「ねぇねぇ、八幡」
「どうした?」
「私も八幡に付いていっていい?」
理子の部屋から退出し一度部屋に戻ってから身支度を終え、大きめのボストンバッグと共にモノレールの駅に行くと、まだ理子といたと思っていた猛妹がポツンと1人佇んでいた。どうやら俺を待っていたみたいだ。
駅の中とはいえ、ここはモノレールが走っている。そのせいか、駅の造りは空洞がそれなりにあり、冷たい風は無情にもそこにいる人を襲う。
ぶっちゃけかなり冷える。そんな場所でも目の前の人物はそこにいた。と、そこで猛妹が俺に訊ねたのはどうやら同行の願いらしい。
「付いていくということは青森……星伽さんのとこにか?」
「うん。……ダメ?」
非常に甘ったるい猫なで声だ。あまりこういうことの経験がない俺からしたらすぐに肯定してしまいそうだが、ここは冷静になって答える。
「……ダメってこともないが、止めといた方がいいと思う」
「えー、どうして?」
どこか不満そうな猛妹に俺は淡々と理由を述べる。
「まず初めに、今は冬だ。青森とか絶対に寒い。寒いだけなら未だしも天気予報見たところ、今の青森はかなり雪が酷いらしい」
「……」
今の猛妹は武偵高の制服の上に少し分厚いコートを羽織っている。
「猛妹、見たところ冬の装備持ってなさそうだしな。ざっと調べたところ星伽さんの実家……星伽神社は山中にあるそうだ。冬の山は舐めたらいけない。授業で何度か経験させられたが、あれはマジで余裕で死ねるまである。遭難したら確実にヤバい。俺はまぁ、他の奴らに比べて山中行軍は慣れていないし、お前に構う暇すらないかもしれない」
俺は冬の山で危険な目に遇ったら瞬間移動が使えるようになるまでジッとすればいいが、猛妹はそうはいかないだろう。瞬間移動が厳しくても最悪空を飛べば、どこへ行けばいいかおおよその検討は付くだろう。
しかし、俺が猛妹と一緒に飛ぶとしても、それまでにはぐれる可能性が当然付き纏う。
そもそも普通の山ですら、ただ真っ直ぐ歩くこと自体が大変だ。そこに加え、冬という季節が加わるだけで日が落ちるのも早くなる。雪もあればなおさら難易度は格段に上がるだろう。
「うっ、たしかに私雪に慣れてないけど。寒いの苦手よ」
悔しそうにこちらを睨む猛妹だが、その視線はこの事実を理解しているのか力がない。
……仕方ない、ここはあと一押しの言葉も追加するか。
「あとあれだ、下手にお前を危険に晒して、諸葛や姉妹たちの恨み買いたくないしな」
「なにそれ。んー、でもまぁ、一応はそれで納得してあげる」
「はいよ」
一先ずこれで付いてくることはなさそうだ。
実際、この先で何があるか分からないかな。冬の山だけなら未だしも、誰かと戦闘に なることは……星伽さんに会いに行くだけだし、ないかもしれないが、いざってときもあるから用心するに越したことはない。
…………もしかしたら、色金のことを知ろうとして、星伽さんが立ち塞がる、なんて展開もあるかもしれない。
まぁ、そうなったとしても、猛妹は普通に強いから心配は無用だろう。近接戦闘だけで言えば、神崎やHSSの遠山に匹敵するほどの使い手だ。伊達にあのバカデカい青龍刀を扱っているわけではない。
しかし、最悪は常に想定するべきだ。何かあってからでは遅い。
「…………ん」
……と、待て。
そう考えるということは、俺って別に猛妹のことを少なからず疎ましくは思っていないのか。態度では邪険に扱っていながら、心の奥底では多少なりと好感を持っているのだろうか。
いやたしかに俺は猛妹のことを嫌いではないが……なにそれ、ツンデレ?
