八幡の武偵生活   作:NowHunt

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3年 1学期
放課後のメロディ


 悲しい非常に悲しい遠山の不運な出来事からしはらく経ち春休みは終わりを告げ、武偵高校最高学年である3年が始まった。

 

 3年ともなるとプロと同等に扱われたり、そもそも任務で長期間学校からいなくなったりと下級生に比べて断然忙しい身分になる。過去、当時の3年生をたまに見かけることあったけれど、どの人たちも1年や2年とは違う異質な雰囲気を放っていたのを覚えている。

 

 だからといって、いきなり新学期初日からいない奴はほぼいない。一部……うん、留年になった奴らを除いて。どうやら遠山の他にもう1人の女生徒も留年したらしい。大変だな。

 

「あ、八幡! 今年も同じクラスだね!」

「戸塚、今年もよろしく。材木座は残念だったな」

「隣のクラスになっちゃったねー」

 

 新学期、新しいクラスで既に来ていた戸塚と話をする。

 

 3年で同じクラスになった知り合いはレキ、戸塚、理子、神崎といった面々。2年のとき同じクラスだった材木座とは別のクラス。レキや理子とは1年のとき以来の同じクラスだ。

 

「僕ら3年になって何か変わったのかなぁ。僕なんて1年のときと体つきなんてまるで変わってないよ」

「さぁな。とは言っても、ここまで生き残った実績はあるだろ。知識も経験もそりゃ入学当初とは違うんじゃないか」

「それはそうだねぇ。でも、僕はまだまだだからなぁ。うーん、残り1年でどこまで成長できるだろうね」

「それについては俺もどうだろな。ところで、戸塚は進路どんな感じなんだ?」

「僕? 僕はこのまま武偵病院で働くつもりだよ」

「あ、そうなんだ。救護科ってそういう人たちやっぱ多いのか。衛生科とは違うんだな。あそこに所属している奴らはチーム組んで現場出るってよく訊くけど」

「たしかに救護科はどこかの病院や診療所に勤務するって人は多いらしいよ。僕もそのパターンだからね」

 

 なんて俺たちはダラダラと雑談を続ける。

 

 やはり最高学年になったからか周りの声に耳を澄ましてみても俺や戸塚と似たような話題を上げている生徒は多い。しかし、具体的な中身は一般的な高校生と比べては物騒に違いない。

  

 お茶を一口飲んで話を続ける。

 

「ほーん。戸塚は治療が丁寧だからこちらとしてもいつも助かってるよ。なるべくケガはしたくないけど。……そういや今日って午前までだよな」

「うん、始業式やって終わり。何か予定でも?」

「あるにはある……はず?」

「曖昧だね」

「一応は用事あるっちゃあるんだけどな、向こうの予定知らないし。返事待ち」

「相手、レキさん?」

「違うよ。ていうかレキなら別に用事やら気にする必要ない」

 

 どうせ同じ部屋に住んでいるんだ。多少時間ズレようがどうとでもなる。

 

 そのレキは少し離れた場所で理子と話している。正確には理子が一方的に話を続けている。基本的に無愛想なレキは相槌を打っているだけ。まぁ、いつもの2人だ。

 

「そうだ、戸塚。今日は訓練の続きするか?」

「ごめんね八幡、そうしたいのは山々だけど、午後から救護科で用事があってね」

「分かった。がんばれ」

「うんっ」

 

 弾ける戸塚の笑顔、実にキュート。とつかわいい。素晴らしい、この笑顔は全人類を癒してくれる。可愛――――いてっ。なんかぶつかった、お? 新学期早々イジメか。そういうのはもう慣れているんだなこれが。

 

 何だとやられた方向に顔を向ける。理子め、消しゴム投げてきやがったな。シレッと俺を睨む眼と一緒に。いきなり何すんだおい。まぁいいや、投げ返そう。今度はレキも投げ……ちょ、シャーペンは止めろ!

