IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~   作:狐草つきみ

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第3話 ルームメイトは女の子

 放課後、一夏はある人を探していた。クラスメイトで幼馴染みの少女だ。見掛けたは良いが、話し掛ける間もなく一日が終わってしまい、こうして焦っているわけになる。

 

「……ったく、何処に…………?」

 

 ふと立ち止まってから、顎に垂れてきた汗を手の甲で拭う。

 すると視線の先に揺れる黒髪のポニーテールが見えた。間違いなく彼女だと確信した一夏は、迷わずその少女の方へ駆け走っていく。

 

 

 

「箒ー!!」

 

 

 

 声を掛けられた少女――篠ノ之箒は、懐かしい声に呼ばれてピクリと動きを止める。後ろを振り返ると、やはり見知った顔だった。

 しかし箒は別段嬉しそうにする素振りも見せず、駆けてきた一夏に対して拳を構える。

 

「え? ちょ、待っ――」

「ふんっ!!」

 

 鳩尾へクリーンヒットすると同時に、一夏は瞬間的に宙へと浮いた。そのまま踞る形で土下座紛いのポーズのまま、一夏は動かなくなる。そこへ箒は、怒りに任せてこう言い放った。

 

「お前はバカか! 大バカかっ!」

 

 突然何を言われたかと思えば、「馬鹿、大馬鹿」。一夏は頭がフリーズして、自分は箒にそう言われるようなことをしただろうか、と自問自答するが皆目見当もつかない。

 箒の顔を見上げると、何故だか目元には涙が溜まっていて、今にも決壊しそうな様子だった。

 

「お、おい! 俺が何をしたのかはさっぱり分からんが、取り敢えず落ち着けって、なあ?」

「これがっ……グズッ……落ち着いてられるかっ……馬鹿者」

 

 涙ぐむ彼女を支えつつ、約数分掛けてようやく落ち着かせることが出来た。

 一夏はそのまま、何故自分が「馬鹿」と言われたのかを尋ねる。すると案外間を置かず直ぐに答えが返ってきて、一夏はてんで驚いた。

 

「……お前、あのセシリア・オルコットとやらに決闘を申し込まれたそうだな」

「いや、申し込まれたのはソラであって、俺は巻きこ――」

「巻き込まれようが何しようが一緒だ。……相手は学年首席で入学し、さらに入試試験にて、唯一試験官を倒してみせた強敵だぞ。英国(イギリス)の代表候補生でもある彼女に、ISの「あ」の字も知らない一夏が敵うわけなかろう! ……今からでも遅くはない、辞退してこい」

「辞退しろって言われてもなぁ。千冬姉がそんなことを許してくれるかどうか……」

 

 あの千冬のことだ、例え口で言ったところで二重、三重にも巡らした罠で言い(くる)められるだけ。流石にもう一発、あの出席簿アタックは食らいたくない。そう一夏は顔をしかめる。

 箒も一夏の表情から「言っても無理だ」ということを悟ったみたいで、箒の表情も暗くなってしまう。だが、一夏自身は諦めるつもりはない。

 

「言っとくが、俺は辞退はしない。決闘なら正々堂々やるだけだ。もう諦めたくないからな、絶対に」

「いち……か……」

 

 一夏の決意のこもった瞳を見て、箒は呆れと同時に、心の何処かで応援してしまっていた。「辞めろ」と言う心が、反対に一夏を無性に応援しようとしていた。

 その頃にはもう止めようという気持ちは失せていて、代わりに箒の瞳にも決意が灯った。

 

「ならば私も出来る限り協力しよう。ISのことなら……昔、あの人に散々聴かされたからな」

「箒、お前まだ引き摺って」

「あれは、あの人の所為だ! あの人が下手なことをしなければ! ――……っ、済まない一夏」

 途端に取り乱したことを謝る箒は、夕焼けが照らす方角を向く。

「私が償う。あの人の分まで、きっと」

「箒……」

 

 急に振り返っては、反則的な動きで一夏に抱き付く。こうしていると落ち着いてしまうのは、罪なのだろうかと、箒はこっそり微笑みながらそう思ったのだった。

 一夏もまた、仕方ない様子で箒の頭に手を置いて、そっと優しく撫でてやる。

 

「箒、今まで辛い思いをさせてごめんな。でも、アイツのことはもう良いんだ。だから自分を、自分の姉を責めるのは止めてくれ。千冬姉だって許してる、俺だって許した。だからもう……」

