度は辞めようと提案したがやはり忠誠心が高いアルベドは難色を示したがサイファーが何か耳打ちをすると人が変わったようにこの言葉遣いである
(一体何を吹き込んだんですサイファーさん・・・)
「それにしても遅いわね。串肉買うのに何時までかかるのかしら」
「・・・いや、戻ってきたぞ。遅いですよサイファーさん」
冒険者組合で登録を済ませ紹介された宿に向かう途中幾つかの露天商が目に入り好奇心に負けたサイファーが串肉が食べたいなどと言いはじめ、アインズも異世界の料理に興味が無い訳ではないのでつい許可を出してしまったのである
「いや~お待たせ、店のおばちゃんと世間話してたら遅くなっちゃった、でも見ろよ冒険者になりたてって話したら『がんばんなよ』って言って結構おまけしてくれたぞ」
「そうですか宿に着いたら早速いただきましょう」
そう言って荷物を持つサイファーに視線を向ける、彼は冒険者の偽名は名のらないことにしてそのままの名を名のっている
目的はもちろん自分たち以外にいると思われるプレイヤーをおびき寄せるための『餌』である
危険な任務ではあるがこのメンバーの中では一番HPが高く奇襲攻撃などを受けた時の生存率が一番高い為である
その格好はいかにも魔法使いといった姿になっている。1mほどの杖をもち全身を隠す様に赤黒いローブを纏いフードを目深く被り、顔がよく見えないが黒い仮面を被り顔全体を隠しているはずである
「やっぱり今からでも魔法詠唱者って設定止めませんか、その杖だけでは心もとないですし」
そう言ってアインズはサイファーの持つ杖を指さすがサイファーは頑として譲らない
「い~え、モモンが戦士のRPをやるなら俺は魔法使いのRPをやらせていただきます、この超レアの杖がやっと日の目を見る事が出来るんだから」
そう言いながら杖に頬擦りするサイファー、この杖こそかの有名な『流れ星の指輪/シューティングスター』と同列のレア度を誇る杖である。その効果は第三位階までの魔法を10個まで登録でき、しかも杖に込められた魔法は他の杖やスクロールと違い使用回数に制限がなく無限に使え、登録した魔法は何回でも登録しなおす事ができ、状況に合わせた使い方が出来るのだ・・・・
しかし現実は厳しいものである、いくら無限に使えると言っても所詮第三位階までの魔法でありカンストプレイヤーにしてみれば全くのゴミである。これが当たるくらいなら指輪の方が何千倍も嬉しいものであり、課金しまっくったあげく最レア演出でこれが出た日には地獄である
そんな杖だが大勢のプレイヤーが利用方法を考案しても何かの下位互換になり果ててしまい、せっかくの使用回数無限がまったく役に立たないのである、カンストプレイヤーが使うバフ、デバフ魔法でもギリギリ実戦に使えるのが第四位階からであり、回復に使おうにも第三位階では焼石に水であり蘇生魔法も第五位階からである・・・
「そうですか・・・さて、この辺に教えてもらった宿屋があるはずなのだが」
アインズが周囲を見回し宿屋を探してる横でサイファーはアルベドに話しかける
「アルベド、さっきアインズさんとの会話を少し聞いてたけど中々フランクに出来てるじゃないの」
「もちろんよ私の言葉遣い一つでモモンの計画を台無しにする訳にはいかないもの・・・しかし流石はサイファー様、貴方様の言う通りにしただけでお褒めの言葉は頂けるし、このような素晴らしいマントまで授かる事が出来ようとはさすがは至高の御人。尊敬いたします」
そう言いながら自身が身に着けている真紅のマントを愛おしそうに抱きしめるアルベドを見ながらサイファーは苦笑いを浮かべるしかなかった
アルベドがこうなった原因はここに来る前の最終ミーティングで仲間内で様付けなどの敬語はなるべく無くそうと話が出たがアルベドがそれは不敬だと中々折れてくれなかったのでサイファーはダメもとでアルベドに「将来の為の予行練習と思いなさい」と耳打ちすると急に目を見開きこちらを凝視し「よろしいのですか」とか「サイファー様は私を押してくださるのですかと」とか訳が分からない事を言ってきたので適当に「はい」と返事をしたら急にこちらの提案を受け入れたし、同じ黒い鎧を着ているからアルベドにもお揃いのマントをあげたら提案しアインズが了承するとさらに機嫌が良くなった
「二人とも宿が見つかったぞ」
アインズが指をさす方向には確かに宿屋を現わす絵が描かれた看板があった、看板を目的に店を探すのは単純に三人ともこの国の字が読めないからだ。アルベドは「二、三日あれば何とか・・・」と言っていたが俺には到底無理だ
目的の宿を見つけたアインズは少し早足になりながら歩き出す。アルベドとサイファーはそれにつづく、何も問題が無いといいが
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問題が発生した!