 

 

 

 

 

 そして始業式は終わり昼になった。各々用事や訓練、帰宅など思い思いに動いている。

 

 俺も午後から用事はあるけれど、約束している時間にはまだ早い。先に昼食を取るとしよう。レキはたしか理子や神崎と一緒に昼食すると言っていた。率先と女性集団に交ざる度胸はないし、なら俺1人か。購買に行って適当に済まそう。

 

 と、購買に向かう最中。

 

「おーい比企谷」

 

 クラスが別の車輌科、武藤に声をかけられた。

 

「よう、どした」

「いや多分購買行くだろうなって思ったからな。どうだ、一緒に行こうぜ」

「おう」

 

 武藤と廊下をのんびり歩く。

 

「俺らはどうにか3年になれたけどよー、キンジは残念だったな。つーか、こんな学力底辺の中の底辺で留年するだなんて驚きだわ。俺でもできたぞ」

 

 やはりふとした話題は留年した遠山になる。

 

「遠山は何だかんだ成績ギリギリだった上、海外飛び回っていたからな。その辺り響いたってところだろ。学生の1年は影響大きいだろうけど、どうせ社会に出たら1年なんてそんな気にすることでもない。少しくらいゆとり持てばいいだろうよ」

「そりゃそうかもだけどな。ま、俺らはアイツの分まで頑張るとするか。成績トップクラスの比企谷は未だしも

、これで俺も留年とかしたら笑えないわ」

「がんばれ。そういや、今遠山ってどこいるんだろうな。あれから特に連絡取ってねぇし。留年した奴ってたしかどこか別の武偵高に転校するんだよな?」

「おう。留年した奴が周りにいるってバレたら下に嘗められるからな。その辺りうちは厳しいしよ。パッと思い付くのは神奈川か名古屋か大阪か……その辺りだろつな。でもよ、どうやらキンジは断られたらしいぜ」

「断られたって何が?」

「だからキンジに来てほしいって武偵高が全くなかったってことだ」

「えぇ、何それマジで……? てか、学校側が拒否できるシステムなの。え、つーか、それどうなんの? 退学?」

 

 アイツそんな危険人物扱いなんだ……うん、あながち間違ってないかも。

 

「国内でダメなら海外だな。キンジも海外に決まったみたいだ。つっても、俺はどこ行くかまでは訊いてないが……」

「海外かぁ。となると、もうアイツここにはいないのかな」

「新学期初日にいきなり転校できるかは知らねぇな。つーか、言語の問題もあるだろうよ。多分今は転校するための準備期間って辺りなんじゃねーのか?」

「なるほどな。……遠山はきっとまだここにいるってことになるのかな。何なら2年と同じ空間に交ざっていそうだ」

「ハハッ、そうかもな。てことはアリアの弟子や妹と机並べて授業受けてるかもしれねぇな」

 

 本当にそうだったら実際に見てみたいという不躾な気持ちが若干芽生える。絶対面白い。

 

 とここでふと思い出したかのように話題が換わる。

 

「そういやよー、比企谷お前知ってるか? 2年にめっちゃ可愛い転入生が来たってよ。かなり噂が広まってるぜ。可愛いってより美人系だったな。絶世の美人だって騒ぎまくっているぜ。どうも外国人って話みたいだ」

「転入生ね。って、外国人? そこは特段珍しくはないか。神崎とかいるし」

「おうよ。オランダ系って噂が出回っているが……写真見てみるか?」

 

 そう意気揚々と言って武藤が見せてくれた画像を見る。

 

「…………」

 

 ストレートな黒髪が肩までかかっているほどロング。アンニュイな雰囲気を帯びており、美人と言われたら肯定はしてしまうだろう。武偵高の白いセーラ服と黒髪は映えている。

 

 端から見れば絶世の美人と、たしかに武偵高のアホたちが騒ぐ理由も分かる気がする。分かるが…………。

 

「……比企谷?」

「いや何でもない。よくもまぁ、あのアホたちは飽きずにうるさいなって思っただけだ」

「そう堅いこと言うなよー」

 

 いやだってこれ遠山が女装した姿なだけだし……。

 

 なんかリサさんが一時期部屋にこの女装姿の写真を張っていた。神崎や理子はこの美人は誰だという反応だったけれど、さすがに1年以上一緒に過ごしてきた俺には分かる。

 

 あれは遠山の女装した姿だったと。

 

 パッと見では遠山と結び付かないかもしれない。しかし、写真をよく観察すると肩幅や顔の輪郭など何となく違和感を覚えた。そして、女装した者が隠しがちな部分があった。それは喉仏。子供のときなら未だしも、高校生くらいの年齢にもなると、男性の方が女性よりはっきりと見えるものだ。写真越しだと気付きにくかったけれど、気になってよく確認したら喉仏が見えた。

 

 リサさんがなぜわざわざ飾っていたのかは検討が付かない。もしかしてそういうプレイだったり、メイドが主人の弱みを握ったり……可能性は色々と考えられる。

 

 まぁ、遠山も遠山でどうしてヨーロッパのどこかで女装していたかは全く知らない。あの辺りの顛末とかろくに訊いてないもんで。

 

 あとでこれ遠山だろと訊ねてみると、非常に焦った様子で黙っていてくれと嘆願されたほどだ。なんなら土下座までされた。

 

 そういうわけで単純に興味がない。興味があったら可笑しいまである。そして、理子たちはなんで気付かないのかも疑問に感じる。なんなら多分レキも分かっていない。どうして?

