IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~ 作:狐草つきみ
既にアリーナ中央ではセシリアが待機していて、準備万端といった感じで空を待ち構えていた。空もまた、天燕を纏ってセシリアと対峙する。
だがセシリアの様子が少し変だ。まるで仇を見るような、そんな目付き。それもそうかと空自身、直ぐに納得する。
「あら、意外にも貴女があの時の犯人、というわけですわね……」
「あの時はすみませんでした。でも、この子を試すには丁度良かったわけですし」
空がそう告げると、セシリアは「そう」とだけ言って、その手に持つレーザーライフルを構え直す。そして高らかに告げる。
「なら、今ここで雪辱を晴らさせてもらいますわ! 覚悟なさい!」
「流石にあの時のようにはいかないけれど、僕も頑張っちゃうもんね!」
ブザーが鳴り響き、両方が動き始める。先に動いたのは空の方で、セシリアは僅かに遅れてのスタートだった。恐らく空を捕捉するのに少し手間取ったのだろう。
しかし、それは空としては好都合でしかなかった。
「それじゃあ、僕から行くよ!」
上昇したと思ったら、空中に向けて両足を揃え、見えない壁を踏みつけるみたいに足下へ力を溜め始める。セシリアは一瞬だけ何をしてるのか疑問に思ったが、様子だけを見て直ぐに何をしてくるのかを悟った。
それと同時に脚部スラスターからエネルギーの粒子を全力で吐き出すと、ウイングスラスターを全開にして跳んだ。
それによって爆発的なスピードを得た天燕は、そのままブルー・ティアーズへと突っ込む。
「いくらなんでも無茶苦茶ですわ!」
「ですが、間合いであればこのわたくしが有利であることを、お忘れではなくて?」
「本当にそうかな」
突っ切った状態の空へ目掛けて、ビットから放たれるレーザーの嵐が容赦なく降り注ぐ。空はそれを
流石のセシリアもそれには驚き、その間にも空は空幻を構える。
「避けられるかなッ!」
僅か十数メートルという距離で、空幻・機関銃形態でセシリアへと乱射する。寸で躱すには無理に近い距離だ。しかし、それでもセシリアは避けようと動く。――が、避けるには無茶な距離が祟ってか、シールドバリアーへ数発掠めてしまった。
「……なっ、掠めた!?」
「驚くにはまだ早いよ、オルコットさん!」
先程までそれなりの間合いがあった筈なのに、いつの間にやら空が剣を振れる距離にまで接近していた。
セシリアは焦らずにビットで牽制し、足を止めさせてはライフルで狙い撃つ。空もまたセシリアの手によって踊らされているかのように見えるが、要所要所で攻撃を加えていた。
「狩られる狐になった気分はどうでして?」
「逃げ回るのも中々悪くないよ」
呑気に会話している風に見えて、セシリアは言葉の通り、レーザーライフルを猟銃に見立て、逃げ回る空を狩る対象に例えながら狙撃を繰り返していた。
当然、狩られる側に例えられた空は飛び回りながら逃げる。だが、ただ逃げているわけではない。ブルー・ティアーズの欠点を見出だそうと、様子見というわけだ。
「……にしても、何でビットを撃ってこないんだろう」
単純にジグザグに避けているだけなので、ビットでこちらを狙うことは容易の筈だ。空はそう思い込んでいた。
しかしセシリアはセシリアで、頬に一筋の汗が垂れる。表面上は優雅に立ち振る舞ってこそいるが、内心は焦燥感に駆られていた。思っていたよりも大したことはせず、ただ単にセシリアの攻撃を躱しては、まるで脅すかの如く近寄っては離れるを繰り返すばかりなのだ。
「……………くっ、中々に焦らしてくれますわね、咲白さん。ですがもう、そうはいきませんわ」
多少なりともリスクを払わねば、空は倒せない。そう感じたセシリアは、一か八かの賭けに出る。勝てば儲けもの、負ければ苦汁を飲まされるだけ。
セシリアは、ライフルの射線を空から外す。空もそれに感付いて、諦めたのかと思った直後――、
「うわぁっ!?」
真横をレーザーの塊が通り過ぎた。
空も完璧には躱し切れず、シールドエネルギーがかなり削られてしまう。勿論、衝撃で吹き飛ばされそうな感覚に襲われるが、空は強引に体勢を立て直した。
何が襲ってきたのかと、その正体を探ると、答えは直ぐに見つかった。三基のビットが纏まって放ったのだ。それであの塊が飛んできたらしい。
理屈が分かった空は、お返しとばかりに空幻・長銃形態でフルチャージしたレーザーをお見舞いしてやる。
「そんな分かり易い射線など、直ぐに避けられますわ!」
「――笑ってて良いの?」
太めのレーザーの束を軽々と躱すセシリアに、空は冷たく言い放つ。その言葉にセシリアは一瞬、悪寒らしきものが背中に走るのを感じた。
そして空はこれで最後だと言わんばかりに叫んだ。
「追い詰められた狐は、ジャッカルよりも狂暴だ!」
空の纏う雰囲気が変わったと思うと、直ちに動いた。セシリアは驚きを隠せず、空を捕捉しようと見渡すが姿が見えない。
「何処に行った?」……ただそれだけがセシリアの中をぐるぐると回るが、空は直ぐに姿を表した。セシリアの
「………んなっ!?」
突然のことでセシリアは情報整理が追い付かず、直ぐに後退ろうとしても、空の攻撃が先に来てしまう。
空の右手に握られていた空幻・大剣形態が、蒼白い大きなレーザー刃を形成し、ブルー・ティアーズのシールドバリアーを勢いよく切り裂いた。
ビィィィィィィ!