「八幡?」
「……何でもない」
ちょっと頭痛くなってきたな。男のツンデレとか需要ないだろ……。
「じゃあ、私はこれでお暇かな。みんなと合流するよ。また色金について分かったら教えてねー」
「わざわざここに来てくれてあまり相手してやれなくて悪い。……何か分かったらまた連絡するわ。またな」
「またねー」
と、この場から離れる猛妹を見送る。
あれ? 猛妹、駅から去っていったけど、モノレール乗らないみたいだ。あれか、闘犬を数匹連れていたから車とかで来ているのかな。
まぁいい。とりあえず今日は青森まで新幹線で移動。恐らく夕方から夜には到着できる。そのときには暗いだろうから、駅の近くで一泊し、翌日星伽 さんを訪れる。この予定で進めよう。
そう決めた俺はちょうど来たモノレールに乗り込む。
「……ん」
ここでふと気付く。そういえば、モンゴルへいるであろうレキに行き先を伝えていないと。
一応はレキに目的地の連絡を入れておこう。ウルスの集落だと繋がりはしないだろうが、メールを受け取らずに東京へ戻ったら俺がいないことになる。『色金のことを知りたいから、青森にある星伽神社へ行く』という内容をレキに送る。
レキにメール送信してからまた新たなことに気付いた。猛妹の連絡先知らねぇわ……。意気揚々と教えるって言っておいてこれか……。
「……なんかすまん」
という独り言はモノレールの発車音にかき消された。
――――翌日。
新青森駅近くのカプセルホテルで夜を明かした俺は早朝から行動を起こす。目的は弘前市だ。つっても、JRに乗るだけだ。
せっかく初めて来た土地なのだが、観光はせずに行動する。勿体ない気持ちはあるがな。
「…………」
電車で移動しつつ今までの情報を整理する。
星伽神社の細かい位置までは調べきれていないが、星伽山があると調べは付いた。グーグル先生では載ってなくて苦労したがな。そこのどこかにゴール……神社があるのだろう。
岩木山近辺のバナナの形をした湖に中腹低い山がある。目的地はざっくりその辺りだ。……分かりにくい!
遠山から訊いたことあるのだが、星伽神社は普通に行こうとするとかなり分かりにくい場所に位置しているらしい。外から歩いてもなかなか発見できない。あえて分かりにくく造られている。
星伽神社はかなり排他的とのこと。遠山はなぜかまでは知らなかったが、今ならその理由も想像できる。
理由の全部ではないかもしれないが、緋緋色金を祀ってきた緋巫女として色金に詳しいからだろう。色金の情報は秘匿する必要がある。あれは悪用されてしまえば、色々とバランスが崩れてしまう代物だ。
「……あれ」
……ん? 自分で考えていて不思議に 感じたが、本当に星伽さんは色金を祀っているのか? となると、星伽神社に緋緋色金があるということになる。金一さんのように詳しいだけではない?
猛妹が星伽さんは緋巫女だと言っていた。
レキはウルスで漓巫女をしていた。ウルスの集落にある湖に漓漓色金の本体が沈んでいており、そこから巫女という立ち位置になった。生まれたときから同調……と表現すればいいのか。漓漓の影響をもろに受け、感情というものを全く知らずに育った。
――――つまり、色金の巫女=巫女の出身地近辺に本体がある。
この考えが成り立つなら、やはり緋緋色金の本体が星伽神社の近くにあるのだろう。ということは、詳しいどころではない。生まれたときから色金が傍に在った。
だからこそ、星伽神社は排他的になったというわけか?
「そもそも……」
超能力はおいそれと人に見せるモノでもないが……。
「…………」
俺は、今まで色金本体に2回会ってきた。1回目はウルスで、2回目はエリア51で。瑠瑠に関しては、本体を加工された状態ではあったが。瑠瑠本体が最初どこにいたのかはもう知りようがないかもしれないな。
そして、最後。緋緋色金の本体が恐らく俺の行き先にいる。もしかしなくても、全ての色金本体を見てきた人物とは俺だけではないのか?