 

 ……ていうか、なんで遠山もよりにもよって女装にしたの? 他の変装の選択肢なかったの? そもそも変装しないとダメなの? バカなの?

 

 ツッコミどころが多過ぎて頭痛くなってきたな。

 

「あとで探してみようぜ? 一目見てみてぇわー」

「絶対イヤだ」

「んな釣れないこと言うなよー。あ、でもあれな。お前の場合レキが怖いもんな」

「否定はしないけど、別に理由がそれだけなわけじゃないからな?」

 

 お前にもクロメーテルの正体明かしてやろうか。幻想粉々に砕くぞコラ。遠山に絶対と言っていいほど殺されるのを覚悟しないといけないけどね!

 

 

 

 あれから武藤と飯を軽く食べ、約束している場所へ移動する。武偵校内にある海岸沿い……人工浮島で海岸っておかしいな。全くもって岸じゃないし。まぁ、海が近いカフェのテラス席だ。

 

「おっと……」

 

 待ち合わせしている人はもう着いていたらしい。

 

「あ、先輩。こんにちは!」

「悪いな間宮、遅れたか」

「いえいえ、私が早く来すぎただけですから」

 

 ベンチにちょこんと恭しく座っているのは2年になった間宮あかり。

 

 神崎の元アミカ、それと遠山曰くなかなかにエグい殺人術を持った一族の末裔であるらしい。今まで使っていた技術は全て必殺……殺人技ばかりでそれを矯正しているから実力を十全に発揮できてないと神崎も言っていたな。

 

 その片鱗は俺も何となく感じていた。たまに手合わせしたとき不自然に動きが悪くなることがあった。最近ではそういうことも減ってきてはいる。

 

「新学期早々呼び出して悪かったな」

「そんなことないです。そ、それで用事というのはやっぱり……?」

「間宮の予想通り、前に言っていたアミカの件だな。あのときはレキのせいでゴタついたが」

 

 あの嫉妬交じりの狙撃……。

 

 意識外から来られると本気で驚くから止めてほしい。狙撃なんて意識外からするのが当然ではあるんだけど……いやそういうことではなくて。戦闘なんてない日常の風景に狙撃されるのはとても心臓に悪い。

 

「あー、たしかにあれは驚きましたねー」

「随分呑気だな。下手すればお前が撃たれていた可能性……はないな。あぁいうパターンはだいたい俺が撃たれる。慣れはしないけど諦めた」

「それで良いんですかね……」

「周りの人が撃たれるよりかはマシだろ。あれでも殺しはしないだろうし。多分」

 

 リサさんのときはアスファルト削っただけだったな。

 

「話なんか逸れたな。悪い。本題はアミカだな。さてと……」

 

 軽く咳払いして本題について切り出そうとしたら、間宮がやる気に満ちた表情で元気良く話し始める。

 

「では試験ですね! どんな内容ですか? やっぱり強襲科同士戦闘ですかね。どれにします。アル=カタですか?」

 

 早い口調で捲し立てる。神崎のアミカになる際、かなり大変な試験を受けたらしい間宮はどんな無理難題も来いと言いたげな顔付きだ。

 

 若者は偉いねぇ……。やる気が充分過ぎる。いや俺は何様だ。俺だってまだピチピチだろ。この表現がもう古い。

 

 数週間前にアミカの申し出を受けたときも試験云々言っていた覚えがある。神崎のアミカを経験したからその思考回路になるのは全くおかしくはない。しかしながら、その期待を裏切るようで申し訳ないな。

 

「やる気出してるとこなんかあれだけど、試験とかしないぞ。普通にアミカ受けるよ」

「…………へ?」

「別に留美や一色にもそんな大それたことしてないからな。神崎みたいにアミカの申し出がアホみたいに多いことなんてまずないし、やると決めたから堅苦しいことはなしだ」

 

