IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~   作:狐草つきみ

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第4話 専用機

 一週間の猶予を経て、いっくんは量産型IS『打鉄』を借りながらも、箒と一緒に練習を繰り返していた。

 それも後残すところ二日を切った頃、僕はその練習とやらを見に行ってみた。

 

「お、やってるやってる」

 

 面白気にアリーナの観客席から眺めていると、箒が一気に詰めてから的確に近接ブレードを薙ぐ。すると、あっさりいっくんが近接ブレードを払われてしまう。お陰で無防備を晒してしまい、箒が更に一撃を入れる。

 

「一本!」

「くっそ、箒から一本も取れねぇ……」

 

 地面に大の字になって倒れたいっくんは、悔しがりながらボヤいていた。心なしか息も荒い。

 そこへ間髪入れずに、箒が喝を入れるかのように怒鳴った。

 

(たる)んでいる良い証拠だ! 大体、私如きに引けを取るなど、そこまで落ちぶれたか一夏!」

「剣道を全国制覇を果たした奴に、敵うってのがまず無理かと……」

 

 いっくんがみっともなく言い訳がましく言うと、箒はキョトンとした顔でいっくんをまじまじと見た。その目に気付いたいっくんは、驚くように顔を上げる。

 

「ど、どうしたんだよ?」

「何故、私が全国制覇したと知っている……」

「いや、新聞で見たからだけど」

 

 するとこの距離からでも分かるぐらいに、箒の顔が真っ赤に染まった。……あ、湯気まで出てる。

 まるで茹で蛸の如く赤く染まって硬直した箒は、そのままいっくんに支えられながら地面に降り、僕もそれを見てアリーナの中央へ向かう。

 

 

 

 

 

 

「ぷしゅぅぅぅぅ~……」

 

 ああ、完全に箒が壊れた。何かおかしなことを言ったわけでもないんだが、理由が分からん。

 するとそんな所へ、呑気そうに制服姿のソラが現れた。一体、何をしに来たのかは分からないが、ニコニコと笑いながら来るのが逆に怪しい。

 

「ソラ、どうかしたのか?」

「ううん、別に。ただのちょっとした様子見だよ。その人が箒さんだね」

「ああ、同じクラスのな。……でもソラは、まじまじと箒を見るのは初めてか」

「何か、避けられてるみたいだしね」

 

 避けられてるって、何か悪いことでもしたのか。いつもの箒なら悪いことすればきっと「成敗してくれるッ!」とか言って、真剣を振り回してきそうだしなぁ。避けられてるってのは絶対に、よっぽどのことがない限りないだろう。

 すると箒が丁度再起動し、まだ仄かに顔を赤らめながらも顔を上げる。

 

「む、貴様は誰だ」

 

 それと同時にソラの存在に気付いて、箒は立ち上がりながらもソラへと尋ねる。その言葉を待ってたと言わんばかりに、ソラは陽気に答えた。

 

「僕は貴女のクラスメイトの咲白空と言います。いっくんの真後ろだから多分、直ぐ分かるかと。僕は会えて光栄ですよ、篠ノ之博士の実妹(いもうと)に」

「……ッ!」

 

 ソラが普通に「篠ノ之博士」と言う単語を出した途端、箒の目の色が変わる。

 

「貴様、私があの人の妹だとどうして分かった?」

「篠ノ之なんて苗字、草々居ませんからね。でも貴女には一つ話しておきたいことがあるんです。……それこそまさに、貴女の姉に関してです」

「姉さんに関して、だと?」

 

 訝しげに言う箒の言葉に頷くソラは、俺に向き直る。大体何が言いたいのか分かったが、敢えて口には出さない。

 

「それじゃあいっくんは少し、席を外してくれるかな? ちょっとした休憩だと思えば良いよ」

「………分かった」

 

 笑顔で言うソラに、俺は反論も考えたが大人しく引き下がる。そのソラの笑顔の裏に、真剣さが垣間見えたからだろうか。だから俺は、一度更衣室へと戻ることにした。“休憩”と称して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、いっくんも行ったようだし、箒さんには一応話しておかないとね。

