八幡の武偵生活   作:NowHunt

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前回の登校日が2021/11/11 1:11だったのめっちゃ驚いたというどうでもいい報告





番人

 レキの砲撃は射線上のゴレムを完璧に砕く。それもあの硬いゴレムを3体はまとめて破壊する。全員、カスりでもしないように大きく離れる。至近距離でのこの威力を直に見ると……こ、怖い……。と非常に戦慄してしまう。

 

 しかし、バレットM82は連続で撃つのに時間は多少かかる。その隙を突かれないよう、前衛組が走る。

 

 理子はワルサーP99を両手で2丁、超能力で操っているツインテールで刀を2本、それらを器用に駆使し、ゴレム数体相手する。相手を寄せ付けない怒涛の連続攻撃で次々と撃破をしている。ゴレムの外郭を破壊した瞬間、現れた核を瞬時に破壊する。

 

 まるで躊躇を見せない。ただ視界内のゴレムを相手する。自分の損傷を気にしない、致命傷以外はまるで気にしていない動き。いつもの理子じゃない。あれは――――俺はあまり見たことのない武偵殺しとしての理子だ。あの神崎を完封しただけはあるくらい凄まじい。ただ、ひたすら目の前の敵を駆逐している。

 

 そんな理子の背後から襲うゴレムはヒルダが迎撃をする。理子は背後を完全にヒルダに任せている。まさか、こんな戦法を理子が選択するとは……この2人の関係性を考えるとあり得ないと言ってもいいくらい、ある意味異常な光景に思える。

 

 ヒルダはゴレムに触れたかと思えば、一瞬閃光が走る。すると、途端にゴレムが崩れる。ゴレムの核は虫だ。その虫を的確に電気で撃ち抜いているみたいだ。俺にはその結果だけ分かる。ヒルダにも、核の位置は把握できているらしい。まぁ、魔女だもんな。俺以上に超能力には慣れていてもおかしくはない。……というより、砂でできているゴレム相手にどうやって電気を通しているかは謎なんだけど。

 

 理子と背中合わせで戦うヒルダは常に余裕を見せている。事実、かなりのゴレムの数が理子とヒルダを襲っているが、ゴレムはまるでヒルダと理子に近付けない。そして、影から取り出した三叉槍を力任せに振り回している。その怪力とヒルダの超能力の電気が合わさり、使い魔程度ののゴレムでは相手にならない。

 

 何あれ怖い。圧倒的な強さを見せている。

 

 …………改めて、どうして俺ヒルダに勝てたんだろう。実に不思議だ。

 

「八幡! お前パトラたちを倒せたとしても、このタンカーを止める手段あんのか!?」

 

 軽く頼もしい味方に引いていると、口調が荒い理子からそう問われる。その口調、俺がトイレを我慢している理子にペットボトルを貸そうかとふざけて訊ねたらマジギレされたから、ちょっとトラウマなんです。

 

「考えはあるが、ぶっちゃけ絶対じゃない。成功すれば被害は最小限に抑えれるかもしれない。ただ、それでも俺の考えだとタンカー自体を止めるには至らないと思う。下手に設備を破壊して手遅れになるのは避けたいし、できれば、船に詳しいエンジニアとかがほしい」

 

 素人が無闇に手を出して最悪のパターンになってしまうのはしたくない。できる限りタンカーの損傷は出したくないのが本音だ。

 

「それなら私の姉妹を援軍に要請を出してる! あと10分もすれば来るよ。理子、制限時間はどのくらい!?」

 

 レキの護衛に回っている猛妹が青龍刀を操り、大型剣をバットみたいにしてゴレムを叩き出している。コイツも改めて馬鹿力だなぁ。なんであの小さい体でそこまでの力が出るのか甚だ不思議だわ。俺、あんな武器使えないぞ。絶対、腰か肩がイカれる。

 