思ったより汚くボロイ宿に着いて宿の亭主にアインズが三人で泊まれる部屋を希望したらなぜか店の店主に怒らた
どうやら「新人なんだから大部屋で顔を売りつつ冒険に備えろボケ」って事らしいが正体を知られるリスクを少しでも潰したい俺らには必要ない
それより怖いのがアルベドだアインズが怒鳴られているのに全く感情を露わにせず穏やかな空気をまとっており首元のマントを触りながら静かに笑っていた
そんな別の意味のハラハラを味わっていたら話は終わったらしい
「部屋は二階だそうだ、いくぞ二人とも」
店の連中の値踏みする様な視線を浴びながら移動を開始すると邪魔するように行く手に足が出されサイファーは笑いがこみ上げてくるのを感じた
(今時それかよ、くっぷぷ、あれだろ足に当たったら痛って~なおい、て感じで喧嘩売ってくるんだろ)
サイファーがそんな時代錯誤な行動に吹き出しそうになっている事に気づかずアインズは足を蹴りはらった
「おいおい、痛いじゃないか」
男がドスの利いた声で脅しながら立ち上がる姿にもう我慢の限界である
「ぶっはははははは、もうやめてモモンさん、ぷふはひ~お腹痛いよ~」
いきなり場違いな所から場違いな笑い声が響く、サイファーの笑いの沸点は意外と低いのである。アインズに喧嘩を売ってきた男は顔を赤くするほど怒りサイファーに掴みかかってきた
「何を笑っていやがる、このもやしが!」
「ごめん、ごめん。こんな見事な雑魚でやられ役のセリフを言う人間がいるとは思わ無くてつい・・・」
「んだとこらぁ!、変な角なんか付けやがって!」
男は怒りに任せフードの穴から出ているサイファーの角を掴み左右に引っ張る、その行動に少し腹が立ってきた・・・(全体的に笑ったサイファーが悪いのだが)
「おい、勝手に人の角に触ってんじゃねえよ」
「はぁ、何を言ってんだ、てめぇ?」
実力差も分からぬ男にどうでもいい気分になった
「・・・もういい、じゃあな」
そう言ってサイファーは素早く男の胸倉を掴み男の体を持ち上げる。あまりの事に男は驚きの声しか上げられず、周りの騒動を見つめていた男たちもどよめく、力の無いはずの魔法詠唱者が成人男性を片手で軽々持ちあげているという状況に困惑している
そんな周囲の状態などお構いなくサイファーは足をバタつかせる男を適当に放り投げた(投げる瞬間少し死んだら面倒だなっと思い少し手加減した)男の体は天井近くまで上がり放物線を描きながらサイファーの後ろのテーブルに落下していき女性の悲鳴がこだました
サイファーが男を投げ飛ばしたのを確認するとアインズが口を開く
「・・・で、次はどうする。言っとくが私はそこの魔法詠唱者より力があるぞ」
アインズの言葉は同じ席に座っている男に向けられたものであり、その意味を理解した男の仲間は慌てて頭を下げてきた
「仲間がすまないことをした! 謝らせてくれ!」
「ああ、許すとも私は何の迷惑もかけられていないしな。ただ、テーブルの代金は店主に払っておいてくれ」
「もちろんだ。こちらで払っておくともよ」
ならば話は終わりだとアインズが再び歩き始めようとしたときサイファーの悲痛な声が聞こえた
「た、助けて、モモンさん」
「仲間に助けを求めるな! アンタのせいで私のポーションが割れたのよ!何考えてあんなもんぶん投げつけてくんのよ!」
アルベドは何も問題を起こしていないのにこの悪魔はなんで問題ばかり起こすのだろう。サイファーは見知らぬ女に詰め寄られていた
「ポ、ポーショ、ポーションプリーズモモンさん、なる早でお願いします!」
ほっといても大丈夫そうだ、そう判断したアインズはサイファーを切り捨てる事にした
「では先に行きますねサイファーさん。部屋は二階の一番奥ですので、行くぞアル」
「はい、モモンさん。サイファー自分で買った物は忘れずに持ってきなさいよ」
「は、薄情者~」
アインズは今度こそ部屋に向けて歩き出す。後ろからはさらに女に詰め寄られるサイファーの声が聞こえるがまぁいいだろう
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パタリと音を立て木の扉が閉まる。部屋には小さい机が一つ、店主が言っていた鍵付きの宝箱が備え付けられた二つの粗末な木製寝台位しかない粗末な部屋であり、ナザリックの生活に慣れたアインズは軽く失望を覚えてしまうがどうやらアルベドは違うらしい・・・
「くふふ、ここが私達二人の新しい新居・・・」
「違うぞアルベド、サイファーさんを入れて三人だからな」
ナチュラルにサイファーを除外したアルベドにアインズのツッコミが入る
「存じております。右のベッドがサイファーさまで、左が私達二人ですよね」
「アンデッドの私は睡眠を取らないからアルベド一人で使って良いのだぞ」
アルベドと会話しながらアインズは鎧戸を閉めているとドタドタと足音が聞こえ自分達の部屋の前で止まり扉がノックされる狭い部屋だがアルベドに視線を向け開けるように指示し扉を叩く人物に警戒をする、十中八九サイファーだろうが油断は禁物だ
「置いてくなんてひどいよ二人とも、格好つけて女の子に絡まれるなんてまるで間抜けな三枚目役じゃないですか」
「ユグドラシル時代からそうじゃないですか」
「ひどっ!」
「まぁ、それは置いといて結局どうしたんです?」
「ああ、最下級のポーションを一個あげたら納得してくれたようです。はぁ~ポーション三つしか持ってきてないのに街にきて半日も経たないうちに一個消費した」
「まあまあ、取りあえず座ってください。これからの行動を説明しますから」
「ん、もう決まってるんですか」
サイファーは右のベッドに腰かけながら質問をする。ちなみにアルベドはアインズの隣にちゃっかり座っていた
「ええ、決まっています・・・とても重大なことです」
「そ、それほど重大な事が御座いますのでしょうか」
「ま、マジかよ此処に来て初日にいきなりかよ」
サイファーもアルベドもアインズの言葉を固唾を飲み待つ、そしてアインズの口から重々しく告げられた・・・
「・・・金が早くも底を尽きかけている」
場違いな発言を重々しく告げられ漫画のようにズッコケるサイファー、お金がなくとも二人きりなら私は幸せですとさらに漫画みたいな発言が飛び出す。だからナチュラルに俺を省くな俺はイジられキャラじゃないんだぞ
どうやら街にきて初日から働かなくてはいかないみたいだ。どこの世界でも貧乏暇なしらしい