少し、身震いする。なかなかこんな成り行きで貴重な情報を持っている奴いねぇだろ。
「……別に」
緋緋色金を、緋緋神をどうこうするつもりはない。いやもちろん、どうにかできるなら神崎を救いたい気持ちはあるけど……もう俺がどうにかできる段階ではない気がするし。
ただ、色金について俺は知りたいだけだ。どこから来て、どういう歴史を辿って今に至るのか。ここまで関わってきたんだ。何も知らないでは、格好が付かない。漓漓に力を貸してもらっている手前、その力が何なのかは知っておきたい。
……それに、最低限、漓漓と瑠瑠に義理は返さないといけない。筋を通す必要がある。
『間もなく、弘前駅~』
電車のアナウンスが聞こえる。
「さてと」
――――行くか。
弘前市の電気は曇り。幸い、今のところ雪は降っていない。さっさと移動しよう。
ここから一先ずの目的地である岩木山は10km以上は離れている。
微妙な距離だ。歩くことは可能な距離だが、山中行軍をする予定だ。体力は消費したくない。空を飛ぶにしても……うん、駅前のロータリーは広くて多くの人が行き交っている。こんな場所では使えない。
近くまで走っているバスもなさそうだ。タクシー使うか。
その前に腹ごしらえだな。
――――そして、1時間以上経過し、岩木山の麓に到着。
これからはGPSを頼りに移動しよう。一先ず県道沿いに山をぐるっと回ろう。ある程度近付けたら登山開始だ。
さらに5時間は経過して、山中を駆けずり回りようやく目印となる湖を見付けた。途中休憩を挟みつつ。
「はぁ、しんどっ……」
慣れない山道を進むのはかなりキツい。真っ直ぐ進もうとしても気付けば逸れている。そのズレを修正しつつ歩くのは非常に神経を使った。
着替えとかの荷物は駅前のロッカーに預けたが、如何せん装備が登山に邪魔だ。普段はあまり感じないが、銃やマガジン、ナイフに棍棒、もろもろ装備して水や食糧や懐中電灯とかの登山セットを背負っているとかなり重い。
登り降りが激しいと、こうも装備の重量が響いてくるとは。……休憩しよう。って、何だかんだでもう夕方だ。遅すぎると向こうも迷惑だろうし、早めに到着したいな。
「さすがにこんな山ん中だと人いないな」
今までろくに整備されてない荒れた道を無理やり進んだ。登山道などではない。こんな場所だと人もそうそうすれ違わない。それなら、そろそろ超能力を使ってもいい頃合いだ。
普通に進んでも星伽神社は見付けにくい。なら飛翔で空を飛んで探そう。……その前に栄養補給。
15分ほど休み、GPSで方角に当たりを付け空を飛ぶ。人に見付からないよう最低限の高さで。5分ほど飛んでいると、うっすらと獣道のような山道を見付ける。今での荒れた山道ではない。自然物ではなく人の手が加えられている。
「っと」
一先ずその人工的な造りへと降りる。その道の示す先を確認すると、長い石段へと続いている。恐らくこの獣道は神社の参道だろう。たしかにこれは外からでは発見しにくい。
石段を登りきったら神社なのだろう。間違っていても道筋は見えてくる。
「……」
等間隔に並んでいる石灯篭を横目に歩く。
ゆっくりと歩いている最中、ひらひらと雪が舞う。どうやら降ってきたみたいだ。山に入る前、予報を確認したところ今日は雪は降らないようだったが……やはり山の天気は移りやすいのか。
とりあえずこの時間帯で良かったと安堵する。絶賛行軍中だったらペースはかなり落ちていた。
「……ふぅ」
100段以上はあった石段を登りきると、緋色の鳥居が待ち構えていた。ようやく到着だ。
この鳥居を潜ると、いよいよ色金についての真相が見えてくる。星伽さんが俺の望む答えを言ってくれるかどうかは別問題かもしれないが。
それでも、やっとここまで来た。随分と遠回りをした気がする。
色金について本気で知りたいのなら、最初から星伽さんに訊いておくべきだったかもしれない。ブラド戦で入院している最中、さらっと緋緋について詳しい口ぶりをしていた。
あのときはまさか緋巫女とは思いもしなかったが、よくよく思い返せばそりゃ詳しいよなとしか。
しかし、今までの道筋が完全にムダだったとは思わない。ブラドとヒルダは理子のため倒す必要はあったし、アメリカでも瑠瑠と話せて貴重な経験になったとも思っている。どれくらい遠回りをしても、そこで得た記憶はどれも貴重なモノだ。
アメリカで、瑠瑠は神崎をどうにかする方法は緋緋を殺すしかないと結論付けたが、星伽さんなら別案があるだろうかと疑問に思う。
「――――」