 その猛妹が理子に訊いている。そうか、4人目のココはエンジニア系列の人材なのか。言われてみれば、日本で会ったときに猛妹たちのように戦闘ができる雰囲気は醸し出してなかった。むしろ、単純な戦闘能力はかなり低いと思うレベルだろ。寄れば数秒で倒せると感じたくらいだ。

 

 っと、それより残りはどんくらいだ。確かに制限時間は気になる。

 

「この速度からして……目的地はヴィクトリア湾方面だろ? あー、うーん……30分から40分だと思う! でも、カツェは水を操る。水を操るってことは海流も当然操れる。ただ、ここは海路があまり広くない。そこまで速度を出せないから気にしなくてもいいと思うが、いざとなりゃムリヤリ海流を操作して速度を上げることもできる!」

「ムダに長ったらしいよ、理子。つまり!?」

「モタモタすんなってことだ! 行け、八幡! 香港燃やしたくなけりゃ時間かけすぎんなよ。さっさとアイツら仕留めろよ!」

 

 理子の叫びを合図に一気に駆ける。烈風での加速はしない。超能力の使用は最小限でいく。

 

「了解」

 

 理子とヒルダが作った穴を走る。周りは気にしない。

 

「じゃあ、理子。イレギュラーが入ったらこの扉は死守ってことでいいのかしらね?」

「だね。追加もなさそうだし、片付けたら加勢に行こうか」

 

 そんな言葉が聞こえたと思ったときには俺はタンカーにある居住区への侵入は成功した。理子、ヒルダには口調柔らかいんだなぁ。

 

 

 

「…………」

 

 タンカー後部にある建物の1階に飛び込み、扉を閉める。

 

 内部は簡素なビジネスホテルのような雰囲気が見受けられる。どうせこれ、パトラたちの私物じゃなさそうだし、どこかで奪ってきたもんなんだろうな。本来なら、このタンカーで働く人たちが寝泊まりする居住区のようなもんか。

 

 ゴレムの気配はなし。あの2人はどこにいるか探る。普通に考えているとしたら、数の多いゴレムを操作できる位置になる。カジノでの一件から分かったこととして、あのゴレムはある程度はオート操作は可能みたいだ。しかし、あそこまで複雑な連携をしているということは、パトラはゴレムや俺たちを俯瞰できる位置にいる可能性が高い。

 

 つまり、アイツらのいる方向は上だと推測を立てる。外から見た感じ、ここが1階で、多分5階程度の大きさだ。船には詳しくないが、こんなにデカい船を操縦する場所は、上側がから見下ろす形なのかな。

 

 とりあえず、上に行けば操舵室へ辿り着けるはずだ。そこでまず第一目標として操縦して船を停止させる。……ぶっちゃけパトラたちがそんな手段残している可能性は低いと思うけど、まずは試さないと。まぁ、十中八九ブレーキ系統壊しているだろうがな! 俺がそっち側でも、まずそこは優先して壊すよね。誰だってそうする。ていうか、どれがブレーキとか分かんないんだよなぁ。

 

 とにもかくにも、パトラとカツェをブッ飛ばさないと話は始まらない。

 

 そう考えつつ階段を駆け登る。

 

 

 最上階へ到着し、ファイブセブンを構えたまま気配の強い場所の扉を開け突入する。

 

「……まったく、こんなタイミングでイレギュラーに見付かるとはな。想定外じゃ」

「そうだぜ。本来なら、バスカービルたちの戦闘が終わる頃合いで姿を現すつもりだったのによー。てか、レキや理子はともかくココが協力するとはなぁ。藍幇が負けたら師団になるし、妥当っちゃ妥当か。イレギュラーは無所属だが、師団寄りだしよ」

 

 どうやらピンポイントで操舵室へ辿り着いたみたいだ。そこには悠々自適とパトラとカツェが佇んでいた。

 

 一先ず、この部屋やパトラたちの様子を見るために話を続けよう。

 