 

 一夏は優しく幼馴染みにそう言った。もう責める必要はないと。だから自分らしく生きろと。

 箒もそれを小さく頷きながらも受け止め、一夏の胸の中であることを決心した。

 

 

 

 夕陽の中、抱き合う二人の影をそっと覗く影が一つ。そこにはソラが立っていた。そして二人を見つめながら、ソラはそっと呟く。

 

「織斑一夏と篠ノ之箒、か。……束さん、貴女の言う通り、今年は大波乱になりそうですよ」

 

 何事も無かったかのように踵を返し、ソラは悠々と自分の部屋へと向かった。学園側で用意された、専用の部屋に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はただ今、山田先生に連れられて自室となる部屋へと、この広すぎる寮の中を案内されているところだった。

 

「あの、荷物の移動とかもあるんで、しばらくは自宅から登校の筈じゃあ……」

「本当にすみません! 織斑先生が上に頼んで、部屋を一つ作ってくれたそうなので……あ、心配しなくても大丈夫ですよ? 女の子は居ませんから!」

 

 笑顔で答えてくれた山田先生に感謝しつつ俺は少し心配になる。その口振りからすると、相部屋の人は居るみたいなのだが。

 

「(……ってあれ? IS学園(ここ)には俺以外の男子なんて居たか?)」

「あ、ここですよ」

「ど、どうも。……荷物は?」

 

 そこまで言った時だった。背後から何か壮大なものが現れそうなBGMが流れ、俺はギギギとまるで歯切れの悪いギアのような音を立てながら、恐る恐る首を後ろへと向けた。そこには、

 

「大丈夫だ、安心しろ。既に私が用意した」

「ありがとうございます!」

 

 案の定、千冬姉が居た。俺は誰もが目を擦るぐらいの速さで最敬礼し、一瞬の隙も見せずに感謝を述べた。

 そんな俺の態度に、千冬姉は不服そうに溜め息を吐いた。さっきのこともあるし、そもそも普段はこんなことしないしなぁ。

 

「そろそろ顔を上げろ、これが部屋の鍵だ。スペアキーはないから大事に扱えよ」

「は、はい! ……本当にありがとう、千冬姉」

 

 あ、やべ、いつも通りに呼んじまった。しかし一度言ってしまった言葉は、どう足掻いても取り消すことが出来ないわけで、俺は一瞬で顔が青くなっていくのを感じた。

 だが千冬姉は、そう呼んでも対して出席簿を投げるなどはせず、寧ろ落ち着いた口調で話し掛けてきた。

 

「あまり問題事は起こすなよ、一夏。私にも庇うには限度がある」

「う、うん、分かった」

 

 千冬姉の言葉をしかと受け止めて、俺は山田先生と千冬姉に別れを告げ、改めて部屋へと入室する。

 内装は高級ホテルかと見紛う程の内観で、思わず感嘆の声を上げてしまう程だ。……だが逆に、ここに三年間も住むとなると、何だかむず痒さっていうのがあるな。その内慣れるか。

 

「おーい、誰か居るんだろ?」

 

 部屋の奥に向かって言うと、数秒後に誰かがひょっこりと顔を出した。するとそこには、同じクラスで俺の後ろに座る、俺達よりも年下の咲白空だった。

 

「あ、いっくんも来たんだね。()()()()に」

隔離部屋!?

 

 ソラの言葉に思わず耳を疑うが、ソラは別段冗談めいて言った訳ではないらしい。その証拠に、俺が驚いたのに対して首を傾げるだけで、からかっているようには見えないからだ。

 

「そのまんまの意味だよ。IS学園自体は機密性が高いけれど、この部屋は取り分けその中でも高レベルな機密保持が施された部屋なんだよ」

「一体何のためにそんなものを……」

 俺がげんなりとした顔で言うと、ソラは苦笑いしながら気休め程度に言った。

「まぁ、ここには君を狙った女の子が押し掛けてこないんだから良いじゃない」

 

 確かにと返しつつ、俺はベッドへ大の字のままダイブする。おおう、ここまでふかふかだと直ぐに眠くなるな。今日は初日でなんやかんやあって疲れたし、余計に。

 対照的にソラはまだまだ元気があるようだが、数分後にはお腹の虫を鳴らしていた。まだ夕飯までには時間があるし、その間に少し話でもするか。

 

「なぁ、ソラ」

「なーにー?」

「代表候補生って何だ?」

 

 ガタンッ!

