八幡の武偵生活   作:NowHunt

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なんとか三月中に投稿できた!
この話から初めてルビ打ってみたのでどこかおかしかったら修正します。


一歩目

「飲み物です。どうぞ」

 

「あ、どうも………」

 

 ダグバさんから頂いた水を飲みながら全体を見渡す。そのままダグバさんは台所に消えていった。

 

 俺の左隣にはレキ。机を挟んだ正面にはボルテさん。ボルテさんの隣、つまりレキの正面にアランさん。

 

 ボルテさんに案内されて入った家の中はペンションみたいな家具やインテリアが設置されていた。

 

 何の話をするのか分からずに流れるようにここまで来た。結局、あの時言っていた合格とは何のことだ?

 

「レキにある程度聞いているとお伺いしていますが、まずは私たちウルスのお話をします」

 

 そうボルテさんが切り出す。

 

「先程言った通り、私たちの祖先は源義経です。モンゴルではチンギス・ハンと伝えられています」

 

 確か、降りた空港の名前はチンギスハーン国際空港だったな。やっぱり有名なんだな。

 

 それにチンギス・ハンなら俺だって知っている。中学でざっくりと習った。武偵高では、まだ世界史はそこまでやっていないから詳しくは知らないが。

 

「レキから聞いた時も疑問だったが、本当に同一人物なのか?そういう話は何となく聞き覚えがあるけど眉唾物だと思っている」

 

「……作り話にしたんですよ。星伽が」

 

「星伽が……?」

 

「はい。その前に――色金をご存じですか?聞き覚えがないなら構いませんが」

 

 まぁ、この質問は来るだろうとは思っていた。

 

「知っている。一時期イ・ウーにいたことがあるからな」

 

「あそこにですか。それは少々驚きました……」

 

 ボルテさんとアランさんは目を見開く。レキ以外のウルスの人たちの表情が動くの初めて見たぞ。

 

 つーか今さらだが、そんな簡単に色金の名前出していいのかよ………。

 

「私たちウルスもあそこに少し関わりがありました。5年前にイ・ウーの党首が直々に色金についての交渉に来たのです」

 

「へぇ。シャーロックが、直接か……」

 

 もしかしなくても、緋色の研究を進めるためか。その割りには緋色の研究に璃璃色金はほとんど書いてなかったな。確か……名前だけしかなかったな。

 

「あのシャーロックもご存じで。それはかなり珍しい人ですね」

 

「そこは気にするな。自分でも重々思っている。……それで、星伽とウルスの関係って何だ?」

 

「そうでしたね。では、話します。かつて源義経は日本の津軽からここ、モンゴルに渡りました。その時に手伝いをしてくれたのが星伽です」

 

「モンゴルに渡るための手引きか………」

 

 そこは理解したが、正直、だから何か問題あるのか?ってくらいしか思い付かない。

 歴史的にはかなりの発見なのだろうが、一般庶民からしたら事の重大さがピンとこない。

 

「それって大きな問題になるのか?」

 

 口に出して聞いてみることにした。

 

「ただ、人を送るだけなら特に問題にはならないでしょう。しかし、1つ問題があったのです。モンゴルに着いた源義経――チンギス・ハンが色金を所持していたことです」

 

 やはり、色金ってそんなに価値のある代物なのか……。世界を変える力があるというしな。

 

「そして、ウルスと星伽は色金に関する情報を交換していました。その後、そちらで言う江戸時代にその事がバレてしまい、星伽が作り話にしてくれと頼んだ……とのことです」

 

 …………なるほどな。大体分かった。実際そこまで分かってないです。

 

 レキから話を聞いた時も表面上理解しただけで本質を理解しようとはしなかった。というより、できなかった。レキの言葉が抽象的すぎて。

 

「その話とさっき言った合格についてどう繋がるんだ?」

 

 その言葉を発すると、ボルテさんはレキをチラッと見る。………レキに関係している話なのか?

 

「今現在、ウルス全体の人数は47人。その全員が女性です」

 

「……全員?」

 

 それは初耳だ。って、えっ、それよりいきなりすぎない?何の話なの?