 

「それで、話したいこととは何だ」

「別に身構える必要はありませんよ。――ただ貴女には知っておいて貰いたい。そう思ったまでです」

「私に知っておいて貰いたいだと?」

 

 疑問符を浮かべる箒さんに、僕は小さく頷きながら続けた。

 

「束さんについてです。……と言ってもまぁ、本題は僕の立場にあります」

「立場か」

 

 眉を(ひそ)めながら言った箒さんに、僕は苦笑いしながら頷く。これを話して良いのか、本当は躊躇うけれども、いずれどうせ分かること。なら今話しちゃった方が良いよね。

 

「率直に言うと僕は貴女の姉、篠ノ之束の助手をしています」

「そうか」

 

 ……………あれ?

 余りにもあっさりとした返事に、僕は一瞬どう言おうか悩んだ。その所為か微妙な空気が流れて、五秒ぐらいそれが続いたと思ったら、箒さんが大声を出す。

 

「じょ、助手だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 一足遅れてISに乗ったまま驚く箒さんに、僕はどうしたものかと頬を掻く。口をパクパクさせたまま驚愕する箒さんを、取り敢えず正気に戻すために猫騙しする。

 すると乾いた音に驚いてか、体を震わせて我に返ってきた。箒さんは一秒程ボーッとしてから、僕を見てハッと気が付く。

 

「す、済まない。少し驚いてしまった」

 

 ……いや、明らかに「少し」ってレベルじゃないよね。

 

「まぁいきなりですから、無理もありません。でも貴女には知っておいて貰いたい」

「……成る程。お前がIS学園(ここ)へ来たのも、何かしら理由があるのだな」

 

 箒さんは僕の様子から察したらしく、僕はホッと胸を撫で下ろす。その後、箒さんが「他言無用にしておくから安心しろ」と言って、自身も更衣室へ戻っていった。

 承諾も得ずに言っちゃったけれど、束さん許してくれるかなぁ? 他言無用にしてくれるなら心配はない、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、僕といっくんは、何故か会議室へと呼び出されていた。特に何かしたと言うわけでもなく、ただ単に千冬先生に呼び出されただけだ。

 

「「失礼します」」

「入れ」

 

 ノックの後にそう言った後、扉の内側から千冬先生の声が聞こえ、僕といっくんは静かに入る。中には千冬先生と山田先生が居て、二人とも片手に何かしらの資料を持っていた。

 その用紙が何なのか、僕は一目で判断する。

 

「いっくんの専用機についてですか」

「察しが良いな、咲白。そうだ、織斑の専用機について呼び出した」

 

 僕が先に答えると、手間が省けたと言いたげな様子で千冬先生が簡潔にハッキリそう述べた。

 席に着いた僕といっくんに、山田先生が持っていた資料を一部ずつ分けてくれる。それを流し見てみると、機体概要などについての資料集と言ったところだろうか。機体のスペックデータを始め、想定稼働時間や武装についても書かれている。

 

「そう言えばちふ……織斑先生、何でソラまでここに居るんですか?」

「簡単だ、これを造るのに咲白も関わってるからだ」

 

 まるで思い出すように尋ねたいっくんに、千冬先生はさも当たり前の如く答えた。しかし、いっくんはそれで納得するには不十分だったみたいで――と言うか寧ろ疑問が増えて――、頭が混乱し始めていた。

 

「……あ、え? ソラが、俺のISの開発に関わってる!?」

「別に驚く必要も――いや、織斑には知らせてないのか」

「はい、知る必要は無いと判断しましたから。その代わり箒さんには公言してしまいましたが」

 

 柔らかく微笑みながら答えると、然程表情も変えずに千冬先生は話を戻す。

 

「まぁ構わん。それよりも、本来これは今日に届く筈だったのだが、調整の関係で明日に延ばされてしまった」

「……つまり?」

 

 嫌な予感しかしないと言わんばかりに、ダメ元でいっくんは聞いてみるも、予想を裏切らない答えが直ぐに帰ってきた。

 