「ちなみに、お前らどうしてテロ紛いのこと起こすんだ?」

「んなの訊いてどうすんだよ。タンカージャック起こしている時点でどんな理由話しても、武偵のお前には理解できねーだろ」

「そりゃな。そういう頭イカれている奴らのことなんて理解したくもないな」

 

 そう口では言うが、よくよく考えれば武偵も大概じゃないか? いや、コイツらよりはまだマシだ。犯罪に抵触しないだけ、最低限の倫理観は残っている。と、自問自答して心を落ち着かせる。

 

 とりあえず――――カツェの服の膨らみからして拳銃はあるだろうが、まだ構えていない。いや、この2人の場合必要ない、が正しいか。互いに超能力があるからわざわざ跳弾の危険がある拳銃は撃たないのかもな。

 

「そもそもこのご時世にナチス復活とか馬鹿げたこと抜かす奴らだもんな。お前ら、頭終わってんじゃないのか。もうちょい現代の価値観アップデートしろよ。今と昔じゃ丸っきり状況も違うし、そんなこと言っていると、ただただ頭イタイ奴になるぞ。その眼帯といい、そういう年頃なんだな。数年後には黒歴史になってベッドで悶えることになるだろうな」

 

 どうして俺はあのときあんなことを言ってしまったのか、ふとした瞬間にフラッシュバックしてひたすらに恥ずかしい想いをするだけだ。悲しい。忘れたいのに記憶に残る。

 

「うっせ。どうせイレギュラーには分かんねーよ」

「まぁ、ごくごく普通の感性を持つ俺としても、んなのこれっぽっちも分かりたくもないな。で、バスカービルにちょっかい出す分には別にいいが、一般人巻き込む必要あるのか?」

「んなの楽しいからに決まってるだろうがよぉ! 戦争ってのは楽しくないとな! それに、藍幇がバスカービルに負けて師団になるって情報も入った。裏切り者には制裁だ。だが、藍幇は人数が多い。だから、タンカーで香港ごと燃やそうって寸法よ」

 

 今から行うことに、罪悪感はなく、子供がクリスマスプレゼントを上げるみたいに、目の前のことをただひたすら高揚し、愉快そうに嗤うカツェ。

 

「――――」

 

 

 そんな彼女を見てどうも心底不快な気持ちに陥る。つまり、カツェは一般人を殺すことに対して、何とも思っていないわけだ。むしろ、殺すことは当然、まるで空腹になったから食欲を満たすことと変わらないとでも言いたげでもある。

 

 この香港には多くの人がいる。国籍も人種も年齢も多種多様だ。観光客も、そこに暮らしている人も、敵であった藍幇に所属している人も、本当に多くの人がいる。2日3日程度しか過ごしていない俺でも、東京や千葉に慣れている俺ですら、この香港にいる人の多さには目を見張ったまである。

 

 そんなに多くの人がいる香港で、もし決まればかつてない程の被害になる規模の事件を起こそうとしている。俺は武偵として、それを止めなければならない。しかし、なぜ、と理由を問われるのであれば、解答するのにしばし時間を要する。

 

 人間はいつか死ぬ。それは当たり前であり自然の摂理だ。不老不死なんていない。誰であろうといつかは死ぬ。生物として、そう刻まれている機構だ。しかし、そのいつかを理不尽に奪われてはならない。テロを身勝手に起こし、それに巻き込まれた人たちが何があったのか理解する前に死ぬなんてこと――――あってはならない。

 

 だからこそ、俺は目の前の人物を止める必要がある。そのような理不尽から守るために俺はいる。誰であろうと、生きて最期に「悪くなかった」と思わなければならない。そうでなければ、救われないじゃないか。武偵とは、誰でもそんな当たり前を享受させるために存在する。

 