 拍子抜けといった表情に陥る間宮。チラッと見たところしっかりと武装している。色々と戦闘になることを見据えて準備してきたことが伺える。

 

 なんなら留美とか通り魔よろしくいきなり仕掛けてきたからな。生意気すぎだろ弟子1号。

 

「そ、そうですか……」

「今の間宮の実力をある程度知るために戦うのは普通にアリだけど……それで合否を決めることはしない。偉そうに決めれる立場でもないしな。そもそも試験なしで申し出受けるつもりで来たわけだ。電話で適当に済ますのもなんか違うと思うし」

 

 しかし、と付け加えて俺は再度口を開く。

 

「一応俺も3年だしちょくちょく不在になることも増えると思う。間宮が俺と稽古……戦いたい? まぁ、そういうときに対して融通利かないことは多分それなりの頻度であると思う。そのこと含め間宮が大丈夫ならこの話は受ける。間宮、お前はどうだ?」

「全然大丈夫です! よろしくお願いします!」

 

 ビシッとお辞儀する間宮に思わず少し苦笑する。そんな畏まるほどのモンじゃないのにな。

 

 一色や留美と比べて随分真面目で律儀だ。生意気な後輩は嫌いではないけれど、こうして素直な奴を直に接してみるとこれはこれで話しやすい気もある。

 

 

 ――――正式にアミカ契約を結んでからしばらく経ち、間宮とティーブレイクが始まった。

 

 簡単な雑談……正式に師弟関係になったからこそ少しは互いについて知ろうといった感じか。用事は済んだのでさっさと退散しようとした俺に対して間宮から「もう少しお話しましょう!」と言ってきた。このコミュニケーション能力の差よ。

 

「へー、比企谷先輩って修学旅行で香港選んだんですか」

「香港に行きたかったってより、用事ついでに香港行ったって流れだったな。のんびり観光もできて楽しかったよ」

 

 なおタンカージャックがあった模様。

 

「みんなで海外かぁ。アリア先輩にイギリスへと付いていったことありますけど、やっぱり憧れますねぇ」

「他人事じゃないぞ。お前も夏休み終わったら国内で修学旅行終わったと思ったらすぐに海外だからな。チーム編成でゴタゴタする時期でもあるけど……間宮は火野とかと組むのか?」

「その予定です! ライカと志乃ちゃんと桃子さんになるのかな? 後輩にも仲良い人たちいるんだけど、同学年じゃないとダメですもんね」

 

 桃子……? 誰だそれ。……あ、分かったアイツだ。

 

 鈴木桃子。イ・ウーの毒女か。またの名を夾竹桃。たしか間宮と同学年で通っているけど、アイツ24か25くらいの年齢だよな。

 

 あの年増……留年して女装している遠山より神経図太いことしているなおい。

 

「ほーん。一色は間宮たちに交ざるのか?」

「いろはちゃんはまた別の友だちと組むって言っていたような気がします。いろはちゃんとも組みたいんですよー」

「アイツお前ら以外に友だちいたのか……」

「し、失礼ですね」

 

 一色の性格や態度ってわりと女子から嫌われるタイプかと考えていたが、その辺上手いことやっているのだろうか。

 

「まぁ一色のことはいいや。今はもうアミカじゃねぇしな。……アミカね。そういや、神崎の下で1年鍛えられてどうだった?」

「私には足りない部分が多すぎるって痛感することばかりでした。体力や技術、判断力……全てが何て言えばいいのかな……一流って表現すれば伝わりますかね。あとスパルタでした。ことあるごとに銃を連射するんです」

「お前は遠山か」

 

 最後に付け足した一言についてポロッとツッコミを入れる。前半部分で曲がりなりにも尊敬していると伝わってくる文言だったけれど、後半は……うん、いつもの神崎だ。この1年でどれだけリビングが破壊されたのか俺は覚えていない。

 

「ちょっと比企谷先輩、遠山キンジと同じ扱いは止めてください!」

「お前マジで遠山嫌いなんだな……」

 

 呼び捨てって。

 

「あの人は私からアリア先輩を奪う悪い虫です」

「遠山に対しての態度は一貫してそれなんだ。かなめとは仲は良好って訊いたけど」

「かなめちゃんとはとっても仲良しですよ。お互いに『遠山キンジとアリア先輩を近付けない同盟』を組んでますから!」

「お、おう……」

 

 色々とツッコミたいところをグッと堪え我慢する。キリがない。

 