「お前の予想通りだろう。明日の放課後、ぶっつけ本番でやって貰うしかない。その辺は覚悟しておけ」

「わ、分かりました」

 

 その言葉にやや覇気がなく、言葉や顔に出していないけれど、恐らく不安がっているいっくんに、千冬先生が優しく声を掛けた。

 

「お前はやれば出来る筈だ。心配する必要はない。相手を恐れるな、自分の信じるもので戦え」

「千冬姉………」

「その資料にはしっかり目を通しておけ。当日を楽しみにしてる」

「休日にお呼び立てしてすみませんね。織斑君、私も応援してますから!」

 

 二人はその言葉を最後に、職員室へと戻っていった。ポツンと残された僕達は、仕方なく顔を見合わせては苦笑いして、結果そのままISを借りて練習をすることにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 ISによる主な実践訓練を三時間程で切り上げた俺達は、改めて部屋に戻ってくる。

 戻って早々にソラはシャワールームへと消えてったが、俺はベッドの上で寝転がりつつ、先程の練習をイメージだけで反復練習していた。

 今回、ソラが練習に付き合ってくれたのは「近接戦闘のみでは、オルコットさんにはまず勝てない」と言う理由だ。……オルコットさんの得意距離を知らされた俺にとって、確かに頷けることだ。

 そこでソラが持ち出したのは、箒が使っていた打鉄ではなく「ラファール・リヴァイヴ」と言う機体。

 こちらは汎用性に富んでいて、打鉄とは違った人気を誇る量産機なんだとか(ソラ談)。何故これを持ち出したのかは、その汎用性を活かして遠距離装備のみ載せ、対狙撃訓練をしたかったからだろう。そして俺の専用機のスピードが、こっちの方が近いとか何とか。

 練習中に見たソラの射撃の腕は、素人目の俺から見ても流石だった。ソラ曰く「半年間の練習の成果」だそうだが、移動しながらこちらを的確に狙撃してくるもので、手に持った近接ブレードで弾くのが精一杯と言ったところか。だがソラは「今のところは攻撃は()()()()で良い」と言って、弾きながら近接戦へ持ち込む(すべ)を教えられた。

 幼馴染みには“剣”を、年下の同級生には“術”を教えられ、何とも情けなく思いながらも、これで準備(覚悟)は出来た。

 もの思いに耽っていると、案外早くにソラが出てきて俺は「もう上がったのか」と思った途端、直ぐに顔を隠してしまう。……すっかりソラが「女の子」だということを忘れていたからだ。

 

「どったのいっくん? ――ってあぁ、大丈夫だよ。ISスーツ着てるから」

「何で着てるんだよ!?」

 

 アハハ、と無邪気に笑うソラに、俺は呆れるように溜め息を吐く。顔を隠した自分が恥ずかしい。……それよりも、何でこんな所でもそれを着てるんだか。

 

「僕の命を繋ぎ止めるための維持装置…………なんて冗談は置いといて、単に用心深いって思ってくれれば良いよ。流石にこんなところにまで着る人は居ないだろうけど、IS操縦者にしたら普通だよ」

 

 そんな理由で納得しろと、と心底思うが今のところはそれで納得する。

 ニッコリと笑うソラを見て思ったが、やっぱり女の子なんだなぁ、と思ってしまう。制服からでは全く分からなかったが、胸はかなり控えめで体つきは華奢そのもの、同年代よりもかなり幼く見えがちなのは仕方ないと思うほどだ。

 

「何さ、僕の着替え姿を見ても何の得も無いよ? もしかしてその気(ロリコン)なの?」

「違えよ! ……ただ、余りにソラがフレンドリー過ぎて、お前が女の子だってことを忘れるんだ」

「ふーん……」

 

 意外そうに見つめるソラの顔から、俺は視線を態と逸らすようにそっぽを向く。こうして表情をコロコロ変えるソラを見ていると、どうしても()()()を思い出してしまう。そうなった途端に、どうしてか胸が痛くなる。

 結局その日は、ソラの顔を一度もまじまじ見ることが出来ずに終えてしまった。申し訳ないとも思いながらも。


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