 前に語った、正義の味方ではなく、武偵が法の番人とはそういうことだ。正義の味方のように見返りを求めず、誰彼構わず助けるわけではない。助ける人間は選ぶのが武偵だ。しかし、武偵が関わるからには、一般人を死なせるわけにはいかない。武偵は、法を、社会を、潤滑に回すための歯車に過ぎない、と俺は思う。

 

 しかし、法を守る番人だからこそ――――その法を乱す奴らは見過ごせない。

 

 

「お前らは別に今からすることにこれといって罪悪感はないわけか。よく分かった。――――つまり、覚悟はできているってことだな」

「あ? 覚悟だぁ?」

「ん? あぁ……まぁあれだ、要するにお前らが死ぬ覚悟だよ」

 

 俺の口調が朝に挨拶をするかのような穏やかな声に聞こえたのか、今話した俺の言葉が非常に流暢だったからか、戸惑いもなくすんなりと発せられたからなのか、カツェは僅かに息を呑む。

 

「――――っ。おいおい、日本の武偵が人殺しを許容するのかよ?」

「バレなきゃ犯罪じゃねぇしな。それに今俺の背後にいる組織は中国最大級のヤクザだぞ。死体を誤魔化すのなんざ、簡単なことだろ。適当に殺して、適当に海にでも沈めれば、どうにかなるわ。目には目を、歯には歯を……理不尽な殺意には――――圧倒的な殺意で応えてやるよ、テロリスト」

 

 

 

 殺気、解放。

 

 

 

「来るぞ、カツェ!」

 

 パトラの警告と共に戦闘が始まる。

 

 今まで感じたことのなかった殺意をカツェに向ける。今からお前を殺すぞ――――と。

 

 その純粋な殺気に驚いたせいかカツェの反応が遅れる。その隙を逃さず、俺はファイブセブンを構える。こんな室内で撃って下手に跳弾を起こすのは避けたいので、実際には撃つつもりはないただのブラフだ。しかし、目前に死が迫るとなると、どうしても身がすくむ。だからこそ、距離を詰めて飛び蹴りをかます。

 

「ガッ――――」

 

 カツェの腹にもろに命中。カツェの呻き声と共に床を転がる。が、烈風を使わなかったから勢いは足りず威力は不十分。普通に耐えられた。まぁ、そうなるよな。なら追撃を。

 

 そう考えもう一度近付き攻撃しようとしたら、カツェはすぐに体勢を整え、水筒? からどうやら水を口に含める。その様子を見て思わず、距離を詰めるのを躊躇う。

 

 水? カツェの超能力は水を使う。それはイ・ウーにいたから少しは知っている。だが、具体的な内容は知らない。今からカツェは何をする? 可能性があるとすれば、回復や回避のためではなく、俺を迎撃するかめに攻撃に転ずることだ。それなら、攻撃手段は? 水をどうする? 攻撃攻撃攻撃――――まさか。

 

「――――……ッ」

 

 嫌な予感がして咄嗟に横に回避する。これはヤバい、避けきれない。

 

「うっ……くそっ!」

 

 カツェは口から水を吹き出し、リアル水鉄砲を撃ち出してきた。しかも散弾みたいに何本も水鉄砲が俺に襲いかかる。その威力はファイブセブンにも劣らず。むしろ、貫通力ならタメ張れるレベルだろう。防弾・防刃制服がいとも簡単に斬れてしまう。腕に微かな痛みが走る。回避が遅れて、二の腕辺りから少し血が流れた。

 

 水はより圧縮すれば鉄すらも斬れるまでできる代物だ。普段は水を掴むことなんてできないのに、例えば高いところから飛び込めば、コンクリートと同じほどの堅さにまで化ける。柔軟性はかなり高い素材だ。

 

 認識が甘かった。あれは喰らうとヤバい。実際、カツェが発射した水鉄砲はタンカーの壁をかなり傷付けている。貫通……とまではいかないが、それでもかなり深く抉っている。

 

