八幡の武偵生活   作:NowHunt

133 / 139
ぬらりくらりと

 信じがたいことが起きている。目を疑いたくなる光景が俺の目前で広がっている。

 

 もう春になる季節、その1日の中で完全に日が傾き出した時間帯、ただただ男子寮に用事がある俺が歩いていると、ふとした曲がり角の先にはなぜか手錠をかけられている遠山がいる。

 

 正確に言うと、手錠がかかっているのは片方だけだ。もう片方の手からは外れている。

 

 なぜ片方だけなのか、普通は両手ではないかと疑問に感じたけれど、そこでふと思い出したことがある。遠山は自分で関節を脱臼させることができると言っていた。訊いたときは人間離れしているなとしか思っていたかった。

 

 これはつまりそういうことだろうと内心焦りながらも冷静に判断する。痛いからあまりしたくないとげんなり気味にぼやいていたなと振り返る。

 

「……」

 

 そして、遠山を囲んでいるのは年齢や所属もバラバラそうな人たち。そう思うのは同級生の不知火がいるのに加えて、明らか俺や遠山より年下のような少年もいるからだ。

 

 さらに謎なのはなぜ不知火がまるで遠山の敵側にいるのだろうか、そこも現時点では不明だ。この集団の正体は何だろう?

 

 離れた場所で観察を続ける。気付かれないよう気配はなるべく消す。呼吸は静かに、足音は立てない、何度も曲がり角から覗かない、一度見た記憶を頼りに観察もとい隠れて推測を行う。

 

 まずリーダー格の大男。パッと見の印象だが、プロレスラーすら可愛く思えるほど威圧感のある筋肉質な男。

 

 その周りには和服を着た丸坊主の巨漢、詰め襟の年下少年、カッチリとスーツを着こなしている細身の男、多分俺らと同年代の黒コートを身に纏っている男、そして不知火。

 

 合計6人。遠目からの印象でしかないが、全員強敵と感じる。そこに取り残されている――――いや、囲まれているのは遠山だ。例えHSSだとしていても突破するのは厳しそうとさえ思える。

 

「……さて」

 

 改めてこの集団の正体の推測を始める。

 

 まず遠山に手錠をかけているということは、十中八九警察やそれに類する機関の者たち。

 

 しかしながら、この集団を警察と簡単には断言できない。それは、ただただ年齢層がバラついているのに加えて、警察とは感じ取れないほど格好が警察らしくない。

 

 何て言うか、リーダー格があまりにもズボラすぎる。

 

 となれば、警察とは違うのだろうかと考える。それもどうもしっくり来ない。というか、警察を騙る偽物ならば遠山は真正面から関わらないだろう。つまり、どうあれあの集団は逮捕権を行使できる警察関係者だ。

 

 まず目の前で起きていることを主観を抜いて第一印象で語るとすれば、遠山が何かしらの罪を犯して現行犯逮捕をした、といったところだろう。

 

 今度は俺の主観ありきになるが、遠山が到底犯罪をするとは思わない。アイツは武偵法を守る。それこそ自分の命を使って守る。

 

 ならなぜ遠山は逮捕されかけている?

 

「……」

 

 現時点ではこれ以上分からない。だったら、近付いて情報を得るとしよう。

 

 しかし、話が拗れて戦闘になったら面倒だなぁ。防弾服でもない私服に加えて、武装は最低限だ。ファイブセブンとナイフにヴァイスしかない。これでどうにかなるだろうか。

 

 鬼が出るか蛇が出るか今後の展開に頭を悩ませつつも俺は気配を隠さず、わざと大きめの足音をたて遠山たちへと歩み寄る。

 

 遠山含め俺の存在にはすぐに気付いた。真っ先に反応したのは遠山と不知火。

 

「比企谷……!?」

「比企谷君、どうして?」

 

 それぞれ驚愕の表情を見せる。それこそ俺がこの場にいる理由が分かってないようだ。遠山は色々頭がこんがらっているかもしれないけど……。

 

「どうしても何も、こちとらただの通り道だ。遠山は俺が先約だけれど、なんかまた面倒なことに巻き込まれてそうだな。さっさと忘れ物取りに行けば良かったわ。……で、どういう状況? 今度はお前何やらかしたんだ?」

「それは……」

 

 遠山は喋るに喋れない様子。もし何かしらの罪を犯したのならば、ハッキリと話せるだろう。つまり、身に覚えのない架空の罪をでっち上げられた――――冤罪を押し付けられたということか?