俺の考えだと、多分星伽さんは神崎の中にいる緋緋神をどうにかする手段はあるだろう。そりゃ緋緋の巫女なのだし、俺以上に超能力に詳しい。普通にあっても可笑しくはない。しかし、それは現実的ではないとも思う。
なぜなら、殻金を揃えることが最善策とはいえ、他の手段を試そうとしなかったからだ。
殻金……色金の力を従え自在に使えるようにする術はたしかに効果的だ。しかし、それが不完全になってしまったのならば、早々に別手段を試すべきだ。……まぁ、そのころはまだ神崎は乗っ取られていなかったから、わざわざする必要がなかったとも言えるか。
通常なら星伽さんが使えるであろう手段はかなり効果がある可能性がある。しかし、神崎と緋緋の相性はかなり良い。その手段が不発に終わることもあるだろう。
そうなったら、どうすべきなのかな……。やはり殺すしかないのだろうか。当然そうはあってほしくない。遠山はイギリスで上手いことしているのだろうか。
とはいえ、もう俺の出番はないだろう。あとは王子様の成すべきことだ。しかし、色金のことを知るとなると緊張もする。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。…………はたまた、出るのは神様かもな」
意を決して鳥居を潜る。
その瞬間――――俺の首に薙刀が突き付けられる。左右から二刀同時に。
「はぁ……」
思わずため息をついてしまう。
鳥居のすぐ傍に複数人忍んでいたことは分かっていた。気配の消し方とか素人もいいとこだし。そのためにわざと少し大きめの声出して潜ったんだが……。
ったく、これはとんだご挨拶だな。
薙刀を突き付ける人物を確認する。2人とも俺より何歳か下の少女。長い黒髪に巫女装束を身に纏っている。そして、その奥にも弓を所持している少女が1人。しかし、弓を構えてはいない。あ、離れていった。
この少女たち、どことなく雰囲気が星伽さんに似ている。髪型も星伽さんをリスペクトしているのか前髪を揃って切り揃えている。親類かな?
にしても、なぜか敵意剥き出しだな……。初対面でこのまで嫌われるか。泣いていい?
「俺はただ参拝しに来ただけだ。その危ないモノ仕舞ってくれ」
「――――なっ!」
「ウソッ……!?」
面倒ごとというか俺より年下の少女にケガは負わせたくないので、薙刀の柄を鎌鼬で切断する。
驚いた様子を見せる薙刀の2人。これで一先ずお互いケガすることはなさそうだ。問題は奥にいる弓の少女がどこに行ったのか――――
「ひ、比企谷さん!?」
神社の奥から弓の少女と目的の人物が駆け足で寄ってきた。
「どうも」
同じく巫女装束を着た星伽さんだ。
「ど、どうしてここに!?」
「……え、この不審者。白雪お姉さまの知り合いなのですか?」
おい。誰が不審者だ。
「私の同級生ですよ、粉雪」
「それは……申し訳ありませんでした」
「こっちも斬って悪かった」
お互い会釈して謝罪。
「そ、それで比企谷さん。どうしてここに?」
「星伽さんに訊きたいことがあって。前に遠山から星伽神社のことを教えてもらったからその記憶を頼りに色々と調べつつここまで来た」
「キンちゃんが……。そうですね、一先ず中へどうぞ」
案内され境内へ。そこから屋内へとお邪魔する。雪が防げるだけありがたい……。マジで寒いわ。
「えーっと、この人たちは星伽さんの親類?」
「はい。私の妹たちです」
「それは……手荒な真似してごめんなさい」
「先に刃を向けたのは妹たちですから気にしないでください」
温かいお茶を妹さんたちから貰い、どう切り出せばいいのか困りつつ星伽さんに話を振る。
「それで、わざわざここまで来て訊きたいこととは……?」
「あぁ、帰ってくるのを待つのも面倒だったし、ここに来たのは単純に暇だったからそこまで気にしないでいいんだけど。訊きたいのは色金について」
「……やはり、そうでしたか」
気まずそうに目を逸らす星伽さん。どこか勘違いしてそうだから訂正しておこう。
「あーいや、別に星伽さんを責めるとかそんなの考えていないから。何ていうか、ここまで色金と関わってきたから、そもそも色金が何なのか知りたいってだけだ。……ホントはそこから神崎をどうにかできればいいのだが、もう俺ができることはなさそうだからな」
「なるほど、分かりました。比企谷さんには色々と迷惑をかけてきましたし、助けられました。私の答えれることなら答えましょう。何が知りたいですか?」
迷惑……部屋をめちゃくちゃにしたことかな?
