IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~ 作:狐草つきみ
――三ヵ国合同軍事演習襲撃から五日経った頃、ネット上では予想を遥かに越えて、かなりのニュースになっていた。
「謎のISが演習中に乱入、各国ISを追い詰めて逃亡。テロ組織の襲撃か……ね。人聞きの悪いなー」
そう呟いたのは、暖かくて酷く甘いコーヒーを啜る僕、ソラだ。
あれからというものの、武器の扱いや動かし方などを改めて学び、ある程度は武器を持って自由に飛べることができるようになった。次こそは上手くやれる筈である、多分。
別にそんなことはいいとして、流石に「追い詰めて逃亡」っていうニュアンスが気に食わない。束さん曰く「
「確かに“倒された”なんて書いて、評判を悪くしたくないのは分かるけれど……」
軍の信用度合いは各国によって変わるけれど、どれも似たような反応が多い。その似ている点は「信用していない」と言う点。その点を考えればまだ頷ける内容だ。
またコーヒーを啜りながら、
「難しく考えない方がいいよー? もっと気楽にいこー!」
「そう言われても難しいから悩んでるんですよ?」
唐突に現れた束さんの言葉に、イマイチ同意しかねない僕はそう返す。
「それで、僕に何かご用ですか?」
ふとこちらへ出てきた理由を尋ねると、束さんは思い出したように頭のウサミミを立てながら話し始めた。……って、ウサミミが反応するのか。
「ああそうそう、すっかりスッキリ忘れてたよ~。えっとね――」
「また、何処かへ?」
僕の質問に束さんは「うん」と頷いた。
「今度はドイツに行ってもらおっかなぁ~、ってね★」
「ドイツですか」
明るく、なるべく可愛らしく振る舞おうとする束さんをスルーしながら再び尋ねる。
それにしてもドイツかぁ。あそこは――昔からだけど――何かと物騒な話が多い。もうそれだけで嫌な予感しかない。
「ドイツに何があるんですか。あそこは特に何も……」
僕がそこまで言い掛けた途端、束は人指し指を振り子みたいに振って否定される。
「チッチッチッ、そーくん、軽視するのはいけないよ~。ドイツのある研究所に行って、持ってきて欲しい子がいるのさ」
普段からとんでもないことを言い出す束さんが、今度は何を言い出すかと思えば、持ってきて欲しい子がいるとは、ね。何か変なものでも食べたのだろうか。
まさかこの期に及んでハッキリと誘拐宣言しようとは思わなかったよ。その子をどうするつもりなのかは兎も角、束さんが言うのであれば何らかの考えがあってのことだろうし、特段逆らう理由もない。
「分かりました、僕と天燕が連れ出します。必ず、絶対に」
「うん、そーくんならそう言ってくれると思ったよ。外はともかく、中は気を付けてね。何があるかは分からないから」
そう言って心配そうに僕を見つめる。「これだから心配性は」と内心気遣ってくれる束さんに感謝しつつ、僕は快く頷いた。
僕がやるべきことは一つなんだから、それを達成すればいい話の筈だ。もし邪魔が入るのなら容赦はしない。
「
唐突な束さんのその発言に、僕は思わず耳を疑わずに聞き返してしまう。いつもいつも唐突にやらかすなとは思ってたけど、まさかここまでとは。
「あ、明日の正午までに?」
「じゃないとその子が運ばれちゃうんだよ。――ある奴らにさ」
いつもの陽気な様子から一転、いつにも増して真剣な様子になった束さんを見て、僕も自然と緊張が走った。これはとても重要なことなんだ、と。
改めて気を引き締めてから格納庫へ向かうと、気付かぬ内に、天燕の右腕に見知らぬアタッチメントが取り付けられていた。
「これは」
「ああ、それ? 対戦車砲を流用して適当に作った対物砲のアタッチメントだよ~。束さんの自信作なのだー♪」
するとどこからともなくアーム――最近存在を知ったけど、『
……と言うか、“適当”に作っておいて“自信作”とはこれ如何に。
「これが対物砲ですか。これを何に対して使うんですか?」