大きくブザーが鳴り響き、その場の全員は何が起こったのかすら理解出来ていなかった。何が起こったのか、それは――
「………今、
観客席で戦いを見ていた一夏の呟きが、その場の全員の心象を代弁していた。
■
試合終了後、空と一夏は部屋へと戻ってきていた。それまで互いに無言で、互いに疲れきった顔をしているのだから無理もない。それこそ「過酷な訓練を終えた人」みたいに。
「結局、ソラが勝っちまったな」
「いっくんはやる気なんて毛頭なかったでしょ。僕もないけど」
互いに顔を見せ合っては溜め息を吐く。そのままベッドに身を委ねるが、疲れた後のこのベッドは眠くなりそうだ。
結果は翌日の朝、ショートホームルームにて千冬から伝えられるらしいが、もう二人は――いや、恐らくはクラス全員が――空で確定だと確信していた。理由は単純明解、「勝者だから」以上。
空自身、あまり乗り気でもない上、誰かの上に立つのは苦手で降りようと決めていた。勿論、それは一夏も聞いて知っており、セシリアを推薦しようと考えていた。……まぁ翌日にならなければ分からないことを、今考えても仕方ないのだが。
「そう言えば、アレって何だったんだ?」
「アレって?」
上半身を起こした一夏が、話題を変える為に素朴とばかりに尋ねる。勿論、アレと言われて分かる筈もない空は聞き返す。
「ほら、オルコットさんを倒した直前にやったアレ……えーっと、あの瞬間移動みたいなやつ」
「あー、アレかぁ~。んー、秘密ってことで」
空は小さく頷きながらそう答え、一夏はつまらなさそうに上半身をベッドに落とす。
夕飯まで時間がある。その間の時間は空白と言っても差し支えないだろう。一夏と空は、フリーズしたかのように動かずにいた。そんな時だろうか、部屋の戸が二回ほどノックされる。
空と一夏は不思議に思う。この部屋の場所を知っているのは少なくとも千冬と真耶のみである。そうなると二人のどちらかなのだが……。
「はーい」
空が声を掛け、ドアへ向かって駆け足で向かう。
ドアを開けるとそこには、やはりというか、スーツ姿の千冬が立っていた。しかし、いつもの威圧感的な何かは感じられず、そのまま部屋の中へ入ってくると、空のベッドに腰を掛けた。
「………あの、千冬先生?」
「何でここへ来たか、か?」
「は、はい」
突然の訪問故に、空は戸惑ってしまう。一夏は普段から千冬と過ごしていたために、あまり違和感が感じられない。だが、どうして千冬がここへ来たのか、気になるのは一緒だった。
千冬も、自分がここへ何の理由もなく来ることはないことは分かっているため、何も隠す必要はないかと直ぐに話した。
「少し雑談をしに来ただけだ」
「雑談ですか?」
「なにもそう気を張らんでも良い。少しは楽にさせてくれ。……ああ一夏、すまんが少し席を外してくれるか。この時間なら食堂が空いているだろう、夕飯でも食べてこい」
「は、はい」
「……分かった」
千冬に言われた一夏は、すっくと立ち上がって、部屋を後にする。話の内容なら、後で空から聞けるからだ。
反面、あまりに唐突なことで戸惑う空だが、千冬本人は然程気にせず話始める。
「咲白、お前のことについては色々と束から聞いた。……記憶喪失、だそうだな」
千冬の言葉に押し黙る空は、直ぐに口を開いた。
「自分が何者で何だったのか、それだけが欠けた部分喪失ですけど」
「成る程な、だから束はここへ来させたわけか。アイツも私が見ない間に丸っこくなったものだな」
クツクツと笑う千冬に、空は大層驚く。こんな態度は見たことがない、というのが一番の理由だが、束が昔は尖っていたのかということに対しての驚きもあった。
それからさらに千冬は話を続ける。
「いずれ、この学園でお前の記憶も元に戻るだろう。……だがそこから先は、咲白が考えて進むしかない。お前がどうするかは、その時で良い、しっかり考えろ」
そのアドバイスに、空は大きく頷く。そんな空を見て千冬は、何故束がここまで入れ込むのか、少し理解できた気がした。あの時失った、家族に重ねてしまうから。
「さて、雑談はここまでにしよう。お前も食堂へ行ってこい。私も仕事へ戻らねばならないしな」
「は、はい。……あの、千冬先生」
「何だ?」
ふと部屋を出ようとする足を止めると、空は恐る恐る千冬へと尋ねた。
「僕のこの姿を見ても、何も言わないんですか?」
何を言うか思えばと目を丸くして驚く千冬は、クスリと微笑んでから、何も言わずに部屋を出た。空はその無言の答えに、肩を落としながら食堂へと向かったのだった。