と、星伽さんが真剣な表情になったわけだし、俺も変に茶化さず知りたいことを質問しよう。
「まずそもそもとして、色金ってどういう存在なんだ? 意思を持った金属……いや、意思が宿った金属の方が正しいか? それは分かっているが、そうだな。その出自……アイツらはどこから来たんだ?」
「――――宇宙からです。文字通り、色金は御星様なのです」
「……宇宙、ね」
言い淀むわけでもなく、ただただ平然と述べられるその言葉は、それが真実だと如実に語っている。その言葉を訊いた俺は内心驚きつつも、天井を見上げながら半ば冷静に言葉を返す。
……宇宙、そこから色金が来訪したのか。
「あまり驚かれないのですね」
「いやまぁ、面喰らっていると言えば喰らっているけど、もしかしたらそうだと予想はしていた」
ウルスで漓漓を見てから、少しは考えていた。それは本体の形とその場所。
漓漓本体はウルスにある湖の中心に沈んでいた。
湖の出来方の1つとして、地球に隕石が墜落したというパターンがある。隕石が墜落した衝撃でクレーターができ、そのクレーターに雨などで水が溜まり、湖になることがあるらしい。
そして、漓漓の形は直径10mの円錐形に近い岩である。何と言うか、麦わら帽子のような形だ。これは大気圏で燃え尽きないようにした宇宙船の造りに似ている。
それらの状況証拠から、万が一の可能性として宇宙から飛来したのかと推測したことはあった。その考えを持ってはいたが――――現実的ではないと思っていたのも事実だ。
生憎、宇宙人とか信じたことはなかったからな。異世界から来訪した方がまだ納得できる。
「ということは……元々隕石に色金としての意思があったのか? それとも地球に来てからは特に何もないただの隕石だったが、付喪神のように後から意識が芽生えたのか?」
「前者ですね。どういう経緯かは分かりませんが、元々意識があった状態で地球の……ここへ落ちたそうです」
「なるほど。ここってことはやはり緋緋の本体は……この辺にいるのか」
「はい。ここから数kmほど離れている場所に御神体として祀っています」
「ほー」
だからこんな分かりにくい場所に神社が建てられているんだな。
ここは人里から離れすぎていると思う。色金が近くにいるからか。その辺りはウルスと似通っている気がする。モンゴルは元々そういう文化かもしれないが。
「他に質問はありますか?」
「えーっと……」
出自が知れただけでも充分な俺はこれ以上何を訊こうか迷っていた。改めて大きさや形、可能なら御神体である緋緋の場所まで案内してもらえるかなと思考を回していたら――――
「キャ――――!」
誰かの悲鳴が耳に届いた。恐らく、部屋の外に待機していた星伽さんの姉妹の誰か。
「なんだ……?」
「風雪!?」
俺と星伽 さんは話を中断して急いで駆け付ける。星伽さんは隣に置いていた刀を手に。星伽さんの妹がいた場所は鳥居のすぐ傍だった。そこに居たのは――――
「神崎……?」
武偵高の制服を着た神崎が立っていた。その数m離れた場所には星伽さんの姉妹3人が後退りつつ警戒している。
神崎? 何をしに――――しかし、何か違う。雰囲気……立ち姿……プレッシャー? 何かが違う。いつもより視線が好戦的? 普段のツンデレっぽい雰囲気が微塵とも感じない。
目の前の人物は神崎でない。あれは……誰だ?