「多目的砲としても使えるから、大きめの催眠ガス弾を装填してあるよ。いざ戦闘になれば空幻を使えば大丈ブイ!」
ピースサインしながら自慢気に語る束さんを余所目に、その対物砲を眺める。
つまりは「催眠ガスで全員眠らせて奪ってこい」ってことかな。……それなら普通に催眠ガスグレネードを投げればいいんじゃあないかなぁ。いや、そこは束さんだし仕方ないかな。
そう割り切ってからISスーツに着替えると、束さんがリュックサックを持ってきてくれた。ウサギの顔がデザインされたピンク色の可愛らしいリュックサックだ。しかしどう見てもこれ、
「目立ちますよね」
「可愛いでしょ?」
ダメだ、話が噛み合わない。
「食料や水筒とか諸々入ってるから、有効に使ってね♪」
「はいはい、分かりました」
呆れ半分、苦笑い半分でそのリュックを受け取り、僕はそれを背負う。
可愛らしいのは分かるけど、戦場でこんなもの背負うなんてのは流石に引け目を感じるよ。でもまあ、背負わなかったら背負わなかったで束さんが泣いちゃいそうだし。
改めて背負ってみて分かったことは、あり得ないぐらいには軽いと言うことと、何で出来てるのか判別できないってことだけだった。結局その後も何で出来てるのか分からないまま、僕は渋々天燕に乗り込む。
「それじゃあ、天燕の準備も整ったし! そーくんも準備万端だし! れっつらごー!」
その言葉に僕も頷き、同時に格納庫上部のハッチが開き始める。
束さんが手元のレバーを操作して、天燕のハンガーがカタパルトに接続される。ハンガーのロックが外れ、IS本体がカタパルトに乗せられては、レールに乗って勢いよくカタパルトから上空に射出された。
空中で姿勢を維持してから、目的地のあるドイツへと僕は急いで駆け抜けていった。
■
ドイツ軍機密兵器研究施設。読んで字の如く、それは公には出来ない実験、兵器開発を行うドイツ軍非公式施設だ。――例えば何だって? そりゃあ戦闘用デザイナーベビーだとか、対IS兵器だとか、諸々あるよ。僕は束さんから伝聞しただけだけど。
そのドイツ軍施設の付近で、僕は双眼鏡片手に周囲警戒している最中なんだけどね。
しっかしまあ、門を入って直ぐのヘリパッドには
「見たところ最新装備をこれでもかってぐらい見せびらかしてるし……」
外の門兵に限らず、中を哨戒する兵士も全員最新装備を身に纏っている。研究所内部はもっと厳重だろうね。ISの存在があるからと言って、現代兵器の有用性は保たれているわけだ。
「(まあ、侵入者退治には当然、火器は必要だものね)」
他人行儀みたいに思ってるけど、これから侵入するのに何を思ってるんだろうか、僕は。
「取り敢えず、ご所望通りド派手に行きますか」
口角を吊り上げて、その身に光と共に天燕を纏う。そしてその右腕に引っ提げた対物砲を構えて、催眠ガス弾を扇状に発砲する。
優秀なことに、急な砲撃音に直ぐ対応して警戒体制を敷かれるものの、その前に目の前の敵兵達は眠らせられた。ついでにイロコイも飛べなくしておこう。
「これでいいかな?」
空幻・大剣形態で、イロコイ三機のプロペラを根本から切り落としておく。僕は満足気に微笑んで、そのまま真正面から催眠ガス弾を撃ちながら入っていった。
「施設中、全部催眠ガスだらけ」なんて想像したくはないけれど、今まさにそうなんじゃないかと思うね。
一応、地下に目的の子が居るんじゃないかと勘を頼りに探っていると、どうやらドンピシャみたい。
ISを格納してからそれらしき部屋に入ると、中には円柱状の形をしたカプセルが奥にまでズラリと均等に並んでいた。カプセルを満たす蛍光色の培養液が、暗い部屋の中で不気味に光っている。
中を歩いている時に僕は気付いた。そのカプセルの一部には、中に赤子、もしくは少女が入ってるということに。
「もしかして、これ全部、人なの!?」
僕はこの部屋に入る前に見た、部屋を示すプレートに書かれてあったものを思い出す。ドイツ語で『遺伝子強化試験体 培養室』と。
