十勇士 作:妖狐
甚八は誰もいないのを確認すると、光坂の里で拾った男女三人の絵を、真助に見せた。彼はそれを見た時、一瞬眉を動かしたが、顔色一つ変えず甚八を見た。
「これは?」
「光坂の里に行った時、牢みたいな社の中で見つけたもんだ。
そこに描かれてる男とガキが、お前と桜華に似てねぇか?」
「そう言われましても……」
「男の手をよく見ろ。
お前と同じ傷痕があるぞ」
その言葉に、真助は自身の手を見た。そこには確かに大きい傷痕があった。
「……正直に言え。
お前、桜華の父親じゃねぇのか?」
「……」
「俺は一度、お前と桜華に会っている。
出雲近くの海に俺は船を出してた……その時、海で溺れているガキを助けた。浜に辿り着き息を切らしていたら、泣きながら駆け寄ってくる女と、びしょ濡れになって長い髪を下ろした男がいた。
真助、お前はその男によく似ている……」
「……」
黙り込む真助……紙を持つ手に一瞬力を入れると、口を開いた。
「もし、それが事実だったらどうしますか?」
「どういう意味だ?」
「もし僕が、本当に桜華の父親だったらその後はどうするんです?
彼女には、記憶がありません。そんな時に僕は父親ですなんて、言えますか?」
「……」
「それに、僕はもう家族は捨てました。
その家族も、今はもう亡き者。生きているはずがありません」
フラッシュバックで蘇る過去……焼け野原となった里。その前で膝を付き泣き崩れる自分。
「……話はもういいですか?
桜華にお握りを作りたいので」
紙を甚八に返し、真助は去って行った。
離れた場所へ来ると、真助はその場に崩れ大粒の涙を流した。泣き声を上げぬように、手で口を押さえ声を殺しながら泣き続けた。
正座をする幸村……その前には剣幕をした信幸が立っていた。
「で?一体徳川様に何を言ったんだ?」
「その様な昔の事は、忘れた」
「幸村ぁ!!」
「そう怒らないでくれ、兄上!」
「怒らせているのは誰だ!!」
(相変わらず、怒りっぽい……)
「それより、話がある」
「?」
「あの子共は何だ?」
「子供?大助のことか?」
「違う!!
白髪の子供だ!!」
「あ~、桜華か。
数ヶ月前からうちに置いてる、忍の卵だ」
「ほぉ~、忍の卵か」
「……何か、問題でも?」
「その卵に、俺はさっき殺され掛けたぞ!!」
(そりゃあ、兄上の怒鳴り声聞けば、桜華だって怯えるわ)
その頃、桜華と才蔵は滝壺に来ていた。
桜華は浅瀬に足を入れ、森から来た山犬と遊んでいた。その様子を、才蔵は木陰の岩に座り眺めていた。
(すっかり明るくなったな……)
その時、茂みが揺れ中からレオンが姿を現し、桜華の元へ駆けていった。その後から、お握りを持った真助と鎌之介がやって来た。
「真さんに、鎌之介」
「ここでしたか」
「何で鎌之介が?」
「城の中にいると、空気がピリピリしているのが嫌になったんだ。
そしたら、真助が桜華達の所に行くって言うから」
「それで着いて来たってか」
「そういうこと!