 

「まぁいいや。こっちに訊いた方が早いか。お前らはどんな容疑で遠山を拘束しているんだ?」

 

リーダー格の大男に話しかける。

 

「ま、別に言っても結果は変わんねぇしな。殺人容疑ってやつだ」

「殺人? 遠山が誰を殺したんだ?」

「さてな」

 

 大男は知らぬ存ぜぬ顔でとぼける。すると、後ろに待機している他の仲間に大男は語りかける。

 

「つーか、比企谷ってあれか。わりと有名な奴だよなぁ。お前は知ってるか、灘」

「イレギュラーだろ。たしか色金の力を使える超能力者。戦績も悪くない。アジア圏内でSDAランクいくつだっけか」

「えーっとですね、68位でしたよ」

「その若さでか……。やるじゃねーの。つか、よく知っているな可鵡韋お前も」

「あまりに過去の経歴がなくて少し気になっていたので」

 

 大男とスーツ男、詰め襟の少年はのんびりと会話する。時間ができた。その間にも俺は思考を巡らせる。

 

 先ほど大男曰く、遠山は殺人を犯したが、その具体的な内容は語らなかった。

 

 何となくだけれど、この辺りでようやく理解した。

 

 これは警察が武偵に対して使う手法『アノマニス・デス』だ。要するにいわゆる別件逮捕。噂程度の話だと思っていたが、まさか実際にやる奴らがいるとは。

 

 武偵は拳銃などの武装や捜査権を持てる代わりに武偵法がある。何かやらかしたら3倍罪が重くなったり、人を殺めたら確実に死刑になる。

 

 普通の別件逮捕なら小さい罪で拘束し、そこから取り調べで本件の罪状を調べるのが通常だ。しかし、アノマニス・デスは最初から殺人容疑をかけることで武偵を法的に動けなくさせる手法だ。冤罪だろうと従わなければ待っているのは死だ。こうなると、武偵はどんな取引さえ首を縦に振るしかない。

 

 しかし、当然ながらアノマニス・デスはかなりリスクを伴う。冤罪吹っ掛けられいるのだから、最終的に訴えられたら仕掛けた側が不利なことに違いない。そこまでする必要は通常ない。

 

 つまり、コイツらは遠山に何か大事な要件がある?

 

「そもそもお前ら誰だよ。本当に警察か? どうも警察らしくない風貌だな。見たとこ年齢もバラバラだしな」

 

 警察という組織とは感じれない。この集団に統一感はまるでない。ただ戦闘力は桁違いに高いとも思える圧が如実に伝わってくるのは事実。

 

 警察に関係する戦闘集団――――と、ここまで自分で話して察しが付いた。

 

「あれか、お前ら公安0課か。たしか行き場のない超人の溜まり場みたいな部署だったよな。あれ、でもあそこ事業仕分け云々で潰れなかったか?」

 

 公安0課。そもそも銃規制が緩くなっている現在、公安の職務は反撃を受けて当然というかそれが日常なまである。その戦闘力は極めて高い。そして、その公安の中でも選りすぐりの猛者が公安0課。

 

 そんな公安0課だが、時代の流れには逆らえない。どれだけ優れていても上の命令は絶対。ややこしい政治関係の話で潰れたとニュースで見た覚えがある。

 

「よく知ってるじゃねーか。今じゃ俺らは東京地検特捜部ってとこだ」

「地検……てことは武装検事とかの部下? うわっ、似合わねー」

「だってよ、言われてるぞ大門。ま、お前のその格好で警察って言われても信じられないな」

「いやはや、恐らく獅童さんのことを言われているのでは。スーツをきちんと着たら印象も変わりますよ」

 

 俺の率直な感想には大門と呼ばれた坊さんと獅童と呼ばれた大男が反応する。

 

 さて、俺が考えることは、ここからどうするべきかという内容。

 

 とりあえず遠山が置かれている状況はある程度理解した。

 

 武偵という法律に常人以上に状態で最悪のカードを切られ動きをかなり制限されている。俺はそこに偶然来ただけだ。別に俺がここで離れても問題はない。まぁ、当然そうするつもりはない。

 

 これがもし知らない相手でも、ここで見ない振りして見逃したら、なんかあれだろ、寝覚めが悪い。こうすれば良かったあれをすれば良かったと後悔がある中の眠りはどこか浅くなる。睡眠は大事だからな。

 

 この場を丸く収める方法はないかと思案する。

 

 となると、やはり考えるべきは獅童とやらがなぜ遠山をアノマニス・デスまで使って拘束しているのかだろう。あまりにもリスクのある行為。

 

 そこまでして遠山に何を求める?