僕は「嘘だ」と叫びたい衝動を抑えて跪いてしまう。そんな時、ふと見上げた先に『VO-00』と表面に表記された、周りとは一変したカプセルが置かれてあった。
こっちも中に少女が入ってるみたいだけど、周りが五~一歳程度なのに対して、こっちは十一歳ぐらいの少女だ。
「もしかしてこの子が、束さんの言っていた?」
恐らくこの子で間違いないだろうと、僕は直感した。急いで付近のパネルを操作する。注水してあった培養液を抜き、内部を急速乾燥させた後にカプセルが開く。
「よし、この子を連れてとっとと逃げよう」
カプセルに一歩踏み込むとそこには、銀髪の美少女が裸で横たわっていた。軍に利用されるだけと言う、悲しい業を背負った少女に似合わぬ美しい髪と肌。やや濡れていることもあってか、その肌に残った培養液が雫となって滴っている。その光景に、僕は罪悪感よりも先に別の感情が出てしまった。
僕は努めて彼女を揺らさぬように抱え、空幻でそこら中にあったカプセルを全て壊してから、足早にとっとと退散する。
地下から出た途端に全身に天燕を展開して、施設の真っ正面から突っ切っていく。まだ皆寝ていてくれたから助かったものの、そうじゃなかったらかなり危ういところだった。
「……
空へと逃げ
彼女が許してくれるかどうかは分からない。でも、少なくともあの少女達を戦争の道具にされる前に“助けた”と言える……筈だ。
本当にこれが正しかったのかは、僕には分からないけれど。
■
施設を抜けて来たはいいけれど、この子を裸のままにしておくのはやっぱり僕としては可哀想なわけで。
だからリュックサックの中に、服に代わりそうなものはないかと探していると、まるで最初から
起こさないように気を付けながら、慎重に慎重を重ねて僕が代わりに着せてあげると、そのタイミングで彼女が起きてしまった。
「…………ぅ」
「
一瞬判断しづらかったが、どうやら無事ではあるみたいだね。彼女はきょろきょろと挙動不審に周囲を見回して、ここが何処なのかと疑問符を浮かべていた。
「ここはドイツとの国境だよ。……って日本語分かるかなぁ」
「……貴方は?」
彼女が日本語で返してきたのを聞いて、僕の心配が杞憂だと嘆息する。
「僕はソラ。君を助けに来たんだよ」
「私を………助けに……?」
瞳を開けないままの彼女は、急に震えだしてその頬に涙を流す。僕は泣かせてしまったのかと勘違いして、手をあたふたさせてしまった。すると彼女は違うと答えてからこう言った。
「助けてくれてありがとうございます。……こんな私を、何故助けたのですか?」
依然目を開けない彼女は、涙を流したまま僕に尋ねた。何か特別な理由があるわけでもないけれど、僕が助けた理由なんて決まってる。
「一番は束さんに言われたからだけど……君を見て無性に助けたくなった、じゃあダメかな?」
「私を見て……面白いことを言うんですね」
「ははは、変人と一緒に居ると変人が移るのかな」
余計な一言だったかな。束さんに聞かれてなきゃいいけど。
さてと、とゆっくり立ち上がってから彼女を抱き上げる。もうじき移動しないと、追手も来そうだしねぇ。
僕はそのまま天燕を展開して、彼女を抱いたまま空へと垂直離陸させようと軽く浮かせてみせた。……がその勢いで揺れたのか、彼女は小さく悲鳴を上げて僕にひっしりと抱き付き、連鎖反応を起こした僕が思わず驚いてしまう。
「ごごごごごめん! 揺らすつもりはなかったんだけど、他人を乗せて飛ばすの初めてだから!」
「……私こそごめんなさい。それよりもソラさん、男ですよね? 何故ISに乗れるのですか?」
彼女の唐突な質問を聞いて、上を見上げながら何て返そうかと悩んでみると、直感で案外いい言葉を思い付いた。
「ちょっとだけ僕は特別なのさ」
はにかむようにして言うと、彼女は初めて僕に笑って見せた。
その笑顔が可愛くて、やっぱり助けて良かったな、なんて思う僕はおかしいのかな。いや、助けて良かったんだよ。
この子が何で、一体何を持っているのか、それは知らない。でも彼女の笑顔を守れたのなら、きっと僕は間違ってないんだと、そう思う。