IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~ 作:狐草つきみ
その日の昼食では、食堂にていっくんは鈴音さんと二人きりで食事を取っていた。
それじゃ僕とセシリアと箒はと言うと、何故か離れた場所からその二人の様子をこそこそと見守る形で、現在進行形ながら食事を取っている。
「まあ、念のためにいっくんに盗聴器を付けといて良かったよ」
「ソラ、それは犯罪では――」
「ソラさんナイスですわ! これであの泥棒猫の情報が引き出せますわ」
「………はぁ」
箒の制止も無駄に、セシリアと僕は乗り気でいっくんに仕掛けた盗聴器へと耳を傾けている。言葉もない箒は諦めが強く出た溜め息を吐きながら、無視しようと言わんばかりに食を進めていた。
余談ではあるけれど、この盗聴器は、いっくんを四六時中監視できるように、束さんが小型化したマイクロチップサイズの盗聴デバイスだ。なんでも何処かの情報局の諜報員用に作られたものをパクって高性能化した奴だとか。因みに盗聴した音声を聴くには、今現在手元にあるPDAサイズのデバイスを介して聴けるよ。
早速、ワイヤレスイヤホンを取り付けて片方をセシリアに渡しつつ片耳で聴いてみると、いっくん達の会話が鮮明に聞こえてくる。
『――だよな、ホントに』
『そうね。でも、軍から一夏がここに居るって聞いた時には驚いたわ』
どうやら、どうして
やや離れた場所から三人――正確には空とセシリアの二人だけだが――が盗聴していることなど露知らず、一夏と鈴は仲良く昼食を取っていた。
周りは見慣れぬ存在が一夏と食事している姿に、一層の警戒心を出しているが、当の鈴はそんなことすら何処吹く風である。
「こうして二人で昼食食べるのも久し振りだよな、ホントに」
「そうね。でも、軍から一夏がここに居るって聞いた時には驚いたわ」
鈴は言葉の通り、さも驚いたように一夏を見る。一夏も頬を掻きながら苦笑いするしかない。
思い返せば、二人で食べた時は大体鈴の家だった。元々中華料理屋ともあって、千冬が仕事の時には偶にお世話になっていた。
「俺も
「んじゃあアタシは、ISに感謝しないといけないってことね。IS様々ね~」
楽しく話す二人だが、離れて聴いている空達の目的である「馴れ初め」等を話す気配は一向に見せなかった。そう都合良く行かないのは当然のことだろう。
すると鈴は次に、打って変わってクラスの話を持ち掛けてきた。
「そう言えば二組はこのアタシがクラス代表なワケだけど、一夏達のクラスはぶっちゃけ誰なの? ……まぁ物珍しさで当然、一夏だろうけど」
鈴は当然そうだろうと、炒飯を頬張りながら確信していたが、一夏はさばの味噌煮定食の鯖を突っつきつつも、彼女の予想に反した答えを出す。
「確かに俺をクラス代表にしようって話は持ち上がったけど、批判の声も上がってさ。結局は彼処に居るセシリアとソラとで代表を決めたんだが……って何やってんだアイツら」
「……ってことは一夏じゃないの!?」
「ああ」
鈴は思わずテーブルを両手で叩いて立ち上がる。確かに二組の皆は一夏がクラス代表になる……と予想していたのだが、アテが外れていた予想に鈴は舌打ちする。予想は所詮予想にしか過ぎないのだ。
だが鈴は、直ぐに頭を切り替えて懲りずに誰なのかを尋ねてくる。
「んで? 一夏じゃないなら誰だってのよ。……まぁそのセンから行くと、
「いんや違うぞ」
「はぁ!?」
またしてもテーブルを両手で叩いて立ち上がる。流石に二度目故に周りも驚くが、鈴にとって周囲など端から気にしていない。
目前の一夏もまた非常に驚いているが、それよりも一番驚いているのは鈴自身だった。驚いている内容は二人揃って別なのだが。
「まさか……そのソラとか言う奴なの?」
「その通りだが……」
思わず互いに無言になってしまう。間の抜けた顔を一回咳払いで切り替え、鈴はやり場のない感情を丸め込んで大人しく座る。
一夏もまた箸を持ち直してご飯を一口運ぶ。彼女の驚き様は想定できたはできたが、まさかここまでとは思いもよらなかった。