 

「はい。ウルスは閉鎖的な民族です。同族の血が濃くなりすぎると遺伝子に支障をきたすことがあります。そのせいで女性しか生まれなくなりました」

 

 その話はテレビとかで聞いたことがあるな。だから日本や色々な国では血縁者同士の結婚は法律で認められてないんだよな。もちろん、倫理的な問題もあると思うが。

 

「だから私たちは強い男性の血が欲しかった。そこでウルスの姫であるレキに風――璃璃色金の指示で探させたのです。日本にした理由はまた別の問題があるのですが」

 

 うん?………ちょっと待て。今、何か聞き捨てならないことが聞こえたぞ。

 

「レキが……姫?確か、璃巫女ってのは知ってるけど。その、こいつが?」

 

 親指でレキに指を向けると、それに不満なのか肘で脇腹を小突いてくる。

 

「そうですよ、八幡さん」

 

「漢字では(つぼみ)に姫でレキと読みます」 

 

 レキとボルテさん、2人同時に同意する。

 

 蕾姫で、レキか。

 

 いや、マジか。姫ってイメージ全く湧かないぞ………。たまに俺が勝手にお姫様呼びすることがあったが、まさか当たっているとはな。

 

「別にレキが姫だからといってレキはレキだしな」

 

 俺にとってそこは永遠に変わらない。 

 

 

 

 ………あ、そうだ。せっかくの機会だ。

 

「その前に璃璃色金について可能な限り教えてくれ。レキには無を好む程度しか教えてもらってない」

 

 その先を聞く前にもっと情報を聞き出しておかないと。

 

「…………本来、あまり口に出すべきではないですが、そこまで知っているのなら別に構いません。といっても、ほぼその通りですよ」

 

 あまり表情が動かない人だが、嫌そうな顔だな。

 

「へー。そうなのか」

 

「それでは、星伽の史書から璃璃色金について抜粋します。『璃璃色金は穏やかにして、その力、無なり。人の心を厭い、人心が災厄をもたらすとし、ウルスを威迫す。璃璃色金に敬服せしウルスは、代々の姫に己の心を封じさせ、璃璃色金への心贄(ここにえ)とした』ですね。………比企谷八幡、あなたならこの意味が分かるのでしょう?」

 

「ああ……」

 

 姫として育てられた……つまり、自分の感情を、心を育てられずに今まで育てられたということになるのか。風の命令に従う存在として。

 

 確かに俺と知り合った時のレキは感情をさっぱり分かってなかった。多分今もまだ一般人並の感情は持ち合わせていない。少しずつ感情を出せるようになってもだ。さっき、空港でレキは我儘を出したけど。

 

「そこにいるレキは璃巫女として育った。そして、先程私が言った通り、レキは強い男性をウルスとして迎えるために日本に行った」

 

 話を切り、水を飲む。コップを置くと、話の続きを始める。

 

「生まれてきてからある時までレキは璃巫女の役割を順調にこなしていました。……ですが、あまりにもイレギュラーな事態が発生しました」

 

「イレギュラーか。一体何がだ?」

 

「あなたですよ。比企谷八幡」

 

 …………おっと、予想外の飛び火がきたぞ。

 

「私は風と繋がれないから分かりませんが、レキが言うには、一番最初あなたを見かけたある日に『警戒しろ』という指示があったそうです」

 

 一番最初というと、そうそう、あれだ。コンビニで見かけた時になるのか。

 あの時レキは俺を認識していたのか。てっきり街中ですれ違う程度の認識だと思っていた。

 

 思い返してみれば、カルテットの後にレキは部屋に無理矢理泊まりに来たことがあった。あの時レキは、風の指示で俺の事を知りたい、的なことを言っていたな。だから来たんだ。

 

「俺って強いうちに入るのか?」

 

 ポツリと疑問を漏らす。戦力だったらHSSの遠山や神崎とか武偵高にたくさんいるぞ。

 

「風が警戒しろと言ったのですから、何かしら普通とは違う強さがあなたにあるのでしょう」

 

 そう面と向かって言われると照れるな。あまり真正面から褒められるのに慣れていない。

 

「……………」

 

 レキさん、分かったから、その冷たい目で俺を見るのを止めてくれませんか?