「いや、誰だなんて言うまでもないか。――――緋緋、何しに来た」
「…………お前は、ふふっ、そうか。漓漓の力を使うモノか!」
「アリアは……どうしたの」
「むっ、今代の巫女か。なに、もう完全に乗っ取っただけよ。舞でも捧げてみるか? それで離れるほど軟弱ではないぞ」
焦っている星伽さんの問いに緋緋はそう答える。
「そんな……」
「戻らない。殻金は間に合わなかった?」
遠山が様々な場所で散らばった殻金を回収していたが……俺が飛び散った分を少しは掴めたが、それでも足りなかったみたいだ。
どういう経緯で神崎が乗っ取られて、どうやってここへ来たのかが分からないな。恐らくここまで来れたのは瞬間移動を使ったのだろう。
しかし、目的が不明だ。
「でだ、わざわざ神崎を乗っ取ったってのにどうしてここまで来たんだ?」
緋緋との距離を詰めるために少しずつ歩きながら俺も問う。星伽姉妹の間に立つように。
「まぁ、あたしはアリアの体を奪ったがな。とはいえ、完全には力が戻っていない。ここにはあたしの力の大元がある。そこで力の充電しに来たんだよ」
神崎の体内にある緋弾は世界最大と言われるほどの緋緋色金があるが、それは本体が星伽にあるのを知らない人たちが言っていたこと。
イマイチ力の充電という解釈は分からないが、飯でも食うようなもんか。
「つっても、力の充電には時間がかかる。……なぁ、漓漓の力を使う……何て言ったか。イレギュラーだったか。お前にはちと興味がある。あの無愛想な漓漓が力を貸すとはな。実力も気になる。暇だし、あたしと――――戦おうではないか!」
嬉々とした緋緋の表情。神崎の顔でそれをやられると微妙に腹立つが……。ていうか、その2つ名、緋緋も知っているのか。やるせない気持ちにもなる。
「お前と戦う理由がない」
「ないなら作ろう。お前がそうして怠けていると……そこで竦んでいる女共にが死ぬぞ?」
「――――ッ」
チラッと俺の後ろにいる星伽さんの妹たちを覗く。たしかに立ってはいるが、現状腰が抜けている。襲われれば星伽さんがいるとはいえ、厳しいことには変わらないだろう。
人質か。かなり安易な 作戦だが、自他問わず殺人禁止のある武偵にとっては非常に有効な手段だ。武偵でなくとも実力者に人質を取られるとキツい。星伽さんが手を引っ張って保護してくれているが、もし本気を出した緋緋相手に護りきれるかどうか……。
神崎の身体能力に、色金としての超能力。どの手段を用いられても強力すぎる。
「さぁ、イレギュラーもあたしと一緒に楽しもう。人に最も興奮をもたらすのは恋と戦。あたしは特別お前には恋はしないが――――戦は別だ。ヒリヒリと、焼き付けるほどの戦いを楽しもう」
俺が棍棒であるヴァイスを組み立てると、臨戦態勢に入った俺を見て嬉しいのか口上を捲し立てる。
それとさらっとフラれたな。いや別に神様に好かれたくないけど。それに神崎の体だしな……。
「――――」
日が沈む。雪は止んだ。まだ明るかった曇天の空から段々と空に暗闇が広がる。どうやら俺が強敵と戦うとき、暗い暗い夜一緒らしい。
――――今宵相対するは神。体は人間だが、人間とはまるで別物の存在。
対する俺は神様の力の一端を使えるだけのごくごく普通の人間。果たして勝てるのだろうかか?
この戦いの結末など不明すぎる。それでも、ここは逃げてはいけない場面ということは嫌というほど理解できる。命を助けてもらった恩を返すために。
「イレギュラー、お前は妹たちと関わり合うことはあっても、あたしと直にこうして関わるのは初めてだな。日本ではすぐ止められたからな。……あぁ。良い、気分が高まる。対話はしなくていい。そんなものは無意味だ。――――あたしとお前は戦うことでしか分かり合えない!」
「神様と分かり合いたいとか思ったことねぇよ!」