 ――――そして、腕に攻撃を喰らってしまったが、問題はそれだけではない。

 

「……チッ」

 

 散弾の如き水鉄砲を避けるのが遅れたせいで、その水鉄砲のうち何本かがファイブセブンの銃身を見事なまでに貫通してしまった。普通に壊れた。えぇ……。

 

 銃身に複数穴が空いているし、修理する方が高くつくだろう。これはあれだ、もうこれは使えないなぁ。悲しい。1年からずっと使ってきたのに、こんなところで……と、残念に思う気持ちが強い。

 

 しかし、このファイブセブンには最後の役目がある。このまま持っていたら危ないだろう。ワンチャン暴発する危険性がある。こんな状況は初めてなので、何がどうなるのか分からないが、さっさと手放した方がいいに決まっているな。というわけで、ただ捨てるのは勿体ないから、カツェに向かって全力投球。

 

「うらっ!」

「ちょ、まっ。うおっ、危ねー! テメッ、投げる奴がいるか!」

「壊したお前が悪い」

 

 一応は狙って投げたけど、当たらないよな。カツェは体勢はもう整っているし、避けようと思えば、まぁ回避はできる。ただ、いきなり投げるとは思わなかったみたいでかなり驚いてはいるな。

 

 ここでファイブセブンを失ったのは影響がデカいが、船内ではあまり使いたくなかったのも事実だ。怪我の功名だなと自分を説得したいところだが……いや、やっぱり惜しい。初めての俺の銃だったが……まさかここでお別れとは考えもしなかった。新しいのを買えばいいのだが、あぁ俺のファイブセブン……未練はタラタラなのが実に情けない。とはいえ、長年使ったものにな愛着が湧くのも事実で――――あぁもう、切り換えて集中しようと頭を振る。

 

 現在、俺とカツェは互いに距離は取っている。カツェに撃たれた腕は少し痛むが、動きに支障はない。この程度は無視できる。

 

 そして、俺の武器はファイブセブンを失ったからどうも近接に偏る。あまり広くない室内でヴァイスを振り回すのは不利なので、ここはナイフ一択。いや、ヴァイスは別に長さ調整すればいいんだけどね。とりあえずはナイフで。

 

「さて……っと!」

 

 一歩踏み込み、不意討ち気味にカツェとの距離を再度詰める。もう距離は離さない。

 

 俺がここまでカツェ相手に近接に拘るのは、そもそも武器が近接寄りってのもあるが、超能力者との戦闘ではある特徴がある。全てがそうだとは思わないが、超能力って遠距離攻撃が多いんだよな。さっきのカツェの攻撃然り、セーラの風を用いた攻撃も然り。もちろん、理子のような髪を操るものもあるのは知っている。しかし、それでもどちらかと言えば、遠距離攻撃に偏っている。

 

 そして、そういう奴らは大概、小さいころから超能力を使えるからずっとそれに頼って戦ってきた。つまり、近距離での戦闘は不得手のパターンが多い。

 

 これはヒルダとの戦闘でも感じたことだ。俺や神崎のように後天的に超能力を使えるようになったパターン、星伽さんのような元々武芸に秀でているパターン、こういう奴らはあくまで超能力を補助的に使ったり近接攻撃と一緒に使ったりしている。そうではない場合、近接戦闘特有の体の運びや呼吸はかなり読みやすい部類に入る。

 

「――――ッ」

 

 カツェとの距離を縮め、ナイフの射程圏内に入った。俺はそのまま大振りでナイフを横に振るう。カツェの首を狙って。もし当たれば、喉笛をかっ斬れる、確実に殺れる位置だ。

 

「ウッ……!」

 

 ナイフの切っ先がカツェの首に触れる寸前、カツェはどうにか後ろへ転がりそれを回避した。

 

「ハァ……ハァ……お、お前……イレギュラー…………マジかよ」

 

