IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~ 作:狐草つきみ
束さんが開発室に引き込もってから、早くも五十六時間が経過した。日数に直すと約二日間弱くらい経った所だろうか。
そんな中、僕は寝ぼけ眼のまま、パジャマのままでキッチンへと向かう。もう慣れ始めた朝食の準備だ。因みに僕の着ている洋服やパジャマ一式は、束さん自ら製作してくれたものである。ただの服のわりにはかなり高機能……らしい。
特に
「いただきます」
パソコンからニュースを確認しなつつ朝食を食べ、コップに淹れた牛乳を飲み干してから、今度はお皿の片付けに入る。油汚れだけ落として、後は洗浄機の中に置いておくだけだ。文明の利器に頼り過ぎる真似は怠惰を生むけど、こうして使うと中々に手放せない。束さん謹製というのもある。
束さんのことが頭に引っ掛かると、そう言えばまだ顔を見せてないなと気付く。
「束さんの朝食は……持っていくかな」
きっとお腹を空かしているんだろうな。そう軽く思いながら、僕は朝食を並べたトレーを持って束さんの下へと向かった。
朝食の乗ったトレーを片手に、さっさと開発室へと直行する。近付くにつれて金属音が心地良く鳴り響いてきて、ふと心が躍ってしまう。
僕の機体が、完成に一歩一歩近付いている。そう考えると、この一ヶ月間、心に留めていたことがようやく出来るんだと思えて仕方ないんだ。
改めて開発室の前へとやって来て、ノックはせずその扉を押し込んで開け放つ。毎回苦労するほどの重さだけど、この扉は一体何で出来てるんだろ。いや、今は気にしちゃいけないな。
「束さーん! 朝食持ってきましたよー!」
僕は先日と同じようにトレーを片手にそう叫ぶが、開発室には機械が動く音と金属音だけで、束さん本人が見当たらなかった。
「おかしいな、束さん眠っちゃったのかな?」
キョロキョロと辺りを見回しながら開発室の奥に進む。天井のライトが点いているのは一部だけで、それ以外の光源はホログラフィックディスプレイなどの光ぐらいだ。
はてさて本人は何処だと眼を凝らすと、付近のデスクですやすやと眠る束さんを見付けた。僕はその傍らに駆け寄り、デスクの上にトレーを置いてから束さんの顔を窺うと、いつもの束さんから想像できないくらい大人しく眠っていた。
その様子に僕は安堵すると、トレーを持って引き返す。「また起きた時に持っていってあげよう」と。どうやら少し早かったみたいだ。
「束さんも、眠ってれば美人なんだけどなー」
廊下を歩きながら、彼女が眠って聞いていないことをいいことにそうぼやく。先程の寝顔を見ていると、ついついそう思ってしまう。
普段の表面上の性格がかなりのハイテンション故に、慣れない内は苦労する。しかしそんな人でも、眠ってれば大人しいくらいに静かだ。
例えるなら、ライオンとかもそうだよね。普段は百獣の王なんて呼ばれるぐらい威厳があるけれど、眠ってれば恐ろしく大人しい。……ほら、似てるでしょ? いや、似てないか。
台所へと戻ってくると、朝食の乗ったトレーをカウンターに置き、そのまま洗濯物を洗うために風呂場前の洗濯物の籠を取りに行く。
主に束さんの着替えが放り込まれた籠を抱えて、洗濯機の前へとやって来る。下着などは色
その時に、あることに気が付いた。
「……あ、パソコンそのままだった」
僕は昨日から放置していた、先程使用していたのとはまた違うノートパソコンの電源を点ける。束さんが偶々使っていたのか、開発室のサーバーとリンクでもしていたらしく、普段見当たらないフォルダを見付ける。僕は疼いた好奇心に負けて試しにそれを開いていると、全てがブループリント――設計図で構成されていた。
「“ゴーレムシリーズ”か。この前のプロト・ゴーレムもこれに数えられるのかな」