 

 この謎を明かさないと突破口は開けない。

 

「ま、イレギュラー……いや比企谷。ここまでざっと話したが、ここで退散するならお前は無関係で処理するぞ。見逃すし、追跡するつもりもねぇ」

「さすがに知人がなぜか狙われている状態で無視するほど非情でもない。というかそもそもコイツの先約は俺だ。俺が納得するまでここに居座ってやるよ」

 

 遠山から止めとけという視線が刺さってくる。まぁ、見たところわりとボロボロにされてそうだしな。見た感じ、今の遠山は雰囲気からしてHSS。その状態でやられているってところか。それ俺に勝ち目ある?

 

「ほーう、なかなか面白そうじゃねーか。じゃ、社会勉強ってことでちょいと痛い目に遭ってもらうかね」

 

 獅童がゴキゴキと首を鳴らし、こちらへと一歩距離を詰めようとしたところ、詰め襟の少年――――可鵡韋とやらが待ったをかける。

 

「獅童さん、ここは僕がやります」

「おいおい。なんだ、随分やる気だな可鵡韋」

 

 獅童より前に出た可鵡韋は苛立っている顔付きをしている。怒らせることはした覚えはないけれど、果たして今までの行動で何を思わせてしまったのか。さすがに分からない。

 

 遠山の逮捕を邪魔することが可鵡韋に対しての地雷になる可能性がある? 現段階では判別付かない。

 

「………」

 

 そして、表立って表す苛立ちの裏にはどこか生き急いでいる雰囲気さえ感じる。自分がやらなくてはいけない、別にその結果死んでも構わない、そういった良くない眼をしている。

 

「僕の邪魔をする者は犯罪者、有罪です。僕が裁く」

「…………」

 

 その一言を言い終えると、雰囲気が一変する。まるで別人に成り代わったかのよう。それこそ遠山のHSSのようだ。

 

 これは本気で攻撃仕掛けてくるのが如実に伝わってくる。

 

「何をそんなイラついているんだか」

 

 その呟きと同時に可鵡韋は一歩大きく踏み込みこちらへ瞬く間に距離を詰めてくる。

 

 これは神崎並に速い――――! しかし、これでも一応臨戦態勢を取っていたから反応はできる。

 

 可鵡韋は俺に手を突き出し攻撃を行う。その攻撃は殴打ではない、珍しいスタイルである刺突だ。

 

「……っ」

 

 刺突とは手先を敵に突き刺す技。手先を細くすればするほど鋭くなる。その最たる形が指貫手。これはこれでかなり難易度が高い。角度や力の入れ具合、タイミングなどをミスすれば技を出した側が自傷しかねない技術。

 

 それを惜しむことなく出してきたということはそれだけの攻撃力があるということだ。そして、この攻撃手段が可鵡韋のメイン。防弾防刃制服ではない俺に当たればかなりのダメージになること間違いない。下手すれば体に穴が空く可能性すらある。

 

 可鵡韋の初撃は一直線だったため、体を右に捻り攻撃を寸でのところで避ける。センサーがあるからこそできるギリギリの回避。

 

「まだです」

「ヤバっ」

 

 俺が避けた直後、可鵡韋は直ぐ様方向転換し追撃を放ってくる。これはどうも誘導されているなと感じる。どうやら俺の重心やら読んで俺の回避する方向を決めたように思える。随分と器用な奴だ。

 

 もう指が俺の体まで迫っている。この腕が伸びきれば俺はダメージを負う。これは回避が間に合わない。そう判断した俺は敢えて自ら距離を詰める。

 

「なっ……」

 

 まさかの行動だったのだろう、可鵡韋は眼を見開き驚く。その隙に今度こそ大きく後ろに下がり距離を取る。

 

「いっ……」

 

 いや痛いわこれ……。思わず肩を抑える。

 

 十全と発揮されていない状態だったとしても可鵡韋の指貫手に自ら当たりにいったのだ。それ相応の痛みが俺に襲いかかる。恐らく狙いがズレたとはいえ、命中したのは俺の左肩。出血にまでは至らなかったけれど、服に穴が空いたんだが?