 カツェは息を荒くしてこちらを見上げ、睨む。頬を伝う冷や汗が船内のライトによって照らされている。その目からは信じられないとでも言いたげな驚愕さが滲み出ている。

 

 

 ――――先ほどの俺の攻撃、あれは俺が本気でカツェの命を取りに来たと思ったのだろう。

 

 

 なにせ、カツェの反応が1秒でも遅れれば首をザグッと斬っていた。鈍く冷たい鉄の刃が確実に届いていた。俺が人殺しをできない日本の武偵だという事実にも関わらず、殺しにかかった。ようやくカツェは、先ほどの俺の言葉が真実なのだと気付いたかな。命の危機というものをその肌で実感しただろう。

 

「…………」

 

 まぁ、別にこれはカツェ目線の話だけども?

 

 さっきの攻防で俺がカツェを本気で殺すつもりなら、わざわざ斬ろうとせず、首を一思いに刺す場面だったからな。わざと大振りにしたことで、カツェがギリギリ回避するための時間を作った。もしホントに当たりそうでも、斬りはしなかった。

 

 まぁ、さすがに本気で殺すわけではない。この殺気も、ナイフの攻撃も、一応はブラフだ。だが、それを相手に伝えるわけにもいかない。殺気を操り、相手を怯ませる。そうすることで、向こうの判断を鈍らせる。ホントに俺がカツェを殺すかもしれない、という考えを相手に与え、思考の何割かを奪う。これが、俺が使う殺気の目的だ。

 

 まぁ、これがブラフとバレないうちに決着付けるか。

 

「……ッ!?」

 

 今度こそ仕留めるために追撃しようと足を一歩踏み込もうとした瞬間、カツェの行動を見て足が止まる。不味い、またカツェが水筒から水を補給した。またあれが来る――!

 

 次は恐らくもっと広範囲の攻撃が来るはずだ。避けきれるか? この狭い船内で? 

 

「……いや」

 

 避けることが難しいなら、使わさなければいい。そうすぐさま判断した俺は棍棒であるヴァイスの3分割したうちの1つを思い切り投げる。さっきと似たような感じだ。

 

 超能力の使用には大なり小なり集中力がいる。ならば、少しでもそれを奪う。次の組み立てを考えるための時間を稼ぐ。

 

「くっそ、またかよ!」

 

 カツェがヴァイスの投擲を回避して水を吐き出す。そして、息を整えつつ俺に悪態をつく。敵に必殺技は使わせないに限るが、俺には関係ないし? こっちはバンバン使うからな!

 

 というわけで、今以上に殺気を出す――――。相手が落ち着くまで待っていられない。

 

「……うっ」

 

 カツェが俺の殺気に怯み、身構えたところで、ナイフを軽く斜め上へ投げる。別にこれがこのまま落ちても、俺もカツェにも当たらない、その程度の角度。しかし、さっきまでそのナイフによって散々苦しめられてきたカツェにとって、その挙動は正しく予想外だったに違いない。

 

「……え?」

 

 どうして俺がその選択を取ったのか理解できないかのような、カツェの困惑する囁きが俺の鼓膜に届く。

 

 視線は実に雄弁だ。まさかここで俺がナイフを手放すとは思わなかったのだろう。目線はナイフを追って見事なまでに視線は俺から外れる。正確に言えば、俺も視界には写っているだろうが、意識は俺に向いていない。

 

 そして、その瞬間を見計らい、今まで出していた『確実に殺す』という殺気を完全に消す。

 

「……ぇ」

 

 次に、姿勢を低くして足音を立てずに一息でカツェとの距離を詰める。

 

 カツェの視線は上に。俺自身は下へ、カツェの死角に入る。まぁ、ようするにこの一連の流れはナイフと俺を使ったミスディレクションだ。

 