 

 そんな様子を気にせずにボルテさんは口を開く。

 

「あなたと触れ合った日々はかなり根強く、レキに感情を芽生えさせた。しかし、風は無を好む。それを良くとしない風はレキを璃巫女から外し、別の者を璃巫女にした」

 

 まだ、昔のレキみたいな奴がいるのか。そいつはレキに対してどう思っているのか。

 

 ――突然、俺の思考を遮るように、

 

「ボルテさん、その説明では少し語弊があります」

 

 と、割って入るのはレキ。

 

「確かに今は璃巫女は外れていますが、風はいつでも私と繋がることができます。つまり、保留の状態です」

 

 ふむ。ここに来る前もそんな事言ってたな。緋色の研究では色金は人の躰や心を乗っ取れるらしい。レキを乗っ取れるかどうかは分からないが、その可能性はまだあると考えた方がいいな。

 

 だけど、話を聞く限り、璃璃色金が乗っ取る事は無さそうだな。無を好むなら自分から動かなさそう。

 

「分かりました。補足説明感謝します。当初より話が逸れましたがらこれでようやく最初の説明に移れます」

 

「俺の合格とやらについて一体何がってことか?」

 

「はい。……3月下旬、レキはここに帰ってきました」

 

 えーっと、3月下旬というと、俺がグータラしていたり、コンテナを歩き廻っていたりしてた春休みの時期だな。

 

「それまで風と繋がることができる――他の璃巫女の役割を持っているウルスは知っていたのですが、それ以外の私たちは知りませんでした。……レキが感情を持ち始め、少しずつ風から外れている事に」

 

 今まで以上に真剣な表情になるボルテさん。

 

「そして、帰ってきたレキが自分に起きたことを全て話しました。題名を付けるなら、比企谷八幡と過ごした日々、と言うべきですかね」

 

「……その内容は省いてくれ」

 

 多分俺が悶え死ぬ。

 

 ボルテさんは頷きながら、

 

「話終わってからしばらく黙っていましたが、最後にレキは自分の意思である事を言い切りました」

 

「その内容は?」

 

「『ウルスから独立したい。これからは自分自身で物事を決める』と」

 

 ……………そうか。

 

 もう、そこまで成長したのか。さっきの『一般人並の感情は持ち合わせてい』という発言は撤回しないとな。

 

「ボルテさんはどのように返事を?」

 

「とりあえず比企谷八幡を連れてきなさい、とその場では答えましたね」

 

 なるほど。

 

「で、今に至るわけか」

 

「そういう事になりますね」

 

 大分、話の流れが見えてきた。

 

「つまり、その合格ってのは俺がレキといても大丈夫かどうかって感じになるのか」

 

「まぁ、大雑把に言えばそうなります」

 

 冗談抜きで娘さんを僕に下さい状態だな。状況は特殊すぎると思うが。

 

「それに、あの程度で死ぬような人間はいりませんので」

 

 あの程度って………。矢放ったり、狙撃銃を至近距離で撃ったりしたら普通は死ぬぞ?

 

 俺がイ・ウーに行ってなかったからどうなってたか。ありがとう、セーラ、シャーロック、理子、ジャンヌ。

 

「銃を撃つ刹那に銃口をずらした技術やその後、瞬時に私を人質にした手際は見事なものでした。実際弓矢を対処した時に撃てば当たると思っていました。まだまだ私も未熟です」

 

 淡々と言うボルテさんに続いて、

 

「あの急な空中での方向転換は驚きました。どういう理屈で動いたのですか?……いや、そもそもどうすれば矢の一斉射撃を防いだのか。放った瞬間矢の軌道が変わった。何故?そういえば、矢が逸れた時に比企谷さんとレキさんの服や髪がなびいた。草原もあの部分だけ揺れた。推測するなら……風?ならば、風をどのように応用すればあの方向転換ができる?あの瞬間は特に風は周囲に起こってなかった――――」

 

 アランさんが喋ったと思ったが、いきなりブツブツブツブツ唸り始めた。俺の超能力の分析か?これはこれで怖い。

 

「アランは何かに夢中になったら没頭する癖があるので」

 

 注釈を入れるレキ。ウルスとは言えど、こんな一面を持った人もいるんだな。意外。

 

 それで、今のレキは無表情。色々お前の話をしてたんだし、何か……恥ずかしがるとかないんかね。

 

「だから私は合格と言いました。レキ、これからは自由にしなさい」

 