 

 先ほどの行動に可鵡韋は驚いていたが、そこはさすが旧公安だ。一瞬で切り換えている。またあの鋭い目付きになる。

 

「では次」

 

 痛みから回復してない中、当然のように休む間なく追撃か来る。さっきの攻防で可鵡韋はこちらの動きを誘導するように攻撃を放ってくるのは理解した。

 

 であれば、俺がすべきはギリギリの回避ではなく、大げさに相手の射程距離から離れる回避。加えて、姿勢は崩されないように気を付ける。

 

しかしながら、頭ではそう分かっていても実際に実行できるわけでもない。雑にでも離れたい俺だけれど、なかなか距離を開けさせてくれない。可鵡韋の指に当たらないよう腕を弾き体を捻り、可鵡韋の攻撃の連続を凌ぐので精一杯だ。

 

防弾服でない俺にとって、この攻防はかなり緊張感がある。

 

「おっ、比企谷、2速の可鵡韋相手にここまでやるとはな。最初の意外当たってないし、なかなかの身のこなしじゃねーの」

 

 途中、茶々を入れている獅童の声が聞こえる。だいたい可鵡韋の連続攻撃が始まって2分といったところ。

 

 獅童の言葉のせいで集中力が切れたりはしないけれど、少し意識が引っ張られる。獅童や他のメンツが戦闘に参加してくる可能性も当然あるからどうしても緊張はする。

 

 その獅童の茶々と同時に今度はなぜか後退する。息が切れたのか。まぁ、2分もろくに一呼吸できず動いていたらキツいだろう。それとも獅童たちとバトンタッチでもするのか。

 

 獅童たちが参戦する。もしそうなったらかなりキツい。いざとなれば影を使う……いや、あれ殺傷力が強すぎるから対人では使いたくないのが本音だ。烈風でやりすごす……?

 

 と、思っていたらどこか怒りの声色を乗せて可鵡韋が口を開く。

 

「比企谷さん、なぜ反撃しないのですか」

「ん?」

「ずっと僕が攻撃しても貴方がやることと言えば防御か回避。ふざけているのですか。いえ、死にたいなら別に構わないのですが」

 

 可鵡韋の言いたいことは理解した。たしかにやろうと思えば俺も反撃はできた。とはいえ、こちらにも事情がある。むやみやたらに攻撃するわけにはいかない。

 

 俺としてはなるべく時間を稼ぎたい。会話に付き合うか。

 

「逆に訊くけど、これ反撃してもいいの? お前ら仮にも警察関係者だろ。これで手を出して公務執行妨害云々で俺にまで縄かかるのは嫌なだけだ。それこそ遠山のアノマニス・デスと違って本物の犯罪になるしな」

 

 第一の理由はこれ。無難にやりすごしたかった。

 

 俺の回答に可鵡韋は納得いかない顔をしている。その後ろでは獅童が爆笑している。

 

「あっはっはっは! やっぱ面白いな比企谷。だが、死にそうになっても同じ言い訳するのか」

「いや死なないから。もし本気で死にかけるならそこの遠山連れて離脱するっての。逃げの一択ならどうにかなる自信はある」

「あー、ソイツは色金を使う。瞬間移動もあるだろう。使用報告もあったはずだ。加えて空も飛べる。こちらが完璧に捉えるのは厳しいだろう」

 

 と、先ほどまで一切喋らなかった黒コートの俺と同年代らしき男が話す。アイツだけ名前が分からない。

 

「だとしてもですよ。命の危機が迫っているのに何もしない。舐めているのも同然です」

「なら別に俺が反撃してもいい? それで罪に問わない? この年で前科が付くのは勘弁したいんだけれど」

 

 まだ17ですよこちとら。

 

「えぇ、手を出しても構いませんよ。そこを責めることはしません。貴方を倒して遠山さんを貰います。僕の目的のために」

「…………」

 

 ――――目的、ね。

 

 それは何なのか。恐らくそれが今回遠山にアノマニス・デスを使った理由になる。その具体的な内容までは知る由もないが、そろそろこの突破方法も見えてきた。

 