誰に言うまでもなく呟きながら、僕は試しに一つ、日付が新しいファイルを開く。するとファイル名の通りに設計図が何枚も同時に表示され、ディスプレイを半分以上埋め尽くす。
「これは本体……こっちは武装かな? どれも試験の上では出力が安定してない、か」
もう既に試験を初めて稼働データは取ってるみたいだけれど、やっぱり試作段階ともあってまだまだらしい。でも少し、完成が楽しみだと思っている自分が居る。そう考えると、やっぱり自分も男なんだなと場違いに思ってしまっていた。
一通り見終えた後にそのファイルを閉じておく。これ以上見て何になるんだ、と思ってしまったから。頭から今のことを振り払って、一つ嘆息してからパソコンの電源を消し、そのまま自室へと足を運ぶことにした。
■
――気が付いたら自室のベッドで大の字になって眠っていた。
いつの間に眠ってたんだろう。そう疑問が浮かび上がるも、寝惚けた頭では直ぐに流れ出ていってしまった。
窓の外を見てみると、ウミネコ達が鳴きながら陽気に空を飛び回っている。陽射しは真上から降り注ぎ、そろそろお昼時だと自分のお腹がそう告げた。
「お腹空いたなぁ……」
よし、何か作ろう。善は急げって言うし。
そのまま着替えるのも鬱陶しくて、部屋着のままで台所へ向う。廊下をぺたぺたと歩いては、リビングに直接顔を出してみる。
すると見慣れた個性的過ぎる服に、ウサ耳型のカチューシャを被ったボサボサ髪の束さんが、テーブルの上に上半身を預けてお腹の虫を盛大に鳴らしていた。
「うー、うー、そーくんご飯~!」
じたばたと両手両足を振りまくっては、駄々を捏ねる子供のように唇を尖らせている。
僕もお腹は空いてたから、特に何も言わずに朝から椅子に掛けたままにしてあったエプロンを纏って冷蔵庫の中を確認する。昨日の夜に炊いたご飯が残ってるから、丁度いいし炒飯にでもしよう。
まずは細かく刻んだニラやパプリカ、キャベツ、玉ねぎ、油揚げを冷凍庫から取り出して、冷蔵庫からは挽き肉を取り出す。
次にやや広めのフライパンをクッキングヒーターの上に置いて強火で熱し、その上に油を引いてからフライパンに満遍なく拡げた。
強火で炙ったフライパンの上へキャベツ、玉ねぎ、パプリカ、ニラの順で野菜を炒めていき、粗方炒めてから挽き肉、油揚げを入れてそれぞれにさっと火を通す。
続け様に今度は二合半ほど残ったご飯を投入し、ご飯に焼き目が付くまで野菜や油揚げ、挽き肉と絡め、最終的に味付けとして塩胡椒を振り掛けて完成っと。
「束さん、出来ましたよー」
「待ってました~!!」
平皿に盛り付けた炒飯を、蓮華と一緒に束さんの前に出す。僕も自分の分をよそってからテーブルに着き、手を合わせてから蓮華で掬って食べてみる。
「んん~、食感が良いね! 一仕事終えた後のご飯は最高だよ~」
「一仕事終えた……って、もう完成したんですか?」
「本体はねー。でもでもー、武装がまだまだ決まってないのです!」
「はあ」
束さんの言葉に気のない返事をすると、指をスライドさせて現れたホロディスプレイから、今後僕のISとなる予定の設計図が映し出され、それを僕の前に突き出してくる。
仕方なく蓮華を置いてそれを見回すと、内蔵火器の類いは見当たらず、純粋な飛ぶだけの機体だった。外観的にはまるで鳥だ。燕尾のように腰裏から突き出したスラスターや背部に背負うその大きな翼は――そう、まるで燕。
「これが僕の機体……」
僕がポツリと呟くと同時に、束さんがホロディスプレイを閉じる。
「それじゃあ、炒飯食べたら見に行こっか。そーくんのISを」
にっこりと笑う束さんは、そう言ってあっさりと炒飯を平らげた。僕もそれに合わせて掻き込むように食べ終え、束さんのお皿と併せてお流しに置いておく。
いつの間にか先に向かった束さんを追う形で、僕は足早に格納庫へと向かった。