対して鈴は、何故自分も知らぬ存在が一組のクラス代表になったのかを気にしていた。
「そのソラって奴、一体何者なのよ?」
「俺もよく分からなくてさ。俺の白式を作ったのを手伝って、試験官を担当した千冬姉から合格を貰ったってのは知ってる。後は、俺らより一つ二つくらい年下だってことぐらいか」
「それって要するに最年少じゃない。何でここに入学できたのよ」
「それは俺だって知りたいさ。ただ、千冬姉は何か知ってるみたいだけどな」
「千冬さんがそうホイホイ教えてくれる筈もないけどね」
全くその通りだと、うんうんと頷く一夏は頭を悩ませる。空と言う存在が何なのか、最早IS学園七不思議にしてしまっても良いんじゃなかろうかと考えていた。
偶々時間を確認するともう既に時間もなく、慌てて一夏達は残った昼食を掻き込むのだった。
■
結局、情報らしい情報どころか、僕の話をして終わるって……。……想定外ってレベルじゃないよ、これは。
わなわなと震え項垂れる僕に、セシリアは宥めるように優しく撫でてくれる。
「元から期待などしていないだろう。関係を知りたいなら、自分から聞くのが一番だ」
箒の棘のある言葉に、僕もそれはそうかと納得してしまった。「ご馳走様」と合掌した箒は、そそくさとその場を立ち去ってしまう。僕も急がないとと思い、昼食を掻き込んだ。
食堂から急いで教室へ戻る途中、先程の二人の会話のことで、セシリアも疑問に思ったように尋ねてきた。勿論、僕に関することだ。
「さっきの一夏さんと鈴さんの会話。貴女のことですが、わたくしも気になっていますの。何者なのか、正直に話してくださらない?」
優しく問い掛けるセシリアに、僕は小走りする足を止め、立ち止まっては首を横に振る。
「それは無理だよ、セシリア。君達には関係ない。これは僕とあの人の問題だから」
いつにも増して真剣な表情をした僕に、セシリアも気圧されて諦める素振りをする。申し訳ないと思いつつも、僕は肩を竦めてセシリアに寄り添った。
「でもね、箒やいっくんやセシリアが居てくれるのが、僕はとっても嬉しいんだ。僕は僕でないけれど、それでも」
「ソラ……」
余りに神妙な感じだと変な感じがするね。妙にむず痒くて、落ち着かないや。
セシリアは、安心させるように後ろから抱き締めてくる。それがとっても暖かくて、束さんに抱かれた時と似たような感覚がしたのは秘密だ。
■
放課後、千冬先生に呼び出されていた僕は職員室に居た。
勿論、僕の専用機「天燕」についてだ。あのオルコットさんとの試合の時に、周囲へ露見した僕の機体の存在は瞬く間に全校へ広がったのは周知の事実。その存在が学園外に漏れれば、僕とIS学園の存在が危うくなってしまうのだ。
僕も現在一生徒としてここに居る以上は、流石に国際委員会には逆らえない。下手をすれば背後の束さんの情報まで露見する可能性がなくもないからだ。
そのため、急遽として機体を申請したいのだけれど、僕達の前にはいくつかの問題があった。
「機体の調査が出来ないとなると、出せる書類も出せん。咲白、やることは分かっているな」
千冬先生の瞳が鋭く光る。その黒い瞳には僕が映っており、僕はその台詞にただ頷くことしかできない。
そう、何を隠そうとも「機体の調査が出来ない」のだ。国際委員会への機体申請書には、監督の下で機体を調査してその結果も書かなければならず、出来ないとなると申請書を書くどころの話じゃない。……まず何で機体の調査が出来ないかと言うと、説明するには約五十分前まで遡る。
僕は千冬先生に呼ばれて「格納庫で待っているように」とだけ言われ、一人ぼんやりと空を見上げながらISスーツ姿で格納庫前で待っていた。
やがて暇過ぎて欠伸をしながら準備運動をしていると、千冬先生が数人の先輩方を連れてやって来たのだ。
「千冬先生、その人達は……?」
「整備科の奴らだ。今回は未知のISだからな、出来る限り使えそうな奴だけ連れてきた」
よく見ると薫子先輩も混じっている。あの人、整備科だったんだね、意外。
「それじゃあ、よろしく頼むぞ」
『はーい!』