 今は可鵡韋を落ち着かせ、俺の動きやすい空気にすること。

 

 可鵡韋が少し後退したとはいえ、互いの距離はおよそ4m。素手同士の者が普通に戦えばどちらかが踏み込まないといけない距離。

 

「なぁ、可鵡韋」

「何ですか」

「そんな近くにいていいのか?」

「近く? どうい――――ッ!」

 しかし、この距離は俺の超能力の射程範囲内。

 

 威力は控えめの不可視の斬撃――――鎌鼬で可鵡韋の頬に短い傷を作る。

 

 薄皮1枚切れた程度の斬撃でしかない。当然これは威嚇射撃に近い攻撃。ぶっちゃけると喰らったとしても全く痛くない。ほんのちょっとピリッと痛覚があるかないか、その程度。

 

 とは言うものの、可鵡韋は理解したであろう。この距離は危険だと。そのため、より大きく後退する。

 

 離れた距離はざっと6mくらいか? これではさすがに鎌鼬は届かない。災禍はそもそも隙が大きすぎるからこんな場所では使えない。

 

「…………」

「――――」

 

 俺と可鵡韋、互いに距離感を測りかねている。可鵡韋はどうにか俺との距離を0にして攻撃を当てたいと考えているだろう。なぜか拳銃は使わないし。騒ぎになることを避けている? でも、もう既にうるさいし……。ポリシーのようなものか? 遠距離武器に頼らない理由はやはり分からない。

 

 俺も俺で迎撃する準備をする。烈風で押し返してもいい、鎌鼬で近寄らせないようにしてもいい。

 

 この生まれた膠着状態、俺としては非常にありがたい。なるべくこの状態を維持したい。

 

「さて」

 

 ――――その攻防の傍ら、俺はずっと他のことに意識を回していた。

 

 この場をどう収めるか。何なら可鵡韋の連続攻撃を捌いている間まで考えていた。だから、反撃できなかったわけだ。考え事している間に不用意に反撃したらその隙を狩られる。緋緋相手にそれは経験済みだ。

 

 時間がほしかったから、あの問いかけにも応じた。この互いに迷っている時間もありがたい。俺からするとゼロから色々と考える必要があるため、時間を稼ぎたい。

 

 で、ここまで時間を使ってようやく見えてきた気がする。

 

「ふぅ、疲れた疲れた……」

 

 俺は一歩下がり、臨戦態勢を解く。すると、俺の態度に対し疑問に感じたのか可鵡韋は少しだけ眼を丸くする。

 

「可鵡韋、というより獅童たちか。改めてなんでお前ら遠山がほしいんだ? もし遠山がお前らに従って協力すれば何かしらの存在と戦うとは思うけれど、戦力ならお前らで充分だろう。少し可鵡韋と戦っただけでそれがよく理解できた」

「…………」

 

 獅童たちは誰一人とて答えない。

 

 しかし俺の言葉は否定されない。これがどうやら正解みたいだ。

 

「でだ、さっきも言ったが、お前らがアノマニス・デスを仕掛けたのは単純に遠山が戦力としてほしい。もしくは遠山に話を通さないで進めるのはどこか不義理があるからだと俺は考えた。どちらかと言えば、前者の割合が大きいだろう」

 

 冤罪で遠山を罪に問う。逮捕して拘束する。当然かなりリスクのある行為。とはいえ、武偵には効果がありまくりな手法だ。どうしてそこまでして遠山に拘るのかとずっと考えたけれど、求めた答えはいかにシンプルだった。

 

 遠山を戦力として使いたい。たしかに遠山はかなり強い。あの理不尽さは直に見たことは少ないが、俺もよく知っている。

 

 そして、遠山にはある種の影響力がある。いつかの敵が今は味方になっていたりと遠山が1人いるだけで何だかんだ助かる場面も多い。旧公安の獅童たちが求める戦力としてなら充分だろう。

 

 拘束してからのどうなるかと言うと、解放してほしかったら司法取引としてこの事件などを手伝え、といった展開が考えられる。まぁ、理子や猛妹のように金を積みまくって釈放なんて貧乏武偵には土台無理だ。

 

 首根っこ掴まれたら言うことを聞かざるを得ない。

 

