IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~ 作:狐草つきみ
第1話 IS学園
IS学園の門前。今まさに僕はそこに立っていた。
日本人の平均身長を参考に、同年代と比べてかなり低いと自負しているつもりだけれど、それにしてもこの学園はとてつもなく大きく、そしてだだっ広い。
一度だけ雑誌の写真で見たことあるけれど、写真ではいまいちこの迫力は伝わってこなかった。そう思うと、とてつもなく広大な敷地なのだと思う。
こうして一人だけポツンと立っていると、それはそれでかなりアレなんだけども、いかんせんその校舎の大きさに気圧されて、僕は入りづらさと言うものを感じていた。
「おっきいなぁ……」
口から零れたのは、おおよそ感想と呼べる感想じゃないもの。
今日からここへ通うのだと思うと、少々気が滅入る。何せこっちはれっきとした男子なのである。この広大な学校と、大勢の女子生徒がひしめき合う場所で、まともな精神を保てるほど僕の精神は強くもないし、ましてや脆弱だ。そんな僕がここで女子生徒と仲良くできるかは、疑問符が浮かび上がってしまう。
僕は怖気て退け腰になりつつも、恐る恐るその第一歩を踏み出した。しばらく、
■
俺は、織斑一夏。今年から高校生になった。それは良い。
華々しく新しい日常が、新しい生活が幕を開けるその初日。そこまでは何も悪くない、寧ろ喜ぶべきことだ。
しかし問題が一つある。分かってはいたことだが、俺はある事実……いや、現実を思い知らされていた。
何せ、俺以外の生徒が全員女子だからだ。
つまりこの学園で、男子生徒は俺一人と言うわけだ。はっはっは、羨ましいか! ……なんて言えるわけねえだろ!
(マズイ……これは非常にマズイぞ……!)
かなりの視線を背中に受け、俺のスタミナゲージが物凄い勢いでガリガリ削られていく。気絶しても良いでしょうか? ……あ、ダメ? そうですよね。
しかし、よりにもよって最前列&ど真ん中ってどう言うことだ。ほら、教室の端とか、窓際が定番じゃん。なのに何でここなの? 俺はそこまで目立ちたがりでもないんだが。
そこで観念したかの如く、俺は深く息を吐く。そのままふと窓際へ視線を送ってみる。――が、同じクラスとなった幼馴染みこと篠ノ之箒は、薄情なことに窓の方へそっぽを向いていた。
(あ、もしかしてこれ嫌われてる?)
思いの外、彼女の反応に対して項垂れていると、目の前では――確か「山田真耶」という名前だったか――先生が困り果てた顔でこちらを見ているのに気付いた。
「あのぉー、織斑君。次は織斑君の番なのですが……聞いてますか?」
「へっ!? あっ、ハイ!」
ああ、そうだった。今は席順で窓側から自己紹介しているんだった。俺の番ってことは、丁度折り返し地点ってことか。
俺は変に納得すると、その場に立ち上がっては皆へと向き直り、周囲のものをねだるような視線に耐えながら自己紹介を始める。……自己紹介と言うのは、実は結構大事なことだ。一歩でも間違えればクラスに溶け込めず、果てはスクールカーストの最下層へと真っ逆さまになる。まさに学校生活最初の踏ん張り所だろう。ならここでビシッと決めなきゃな。
「えっと、名前は織斑一夏です。これといった趣味はありませんが、これから一年間よろしくお願いします!」
しっかり笑顔でシメて、俺は席に座る。すると背後から「もっと他に言うことないのか」的な視線を感じ取り、俺は努めて振り向かないようにした。
すると、若干この場の空気に慌てていた山田先生が、自己紹介を再開させる。
「じゃ、じゃあ次の人! 次の人お願いしますね!」
焦りつつも、可愛らしい笑顔を絶やさずに言える山田先生は天使か。是非ともウチの姉にも実践してほしいものだ。そうすれば好感度フルスロットル間違いなしだろう。
山田先生に言われた通り、今度は俺の真後ろの席の人が立ち上がる。俺も姿を一目見ようと振り向くと、このクラスで一際――いや、一番目立つんじゃないかってぐらいの
「初めまして、
そこでクラス中がフリーズしたのは間違いないだろう。それかこのクラスの中の誰か……いや、この少女がス○ンド使いとでも言うのかッ! ――いやいやいや、それはないな。
彼女はその見た目に似合った妹キャラ(?)っぽいこと言ったお陰か、クラス内でも確実に目立つ存在となっていた。同時に「ズキューン!」とかいう撃ち抜かれたベタな音が、このクラス中に響いたのは気のせいだろうか。……いや、気のせいじゃないな。周りの女子の視線が一気に、俺からその後ろへと逸れたぞ。
その後は特に何事もなく自己紹介が終わり、同時にドアを開けては一人の女性が入ってきた。
「自己紹介は終えたみたいだな。山田先生、一人で任せてしまいすみませんでした」
「いえいえ、これも副担任の仕事ですから」
謙遜気味に山田先生がそう言うと、女性はこちらへ向き直る。
「諸君、この一年間で新人の君達を一人前の操縦者に育てる、担任の織斑千冬だ。私の言うことはよく聞き、そしてよく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。……良いか? 逆らうのは自由だが、その分覚悟をしろ。私の仕事は、君達を一人前に仕立て上げることだ、宜しく頼む」
この暴力無比な宣言に、思わず冷や汗を感じる。山田先生の自己紹介の時はひそひそと若干聞こえたが、この人の自己紹介では誰一人として喋ろうとしない。それどころか逆に真面目に聞いている。
しかしまぁ、黒いスーツにタイトスカート、長めの黒髪に鍛え抜かれた起伏ある身体、そして飢えた狼のように勇ましくも鋭い目付き。まさしく――
「関羽だ」
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
パァンッ!
