十勇士 作:妖狐
「飽きないもんだねぇ」
「まぁ、食事を滅茶苦茶にしなければ喧嘩しようが構いません」
「何か楽しそう!
私もや…うわっ!」
立ち上がった桜華に、レオンと水が跳び乗り彼女を押し倒した。
「お、重い……」
「暴れるなって事だ」
「水、お座り」
「レオン、退け」
二人の命令に、二匹は言う事を聞き水は真助の隣に座り、レオンは甚八の膝に頭を乗せた。
「フゥー、重かった」
「桜華は動物に懐かれやすいね!」
「いつからそんなに、懐かれてんだ?」
「里にいた頃からだよ!」
「へ~」
「なぁ!桜華の里って、どんな所なんだ?」
「山と海に囲まれた里。
私達、光坂一族しかいないね」
「どうやって生活してるの?」
「狼を連れて山で狩りをしたり木の実を取ったり、海に出て漁をやったりして、生活してたよ。
あと、甚が時々持ってくる珍しい物資」
「え?!甚八、里に行ってたの?!」
「あぁ。幸村に仕える前、こいつの里に物資を届けてたんだ。
仕えた後は、しばらく行ってなかったけど……数年前に、また依頼が来たからそれでな」
「何で教えてくれなかったの!!オイラ、行きたかったのに~!」
「んな事言われても、当時の頭さんとの約束だったからな。
里を外部に漏らすなって」
「そんなぁ……」
「優が頭になったら、連れてってあげるよ!里に」
「優?誰?」
「桜華の許婚です」
「許…婚……
えぇ!!!許婚!!?」
「こいつ、もういるのかよ!?許婚!!」
「一応、桜華は次期光坂の当主。しかし、やはり男の方が良いという事で、彼女の幼馴染みであり同期の光坂優之介を」
「へ~」
数日後……
屋敷で、文を読む蓮華。読んでいる間、彼女は笑みを浮かべていた。
「手紙、お嬢様からですか?」
茶を持ってきた侍女に、蓮華は笑いながら話した。
「そうよ。
あの子、相当あっちが気に入ったみたい。フフフ」
「それは良かったですね!」
「えぇ」
「私、少し心配だったんです。
箱入り娘として、彼女は育ちましたから……その、寂しい思いをしてるんじゃないかって。
歳が二桁いくまで、ずっと蓮華様にベッタリでしたし」
「大丈夫よ!あの子、しっかりしてるから。
それにあそこには、甚八に真、それに六助。皆がいるから、あの子は平気よ」
嬉しそうに話しながら、蓮華は持ってきた茶を飲んだ。庭に生えていた桜の木が、風に揺られ花弁を舞い上がらせた。
「わぁ!見事な桜吹雪ですねぇ!」
「そうねぇ。
あの子が産まれて、十四年……桜の木のように、立派に育ってくれてる」
「お二人の、自慢の娘さんですものね!」
「まあね!
あの子の才能は、父親の真に似たものね」
上田城……縁側でべそを掻く大助と、彼の頬に出来た痣を手当てする氷柱。
「ほら!もう、泣かない!」
「だって、痛いんだもん!!」
「稽古なんだから、仕様が無いでしょ!」
「佐助が強過ぎるんだ!」
「これでも手は抜いてる!」
「何大声出してんだ?」
大助達の元へ、任務を終えた才蔵と桜華、鎌之介がやって来た。
「佐助の攻撃が、大助に当たったのよ」
「なるほど。
痛くて、大泣きしてたって事か」
「まぁ、そうね」
「男のくせに、弱いな!」
「桜華には分からないよ!
佐助、本当に強いんだから!」
「……じゃあ、戦ってみる?」
悪戯笑みを浮かべながら、桜華は佐助を見た。
「お!それいいな!」
「オイ、勝手に」
「小太刀に二本でしょ?
佐助の武器」
「あ、あぁ……(何で、知ってんだ?)」
「刀一本で、勝負してあげるよ。
さ!やろう!」
柱に立て掛けられていた木刀を手に取った桜華は、構え立った。佐助は軽く溜息を吐きながら、持っていた二本の木刀を構えた。
「そっちから来ていいよ!」
「それじゃあ、お構いなく!」
跳び上がり、佐助は一本の木刀を振り下ろした。桜華は素早く刀で受け止めると、開いているもう片方の手に握られていた短い木刀を抜き、それを佐助の腹に突いた。
佐助は当たる寸前に、持っていたもう一つの木刀で受け止めた。すると桜華は、足を一歩引くと、前足に全体重を掛けて、佐助の小太刀を振り払った。地面を蹴るとその勢いのまま、桜華は刀を振り下ろした。
佐助はすぐに小太刀二本で受け止めたが、圧倒的な力で小太刀が手から離れ、そして前を向いた瞬間、彼女に倒され喉と胸に、木刀の尖端を突き付けられた。
「……ま、参り…ました」
「凄え……桜華の奴」
「佐助から、一本取るなんて」
「初めて見た。しかも女で」
「ねぇ、これ本気なの?
私、全然本気出してないんだけど!」
「え?!」
「ちなみに桜華、どれくらい出したの?本気」
「半分も出してないよ」
「ふぇー」
「まだ上達していないのか?!」
その怒鳴り声に、桜華は固まり素早く才蔵の後ろに隠れた。その時、庭で寝そべっていた水とレオンが、唸り声を上げながら起き上がり、攻撃態勢に入った。
「げっ!まさか……」
気配を感じ目線を向けると、そこには腕を組んだ信幸が仁王立ちしていた。
「ダー!!出たぁ!!」
「人をお化け扱いするな!!」
「お、伯父上!!」
「怒鳴り声を上げれば、誰だって怖がりますよ?