連れてこられた整備科のお姉さん達は、格納庫にある天燕の調査に早速取り掛かった。
ハンガーからぶら下がった天燕は、見事に無防備を曝していて、綺麗な曲面を描いた空色の装甲が輝かしくも綺麗だ。
それから調査を始めて僅か数分で、意外にも整備科の先輩方の手元は止まってしまい、挙げ句には音を上げてしまったのだ。端から見ていた僕ら二人は何事かと首を傾げる。何故、彼女らが音を上げたかと言うと――
「織斑先生、このIS、中を見させてくれません!」
とのことである。つまり天燕が拒んでいるんだ、見られることを。「何て恥ずかしがり屋な子なんだろう」とその時の僕は染々考えてしまっていたが、よくよく考えれば、この時点で既に申請書が書けない点に気が付くべきだったんだ。
その後も、あの手この手を尽くして調査を試みようとするも、全てが水の泡に終わってしまう。強行手段に出ても同じだった。
「何てガードが固いのかしら……」
「つ、疲れた~」
「もう無理~」
「ちょっと休憩欲しいかも」
先輩方も天燕の鉄壁さを前にダウン。最早、天燕は整備士泣かせと化していた。恐らく、根本的な原因は束さんの仕業なんだろうけれど。
千冬先生も似たような結論に至ったのか、目頭を押さえてやれやれと言った感じだ。
「仕方がない、ここで切り上げ――」
「いいえ、まだやります!」
「見たこともないISを私達で解明して見せる!」
「やってやるぞー!」
「「「オー!!」」」
……余りの団結力に涙が出てきそうだよ。それをもっと別の方向に使おうよ。
流石の千冬先生もあっけらかんとした表情で、開いた口が塞がらずに、やる気を出す先輩方を見ていた。その内悟ったんだろうか、「もう好きにやらせておけ」みたいな雰囲気でそっぽを向いてしまった。
そしてそこから、約三十分にも及ぶ天燕対整備科の先輩方との死闘が始まったと言うわけだ。
そこで職員室にやって来て、改めて策を講じているのだけれど。結局は僕自身も簡単なISの整備は出来るから、と言う理由で僕がISの調査を行うことになった。
「さて時間も惜しい、早く済ませてしまおう。……山田先生、また少し出ていきます」
「はい! 咲白君もご苦労様です」
「あ、ありがとうございます」
山田先生にそう言われて、僕と千冬先生は再び格納庫へと急ぐ。もう黄昏時ともあって、辺りは朱色から瑠璃色に変わりかけている真っ最中だ。
足早に二人で格納庫へ向かっていると、偶然にもいっくん達と遭遇してしまった。
「うげ」
「何だよその嫌そうな顔は」
いっくんは、僕の顔を見て真っ先にそんなことを言う。若干汗を掻いてる様子からして、ISの練習後だろう。――と言うことはアリーナからの帰りか。
「織斑先生も一緒で、何処に行くんですか?」
「……格納庫だ、咲白のISの調査をしに行く所だ」
面倒と顔に堂々と書かれた千冬先生は、実に面倒臭そうに後頭部を掻きながら言った。その様子を見て、隣に居たセシリアが「それなら」と言いたげな顔をする。
「わたくしも付いて行きますわ!」
「残念だがオルコット、それは認めん」
「何故ですか!?」
即行で否定に掛かった千冬先生に、食い下がるセシリア。
「ソラさんが居るのでしたら、わたくしも――」
「これは申請書を書くために調査に行くんだ。授業でも遊びでもない」
「ぐっ……」
間髪入れずに止めを刺されたセシリアは、ものの見事に狼狽える。それを見たいっくんはセシリアを引っ張って、千冬先生に挨拶を交わしてそのまま去っていった。その後、後方からセシリアの声が聞こえてきたのは言うまでもない。
それら含めて何やかんやありつつもようやく辿り着くと、早速準備に掛かった。格納庫の照明を点けて、工具を用意する。
「天燕、今度は僕が調べさせてもらうからね?」
触れた右手から返ってきた反応は、案外素直なものだったことに僕は驚く。その直後に苦笑いして、早めに終わらせようと機体を調査していった。
意外にも二十分と早々に終わることが出来て、僕は手元のクリップボードに挟んだ申請書に、ボールペンを走らせて書き込んでいく。それを千冬先生に確認してもらって、その日はそこで解散となった。