 ここまででより知れたことだが、間宮は随分と神崎のことを慕っている。今までも情報として存じていたけれど、こうして話してみるとそれが直に伝わってくる。

 

「ふと思ったんだけど、間宮ってなんで神崎のアミカになったんだ?」

「と言いますと?」

 

 少し気になる。

 

「お前、実際のところもし本気でやるとなったら普通に強いだろ。基礎的な体力や筋力とかは入りたてだったら劣っていることあるけど、その辺は日々の積み重ねな部分あるし」

 

 ちょっとした疑問を間宮にぶつけると、若干暗い顔になりポツリと話し始める。

 

「私の場合、その本気が問題だったり……」

「あー、技の大半が殺人術ってやつ?」

「先輩は知っているんですね。そうです、元々私が持っていた技術が問題なんですよ……」

「なんかその技術を矯正しようとして、最初は上手くいかなかったって神崎は言っていたな。武偵ランクもそのせいで低かったとか。その辺俺は詳しくないんだけど、適当に手加減すればいいんじゃないか? 殺さない程度に痛め付ければいいだろ」

 

 誰だってそれはやっていることだ。

 

「えーっとですね、普通の技とかならそれで大丈夫なんですよ。でも、私が受け継いだ技術って0か1な部分がほとんどでして」

「0か1……加減できない技ってこと?」

「ですね。その技を使うと決めたら無意識で相手を殺してしまうんです」

 

 さらっと恐ろしいことを言う。俺だって横隔膜をムリヤリ止める羅刹という打撃技であり殺人技があるけど、まぁ、あれはあれで加減はできる技だしなぁ。

 

 果たしてどんな技なのか興味が湧く。

 

「例えばどんなのがある?」

「私の技の1つなんですけど…………今の撃ち方を忘れて昔の撃ち方をすれば標的を見ずに額に右目、左目、喉、心臓の急所を即座に撃つことができます。誰が相手でも射程範囲なら撃てます。この癖があまりにも染み付きすぎて、それ以外の箇所を撃とうとすると全然狙い通り撃てなかったんです。あ、今ではそんなことないですよ!?」

「なるほど、それは武偵が使うべき技ではないな。その系統が多くあったってことか」

 

 よく理解しました。遠山やレキといい、生まれた根っこから戦闘民族がここには多いね。

 

「ですね。まだ間宮の技術を全部身に付けたわけではないのですが、それでも、多分私の持つ技術を全部使えば犯罪者……敵に負けることはないかなって甘い考えを持ったときはあります。でも、それは武偵法を破る行為――――殺人を自分の意思でしてしまうということです。武偵になったからには、それを封印しようって決めました。だから、動けば動くほどズレが酷くなって上手くいかなかったんです」

 

 表情に陰りが見えたと思ったら、パッと明るくなる。

 

「でも、アリア先輩はスゴいんです! 武偵としてどれだけ圧倒していても、決して相手を殺さない、巻き込まれた人も絶対助ける……武偵法を遵守して任務を遂行する姿に憧れました。……って何ですかその顔」

「まさか神崎についてそんな真面目に語るとはな……って思っている顔。俺からすると色んなモン破壊する印象が強すぎてな」

「先輩って遠山キンジと同室でしたね……まぁ、その気持ちは分かりますよ」

 

 その感覚は一致するんだ。

 

「あの、比企谷先輩。前から訊いてみたかったことがあるんですけど、良いですか?」

 

 ――――と、少しふざけた雰囲気から一転、間宮は真っ直ぐ俺の眼を見据える。

 

「おう」

「先輩は高校から武偵になって、2年が経って、きっと価値観みたいなのってかなり変化したと思うんです」

「そりゃ当然の話だ。一般人からこんな血生臭い世界に入り浸っている。俺という人間の……根本的な人間性は変化してないつもりだ。ただ、昔の俺とは比べるまでもなく考え方……ここで生きるための思考回路は丸っと変わった自覚はある」

「多分、比企谷先輩はそこでその、初めて命のやり取りを味わったと思います」

「まぁ……な」

 

 苦い光景が頭に浮かび言葉が濁る。

 

 ふと記憶に過るのは小町の前で人を殺しかけたあの事件。かなり昔の出来事かのように感じる。あの明確な失敗、我を忘れ、周りの人に救われたあの事件――――今でも鮮明に思い出すことができる。

 