信幸様」
「……」
「地獄に仏ならず、地獄に真さんだな」
騒ぎの中、才蔵の後ろに隠れていた桜華は隙を狙い、真助の傍へ駆け寄り彼の後ろに隠れた。自身の後ろに隠れた彼女の頭を撫でながら、真助は佐助の方を見た。
「佐助、早く信幸様を幸村様の元へ」
「あ、はい」
「よい。一人で行ける」
そう言うと、信幸は去って行った。去って行く彼の背中に向かって、真助の後ろからヒョッコリ顔を出した桜華は、あっかんべーをした。
「桜華!」
「痛っ!」
「伯父上に、紹介すれば良かったね。桜華」
「しなくていい。
私、あいつ嫌い」
「何だ?会ったことあるのか?」
「うん。スッゴい昔に」
「桜華がまだ幼少の頃に、一度だけ。
まぁ、その時に痛い思いをしましたから。
正直僕も、あまり会わせたくはありません」
「痛い思いって?」
「思い出したくないから、ご想像に」
「?」
「なぁ、真助!」
「?」
「桜華と手合わせしろよ!」
「何ですか?藪から棒に」
「さっき、佐助から一本取ったんだ!
けど、全然本気出してないみてぇでさ」
「当たり前ですよ。
この城の中じゃ、刀に関しては桜華が上でしょう」
「え?!」
「自称佐助より強いって言ってる才蔵より!?」
「自称じゃねぇ!!本当だ!!」
「まぁ、疑うのであれば……桜華」
「?」
「やりますよ」
「本当!?
やったぁ!!」
腰に挿していた刀の束を握った桜華は、引き抜き真助の方に向き構え立った。
「いきなり本番かよ!!」
「ぼ、木刀の方がいいんじゃ……」
「ダメダメ!
今木刀でやったら、木刀が持たないよ」
「ま、マジ?」
「それではいきますよ?
先に攻めてきなさい」
「よっしゃー!!」
地面を蹴り、桜華は刀を振り下ろした。真助は握っていた刀で受け止めると、手から水を出しそれを放った。桜華は当たる寸前に避け、そして手から火の玉を放った。刀に水を纏わせ、その刀で飛んできた玉を斬った。
「あれ、もう手合わせじゃなくて、組み手よね?」
「……だな」
「でもなんか、楽しそう!」
数時間後……
バテて、地面に座り込む桜華。
「全然弱くなってなーい!父さん強ーい!」
「当たり前です。
信幸様を、いついかなる時も守らねばなりませんから」
「って言う真さんも、結構汗掻いてるぞ」
「久し振りに、本気を出しましたからね」
「マジ!?」
驚く才蔵を無視して、真助は桜華を立たせた。
その様子を、上の窓から幸村と信幸が眺めていた。
「真助の子供が、あそこまで成長していたとは……」
「儂が言った通りだろ?
真助と蓮華の子供は、いつか二人を超える強き者になると」
「……」
真助と桜華を眺める信幸……飛び付いてきた水とレオンと一緒に駆け回る桜華。彼女に続いて、大助と鎌之介も二匹を追い駆け回った。
夕方……
縁側で、茶を飲む真助。彼の膝に頭を乗せた桜華は、気持ち良さそうに眠っていた。
「気持ち良さそうに寝てるな?」
「見張りはいいんですか?才蔵」
真助の隣に座った才蔵は、体を倒しながら伸びをした。
「氷柱と交代したんでいいんです。
つーか俺、一応そいつの教育係なんで」
「それは少し心配です」
「真顔で言うの、やめて貰いませんか?」
「冗談ですよ」
(真さんが言うと、冗談に聞こえない……)
「桜華は、ここの生活には慣れましたか?」
「まぁ、多少……」
「……その顔、この子に手を焼いているみたいですね?」
「ガキの頃の桜華って、どんな奴だったんです?」
「やんちゃな子でした。手を焼くほどの。
同い年の子達とよく木登りをしたり、山へ探検しに行って傷だらけで夜遅くに帰ってきた事が、度々ありました」
「……あれ?娘ですよね?」
「えぇ、娘です」
「真助さん」
足音とその声で、眠っていた桜華は目を覚ました。
「おや、起こしちゃいましたか」
「六郎さん、どうかしたのか?」
「信幸様がお帰りです」
「やっと終わりましたか」
「父さん、行っちゃうの?」
「また用が出来たら、来ますよ」
寂しそうな目で自身をみる桜華に、真助は頭に手を乗せ笑みを見せると、そのまま六郎と共に去って行った。
彼の後を、追い駆けはしない桜華だったが、彼女の顔は寂しさに染まっていた。
「……大丈夫だって」
「?」
「真さん、約束は守るから。
娘のお前が、それ一番分かってることだろ?」
「……」
才蔵の言葉に頷く桜華……庭にいた水は、心配そうに彼女の元へ駆け寄り、体を擦り寄せた。
門前に着いた真助は、待たせていた馬の手綱を持ち馬の顔を撫でた。
「……お前が里を離れた時、あの娘は泣きながら見送っていたが……
やはり、成長したみたいだな」
「見送りがないとでも?
それは、あなたがいるからに決まっているではありませんか」
「っ……」
「わざわざ、怖い者がいる所へ来やしませんよ」
「真助……相変わらずの毒舌だな」
「そうですか?」