 まずカツェを殺しにかかったナイフを上に放り投げたことによって、どうしてもカツェの視線は上へ向いてしまう。加えて、今まで殺気によって存在感があったが、気配を消したことにより、殺気のあった俺に慣れていたカツェは、今の俺を捉えることはできない。ただ、これはすぐに慣れる。時間にしてわずか数秒。ちょっとでも時間が経過すれば、もう今の殺気を消した俺を見据えることはできるだろう。

 

 ――――しかし、この数秒、カツェは俺の気配は感じ取れない。

 

 今まで殺気を隠さず、大っぴらに立ち回った。存在感は消さずにむしろ出しまくった。それもこれも、この状況を作り出すために。

 

 姿勢は低く踏み込む。何回も繰り返したこの動作。パトラ相手には使ったことがあるから、もう一度使えば効果は薄くなるだろうが、カツェ相手には初めてだ。確実に決まる。

 

 しかし、問題もある。この状態で撃つ技。それはかつて金一さん……いや、カナに教わった殺人技。これは俺でも人を殺せるくらいの威力がある。羅刹という横隔膜を殴ってムリヤリ心臓を止める技だ。んなの武偵が使えるわけがない。だから、敢えて別の場所を狙う。気絶させなくても、しばらく動けなくさせればいい。殺さず、行動不能にするために狙う場所は――――

 

「――――ッ!」

 

 鳩尾を狙い、掌底を放つ。狙いは命中。俺を捉えきれなかったカツェは回避もできずにもろに俺の掌底を喰らうことになる。

 

「ガッ――! ――――……ッ!!」

 

 烈風で勢いをつけていない掌底でも充分な威力を発揮したみたいだ。カツェは呻き声も上げれず、船内の床に膝をつく。蹲りながら、必死に呼吸をしている。

 

 鳩尾を殴れば、しばらくの間は呼吸がしにくくなる。ていうか、全体的に気持ち悪くもなるしな。ソースは実習中に蘭豹に殴られたことがある俺。吐き気はするわ悪寒は広がるわ立てなくなるわでめっちゃ辛かった。マージであれキッツいんだが? まぁ、それをカツェにする俺も俺だけど。

 

 威力を間違えれば死ぬ可能性もあるかもしれない。けど、そこはちゃんと調節した。羅刹よりかは安全な技だ。死にはしないけど、最低でも3分程度は動けない。これは俺の体験からの予想だが、あまり近接攻撃に慣れていなさそうだし、外しはしないかもな。これで超能力を使うための集中力も奪った。

 

「ふー……」

 

 カツェの無力化に成功し、安堵の息が漏れる。

 

 やっぱり純粋な超能力者と戦うときは短期決戦に限るな、とカツェを見下ろした俺はそう常々思う。ヒルダと同様、長引けば長引くだけ何されるか分かったもんじゃない。武偵やそれに準じた能力を持っている人との戦闘は、互いに隙を突いたり作らせたりしながら戦うもんだが、手札が分からない超能力者だとその戦法はあまりにも怖すぎるからな。

 

 実際、あのカツェの水の散弾は危なかったと思い出し冷や汗をかく。タンカーの壁抉っているし、あれ連発されるだけでヤバかっただろうな。ファイブセブンも壊されたし! 女々しいと思われるかもしれないけど、1年も使っていると愛着が沸くのです……。それに加えて、カツェの超能力も他にももっと手札はあったろうな。初見殺しされる可能性もあったから、これが最善に違いない。

 

「……さてと」

 

 俺がカツェと戦っているときに手出しはせず、かといって逃げという行動も取らなかったパトラを今度の目標と定め見据える。パトラは操舵室の端へ移動しており、こちらを眺めていた。カジノでのときのように優雅な笑みを浮かべている。

 

 勝算がどの程度あるか分からないが、やるしかないな。ナイフを構えパトラを視界から外さないよう位置を移動する。

 

 

「――――次」

 

 

 

 

 




めっちゃ長くなった……次回は多分短くなるはず


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