 ボルテさんは僅かながらの笑顔を浮かべ、レキの独立を認めた。

 

「ありがとうございます」

 

「ですが、先程あなたは『まだ風と繋がることはできる状態』と言った。いくら璃璃色金が感情を持つ人間を嫌うといっても、あなたに乗り移れるということ。気を付けなさい」

 

「はい」

 

「最後に1つだけ。あなたの故郷はここなのだからいつでも帰ってきなさいよ」

 

「………はい」

 

 レキは、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 

 ボルテさんは俺を見つめ、

 

「比企谷八幡。あなたもレキを頼みます」

 

「もちろん、そのつもりだ」

 

 対する俺は迷いなく、応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後好きなだけ滞在して大丈夫と言われ、ウルスの人たちは空いてる部屋をわざわざセッティングしてくれている。

 

 俺も手伝おうとしたけど断られ、その場にいるのも何だか申し訳なく適当に歩いていたら、湖を見付けた。レキはどっかに消えた。

 

 暇だからそこらの石を拾って水切りをして遊んでいたが、それも飽きて、今、手持ちぶさたな状態に陥る。

 

 

 

 

 

 時刻はまだ3時頃。日射しも強く、水面が日光を反射していて眩しい。

 

「……何だ、あれ?」

 

 そんな湖ボーッとを眺めていると、綺麗な水の中にうっすらと何かが沈んでいるのが見える。

 

 場所は、湖全体の中心部辺り。

 

 ――気になるな。行ってみよう。どうやって………お、あそこにボートが。

 

 視線の先には木製のボートが何隻かある。

 

 停泊してあるボートを勝手に借りて漕ぎ、近づき下を覗く。そこにはかなり大きい岩らしき物がある。

 

「おぉ……」

 

 直径は10mはあるな。高さはだいたい2から3m程。その周りは海藻で覆われ……ここ湖だし海藻はないな。藻で覆われている。

 形は円形、ではなく、どちらかといえば円錐形に近い。麦わら帽子の上部がなだらかに広がっている感じ。

 

 水中からじゃ本当分かりにくいな。高さなんか屈折しまくっているからかなり適当だ。

 

「実際こうして見ると……でかいな」

 

 直径10mもある岩なんてこの目で見たことない。実際見てみると、上手く言葉にできないけどスゴいもんだな。語彙力がヤベーイ。

 

 にしても、ざっと見渡したけど、湖の他の所にはこんな岩はないな。ここだけにしかない。珍しい物もあるもんだな。日本でもここまで大きい石や岩は俺が知っている中ではないな。

 

 これは何だろう?地形が削れてこうなった訳ではないだろう。だとしたらあまりにも不自然すぎる。

 この岩はおおよそ湖の中心にある。今、岩の真上にいるからそれがだいたい分かる。

 

 

 ………そういえば、ふと思い出した。

 

 小学生の頃図書室で<地球の秘密>や<恐竜の秘密>みたいな本を読んだことがあったんだ。そこに書いてあった内容で、

 〔地球に隕石が墜落し、その衝撃でクレーターができた。そのせいで恐竜が滅んだ。その後、永い間大雨が降り続けた。そして、そのクレーターに水が溜まり、湖になったことがあった。〕

 というエピソードが印象的だったな。

 

 そのエピソードにこの状況はスゴく当てはまりそうだよな。仮説として、この岩は隕石だった可能性がワンチャン………あるのかなぁ。

 

 いや、まぁ、湖が出来る方法なんて色々とあるけど。例えば火山のせいだったり、断層のせいだったり、いっそのこと人工だったりと数は多い。

 

 だから、隕石とは言い切れない。……けど、それっぽいよなぁ。

 

 ここで考えても仕方ない。レキかボルテさんたちに質問してみよう。もしかするとこの湖に関しての言い伝えがあるかもしれない。

 

 さて、長居して注意されるのも不味いしそろそろ戻ろ「――くい」……う………か。

 

「…………は?」

 

 な、何か、聞こえた。誰かの声か……?

 

 周りには誰もいない。携帯もキャリーケースに入れてある。これは空耳か?

