十勇士 作:妖狐
静けさが漂う上田城……
真助の訃報が、才蔵達に伝わってから三日が経っていた。
いつも通り、上田の警備をする才蔵達だが思うように仕事が進まずにいた。
上田の森に生えている木の枝に腰を下ろし、見張りをする才蔵の元へ氷柱がやって来た。
「……氷柱か。
そっちの様子は?」
「問題無いわ……そっちは」
「特にない……」
「……まだ、真助さんのことを?」
「……
俺が持っていれば、真さんは」
「それは皆一緒よ……」
「……桜華の様子は?」
才蔵の質問に、氷柱は頭を横に振った。
報せを聞いてから、三日間……桜華は食事もろくにとらず、ずっと部屋に籠もったままだった。
そんな彼女の部屋の前へ来た大助は、ソッと障子を開けようとしていた。
「やめておけ」
「!」
彼に歩み寄りながら、甚八は静かにそう言った。
「甚八……でも」
「今はソッとしておけ」
「けど桜華、一昨日から何も食べてないんだよ!」
「食べたくなるさ」
壁から飛び降りてきた鎌之介は、そう言いながら大助に歩み寄った。
「俺も親父とお袋が死んでから、数日飯は食えなかった。
俺は二人の死に様を見たから、すぐに受け入れられたけど……
桜華は、死に様を見ずに知らせだけを受けたんだ……
俺以上に、苦しい……!」
話すのを止め、驚いた表情で鎌之介は前を見た。その顔に、大助と甚八は彼の見ている方に向いた。
「!?」
「……桜華……」
二人の間に立つ桜華……目に掛かった前髪の隙間から、鋭く光る赤い目を大助達に向けると、何も言わずそこから離れ森の方へ行った。
「何か桜華……凄い怖い」
「……?」
錆びた鉄の様なにおいが漂い、甚八は部屋を覗いた。
「……何だこりゃ」
血に染まった何枚もの手拭い……敷かれた布団にも所々に、落ちた血がシミになっていた。
「桜華……死のうとしてたの?」
「……」
森の道を歩く桜華……滝壺へ着くと、岩の上に乗ると横になり目を閉じた。茂みから彼女を追ってきていた青達は出て行き、傍へ駆け寄った。眠りに入った桜華の頬を一舐めすると、青達は彼女に寄り添うようにしてその場に伏せた。
水溜まりに一滴の水が落ちた……
その音に、桜華は目を開け体を起こした。水の上を歩く音が聞こえ、その方向に目を向けた。
長い黒髪を耳下で結い、それを左右に揺らしながら歩く背中……桜華は立ち上がり、その背中を追い駆けた。
その背中は歩むのを止め、振り返った。それと同時に長かった髪は短くなり、駆け寄ってくる桜華を受け止めた。桜華は、涙を流してその者に強く抱き着いた。その者は、彼女を強く抱き締めると、手を離し向こうへ歩いて行った。
桜華はすぐに追い駆けようとしたが、足に鉛のように重くなり追い駆けられなかった。
「……って……
父さん!!」
そう叫びながら、桜華は飛び起きた。辺りはすっかり暗くなり、虫の鳴き声が聞こえていた。
心配そうな鳴き声を上げながら、空と青は彼女に擦り寄った。
「……父さん……
そっちに……逝きたいよ」
手に嵌めていた手袋を取り、桜華は手首に持っていた短刀で刺そうとした。
“キーン”
「……」
刺す寸前に、短刀の尖端がクナイよって防がれた。クナイを持つ手の方に振り向くと、そこにいたのは才蔵だった。
「才……蔵」
「……そんな事したって、痛いだけだぞ」
クナイをしまい桜華から、短刀を手に取った。刀には微かに血が付いており、露出した彼女の手首を見るといくつもの刺し傷があった。
「……何度も死のうとした……」
「……」
「でも……死ねなかった……
どんなに手首を刺しても、どんなに首を刺しても……死ねなかった……
刺して、出血して横になって目を閉じるけど……死ぬことは無かった。
代わりに……出血が止まってた」
「……死ぬなって事だろ、それは」
「……何で……
何で、父さんや母さんは死んで……私は死ねないの?」
「……」
桜華の目から一粒また一粒と、涙が垂れ落ちた。
「こんな力……なければいいのに」
「桜華……」
「何で私ばっかり、こんな目に遭わなきゃいけないの……
何なの?選ばれた子供って……闇の力って……
こんな苦しいくらいなら……」
懐に隠していたクナイで、桜華は己の喉を刺そうとした。その瞬間、才蔵は腕でクナイを受け止め、後ろから彼女を抱いた。
「死のうとすんな!!
お前が死んだら、真さんが悲しむだろう!!」
「何で私なんかのために、父さんや母さん一族の皆が死ななきゃいけないの!!
私だって、普通に産まれたかった!!椿達みたいに、親の傍にいて……一杯笑って……一緒にご飯食べて……
皆と遊んで……修業して……時に喧嘩して……」
才蔵に体を向けた桜華は、大粒の涙を流しながらそう訴えた。
その姿が一瞬、幼き頃の自分と重なって見えた才蔵は、躊躇いもなく彼女を抱き締めた。
「……」
「吐けよ……
堪ってるもん、全部……」
才蔵の服の裾を強く掴んだ桜華は、全てを吐き出すかのようにして泣き叫んだ。その声に反応するかのようにして、木々がざわめいた。
桜華の部屋を見る優之介……
「……?」
手首に異様な暖かさが伝わった……優之介はすぐに、自身の手首に嵌めているブレスレットを見た。
「……光っている……
何で」
光る勾玉を見ながら、優之介は昔のことを思い出した。
『光っては駄目?
何故です?』
『四つの魂が共鳴して、光るだけなら何も問題は無い……
しかし、それがあなた方一人一人、単独で光るという事は……』
『という事は?』
『闇の力が蘇る……つまり……
伊佐那美が蘇る前兆です』