 急に何かが倒れる音がして顔を横に向けると、見事にソラがベッドから転げ落ちていた。

 

「どうしたんだよ」

「いっくん、代表候補生も知らないの!?」

 

 直ぐに姿勢を立て直しては、驚いた顔で尋ねてくる。

 

「……え? ああ、聞いたことすらないしな」

「いっくんって、ニュース見ないでしょ」

「ちゃんと見るぞ。……朝だけ」

「そりゃあ知らないよー」

 

 何だ、知らなくて悪かったな。……と心中で愚痴言ったところで何も変わりゃしないんだが。

 当のソラは、まるで「仕方ないな」と言いたげな様子でニヤニヤ笑いつつ、自慢気に代表候補生について説明してきた。

 

「代表候補生っていうのは“国家代表の操縦者を決める前準備”とでも言ったところかな」

「前準備……確かに()()()って付いてるもんな」

 

 俺の言葉にソラも頷きながら話を続ける。

 

「国内の優秀な若手操縦者のみを選りすぐんで、一括して代表候補生とする。その中からさらに優秀な操縦者を国家代表にするんだ。オルコットさんも、例外に漏れず一年生の中ではずば抜けて強い。筆記、実技両方とも学年首席だからね」

 

 それは先程、箒からも聴かされたことだ。

 

「けど、負ける確率はないわけじゃないんだろう?」

「いっくんの場合は限りなくゼロだね。寧ろマイナス値に入っていてもおかしくないくらい」

「励ましてすらくれない!?」

 

 おおう、まさかここまで現実を突き付けてくるとは……年下ながら手厳しいな。

 あまりのショック故か肩から項垂れる俺に、ソラはそっと肩に手を置く。俺が顔を上げると、無情にも満面の笑みでサムズアップしてくる。最早、泣くことすら許されない。

 するとソラは思い出したように、俺に向かって助言めいたことを言ってくれた。

 

「あーでも、ただ一つ、オルコットさんは接近戦が大の苦手なんだよね」

「へ?」

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

「筆記、実技共にトップなんだろう?」

「一年生の中では、ね。……でも彼女が一番なのはその射撃能力さ」

「つまり、近付かないで試験官を倒したのか!?」

「うん」

 

 勿論、距離による武器の有利不利ぐらいは俺でもわかる。つまり、オルコットさんは「自分の()()()()()()で試験官を倒した」ということだろう。……もしかして、

 

「遠距離に特化しすぎて、接近戦が疎かになってる?」

 

 俺がそう気付くと、ソラはうんうんと頷きながらも人差し指を立てる。

 

「……惜しいね、八十点。さてここで、オルコットさんの専用ISについて話していくよ」

「せ、専用IS?」

 

 専用ってことは、個人で持ってるってことか?

 

「専用ISってのは読んで字の如く、国家から貸し与える形で持つ、その人専用のワンオフ品だよ」

 

 そ、そんな凄いものを持つオルコットさんに、俺なんかが勝てるのかよ。

 俺が驚いているのを見て、ソラも大体想像がついてたんだろう。ソラは「心配ないよ」と言って話を続けた。

 

「オルコットさんの専用ISは『ブルー・ティアーズ』。遠距離狙撃(アウトレンジ・スナイプ)と、全距離(オールレンジ)攻撃が得意な、射撃特化型第三世代機だね」

「……遠距離狙撃は分かるが、オールレンジってどう言うことだ? 接近戦が苦手だって、さっき言ったじゃないか」

 

 矛盾してる事実に俺が急くように尋ねると、ソラは首を横に振ってから、ゆっくり間を置いて喋り出す。

 

「確かに言ったね。けれど彼女自身が全距離を縦横無尽に走るわけじゃない。……彼女のブルー・ティアーズ最大の特徴は――いや、これは君自身の目で確かめてくれた方が良いかな。僕が教えるのはここまでだ」

 

 歯切れの悪いところで話を切ったソラは、改めて時計を確認していた。どうやらもうそろそろ夕飯の時間らしい。

 結局、疑問のままその日は終わり、ソラがブルー・ティアーズについて教えてくれることはなかった。

 

 

 

 そう言えば山田先生は「女の子は居ない」と言ったのに、何でソラが居るんだ? ……いや、きっと伝達ミスとか勘違いとかかな。まあ、新任らしいし、恐らくそんなこともあるだろう。


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