 

 

 

 

 

 

 

「――――醜い」

 

 

 

 

 

 

 

 …………いや、違う。間違いない。今度ははっきりと聞こえた。空耳ではない。

 

 聞こえたというより、俺の頭の中に響いてきた方が近い。

 

 レキではない。ボルテさんでもアランさんでもダグバさんでもない。今まで聞いたことない声。

 

 透き通った、とても綺麗。それでいて、どこか恐怖を覚える……そんな声。

 

 醜いとは俺のことなのか?何に対してだ。

 

「お前は、誰だ……?」

 

 俺は呟くが、反応する人は当然ながらいない。

 

 

 

 

 とりあえずボートを元の場所に戻した。ボートを借りたことは後でボルテさん辺りに一応報告しておこう。

 

 あれが何だったのか気になるが、聞こうにもまだ準備で忙しそうだった。そして、レキは未だに見当たらない。どこ行ったんだよ、あいつ。

 

 次はどこを歩こうか。といっても、ここには草原と湖も森くらいしかない。消去法だと森になるなぁ。

 

 暇潰しにはなるか。せっかく外国に来たんだ。どこかで役に立つかもしれない。色々な知識でも蓄えようか。

 

 〔千の備えの内、一使えれば上等〕というような台詞がある漫画であったわけだしな。損はないはずだ。

 

 森に入る。そこは針葉樹の森だ。 

 中学で、シベリア辺りの森は針葉樹がほとんどだと習った。名称はタイガだったか。

 レキにもざっくりとウルスの位置を教えてもらってある。モンゴルとロシア国境付近らしい。ふむ、一致するな。

 

 さてと、しばらく歩くかー。

 

 ちょっと好奇心にそそられ、迷わないよう注意しながら森を探索する。こういう探索はなんか、こう……男の子心をくすぐられる感じがする。楽しい。

 

 

 

 5分程ほっつき歩いていると後ろの方から、ザッ!と草を掻き分ける音がする。その直後、

 

「……ガルルルルッッ!」

 

 普段聞き慣れない唸り声がする。

 

 振り向くと、犬が1匹いる。体長は80cmか。けっこう大型の犬だな。……いや、普通の犬は大きくて60cmだ。

 

 この大きさに鋭い目つきと鋭利な歯。どれも犬にはない特徴だ。これは――狼か。

 

 マジか。野生の狼なんて初めて見たぞ。モンゴルにいるんだ。

 

 狼は絶賛威嚇中。

 

 適当に拳銃撃ってビビって逃げてくれたらいいけど、下手に音出して狼の数が増えるのは避けたい。それ以前に匂いですでにバレてそう。

 

「うおっ!」

 

 突然、狼が一直線に突進してきた。俺を敵としたか。

 

 回避はしたが、予想以上に速い。蘭豹には劣るがな。………とはいえ、グズグズはしていられないぞ、これは。

 

 殺そうと思えば、こっちには拳銃があるから簡単に殺せる。でも、狼って絶滅種だっけか。できれば殺すのはナシの方向で。

 

「さーて、どうするか……」

 

 少しずつ、後ろに下がる。狼と3m距離を取る。

 

 俺としてはスタンガンで気絶させるのが手っ取り早い。………あればの話だけどなぁ。

 あれは日本に置いてきた。拳銃とナイフあればいいかなって。それにスタンガンの調子悪かったから材木座に修理を頼んでいる。

 

 このまま俺が逃げるか。ウルスの人たちなら追い返す方法を知ってると思うからどうにかなるかも。

 

 それとも向こうが逃げてくれるか。……それはなさそうだ。だってメッチャ俺を親の敵みたいな目で見てくるぞ。

 

「……っと」

 

 どのような選択をするかと考えているとまた狼が突進してくる。今度は余裕を持ち、それに合わせて烈風で突進を受け流す。さっきの矢よりは断然簡単だ。

 

 狼は空中で突進の軌道を変えられたのに対応できずに幹に頭からぶつける。

 

「ちっ」

 

 そのまま逃げてくれれば嬉しいが、そうはしてくれず、頭をブルブルっと振っては俺に体制を整えて向き直る。

 

 ――――埒が明かない。空に1発撃つか。

 

「……あ?」

 

 と、思ったら、狼が急にプルプル震え始め、ペタンと地に伏せた。その前に狼に何かが擦ったぞ。

 

