十勇士 作:妖狐
『でしょう?
珍しかったから、思わず買っちゃった!』
『女子か!!』
『師匠、こいつ名前は?』
『無いらしいよ。
これからは才蔵と佐助が、その子の兄弟子だから、色々面倒を見てね』
『俺、こいつにピッタリの名前があんだけど』
『何だ?言ってみろ。
変な名前だったら、承知しないぞ』
『千草!』
『ちぐさ?』
『こいつの目、緑色だろ?
それによく見ると、星みてぇにキラキラしてんだ!だから千草!』
『……単純馬鹿』
『んだと!!』
『……ちぐさ』
『?』
『ちぐさ……名前?』
『そうそう!
千草!お前の名前だ!』
(あぁ……
こいつに名前付けたの、俺だ………)
腹から血を流しながら、才蔵は思い出した。その光景を見た桜華の中で、沸々と何かが沸いてきた。
「おや、お久し振りですね?
桜華」
「……」
「ご覧の通り、才蔵は戦闘不能になりました。
全く、昔の妹弟子見ただけで攻撃の手を緩めるとか、あり得ないっしょ」
乱れる息をする桜華……刀の束を強く握ると、光の速さで半蔵の前に立ち刀を抜き、勢い良く振り下ろした。
“キーン”
間一髪、半蔵は大剣でその刀を受け止め、後ろへ引いたが前にいるはずの桜華の姿は無かった。
警戒する半蔵……だが、次の瞬間背中に激痛が走りそれと共に桜華が、血の付いた刀を手に目の前に降り立った。
「い、いつの間に……」
「桜華、落ち着け!!
才蔵さんは生きてる!!」
「……」
乱れる息をする桜華……垂れた前髪から見える赤い目が、禍々しく光っていた。彼女の気持ちに反応するかのようにして、首から下げていた勾玉が黒く光り出した。
「(ヤバい!!)
桜華!!気を静めろ!!」
体制を整えた半蔵は、大剣を振り上げ桜華に向かって勢い良く振り下ろした。だが狙いを定めたはずの桜華は、一瞬にしてその場から消え、そして……
「……は?」
大剣の束を握る腕が、地面へと落ちた……半蔵は斬られた腕を抑え、大剣を手に持ち攻撃しようとした時だった。
「そこまでよ」
舞い上がる木の葉と共に、久久能智神が姿を現した。
「半蔵、下がりなさい……」
「……へい」
久久能智神の後ろへ半蔵は下がった。桜華は二人の方に体を向けながら、久久能智神を睨んだ。
「そんなに怒って、どうしたの?」
「……よくも、父さんを!!」
「力を緩めるのがいけないのよ……
少し蓮華の真似をしたら、攻撃の手を止めて……そのまま止めを刺したまでよ」
その言葉に、桜華は握っていた刀を久久能智神に向かって振り下ろした。刀の攻撃を、彼女は木の根で受け止め防いだ。
「これ以上、死人を出したくないでしょ?
なら、その勾玉を外しなさい」
「え?」
「っ!桜華、外すな!!」
「外せば、あなたが望んでるもの全て、手に入るわよ」
「止めろ桜華!!蓮華さんや真助さんと約束しただろ!!
絶対に奇魂を外すなって!!」
「うるさい奴だ……千草」
弦に矢筈を嵌めた千草は、矢を放った。その矢は桜華の横を通り過ぎ、優之介の腹部に刺さった。刺さった彼は口から血を吐き、地面に倒れた。
「優!!」
「あなたが素直に、私達と来てくれればもう死人は出さないのよ?」
その言葉に桜華は、久久能智神の方に振り返ると技を放った。だがその技は彼女に当たる前に、木の根で防がれ逆に攻撃を仕掛けてきた。
次の瞬間、桜華の前に才蔵が立ち彼女を守るようにして抱き締めた。その行為に桜華は、目から大粒の涙を流した……才蔵は何も言わず、その場に倒れた。
「……才蔵……
私なんかのために……私なんかの……ために……」
才蔵の手を握る桜華……しばらくすると、彼女は刀を才蔵の手に握らせた。
「(皆に会えたから……今の私がいる……
皆が優しかったから……ここは居心地がよかった……
だから、ここを壊したくない……誰も失いたくない)
才蔵……ありがとう(父さん……ごめんなさい)
……さようなら」
首から掛けていた勾玉に手を取り、それを外した。
空を覆う黒い雲……その様子に、佐助達は戦いの手を止め空を見上げた。
「何だ?」
「夜?」
空を見上げた敵達は、武器を納めその場から立ち去った。
「あ!待ちやがれ!!」
「待ちなさい!鎌之介!」
「オイラも!」
「大助様!」
「六郎!すぐに馬を」
「はい!」
「とても嫌な予感がする……」
「何だ?夜になるには、ちと早くねぇか?」
「……蘇ったか」
「?蘇った?……!
まさか!!」
「クックックック!これで、俺等が狙ってるものは奪えたって訳だ!
じゃあな、真田の勇士!」
煙玉を地面に捨て、彰三は煙と共に姿を消した。追い駆けようとした甚八に、レオンはコートの裾を噛み引っ張った。
レオンに引っ張られた甚八は、桜華が入って行った茂みの中へと駆けていった。
黒い玉に覆われる桜華……久久能智神を中心に、散らばっていた敵達が、次々に集まっていった。
彼等に伴い、幸村達もそこへ集まった。
「才蔵!!」
「優!!」
腹から血を流し倒れている二人に、氷柱と椿は駆け寄った。
「な……何故、千草が……ここに」
千草の姿を見た佐助は、驚いた表情で彼女を見つめた。
椿に体を起こされた優之介は、口から血を吐き息を切らしながら、自分の傍にいる陸丸と彼女に言った。
「逃げろ……ここから……」
「え?」
「優、どうして?」
「……伊佐那美が……!
早く逃げろ!!」
優之介が怒鳴った次の瞬間、黒い玉から激しい稲妻が飛び交った。当たる寸前に佐助は才蔵を、陸丸と椿は優之介を、鎌之介は大助を抱えその攻撃を避けた。
稲妻は、久久能智神の傍にいた彰三に当たった。直撃した彼の体に、黒い触手が巻き付きそのまま黒い玉の中へと引きずり込んだ。中に引きずり込まれたと共に、彰三の悲痛な叫び声と、骨が砕かれる音が周りに響いた。
「さぁ、出て来なさい」
不敵に笑みを浮かべる久久能智神……
黒い玉は徐々に小さくなり、中から桜華が姿を現した。