足下が見えるぐらいの光しかない螺旋階段を下っては、格納庫前の扉までやって来る。この先に、僕の機体があるんだ。それを思うと、改めて緊張感が走る。むず痒い、そんな感覚を抑え込んでその扉を開く。
開いた先には広い空間にハンガーが一つだけポツンと置いてあり、そこには水色――いや、空のような、より澄んだ水色。言うなれば空色だろう――のISが鎮座していた。
ゆっくりとそのISに近付いていくと、唐突に何かが脳裏にフラッシュバックする。
――お姉ちゃん、これなぁに?――
――あらあら、■■くん気になる?――
――うん――
――ふふっ、この子はISなのよ。その名も■■! どうかしら、カッコいいでしょう? 私の自慢の機体よ――
――僕も乗れたらなぁ……――
――残念ながら、ISは女性にしか乗れないのよ――
――それぐらい知ってるよ!――
何処かの誰かの会話……みたいだけど、名前らしき部分にはノイズが掛かっていて、よく聞こえない。当然それは僕の記憶には無く、でも聞こえた女性の声は懐かしくて落ち着く、そんな声。
そんな時、背後から陽気な声が格納庫へ響き渡って、僕は現実へと引き戻される。
「どうかなそーくん、その
「……束さん」
聞き慣れた声にふと安堵して、僕はその場にへたり込んでしまう。驚いた束さんは、慌てて僕の傍まで駆け寄って、僕を抱き締めた。
「何か、思い出した?」
「バレバレでしたか」
「そーくんは嘘が下手だよ」
束さんの台詞に思わず吹き出してしまう。
「そうですね、僕は嘘が下手みたいです。……初めて、本物のISを見た時のこと、思い出したんです」
そうだ、あれは初めてISを、本物のISを見た時だったんだ。お世話になったお姉さんから、無理を言って本物を見させてもらった時。
あの時、僕は心の底から嬉しかったんだ。空を飛べるISを、何処までも飛んで行けるISを見れて、本当に。
でも今はこうして手の届く範囲に、直ぐ側に、僕の目の前に、それがある。
「初めまして、よろしくね」
束さんに抱き締められながらも、僕はその細い腕を伸ばしてISに触れた。その瞬間、キーンと金属音のような、それかノイズのような頭に響く音と共に、有り余る量の情報が一緒くたとなって『意識』へ流れ込んでくる。今まで全く知りもしなかった情報が、まるで“知っていた”かの如く理解できていた。ISの基本動作、操縦方法、ISの性能及び特性、活動可能限界時間、行動範囲、エトセトラ……。自分でもおかしいな、なんて逆に思ってしまうほど。
直ぐ様手を離して、腕を下ろす。僕は束さんの腕から抜け出して、更にISへと近付いた。男である僕を、受け入れてくれるかのように跪いているISに、早速乗り込む。
開いた装甲の中に腕や脚を入れ、ISに体を預ける形で力を抜く。それと同時に、体にフィットしていくように装甲が閉じた。軽く空気を抜くような「かしゅっ」という音に合わせて、ISの手足が僕の体とリンクして、生まれた時かからあったかのような一体感を持って動く。
(そうか、これが――ISなんだ)
全てが繋がった。そう形容できるんじゃないかな、これは。全ての情報が知覚でき、視界もブレやぼやけが無い澄んだ状態だ。手足も問題なく動かせる。
「……これが僕の――」
束さんの方を改めて見ると、驚いたような、安堵したような、色んな感情が混じった顔で僕を見返していた。
それすら分かってしまうこのセンサーが、少し憎らしく思ってしまうけれど、束さんが本当に心配してくれていたことが分かっただけでも感謝するべきかな。
「そーくん、気に入ってくれたかな?」
その束さんの質問に、僕は屈託のない満面の笑みで答える。感謝を込めた、精一杯の笑顔で――。
「ええ、とっても!」
「……そっか。その子の名前は『
「へへっ、僕のISなんですよ。当然じゃないですか!」
その装甲と同化するような水色の髪を