 あぁ、うん、察したわ。お前か。………来るなら来るで早くしてほしかった。

 

「なあ、コイツに何したんだ」

 

 俺の後ろから狙撃したレキに尋ねる。

 

「脊椎と胸椎の中間、その上部を銃弾で掠めました」

 

 足音もせずに横に立つレキはそう説明する。その手には消音機付きのドラグノフを持っている。

 

 消音機があると命中精度は人によって差はあれど下がるもんだけど……。関係ないように誤差なく狙撃するから、相変わらずその腕は末恐ろしい。

 

 それとどこを撃ったのかさっぱり分からん。人間でいうとどの辺りだよ。

 

「そこを圧迫すると、脊椎神経が麻痺し、首から下が動かない。ですが、5分程すればまた動けるようになるでしょう」

 

 それでも、人間離れした業だというのは分かる。

 

「流石だな」

 

 俺が褒めるといきなり手を引っ張る。

 

「この森から出ますよ」

 

「この狼、そのままにしてて大丈夫なのか?」

 

「ウルスには勝てないと狼たちは理解していますから、基本的に集落に近づきません」

 

 要するに、何回もウルスの集落を襲っても撃退されて森に逃げているってことか。

 

「なんにせよ、助かったわ」

 

「こちらも狼を殺そうとせずにやり過ごそうとしてくれて、ありがとうございます」

 

「やっぱり、絶滅種なのか?」

 

「はい。昔からウルスや他の民族が多くを狩猟してしまったので数が徐々に減っているのです。今は共通認識で余程の事がない限り殺さないように、とされています」

 

「へー……」

 

 そういう地域は存在するんだな。日本も狼はいないし、他にも絶滅危惧種はいる。生態系を壊さないようにこれから少しずつ気を配ろう。

 

 

 森を出て、元の草原地帯に戻った。

 

 後ろを振り返っても狼の姿は見えない。大丈夫だな、言ってた通り追ってきてない。あれでもけっこう怖かった。

 

「それはそうと、さっきまでに何してたんだ?」

 

 気になっていた。あんな狼がいる所にいたわけだ。危険だろう。一段落したし、聞いてみる。

 

「………森で、心を落ち着かせていました」

 

「それは、もうウルスから独立するからか?」

 

「……はい。自分の意思で物事を決めるのはこんなに怖いのですね。これで正しいのか、間違っているのか、まるで判断がつきません」

 

 レキの視線は夕方のオレンジ色の空に向けられている。

 

「そういうもんだろ。誰だってそう思う。俺だって親父に勧められて武偵になった。そこからは自分で考えて行動している。けど、もっと上手く出来なんじゃないか、本当にこれで良かったのか………」

 

 春休みの事件。あの男に言った言葉はあれで良かったのか、俺をまだ恨んでいるのか。他にマトモな選択肢があったかもしれない。

 

「そうやって考え始めたら終わりがない。自分の人生に後悔がないなんて奴はこの世にいない。……だから、後悔しないように、自分の出来る最善を探して、自分のしたい事を迷惑がかからない程度にすれば良い。で、後悔や反省はその後好きなだけする」

 

 俺の人生は後悔だらけだ。あの時あんな行動しなかったら恥ずかしい黒歴史なんて生まれなかったのに。とか、ああしとけばイジメは受けなかったのに。数えると多すぎる。そして、心の傷を抉ってしまう。

 

 でも、それがあるから今の俺がある。武偵になって、レキと出会えた今の俺が。

 

 

「自分の最善、自分のしたい事………」

 

 レキはどこか、噛み締めるように呟く。

 

「八幡さん」

 

「どうした?」

 

「私のしたい事、していいですか?」

 

「おう、どうぞお好き――!?」

 

 俺の方を向き、背伸びをしたと思ったら、俺の視界はレキの綺麗な顔が映る。レキの両手は俺の両肩に当てている。

 

 そして……唇に感触がある。

 

 

 

 ――――俺は、レキと………キスをしている。

 

 

 

 

 きっかり30秒でキスは終わった。

 

「えっ、ちょっ………え?」

 

「これが今、私のしたい事です」

 

 俺が混乱している中、それだけ言い残し、レキは足早に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




また長くなってしまったな………

関大はダメでしたけど、普通に大学楽しみです(*´∀`)

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