あ!桜華!俺も交ぜろよ!」
川で遊ぶ桜華の元へ、鎌之介は靴を脱ぎ捨てながら滝壺へ飛び込んだ。飛び込んだ拍子に水飛沫が飛び、顔に掛かった桜華は驚き思わず尻をついた。それを見た鎌之介は、吹き出し大笑いした。笑われた桜華は、顔を真っ赤にして水の弾を作り彼に当てた。当たった鎌之介は、仰向けに倒れそして素早く起きると、鎖鎌を取り出し鎖を回し風を起こした。
「おやおや、激しい川遊びになりましたね」
「あいつ等……
手拭い取って来ます。少し見てて貰いますか」
「構いません」
返事を聞くと、才蔵はその場から離れた。お握りが乗った皿を岩の上に置き、懐から煙管を取り出すと火を熾し口に銜えた。
心地良い風が吹き、真助の髪を靡かせた。
『父さーん!』
その声にふと目を開ける真助……手を振る少女と、煙管を手に持ち笑みを浮かべる女性がいた。
「真助!!」
「?!」
呼ばれた声にさに、ハッと我に返った真助は驚いた表情を浮かべながら、呼ばれた方に目を向けた。そこには、びしょ濡れになった桜華と鎌之介が立っていた。
「びしょ濡れじゃないですか!」
「だって、手拭い無いし。
それより、お握り食っていいか?!」
「体拭いてからです」
「え~!!」
「文句を言わない」
その時、川から上がってきたレオンは、桜華達の所まで行くと、水を払おうと勢い良く体を揺らし飛沫を飛ばした。
「うわ!!レオン!!止せ!」
「やめなさい!レオン!!」
その時、才蔵が手拭いを持って戻ってきた。
「何で、真さんまで?」
「この猫にやられました」
「あ、そう……」
「早く手拭い貸して下さい。
桜華が風邪引きます」
「あ、ハイ」
手拭いを貰うと、レオンの頭を撫でていた桜華の頭に真助は手拭いを置いた。置かれたのに気付いた彼女は、手拭いを手で押さえながら真助の方に顔を向けた。真助はしゃがみ、桜華の頭を拭いた。
「こんなに濡れて……風邪引きますよ」
「……」
自分を拭いてくれる真助を、桜華はジッと見つめた。脳裏に流れる映像……
『こんなに濡れて……
お母さんに怒られますよ』
濡れた自分を拭きながらそう言う男の顔と、真助の顔が一瞬重なって見えた。
「桜華!!お握り食おうぜ!」
鎌之介に呼ばれた桜華だが、彼女は真助が拭き終わるまで待っていた。
「さぁ、拭き終わりました。
お握り、食べましょう」
頷きながら、桜華は彼の手を握り引っ張り鎌之介達の元へ行った。
お握りを食べ終わった鎌之介と桜華は、遊び疲れたのか二人に凭り掛かりながら眠ってしまった。
「寝やがった……」
「遊び疲れたのでしょう」
自分に凭り掛かり眠っている桜華の頭を、膝に乗せ寝かせた。
「何か、親子みたいですね」
「そういうあなたは、まるで兄弟みたいですよ」
凭り掛かっていた鎌之介は崩れ倒れ、才蔵の膝に頭を乗せ気持ち良さそうに眠っていた。
「……真さん」
「?」
「俺等、先日里に行ったんです。
光坂の」
「……」
「その里の社で、あるもの見つけたんです……
真」
「僕と桜華が描かれた絵……」
「!」
「甚八から聞きました。
質問もされました……『お前、桜華の父親じゃねぇのか?』と……」
「(甚八……)
で、真さんは何て……」
「『僕はもう家族は捨てました。
その家族も、今はもう亡き者。生きているはずがありません』と、答えました」
「……」
桜華の頭を撫でる真助……彼の顔は、どこか悲しい表情を浮かべていた。撫でられた桜華は、気持ち良さそうな表情を浮かべ、手で真助の袴の裾を掴んだ。
「……そういえば、真さんの家族って……
俺、世話になってるのに……真さんのこと、何も知らない」
「余り話しませんからね。家族のことは他人に。
けど、才蔵にならいいですよ」
「……」
懐から煙管を取り出し火を点け、真助は口に銜えながら話をしだした。
「武田が滅んだ後、僕は妻と共にある里に隠れて生活していました。
数年後、妻は子供を産みました。とても可愛い子でした。髪の色と目の色が妻にそっくりで……妻は顔立ちや笑う顔が僕にそっくりだと言ってました。
本当に幸せでした……子供の成長を見るのが、あんなに楽しいものだとは思いませんでした。
しかし、幸せは長くは続きませんでした」
「……」
「子供が六歳になった頃、僕は信幸様に仕える事となり、里を出ました……二人を捨てて」
「……」
「それから数年後、信幸様の使いで遠出した帰り……
二人が気になり、里へ行きました……
ところが、里はもう亡くなっていました」
「!」
「襲撃に遭ったんでしょう……
焦げた家がいくつもありましたから……」
「……じゃあ、真さんにはもう」
「もしかしたら、どこかで生きているのではと思ったことはありました……でも、そう思っていたのも数年の間……」
その時、微風が吹いた。木々をざわかせ四人の髪を靡かせた。
才:……何か、重い。
猿:結局、真助は桜華の……
氷:違うって言ってるんだから、違うんじゃないの?
狐:今回、重たかったからここまで。
才:だな……
狐:読者の皆さん、また次回!