「遠山に何かを手伝わせる=スカウト。武偵高の3年に対して、プロが引き抜き……というより卒業後の進路としてスカウトしてもいいからな。つまりはお前らもそれに倣ったということだ」

「……そうです。よく少ない情報から分かりましたね。比企谷さんの言う通りです。かなり抵抗されていますが」

 

 可鵡韋は俺の攻撃を警戒しつつそう答える。ここまで来ればもう俺は攻撃しないって……。

 

 まぁ、一先ず話を続けよう。ここを突破する、互いの納得できる終着点を探るとなると、手段はこれしかないか。

 

「しかし、残念なことにお前らの苦労は水の泡に終わる」

「あ? どういうことだ?」

 

 今度は獅童が眉をひそめ反応する。俺の言葉の意図が分かっていないという様子だ。

 

 なんか遠山もまるで何も分かっていない表情だけれど、お前嘘だろ。いやいやまさか……ね?

 

 

「結論から言えば遠山は留年した。4月になってもコイツは2年だ。スカウトなんてできない」

 

 

 そんな俺の一言。真っ先に反応したのは遠山と不知火。

 

「……はっ!?」

「……えっ!?」

 

 2人の驚愕が静かな空間に響く。

 

「いや遠山。お前なんでまだ確認してないんだよ。校内ネットに載ってるだろ。当事者のくせに」

 

 俺とレキが昼に確認したのは遠山とあと1人が留年したという内容だった。まぁ、そういうこともあるある。気にすんな。

 

「ひ、比企谷……君、その、冗談だよな? この場を丸く収めるための冗談なんだよな?」

「…………」

 

 まだ信じきれてない遠山にその画面を見せる。なぜ俺より知るのが後なんだ。

 

「う、嘘だろ…………」

 

 画面をじっくり見た瞬間絶望したかのように両膝を付き項垂れる遠山。可鵡韋の後ろでは不知火もちょうど確認したのか顔が真っ青になっている。

 

「残念ながらそういうわけだ。いかにお前らが強くてもこれって武偵高の自主的な決まりというより、ある意味法律でもあるよな。つまり、さすがにこれではどうしようもない」

 

 不知火に通知の画面を確認した獅童はおもむろに叫ぶ。

 

「おい遠山ふざけんな! お前勉強しろよ!」

 

 ごもっとも。

 

「話はこれで終わりでいい? とりあえず遠山、お前部屋の鍵寄越せ。終わったら郵便受けに入れとくわ」

 

 未だに絶望している遠山の制服から鍵だけ奪い取る。

 

「そんな……」

「まだ言ってんの? っと、可鵡韋。勝負はこれで終わりだな」

 

 気まずい空気が流れている獅童たちの横を通る。その途中、可鵡韋の近くを通り過ぎる直前立ち止まり言葉を交わす。

 

 その雰囲気は既に穏やかであり、つい数分前まで冷たい眼をしていたとは思えないほどだ。

 

「そのようですね。次があれば本気で戦ってください」

「本気って……それ言うならお前も本気出せよ。いや別に戦いたいわけじゃないからね。こちとら戦うのもう勘弁だからね」

「む、僕が本気ではないと?」

「何に固執してたか知らんが、貫手以外の攻撃しなかっただろ。それに狙っていた箇所は全部俺の胴体。それだけ縛っていたら、捌くだけならどうにかなる。拳銃持っているくせに使わなかったしな」

「僕が近距離に拘ったのは比企谷さんの装備ですよ。防弾服ではない私服。武器も少ない。そんな状態で殺すのは本意ではないですからね。加えて、一応は殺人ではなく制圧するのが目的でしたから……こちらの方が手っ取り早いかと。まぁ、なかなか攻撃は当たりませんでしたけど」

「俺が万全だったら本気で殺りに来てたのか。それとも必要以上に痛め付けられたのか……」

「それはどうでしょうね?」

 

 おー、怖い怖い。頭痛くなってくる。今はまだ肩の方が痛い。

 

「なんか好き勝手に引っかき回して悪いがあとは」

「えぇ、こちらが後処理しておきます。そもそも、獅童さんたちが前もって調べていたらこうならずに済んだこと……いえ、これは僕にも当てはまりますね。残業代出るのかなぁ」

「…………」

 

 ――――と、何やら騒がしい遠山や獅童たちをよそに俺はさっさとその場から離れ、忘れ物を回収し部屋に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。