流石にスーツとタイトスカートは関係なかったか。……じゃなくて、一瞬何が起こったのか理解できなかったが、どうやらその手に持ったお堅い電子出席簿で叩かれたらしい。たん
にしてもまさか、千冬姉がIS学園の教師とは。これは神の悪戯か? ――何はともあれ、千冬姉が居るなら安泰か。
『キャーーーーー!!!』
「本物っ! 本物よ!」
「ああっ、千冬様! ずっとファンでした!」
「私、お姉様に憧れてこの学園へ来たんです!」
「わぁ~、あの千冬様にご指導ご鞭撻戴けるなんて! 夢、夢だわ!」
そんな安堵も束の間、クラスからあり得ないぐらいの黄声が響いた。これは何デシベルだろう。
異常なほどきゃあきゃあ騒ぐ女子に、思わずドン引きしてしまった俺。山田先生は苦笑い、千冬姉は本当に鬱陶しそうな顔をしてた。……まぁ、そんな反応が普通だよな。
「何故毎年こうも馬鹿者が集まるものか。私のクラスにわざと馬鹿を集めてるのか?」
ブツブツと何かを恨めしそうに見る目で千冬姉が呟く。それに対して女子は――
「もっと! もっと叱って! 罵って! 千冬お姉様ぁ!」
「でも時には優しくしてください!」
「そして付け上がらないように《自主規制》して!!」
反省の色も無いのか、何か逆にヒートアップしてたよ。……と言うか最後の! 明らかに十五歳女子が言う言葉じゃないだろ!
ふと気付けばタイミングが良いのか悪いのか、チャイムが鳴り響いて、短いショートホームルームの終わりを告げていた。たった数分の出来事なのに、どうしてかどっと疲れた気がする。
「ふぅ……これでショートホームルームは終わりだ。これから君達には、半月で基礎知識を覚えて貰う。その後実習訓練だが、これも基本動作は半月で身体に染み込ませろ。良いか? 良いなら返事をしろ。否応なくしろ。私が言ったことには返事をしろ。……さもなくば」
パァンッ!
皆がゴクリと息を呑む中、何故か俺の頭に重い一撃が入った。情け容赦が無いのは相変わらずと言うべきか。
弟だろうが血も涙もない。流石は、元日本代表で、
■
……まさか一時間目から早々、ISの基礎理論をやるとは思わなかったんだ。当然、予習する間もなかった俺になんて分かる筈もなく、頭はパンク以前の問題だよ。
しかしどうやらIS学園は、かなり詰めてISのことを学ばせるらしい。入学初日から早速ISのお勉強だ。
その上、この教室内のなんともしがたい異様な雰囲気の所為で、俺は更に疲れを感じさせられていた。
さっきも言った通り、この学園には本当に女子しか居ないわけで、俺が『世界で唯一ISを操縦出来る男』と言う一大ニュースは瞬く間に広がり、今や廊下には二・三年生の先輩方が珍獣を一目見たいかの如く押し掛けてきている。
しかし「女子だけの環境」に馴れきってしまっているためか、誰も俺に話しかけてこようとはしない。それはこのクラス内でも同じなのか、何とも言えない空気が漂っている。
俺は疲れからか深く溜め息をしていたら、後ろから唐突に声を掛けられた。
「溜め息を吐くと、その分の幸せが逃げちゃうって言うよ?」
どうやら声の正体は、真後ろの席に座る、無邪気な笑顔を放つ少女――咲白空ちゃんのようだ。
「えっと、咲白空ちゃん……だっけ?」
「うん、覚えてくれてて嬉しいよ。そう言う君こそ織斑一夏君だよね」
「あ、あぁ」
覚えてくれてて……って、あんなに印象的過ぎる紹介をされたら、流石に嫌でも覚えるぞ。
「気軽にソラって呼んでね」
無邪気に微笑むソラは周りよりも一つ二つ年下とは言え、どことなく年齢よりも更に幼さを感じさせていた。しかしその幼さとは裏腹に、その笑顔にはどこか空虚な空しさもあった。
周りといえば、ソラが真っ先に話し掛けたことに対して呆然としているみたいだ。それすら気にする様子もなく、再びソラが口を開く。
「そう言えば、いっくんは千冬先生の弟なんだね」
「あ、ああ、全く疲れる姉でさ。……って何で知ってるんだよ!?」
俺が驚くと、ソラはさも当然のように答えた。
「僕の博士がそう言ってたのさ。んで、いっくんは何でISが使えるの?」
「何でかってのは知らないが…………って言うか、その“いっくん”っての何だ」
「君の渾名」
話を逸らす感じで言うと、ソラは笑顔のまま返してくる。
いやまあ確かに、普通に考えればそうだな。そう言えば俺の知人にも居たなぁ、そんな風に呼ぶ人が。……今頃何してんだろ、あの人。
納得したところで何になる、とか言う自問自答に終止符を打つ前に、タイミング悪くチャイムが鳴り響く。もう授業の時間か。
「さぁ、授業を始めるぞ」
突然に千冬姉が入室したところで、俺にとって地獄の二時間目が始まった。