「…………それで、その、戦うのが怖いと思わないんですか? 自分が死ぬかもしれないこと、誰かが死ぬかもしれないこと。私は今でこそ武偵として戦うことができていますけれど、入学当初は間宮の技が根底にあったからこそ恐怖でブレーキをかけてしまっていました。人を殺すことが怖かったからです。一般人が戦うのはきっととても怖いことです。だから、生まれた境遇は違っていても、私と比企谷先輩はどこか似ているのかなって思いまして……その辺り、先輩はどう考えているのか訊いてみたいなと」

 

 何て言うか……ただアミカ契約を交わしに来たとは思えないほどベビーでシリアスな話題をぶつけてきたなと少々面を喰らう。

 

 しかし、間宮の言いたいことは分かる。

 

 生まれてから今日までの人生観は俺と間宮では恐らく交わらない。戦闘民族としての間宮、一般人として育った俺、この2つの線はねじれの位置にある。交わることも平行になることもなかった。全く違う場所に存在するからだ。

 

 だからこそ武偵になった俺と間宮は思考がどこか似通っているのだろう。神崎のようにまるでヒーローかのように人を救うことが、息を吸うかのように当然のこととして生きてきた人間とは違う。

 

 戦うことが怖くて、それでも間宮は歩みを止めなかった。俺は……なんか流れでここまで来てしまった感はあるけどね。締まらねぇな。

 

「そもそもの話、間宮は自身の持つ技の忌避から色々と拗らせたみたいだけど、俺だって必殺技……殺人術は持っている。使えば相手は死ぬという技は俺も複数ある。……というか、武偵は拳銃を持っている以上、殺ろうと思えば人を簡単に殺せる。今ここで俺がお前の頭を撃つことができる。逆もまた然り。だが、俺たちはそうしない」

 

 武偵には一般人では持ち得ない力が多かれ少なかれ存在する。問題はその使い方。

 

「きっと1人でも故意であれ不本意であれ、一度でも人を殺せば――――そこに存在する命の価値が曖昧になる。武偵法を守る以前にそれがあるから俺は人を殺したくない。そうなったら、俺は大事な人たちも、守る対象の一般人や敵対する相手、その全ての境界線がきっと保てなくなる。命に対して、なんつーかな……きっとどうでもよくなる。人間としてそれはかなり歪な在り方だ。その状態を人間とは呼べないかもしれない」

 

 当たり前に人を殺してきたことがある連中……それこそレキやジーサードなどはこの考え方に至ることはなさそうに思える。

 

 これは所詮、武偵になる前まで、人間関係とかは置いておいて表面上は平和な日本で暮らしてきた俺の甘い甘い価値観、思考だ。

 

「命の境界線……」

「だから俺は人を殺したくもないし、俺が関わるのであれば武偵法云々とか関係なしに人は死なせたくない。俺が人間という枠に収まるためにな。だからそう考えれば……んー、怖くないって言えば嘘になるときはあるかもしれないけど、その想いがあれば俺はきっと恐怖に苛まれてもどうにかなるだろう」

 

 ま、まぁ? 俺なりに俺なりの想いをまとめることができたかな? こんなんで大丈夫? 間宮の求めた答えに近い? 少し不安だ。

 

 他にも武偵として戦う理由はそれなりにある。ただ怖いかどうかと訊かれれば俺の回答はこうなる。それでも、最初の最初は銃を持つだけでわりと怖かったけどな。初めて銃を所持した任務なんて手に汗握ったもんだ。

 

 これはある程度積み重ねた経験故の回答だ。

 

「先輩の言いたいこと、分かったと思います。人の枠……人であるために戦えるのであれば……私もこれから頑張れそうです。私も、みんなと一緒にいるために」

 

 間宮はどこか噛み締めるように呟く。

 

「参考になったか知らないが、一先ず暗めの話は終わりだ。間宮、これから時間はあるか? せっかくだ、腹ごなしにちょっと軽く動こう。最近お前とは戦ってないしな」

「ですね! この前ライカが先輩と戦ったって言ってましたよ。道場破りに来ていた中国の女の子と組んだって」

「あのときは病み上がりだったからな。大して動けなかったわ」

 

 あー、猛妹が突撃したあのときか。

 

 そういや、あれから猛妹とは連絡は全然取れてないな。一応知りたがっていた色金についての全貌……と言っても軽い内容で、ついでに神崎の顛末についてはいつの間にかアドレス帳に追加されていた諸葛に伝えたが。

 

「じゃ、行くか」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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